summer pockets 【If Story】 〜もう一度だけ、あの眩しさを〜   作:白羽凪

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さあ、残すところあと数話。どうぞお楽しみください。


第九話 それぞれの目覚め

 

『カウンセラーの名前は坂上智代! きっと、鷹原の力になってくれるさ』

 

 

---

 

 

 昨日の春原の言葉を頼りに、俺は朝から会社とは全く違う方向へ足を進めていた。何もない普通の平日。こうしていることに罪悪感を覚えているのは会社というものに縛られすぎた後遺症だろうか。

 

 その部屋があるというビルを一目散に目指す。建物に入るころ、時計の針は9時を示していた。

 

 カウンセラーの人がいる事務所の前にたどりつく。そのドアには、『もりのくまさん』と可愛い字体で文字が書かれた看板が下げてあった。

 

 震える手でコンコンとドアを二度ノックする。すると、中から優しい声でどうぞと声がかけられた。

 

 思い切ってそのドアノブに手をかけ、ぐるりと回す。室内に入ると、灰がかった長い髪をなびかせ、黒い淵の目が目を掛けた女性が奥の椅子に座っていた。

 

 

「おはようございます。今日は、どんなご用件で?」

 

「あの...、鷹原 羽依里と言います」

 

「鷹原...、ああ、春原から依頼を受けた」

 

「はい。その鷹原です」

 

「話は聞いてます。...そちらへ、どうぞ。腰かけてください」

 

 落ち着いた声音に乗せられ、俺の緊張も次第にほぐれていった。会社の面接のような空間だったが、その時の何十倍も和やかな空間だった。

 

 

 しかし、そうとは言っても何から話せばいいか分からない。何せ初対面の相手だ。全てを信じれるというわけではない。

 

 そんなことで俺が戸惑っていると、向こうから声を掛けてきた。

 

 

「いきなり悩みを教えろ、なんて言わないので安心してください。私はただ話を聞いて、そこから離すだけですから、鷹原さんの話したいことだけを教えてください」

 

「そう...ですね」

 

 ここが強制の場ではないことは分かっている。それでも、なかなか言葉にできない。

 

 ...けど、勇気を出すべき時は、今だった。

 今の俺は一人じゃない。こんな俺を助けようとしてくれる人がいる。そう思えた時、俺は一歩を踏み出せた。

 

 昨日、神尾先生に言ったようなことを同じようにつらつら話す。昨日のそれが予行練習のようになっていたのか、思いは意外と簡単に口にすることが出来た。一人で抱えていた時よりも、はるかに今は楽な気持ちで入れた。

 

 

 だからこそ、これまでの自分のふがいなさを歯がゆく思う。

 もっと誰かを信じていたら。頼りにしていたら。

 

 それこそ...島の...。

 

 

 ...島、か。

 

 

「どうされましたか?」

 

「いえ、なにも」

 

 考え込んですっかり黙り込んでいたようで、気を使われて声を掛けられた。それに応答し、自分の悩みをすべてさらけ出したその意志を伝える。

 それが伝わったようで、カウンセラーの坂上さんは一度咳ばらいをして答えを始めた。

 

 

「...奥さんを亡くされたんですね」

 

「はい。...もう、七年も前の話ですが」

 

「同情のつもりではないですが...その気持ちはよく分かります。...私も、夫を亡くしているので」

 

「そうなんですか?」

 

「はい。ずっと前の話ですが。けど、後悔もないですよ」

 

 坂上さんは落ちかけたメガネのフレームをクイと直してつづけた。

 

 

「すべてをやり切る...。その先に死があるなら、私はそれで構わないと思うんです。人生の宝物、それを探して夫と生きた日々は、まさにそれでしたから。...だから、あなたにもきっとこの話は言えると思うんです」

 

「人生の宝物、ですか...」

 

 いまいちピンと来なかった。

 それはあまりにも漠然としたもので、膨大なもので、到底イメージができない。

 

 けれど、目の前の坂上さんが言おうとしていることは、その意味を介さずともそれなりに理解できた。 

 きっと、これまではきれいごとだと吐き捨ててきた。

 

 背負った荷物を誰かに預けることを忘れて背負いすぎてきた人生なら、きっとこの考えを受け入れることは出来なかった。

 

 しかし、それは今崩されつつあるように俺は思っていた。

 取引先で出会った天王寺夫妻に一人じゃないと言われ、同僚の春原に殴られて自分が付いていると背中を押され、神尾先生に背中を叩かれて、前に踏み出す勇気を得れた。

 

 ...ここまできて、もう逃げたくはないから。

 

 

「よくわからないですけど...言いたいことは、分かります。...どっちにしても、俺はまだ、うみとここで終わりたくないんです。やり直したい。変わりたい。...今離れてしまったら、もう二度と戻れなくなるっ気がするんです」

 

「なら、やることは簡単ですね」

 

「...はい」

 

 言葉に出さずとも、答えは得ていた。

 

 

 これからは、ずっとうみの傍にいる。そうでなくても、真の意味でうみのために生きる。これが今の、俺のやるべきことだ。

 

 

 当然、簡単ではないだろう。失ったものを復元する必要があれば、新しく失うものもある。そうした中で、俺はうみのために全てを尽くさなければならない。

 

 これまでも俺はうみのためを思って生きてきた。けれど、それはほんの一部に過ぎなかった。経済というカテゴリーに縛られて、不自由なく過ごせるようにと思って、俺は懸命に働いた。

 

 けれど、言えばそれは不正解の答え。何せ、誰にも頼っていないのだから。

 

 

 だから俺は、誰かに甘えることにする。迷惑かけずに生きようとすることが誰かを心配させる行為と分かった今、その逆をやればいい。

 

 ...いや、誰かを頼ることを迷惑と思い込むことが、間違いなんだろうな。

 

 

 体から、どす黒い何かが抜けていくような感覚を俺は体全体で感じた。これまでずっと重くまとわりついていたものが軽くなって、俺は初めて澄んだ空気を吸った。

 

 

 そして、光をわずかに取り戻した目で、目の前の坂上さんに告げる。

 

 

「ありがとうございました。...これから自分がやること、見えたんで」

 

「それならよかったです。...大丈夫、あなたはまだ変われますよ。何度でも何度でも。だからこそ、周りであなたを見ている人を信じてみてください」

 

「はい。ありがとうございました」

 

 

 そうして俺は、いつぶりかのすがすがしい気持ちで外の街へと繰り出した。

 行先は一つ。そこへ行くことにもう躊躇うことはなかった。

 

 

 

 

---

 

 

 

 

 昨日と同じようにうみの病室へ向かう。

 今日はいままでのいつよりも穏やかな気持ちで、うみの頭を撫でることが出来た。

 その穏やかさのないまま、返事のないうみに語り掛けた。

 

 

「...お父さん、決めたよ。これからのこと。...だからさ、伝えたいからさ...目を覚ましてくれよ...」

 

 

 何かに耐えかねたのかすっと涙がこぼれる。

 

 

 

 その涙が地につき、弾けたとき、うみはうっすらと目を開けた。

 

 

 




〇クロスオーバーコーナー
智代アフターより坂上智代。朋也が死んでいるので春原もあんな感じだったというわけですね。
というか、私の作品ではしょっちゅう智代はカウンセラーで出てきますね...。どうしてだ。

と言ったところで、今回はこの辺で。
もっと時間と猶予が欲しい!安寧を!

感想や評価等いただければ幸いです。
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