『―――私は! 新選組一番隊隊長、沖田総司だ!』
「……」
「……」
「……え、これで終いか?」
煎餅と番茶を持ちながら、アーチャーのサーヴァント、織田信長は気の抜けた声で言った。
カルデア居住区の信長に割り当てられた部屋、そのテレビの前で胡坐を組んで上映会後の台詞である。信長を後目に沖田は温くなった茶を啜って満足そうに頷く。
「いやだなぁ。これからスタッフロールが流れて次回予告ですよ。あ、ちなみにエンディング曲は私が歌っています」
「新撰組が何しとるんじゃ……。というか、えらく中途半端に終わったの。ここからが盛り上がる場面じゃろ」
いつしか握りしめるだけで咀嚼を止めていた煎餅をぽりぽりと齧る。
「え、なんですか? この続きが気になるんですか? 気になるんですよね、そうですよね!?」
「近寄るでないわ。気色悪い」
「うわっぷ」
唐突に距離を詰めてきてどや顔を披露する沖田をうんざりしながら押しやる。例え自分でなかったとしても苛立つ。それぐらいに沖田んもどや顔は癪に障った。
「それにしても、よくもまあこんな映像撮れたもんじゃな。ワシ、一瞬現地の映像をそのまま垂れ流しにしとるのかと思ったぞ」
信長としては映像を見た後散々扱き下ろしてやろうと思っていたが、想像以上に良く出来ていた動画に見入ってしまっていた。映画館で上映できそうなクオリティだ。
「ムニエル氏を始めとしたカルデア職員のバックアップのお蔭ですね。ヘラクレスさんも割と乗り気でしたし」
「あれ本人じゃったんか!?」
やけにリアルなCGだなと思っていたらまさかの本人出演だった。というかバーサーカーが演技とか出来るんか、と慄く信長。
「で、どうですか、ノッブ。私とマスターの出会いを忠実に映像化した『桜の花弁volⅠ』の出来は?」
「忠実……。いや、確かに普通に出来はまぁ……」
忠実の信憑性は兎も角普通に良い出来だが、自慢げな沖田を素直に褒めるのも腹立たしく、そんな言葉で濁す。しかし沖田は信長の内面を見透かしたようにまたしてもどや顔を浮かべる。
「いやぁ、演劇なんてとんと縁が無かったんですけどねー。意外とやったら出来たというか。まぁ私ってば昔っから何でもできちゃうところありましたからね」
「うわ、ウザ……」
「ん? 何か言いましたか?」
「いや、なんでも」
率直な感想が信長の口から洩れるが、上機嫌の沖田には聞こえなかったらしい。
「それにしても藤原も良く出演したの。あの堅物の戦狂いがこんな娯楽作品に出るのも違和感バリバリなんじゃが」
いつもは寡黙な癖に敵を捕捉するやいなや敵陣に突っ込んでいこうとする様はそこらへんの言葉を喋れる似非バーサーカーよりもよっぽどバーサーカーだ。そこで死ぬ弱卒ならまだしもなまじそこで生き残って戦果をあげれるだけの実力者なのがまた厄介だ。
それも考えなしに突っ込むのではない。基本的に敵陣との戦力を比較し、勝ち目があるとみると単身で突っ込む。
砂粒のような可能性さえあれば―――例えそれがサーヴァント相手であろうとも。
「いやいや、マスターは別に堅物でもありませんし戦狂いでもないですよ? 人並みのユーモアだってあります。普段はそれが発揮されないだけで」
「本当かのう」
あの手合いは信長が戦国の世を生きていた頃にも見たことがある。自分の命を勘定として数えることが出来ない破綻者だ。しかしそれだって血煙が立ち上る日本史の中でも最も血なまぐさい戦国時代にちらほらいたくらいで、平穏な現代の日本にそんな存在がいたことが驚きだ。
「……で、いきなり部屋に押し掛けてきたかと思えばこんな映像を見せてきて、お主は何がしたいんじゃ。というか、そもそもなんでこんな映像作品を撮っておる」
沖田の奇行癖は今に始まったことではないが、今回のものは幾らなんでも脈絡が無さ過ぎた。
それも自らのマスターやカルデアを巻き込んで、だ。
ましてや現在は六の特異点を修復し、七つ目の特異点に向かう前の小休憩中だ。
