summer pockets 【If Story】 〜もう一度だけ、あの眩しさを〜 作:白羽凪
いかんいかん、軌道修正しっかりしよう。
~羽依里side~
「え...?」
そう思って目元を触れてみると、少しばかり濡れていたことに俺は気づいた。
「...何か、辛いことがあったら、俺、聞きますよ」
「...いや、そんなこと」
他人に弱みをさらけ出すのは嫌だった。
ましてや、さらに惨めさが募るだけで、何の得もない気がしていた。
言い方は悪いが、敗北感で満たされるのだ。
けれど、この人の声音は、優しさそのものだった。
一見幸せそうな人なのに。
きっと、その裏にはもっと重たい、闇のようなものを感じた。
どんな人生を生きてきたのだろうか。俺には計り知れなかった。
「...瑚太朗君、あまり止めちゃ悪いよ?」
「分かってるけど...なんか、こういうの、見過ごせなくてさ」
「...だろうね。瑚太朗君らしいや」
小鳥さんはあきらめたようにため息をついて、ふっと微笑んだ。
そのやさしさを、俺は知らない。
だから、少しでも、と触れたくなった。
話してみるだけというのも、ありなのかも知れない。
「...お話、聞いてもらえますか?」
「時間が許す限りは、いくらでも」
そう答えられて、少し肩の力が抜けた。
見ず知らずの誰かのはずなのに、どこからか安心感が湧いてきた。
この人になら、言ってみてもいいかもしれない。
俺は、もう一度椅子に座った。
そして、淡々と弱音を口にする。
「...なんか最近、どうしようもなくダメなんです」
「うん...色々あるんだろうな」
何が、とは聞かなかった。
「...妻が亡くなって、一人で娘を育ててきたのに...何もうまくいかなくて、距離も離れるままで...。正直、二人がうらやましいんです。こうして今二人並んで座ってることが、嫌なくらいに妬ましくて...!」
言えば言うほど、自分が黒く染まっていく気がしていた。
けれど、これが本心と言えば本心である。
だからこそ、安易に引けなかった。
黙って聞いていた二人だったが、先に口を開いたのは小鳥さんの方だった。
「...私たちも、簡単に幸せになったわけじゃないですよ」
「...何があったんですか?」
「えーっと...ちょっとにわかに信じられない話かもしれないですけど...けど、私たちがたどってきた道、お話します」
先ほどとは打って変わって小鳥さんは、冷静に、動じることなく自分の過去を告げた。
それは、本当に信じられない話だった。
この世に、そんな戦いがあったなんて、さすがに信じられる話ではなかった。
けれど、その過去を話す表情があまりにも真剣で。嘘偽りないような内容で。
それを信じずにはいられなかった。
その上で、瑚太朗さんは、命を賭して小鳥さんを愛していた。
何度も、死にかけながら、過去の自分に気づきながら。
それでも、一途な愛を、瑚太朗さんは小鳥さんに送っていたのだ。
俺は、しろはにそこまでしてやれていたのだろうか?
芯の強さが、違うのではないかと。
また、心のどこかで後悔が生まれる。
「...今じゃ俺、すごい小鳥の迷惑になってるかもしれないですけど...、でも、命を賭けて生きてるというのは、変わりません」
「...そうですか」
「なんて、すいません。一方的な話ばっかり」
「いえ、こっちが聞こうとしてたので」
実際、俺の方から二人の過去を聞こうとしていたのだから、何も文句は言えない。
「...ただ、俺が言うのもなんですけど...」
少しためらいながら、瑚太朗さんは口にした。
「まだ...娘さんがいるんですよね? ...守るものがあるなら、まだ死ねませんよ」
「...分かってます」
「分かってても言います。俺って、おせっかい焼きなんで。...人の人生に干渉できるほど俺は強くないですけど...、それでも、鷹原さんが苦しんでいるなら、その後ろ盾になれる人間になりたいと思ってるんです」
その目は、相も変わらず信念が座っていた。
この人は、きっと本気で俺のことを思っている。
本気で、俺を救いたいと思っているんだ。
大切だと思っていた場所を失いかけた過去があるから。
「...電話番号、教えておくんで、苦しくなったら言ってください。...どこまで力になれるかは分かりませんが、力になりたいんで」
そういうなり、瑚太朗さんは自ずから電話番号を差し出してきた。
断ることもできないまま、俺はその番号を交換する。
ふと、一周回って、頭がすっきりした気がした。
何も解決してないのに、心が楽になった。
嫉妬の感情が特別薄れたわけじゃないのに...。
それはきっと、苦しさを共有する誰かができたから、だろうか。
悪い気はしなかった。
「...それじゃ、そろそろ仕事戻らないといけないので、帰ります。今後とも弊社のこと、よろしくお願いします」
俺は、立ち上がって、今度こそ踵を返した。
さすがにもう呼び止める声はない。
代わりに、励ましの言葉がまた響いた。
「いつでも連絡ください。俺、割と暇してるんで」
「瑚太朗君、まだアシスタントもままならないしね」
「...です」
「...ははっ。...また、いつか、絶対に連絡します」
最後の言葉はちゃんと言えただろうか。
その真偽は誰も知らないが、きっと大丈夫だろうと俺は今度こそ天王寺家を出た。
今日くらいは、ちゃんとうみと話してみよう。
まずは、それから始めないと。
しかし、現実は残酷で。
会社に戻る数分前、見知らぬ番号が、俺の携帯を鳴らした。
何かと思って電話を取ってみると、若い男性の声が、緊迫性を孕ませながら口早に避けんだ。
「あっ、うみちゃんの親御さんですか!?」
「はい、そうですけど...」
「なら言います!! うみちゃんが...
病院へ...運ばれました」
今回は特別クロスオーバー先を書くことはないです。
...が、まあ、このうみの通う小学校の担任は他作keyのキャラクターです。
といったところで今回はこの辺で。