summer pockets 【If Story】 〜もう一度だけ、あの眩しさを〜 作:白羽凪
SSになると極端にサブタイトルが浮かばない。
~羽依里side~
直枝と名乗るその男性は、先ほどの電話の相手と同じ、うみの小学校の担任だった。
「重ね重ね、本日はすいませんでした」
目を合わせるなり、ぺこりと頭を下げる。
それじゃどうにもならないと分かってるはずなのに。
社会において、それが一番有効打であれば、そうするだろう。
つくづく、そんな世界に腹が立つ。
しかし、怒り散らすだけが俺にできることではないと雑念を振り払った。
この人であれば、うみに何があったかを教えてくれるかもしれないのだから。
「いえ......。それより、うみに何があったか、教えてくれますか?」
「え? あぁ、そうですね。...といっても、僕は当事者ではないので、目撃情報を頼りにしてるだけですけど...」
「それでもかまいません」
少し食い気味に俺は答える。
今必要なのは言い訳なんかではなく、理由なのだから。
そうして直枝先生は、一度深呼吸をすると、スイッチが入ったようにはきはきと話し出した。
「...うちの学校には裏山があるんです。といっても、小さなものですけど。それで、ある子が、うみちゃんがそこから落ちる瞬間を見ていたんです」
「...誰かがやったわけとかではないですよね?」
俺は人知れず直枝先生を睨んだ。
しかし、先生はうろたえることなくまっすぐな瞳で答えた。
「当然です。...少なくとも、そういった雰囲気作りはしてない自信はあります。そこまで僕は、信頼されていないんですか?」
さすがに癪に障ったようで、先生は少しばかり怒っていたように見える。
こればかりは軽率だったと反省した。
「すいません。...ちょっと、今何も見えない状態で...」
「...分かってます。...けれど、僕も教師です。うみちゃんの親である、あなたに対して思うところはいくらでもありますよ」
直枝先生は、俺の想像する以上に、怒っているように見えた。
それは、おそらくこの一瞬のものではなく。
もっと、根本から。
「そもそも、うちの学校の裏山は低学年は立ち入り禁止になってます。子供たちにも守るように言いつけてますし、そんな低学年なら、普通は破ったりしません。...ましてや、うみちゃんはクラスの中でも一際おとなしい子です。どうしてそんな子がルールを破って裏山に入ったのか、考えない僕じゃないですよ」
「...」
まくし立てられて答えることが出来ないのもあるが、それ以上に俺は、うみがどうしてそういった行動に走ったのか改めて考えてみた。
が、何も思い浮かばない。
何も思い浮かばないことが、また腹が立って仕方がなかった。
うみと、俺にとってほとんど赤の他人である目の前の担任教師がそれを分かっていながら、俺は実の娘の何一つ分かっていないのだ。
7年...。
7年も一緒にいるのに、意思疎通の一つもできない親であるのだ。俺は。
それが、たまらなく悔しい。
惨めになる。
悲惨で、無残で、残酷な現実で、逃げようのない現実で。
だから、また苦しくなる。
もう何度目かは、数えるのを止めた感情に、また苛まれるのだ。
「...分からないんですね。そうですか」
少しの間俺を待っていた様子だった直枝先生は、冷めた声音、冷めた瞳で呟いた。それはどこか残念そうに。
そのまま憐れんだ瞳で俺を見る。
「これで、合点がいかなかった全てが繋がりました。...鷹原さん。あなた、ネグレクトしてませんか?」
「...え?」
それは、あまりにも唐突に告げられた、残酷な一言だった。
ネグレクト。
それは、育児放棄だの、ある種虐待だの、そうした部類に入るもの。
少なくとも、俺自身、そんな自覚はなかった。
だからこそ、こうして今、驚いているというのに。
しかし、目の前の直枝先生は、そんなこともお構いなしだった。
「入学当時から、あまり顔色や表情が冴えない子でした。最初は引っ込み思案なのかもしれないって、そんなことも思ってみましたが、数か月たった今でも変化がない。...ここまでくると、親であるあなたを疑うほかないんですよ。鷹原さん」
「...違う。俺は、だって...」
「今日もそうでした。朝のHRから、どこか遠くを見て、心がここにない、といった感じです。だからきっと、今日の事故が起きた。...裏山に簡単に入れるようにしてしまっている僕たちにも当然責任はあります。それはすいません。...けど、ふらふらと裏山に立ち寄ってしまうような、そんな心理状況を作ったのは、鷹原さん、あなたじゃないんですか?」
「...なんだよ、結局、俺のせいかよ...!」
心からそう吐き捨てた。
もう、いっそすべてを投げ出して、時の、時勢の流れるままに任せるのもありなんじゃないかと思う。
...だって、そうだろ?
俺、父親失格なんだぜ?
忙しいなりに時間を縫っては、うみとちゃんと接したつもりでいて。
それで、この言われようだ。
もちろん、目の前の直枝先生が言ってることは、どこまでも正しい。
子供の命を預かる教師として、適切な言葉を言っている。
...だからって。
だからって、俺はこうまで否定されるのかよ。
ずっと、頑張ってきた。
ずっと...一人で、頑張ってきた。
ずっと...
一人で...。
「ああそうかよ! 俺のせいかよ!! そうだよな!? 俺が不甲斐ないから、うみにこんな思いをさせたって、そういうことだろ!?」
「え、僕は...」
「ああ! そうだよ! お前の言ってることは正しいよ! 俺は最低な父親で! 娘の世話一つもできずに! それで頑張ってきたって、結局は評価されないんだろ! 教師だからな! 正しいからな! その正しさで、全てが諭せるんだよ!!」
「あっ...」
目の前の男は取り返しのつかないようなことをしてしまったと、怯えた顔を見せていたが、俺にとってはもうそんなことどうでもよかった。
今はただ、大声で叫び散らして、自分を責めて、責めて、責めて...
楽になりたかった。
もう、何もできない。
神経質になった本能が、ただひたすらにそう叫んだ。
いっそ、本当にネグレクトするのもありかもしれない。
俺なんかより、児童相談所にいったほうが、うみは幸せになれるかもしれないのだから。
ああ、そうか。
やっと、楽になる方法を思い出した。
逃げ出そう。ここから。
もう、誰もいらない。
俺一人で生きれば、それ以上に楽なものはない。
俺は、冷めた笑みを浮かべた。
何に笑ったのかは、もう覚えてないけど。
「...俺なりに、けじめをつけますよ。大丈夫です。教師に迷惑はかけませんよ。誰にも、ね」
「それは...ダメです」
俺の笑みがよからぬものだと察したのか、目の前の男は震えた声で立ち向かった。
本当に勇気があると思う。
けど、そんな勇気は、なんの意味もない。
「いいや、やる。それとも...なんですか? 教師という正義のもとに、親としての行動権利さえ失わせるんですか?」
「それは...」
「...もう帰ってください」
最後の一言が決め手となったのか、瞬く間にその男性はドアから無言のまま身を引いた。
病室には、嵐の後の静寂の身が走る。
俺は、もう一度うみの頬を触れた。
流す涙は、もうなかった。
「...ごめんなうみ。お父さん。もう限界みたいだ」
それだけ言い残して、俺も病室から退散した。
うみの頬を伝う涙のその存在さえも知らないで。
違う!こんなに憎たらしいキャラにするつもりはなかったんや!
これは完全に力足らず。無念。
といったところで、今回はこの辺で。