こんな時だからこそ娯楽が必要だ、と言われてしまえばそれまでなのだが。
「映像自体は割と前から撮ってたんですよ。完成したのは最近ですけど。理由としては……まぁ、思い出作りですよ」
「思い出作り?」
「ええ」
沖田は信長から視線を外し、エンディングが終わって砂嵐が映し出されたテレビ画面を見た。
信長からは沖田の横顔が見えるが、どこか遠い目をしているように見えた。その目を、信長は知らない。
「ねぇ、ノッブ」
「……なんじゃ」
「織田信長って有名ですよね。小説とかゲームで頻繁に出ますし、作品によっては女体化するぐらいですし」
「儂は最初から女じゃ。……ま、自画自賛になるが普通に有名じゃろ。義務教育を受けた日本人で儂の名前を知らん奴はおらんだろうしの」
自画自賛ではあるが、それは事実だ。織田信長が残した功績や生涯は知らずとも、織田信長の名前は日本人であれば大抵知っている。
血生臭く、また同時に華々しい戦国時代の英傑として、人類史にその名は刻まれている。
「私も結構有名人なんですよ。大河ドラマにもなりましたし、ゲームにも出てますしなんだったらノッブと同じように女体化もしてますし」
「いや、お主も最初から女じゃろ」
「でも、私は自分が有名人とか、そういう自覚はないんですよね。名を残そうとか有名になりたいとか、そういう考えがあったわけじゃないですから。ただ、こうやって英霊として現界している以上は、私も名を残した、ということなんでしょうね」
「……まあ、そういう事なんじゃろうな。で、結局お主は何が言いたいんじゃ」
要領を得ない沖田の言葉に信長はそう聞く。
「英霊は結局のところ、誰かが覚えていないと成立しないんですよ。伝承と記憶が、私達の存在を強くして補強する。誰の記憶にも残らない者は英霊になれないんですから。では、英霊に成れない者に価値はないのでしょうか」
「それは論理が飛躍し過ぎとるじゃろ。儂の領民達も歴史に名を残さぬ民であったが、価値が無かったなどと嘯いたら暗君の誹りは免れんだろうて」
信長は大名として上に立った人間だ。類稀な才覚を持って日本統一の一歩手前まで登り詰めたが、たった一人では何も出来なかっただろう。
家臣達と領民の尽力があってこそ、織田信長という英霊は成立するのだ。
そしてそれは何も信長に限った話ではない。
「のう、沖田よ。主とて木の股から生まれたわけじゃなかろう。父がいて、母がおったはずじゃ。両親を価値なしと断じることを出来ないならば、そのような事を言うべきではない」
珍しく、柄でもないことを言った理由はなんだろうか。何かを思い詰めたような、そんな沖田の顔が気に入らなかったからだろうか。
「……分かってますよ。私の意見が極論なのは。でもね、この戦いは―――いいえ、マスターはきっと誰の記憶にも残らず消えてしまいます。私はそれが少し寂しんです」
藤原一貴という人間が何よりも死を望んでいるのは信長も知っている。そしてどれだけ言葉を尽くしても止まらないということも。
『俺は、自分の死に場所を探しているんだ』
いつか、強引に酒を飲ませた時の事。藤原はそう語っていた。
「……それがアイツの決めた生き方なんじゃろ。お主も同士を見つけたとか言って喜んでおったではないか」
「私は兎も角、マスターはそれしか道がなかったんですよ。マスターは異常者で、それを自ら自覚しているからこそ、生きるべきではないと断じているんです。死にたいから死ぬわけではなく、自分のような歪んだ存在は早々に死んだ方が都合が良いだろう―――。そんな無機質な判断で」
藤原一貴という人間は異常者である。そしてそれを本人自身すらも認識している。
斬り合いの中でしか自分の存在を認識出来ない己は、斬り合いの中で息絶えたいのだ、と。
無意味に死ぬつもりはなく、誰かを救って、誰かの道になれるような意味のある死に方をしたい―――。
いっその事、狂ってしまっていれば良かっただろうにの。
