summer pockets 【If Story】 〜もう一度だけ、あの眩しさを〜 作:白羽凪
しかし、冷静を失った拳はまともに当たることなく春原はひょいと避け、正当防衛と言わんばかりに俺の後頭部を軽く殴った。
「っ!」
「喧嘩慣れしてないのがバレバレだね。冷静になってないって言ってもさ、そんな見え見えの行動、躱せないわけないよね」
「このっ! 馬鹿にしてんのか!」
次のこぶしも春原は軽々しく避ける。ここまでくれば何も当たることはなかった。
次第に春原も面倒くさくなったのか、静止の意を込めて一度強く俺の腹部を殴った。
「ぐはっ!」
「...はぁ。目を覚ましたらどうだい? 僕ももう卒業してるから、こんなことしたくないんだけど」
「くそっ...!」
心の底から何かを悔しがる。けれどそれは喧嘩に勝てないことにではなく、うみのことで何もできないで、こうしてくるってしまった自分についてだった。
分かっていた。こうすることで何か変わるわけでもない。
けれど、向き合うだけ辛いことばかり。もう嫌になっていた。
それが分かった瞬間、俺の身体の神経は急にこと切れたように力を失い、血に膝をついた。
そのままぼろぼろと涙が零れ落ちる。始まれば止まることはなかった。
「うみ...うみ...っ!」
俺はなんてことをしてしまったのだろうと、今更になって後悔する。
泣くことしか今となっては出来なかった。
そんな俺を、春原は慰めることなく、少々厳しめな言葉で攻め立てた。
「...自分がやってきたことの重さ、分かったかい?」
「...なんでお前は...俺に構うんだよ...。いいじゃねえか、ほっといてくれても...! ...もう遅いだろ」
「いいや、遅くないさ。...生きてればこそ、何でもできる。そんなもんじゃないの?」
「じゃあ何ができるってんだよ!」
「だから言ったよね。なんで仕事してるのって」
「...あ」
言われて初めて、俺は先の春原の言葉を思い出した。
『なんで働いてるの?』
理由は一つ、それがうみのためになると思っていたから。
しろはがいなくなって、支えるのは俺一人になってしまった。苦しいけど、しっかり稼いで、それで育てるしかない。
それが理由だった。
その頑張りを、昨日と今日ですべてを否定されたような気がして、俺は悔しかった。正しくないと言われても、ここまでの自分を無駄だと思いたくなかった。
馬鹿だよな...。そんなプライドのせいで、何度も逃げてきたっていうのに。
体が空っぽになっていく感覚が、次第に俺の身体に浸透していった。
もう、正しさも悪さも何も分からない。
そんな抜け殻のような状態で膝をついている俺に、春原は手を差し伸べた。
俺がその手を力なく取った時、春原は表情を崩して俺に告げた。
「...とりあえずさ、お前のとこの上司には僕から言うからさ、少し休んでみたらどうだい?」
「休んで...何をするんだよ」
「さあね。それは僕が決めることじゃない。...ただまあ、誰かに話を聞いてもらう、なんてのもいいと思うけどね」
「...否定されるかもしれないのに?」
「それでもやるの。...世の中にはカウンセラーってのがいてさ、親身に話聞いてくれんの。そこでちゃんと向き合ってみるのはどうかな?」
「カウンセラー...」
「知人にそういう人がいてさ。紹介しとくから、今度行ってみなよ」
今は何も考えたくなかったが、抱え込むのも嫌になっているのは確かだった。
見知らぬ誰かに打ち明けるのは怖いが、苦しいままで終わりたくなかった。
逃げることは出来ない。
傷つきながら進むことを忘れた俺だけど、何もしないという選択肢はないのなら、もう一度進むしかなかった。
「...そうしてみる」
「よし。決まりだね。んじゃ、僕が言っておくから、今日はもう帰りな」
「有給...使えるか?」
「脅してでもやっとくよ。いずれにせよ、鷹原がこのままってのが僕は一番いやだからさ」
春原はいつも通りの顔で笑った。その強さが、まぶしさが、果てしなくうらやましかった。
けれどそれ以上に、今は春原への感謝の気持ちが一番にあった。思わず、口から零れる。
「なあ...なんで、お前はそうまでして俺に...」
「さあね。分からない。...けど、助けなきゃって思ったやつを放っておくこと、僕嫌いなんだよね。...昔、お前みたいにやんちゃで危なっかしいやつがいてさ。それの面倒見てたのも理由かな」
「そうか...。...優しいんだな」
「そうかな? 僕はこういうの、当たり前だと思うけどね」
春原は明後日の方向を向いてぶっきらぼうに返事をするが、明らかに照れているのが分かった。
優しい人間だ。本当に。
そんな優しさを、俺も持っていれたら、少しは変わったんだろか。
...いや、止めよう。
いずれにせよ、仕事と言う存在に囚われていた自分を解放することが、多分、今の俺にできることなのだろう。
先はまだ見えないけど、見ようとすることをやめたくないから。
俺は一旦、この場所を離れよう。
これからのことはまたこれから。...全てを許せる日が来たら、その時はちゃんと答えを出そう。
「...それじゃ、俺は行くよ」
「分かった。体調不良とでも伝えておくから、ゆっくり休むんだね」
「...ありがとな」
「別に」
俺は屋上から下へと抜ける階段へと向かう。
その時、春原は思い出したように俺に声を掛けた。
「っておい! 名前!」
「あ」
「伝えとくよ! 場所と名前。その人の名前はね...」
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と言ったところで、今回はカウンセラーの名前を伏せます。
...クロスオーバーは?と思われた方、安心してください。次回出ます。
といったところで今回はこの辺で。
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