summer pockets 【If Story】 〜もう一度だけ、あの眩しさを〜 作:白羽凪
また、afterstoryとあるように、本作は『summer pockets【IF story】~もう一度だけ、あの眩しさを~』の続編となっています。
世界観が本編と少しだけずれることを、ご了承ください。
それでは、どうぞ。
~羽依里side~
旧加藤家の朝は早い。
朝六時に目が覚めるなり、俺は一度顔を洗って目を覚まして、ルーティンのようにキッチンへ向かい、料理を始める。
作るのはもちろん、チャーハンだ。
たくさんの人に助けられて、この島に戻ってきてそろそろ二年ほど経つ。精神的にギリギリまで追い詰められていたあの頃は、もうずいぶんと遠い昔の話だ。
うみも島での暮らしを心地よく思えているのか、前よりずいぶんと明るい顔を見せることが増えた。だから俺も、安心して生きていけている。
卵を割って素早く溶いてそのまま中華鍋へ。意識するスタイルはしろはの完全再現だ。
しろはと離れてしまってもう10年ほど経ってしまったが、このスタイルだけはどうにか体に染みついていた。どうしようもなくダメだった俺にしろはが残してくれたものの一つだ。
現にうみは満足してくれているようで、いつも穏やかな顔をしながら食べてくれている。本当に、今の状態になれたことをたくさんの人に感謝したい。
ちょうど出来上がるころに、うみが寝ている部屋から音が立った。どうやら起きたようで、たちまちちょうど朝食が出来た食卓へやってきた。
「おはよ、おとーさん」
「おう、おはよう、うみ」
まだ眠たそうな目をこすりながら、うみは自分の席へ着くなり、いただきますと口にするなり秒で目の前の朝食に手を付け始めた。全く、チャーハン好きという母娘の遺伝子は恐ろしい。
俺もエプロンを片付けるなり、うみの向かい側の椅子に座って朝食に手を付ける。うん、今日のもよくできている。
「おとーさんは、今日は何をするの?」
「田坂さんのところの畑の農作業手伝い。午前中で終わるよ」
「お野菜、貰えるかな?」
「頂戴なんて自分からは言わないよ。まあ、俺の頑張り次第かな」
「そっかー。頑張ってね、おとーさん」
頑張れ。
その一言をうみから貰うだけで、俺は誰よりも頑張れる気になる。頑張ろうと思える。
これが、本当にうみのために出来ることなんだって、信じれる。
すがすがしい笑顔を浮かべて、一言。
「ああ、頑張るよ」
俺が自信ありげに言い放ったことで、うみは表情をより一層明るくした。そのまま綺麗にした食器をキッチンへと運んで、自分の部屋に戻っていく。学校に行く準備をするんだろう。
「・・・そんじゃま、俺も」
うみのため、今日も頑張るとしますかね。
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農作業は、思ったよりもスムーズに進んでいった。
自分のスペックを過信しているわけではないが、頑張れの一言をもらったことが影響しているのだろう。
「今日はありがとねぇ」
初老のおばちゃん、田坂さんが作業終わりに声を掛けてくる。その手には紙コップに入った麦茶が。
「あ、ありがとうございます」
俺はそれを受け取って、一気に飲み干す。乾いた喉にはこれが一番だ。
そして、田坂さんはそのまま土手に腰かけている俺の隣に「よいしょ」と小さく声を上げて座った。そのまま、俺の顔を覗きこんでくる。
「あんた、見ないうちにいい顔になったねぇ」
「そうっすか?」
「そうよ。ようやく親父っぽい顔になってきたっていうかねぇ。男前になったって感じさね」
「はぁ・・・なるほど」
自覚はないけど、そんな顔になってるのか。
けど、親父っぽくなったって言われたことは、素直に嬉しかった。だんだん、ちゃとしたうみの父親になれているってことだから。
「今日で30だっけ? 若いのはいいけど、無理するんじゃないよ」
「肝に銘じます。・・・ん、今日?」
「何言ってんだいあんた、今日が誕生日なんだろ?」
そうだ、確か今日は5月の21日。
忘れていた。俺の誕生日だ。最近は本当にそんなことを考える間もないくらいに忙しかった。もっとも、それはあのころとは違って幸せな忙しさだけど。
「そう言えば・・・そうでしたね」
「そういうわけだ。ほら、これ持っていきな」
田坂さんは近くにあった籠の中身をごっそりと袋に詰めて、俺に手渡してきた。中にはナスやキュウリ、トマトなどの夏野菜が。
「え、いいんですか?」
「何言ってんだい、こりゃあたしからの誕生日プレゼントさね。それでうみちゃんに旨いもの振舞ってやんな」
「あ、ありがとうございます!」
その温かさに触れて思う。やっぱり、この島に帰ってきてよかったって。
俺の居場所は、ここにあったんだって。
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仕事を終えた足で、俺はいつもの場所に来た。
海が見渡せる丘、しろはの眠る場所へ。