決して口には出さないが、信長はそう思った。藤原一貴という人間は自らの異常性と一般的な感性の乖離によって苦しんでいる。狂うことすら許されなかった鋼の如き理性だが、いっそ獣に堕ちきってしまえば楽だったのに中途半端だ。
ただ、その血生臭い生き方を信長は否定しない。そんな人の理を外れた生き物が一人くらいいてもいいだろう、とさえ思う。
だが本人は決してその道を選ばないだろう。一貴は何よりも自分自身を嫌っているのだから。
「……薄々思っておったが、お主は藤原の奴を死なせたくないんじゃろ? だったら止めればよかろう。構図はアレじゃが、力づくで縛ってしまえばどうとでもなる」
実のところ、そういった話はカルデア内部でも以前持ち上がったことがある。
希少なマスターを使い潰そうと思えるほど、カルデアに余裕があるわけではない。
だが、結局のところそれは本人の自殺未遂によって計画段階で頓挫した。
自らを人質にとるほど、一貴が闘争に掛ける心意気はそれほどのものだった。
「できませんよ、そんなこと。それをしたら、私自身を否定することと変わらないじゃないですか」
「じゃからマスターを死地に送っても後悔などないと? 心のどこかで後ろめたさがあって、死んでほしくないと思っているこそ、この映像を作ったのだろう? せめて、藤原が生きた証を残しておきたい、とな」
「……」
沖田から返事はない。しかしその思い詰めたような瞳が雄弁に語っていた。
面倒な、と信長は沖田に見えないようにため息を吐いた。
主従共々実に面倒くさい拗らせ方をしている。或いはだからこそ一貴の元に沖田は召喚されたのだろうか。
―――瞬間、お終いだと理解した。人の道理ではない。あれは星の理だ。一剣士に過ぎない自身どころではどうすることも出来ない。
―――ここまで、か。
すとん、と腰が抜けるように座る。怯えてしまったわけではない。これは……そう、安堵だ。
ここまで駆け抜けて結局最期は意味のない死に迎えられることになった。
走って包囲網を抜けられるような軟弱な代物ではないことは明白で、この場を凌ぐ有効打なんて都合の良いものは存在しない。
もう、誰にもどうすることも出来ない。それが分かると何故か安心してしまった。
確かにこの結末は自身が思い描いていたものとは違う。こんな無意味に死ぬつもりなどなかった。
しかし、あの一撃に焼かれて死ぬのであればそれでも良いな、と思ってしまった。
相手にしてみればそんな気遣いなど欠片もないだろうが、極大の一撃を手向けのように思った。
ここが最期の到達点だというのなら、それはそれで悪いものなんかじゃない。寧ろ、一介の剣士が此処まで無様に足掻いてきたことを考えると上等だろう。
傷だらけの弓兵がその場に現れたのは、そんな時だった。
そして。
そして―――。
洞窟の入口から、それを見た。焼けた村々をその豪風で消し飛ばすほどの衝撃を持って、放たれた正真正銘最期の一撃を。
極光を、見たのだ。視界を覆う極大の一条の光を、確かに見た。
綺羅星の真逆、地から放たれた流星は空高くへと飛んでいき、そして爆ぜた。
空高くでありながらも、その衝突は地上にまで届くほど激しく大地を揺るがす程だった。
そして轟音の後に空は開けた。
雲すらも穿つ一撃は。自らを薪に放つ渾身の一撃は。
嗚呼、確かに聖槍に届いたのだ。
……別にその弓兵と懇意にしていたわけではない。何故か自身を見るなり説教してきた記憶がある程度で、後は表面上の短い付き合いがあるくらいだった。
だから、悲しくなんてないはずだ。戦いの果てに命を奪ったことは一度や二度ではないし、涙腺なんてとうに枯れてしまった。
なのに、涙が流れるのはどうしてだろうか。悲しくないのに、どうしようもなく心が震えてしまうのはどうしてだろうか。
自問自答を繰り返し、答えに突き当たる。
―――嗚呼、そうか。俺もこんな風に死にたいのだ。
この心が震える感情はきっと感動なのだ。自らが描いたあやふやな絵画は、今此処に明確なものになった。