汲んできた水をかけて、墓を洗う。それが終わると、俺はその墓の前でゆっくり腰を下ろした。
そして、返事のない墓石に語り掛ける。
「なあ、しろは。俺、もう30になったよ。本当に、やるべきことをやってたら歳をとることなんてあっという間なんだって、やっと気づいたよ」
ポリポリと頭を搔きながらつづける。
「でも、やっぱり後悔はないかな。こうやってこの場所でうみと生きていける。その幸せに気づけたときから、ずっと。・・・その隣にしろはがいてほしいって、今でも思うけど、そんなこと、無理だからさ」
だから、立派な父親になる。そう覚悟したのもこの場所だ。
隣にいることはもう叶わないから、だからせめて、見守っててほしい。
文句は、またいつかそっちに行ったときに聞かせてほしい。
「見守っててくれ。俺の事、・・・うみの事。俺、まだまだ頑張るからさ」
そして俺は立ち上がって踵を返す。
「じゃあ、また来るよ」
そう言い残して、俺はまた次の場所を目指す。
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昼間。フラッと寄り立ったのはいつもの秘密基地だった。
けど、不思議なことに平日の日中に関わらず、しろはを除く元少年団のメンバーが皆集まっていた。
「あれ、どしたんだよみんな」
「ああ、羽依里か。ちょうどよかった。大事な話が合ってな」
少々深刻そうな顔で良一が俺の名を呼ぶ。俺は背筋を強張らせて言葉を待った。
「ここ、解体するんだとよ」
「・・・そうきたか」
確かに、あのころと比べてあちこちで劣化が進んでいた。今すぐ壊れそう、とは言わないが、終わりが近いのも確かだ。
理解はできる。けど、それはあまりにも急で、少しさびしかった。
そんな空気を紛らわそうと、良一はすぐに声音を変えた。
「んな訳で、今から遊ぼうってことでみんな集まったわけよ!」
「遊ぶったって・・・何すんだよ?」
俺の問いに、のみき、蒼、天善と続く。
「それは鷹原が決めるといい。今日の主役はお前だ」
「羽依里、今日誕生日なんでしょ? 私たちができるコトって言ったら、多分こんくらいだから」
「別に、卓球でも構わないんだぞ」
「いや、それはいい。・・・はぁ、なんだろう。落ち着くな、やっぱりここは」
こんな年になっても、誕生日の概念は消え去らない。それをこいつらに祝ってもらえるんだから、やっぱり幸せだ。
「んじゃ、缶蹴りでもするか。誰がダラズな生活してるか、分かるしな」
「はーん、体力じゃ負けねえぞ」
「いいだろう、望むところだ」
「言っておくが、私はまだまだ動けるぞ」
「えっ、もう始まるのこれ!?」
そうして、賑やかな時が始まる。
それは、いつまでも変わらない、あの頃の眩しさのままで・・・。
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結局遊びに夢中になって、汗だくになりながら家に帰ったのは五時頃だった。
さすがにうみはもう帰ってきてるだろう。本当に、我を忘れて遊び惚けてしまった。反省だ。
「ただいまー」
中から返事は返ってこない。でもあかりはついているから、誰かはいるのだろう。
俺はどんどん奥に進んでいく。そしてその足はキッチンで止まった。
「・・・あっ、おかえり、おとーさん」
「うみ・・・!? なんで料理なんて」
うみは不慣れな手つきでフライパンだの包丁だのを動かしていた。落ち着いてみていられないその光景に俺は思わず声を上げた。
けれど、うみは小さな声でちゃんと答えてくれた。
「これ、私からのプレゼント」
「あっ・・・」
だから、今日の朝に野菜を欲しがっていたのか。
・・・本当に、この子は・・・。
「誕生日、おめでとう。おとーさん」
うみの無邪気な一言で、俺の目尻に込み上げてくるものがあった。そのまま一筋だけ、温かい涙が伝う。
本土で死んだように生きていた時、おめでとうなんて何度言われただろう。その言葉は、どれだけ俺に届いていただろう。
だから、今ここにある幸福がまた嬉しくなって、泣けてくる。
「ああ・・・ありがとう、うみ」
「えへへ・・・」
俺はそのままうみの身体を後ろから抱きしめて、優しく頭を撫でる。うみは満足そうに微笑んでくれた。
でも、流石に料理は別件。火を使うにも包丁を使うにもまだ幼い。
だから、今はこうしよう。
「うみ、今日はおとーさんと一緒に作ろうか」
「うん。分かった」
うみはしっかりと頷いて、隣に俺のスペースを開けてくれた。そこにゆっくりと俺は入り込む。
こうやって、うみはだんだんと大きくなっていく。いつかは俺のことなんてあっさり追い越していくだろう。
だから、いつか追い抜かれるその日までは。
こうやって二人並んで歩いて行こう。
ついてきてくれるよな・・・うみ。
ということでどうだったでしょうか。
このIFは結構本筋がしっかりしている(当社比)と思うので、こういう後日談がめちゃめちゃ書きやすいんです(当社比)
今後もこうやってこの世界線でSSを書くかもですね。
といったところで、今回はこの辺で。
感想評価等お待ちしております。