summer pockets 【If Story】 〜もう一度だけ、あの眩しさを〜   作:白羽凪

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ここからが勝負。ぜひご期待ください。


第七話 正しさの価値

 

 しかし、冷静を失った拳はまともに当たることなく春原はひょいと避け、正当防衛と言わんばかりに俺の後頭部を軽く殴った。

 

 

「っ!」

 

「喧嘩慣れしてないのがバレバレだね。冷静になってないって言ってもさ、そんな見え見えの行動、躱せないわけないよね」

 

「このっ! 馬鹿にしてんのか!」

 

 次のこぶしも春原は軽々しく避ける。ここまでくれば何も当たることはなかった。

 次第に春原も面倒くさくなったのか、静止の意を込めて一度強く俺の腹部を殴った。

 

 

「ぐはっ!」

 

「...はぁ。目を覚ましたらどうだい? 僕ももう卒業してるから、こんなことしたくないんだけど」

 

「くそっ...!」

 

 心の底から何かを悔しがる。けれどそれは喧嘩に勝てないことにではなく、うみのことで何もできないで、こうしてくるってしまった自分についてだった。

 

 分かっていた。こうすることで何か変わるわけでもない。

 けれど、向き合うだけ辛いことばかり。もう嫌になっていた。

 

 それが分かった瞬間、俺の身体の神経は急にこと切れたように力を失い、血に膝をついた。

 そのままぼろぼろと涙が零れ落ちる。始まれば止まることはなかった。

 

 

「うみ...うみ...っ!」

 

 

 俺はなんてことをしてしまったのだろうと、今更になって後悔する。

 泣くことしか今となっては出来なかった。

 

 そんな俺を、春原は慰めることなく、少々厳しめな言葉で攻め立てた。

 

 

「...自分がやってきたことの重さ、分かったかい?」

 

「...なんでお前は...俺に構うんだよ...。いいじゃねえか、ほっといてくれても...! ...もう遅いだろ」

 

「いいや、遅くないさ。...生きてればこそ、何でもできる。そんなもんじゃないの?」

 

「じゃあ何ができるってんだよ!」

 

「だから言ったよね。なんで仕事してるのって」

 

「...あ」

 

 

 言われて初めて、俺は先の春原の言葉を思い出した。

 

『なんで働いてるの?』

 

 理由は一つ、それがうみのためになると思っていたから。

 しろはがいなくなって、支えるのは俺一人になってしまった。苦しいけど、しっかり稼いで、それで育てるしかない。

 

 それが理由だった。

 

 その頑張りを、昨日と今日ですべてを否定されたような気がして、俺は悔しかった。正しくないと言われても、ここまでの自分を無駄だと思いたくなかった。

 

 

 馬鹿だよな...。そんなプライドのせいで、何度も逃げてきたっていうのに。

 

 

 体が空っぽになっていく感覚が、次第に俺の身体に浸透していった。

 もう、正しさも悪さも何も分からない。

 

 そんな抜け殻のような状態で膝をついている俺に、春原は手を差し伸べた。

 俺がその手を力なく取った時、春原は表情を崩して俺に告げた。

 

 

「...とりあえずさ、お前のとこの上司には僕から言うからさ、少し休んでみたらどうだい?」

 

「休んで...何をするんだよ」

 

「さあね。それは僕が決めることじゃない。...ただまあ、誰かに話を聞いてもらう、なんてのもいいと思うけどね」

 

「...否定されるかもしれないのに?」

 

「それでもやるの。...世の中にはカウンセラーってのがいてさ、親身に話聞いてくれんの。そこでちゃんと向き合ってみるのはどうかな?」

 

「カウンセラー...」

 

「知人にそういう人がいてさ。紹介しとくから、今度行ってみなよ」

 

 

 今は何も考えたくなかったが、抱え込むのも嫌になっているのは確かだった。

 見知らぬ誰かに打ち明けるのは怖いが、苦しいままで終わりたくなかった。

 

 逃げることは出来ない。

 

 傷つきながら進むことを忘れた俺だけど、何もしないという選択肢はないのなら、もう一度進むしかなかった。

 

 

「...そうしてみる」

 

「よし。決まりだね。んじゃ、僕が言っておくから、今日はもう帰りな」

 

「有給...使えるか?」

 

「脅してでもやっとくよ。いずれにせよ、鷹原がこのままってのが僕は一番いやだからさ」

 

 春原はいつも通りの顔で笑った。その強さが、まぶしさが、果てしなくうらやましかった。

 けれどそれ以上に、今は春原への感謝の気持ちが一番にあった。思わず、口から零れる。

 

 

「なあ...なんで、お前はそうまでして俺に...」

 

「さあね。分からない。...けど、助けなきゃって思ったやつを放っておくこと、僕嫌いなんだよね。...昔、お前みたいにやんちゃで危なっかしいやつがいてさ。それの面倒見てたのも理由かな」

 

「そうか...。...優しいんだな」

 

「そうかな? 僕はこういうの、当たり前だと思うけどね」

 

 

 春原は明後日の方向を向いてぶっきらぼうに返事をするが、明らかに照れているのが分かった。

 

 優しい人間だ。本当に。

 そんな優しさを、俺も持っていれたら、少しは変わったんだろか。

 

 

 ...いや、止めよう。

 

 

 いずれにせよ、仕事と言う存在に囚われていた自分を解放することが、多分、今の俺にできることなのだろう。

 先はまだ見えないけど、見ようとすることをやめたくないから。

 

 

 俺は一旦、この場所を離れよう。

 これからのことはまたこれから。...全てを許せる日が来たら、その時はちゃんと答えを出そう。

 

 

「...それじゃ、俺は行くよ」

 

「分かった。体調不良とでも伝えておくから、ゆっくり休むんだね」

 

「...ありがとな」

 

「別に」

 

 俺は屋上から下へと抜ける階段へと向かう。

 その時、春原は思い出したように俺に声を掛けた。

 

 

「っておい! 名前!」

 

「あ」

 

 

 

「伝えとくよ! 場所と名前。その人の名前はね...」

 

 

 

---

 

 

 

 




と言ったところで、今回はカウンセラーの名前を伏せます。
...クロスオーバーは?と思われた方、安心してください。次回出ます。

といったところで今回はこの辺で。
感想や評価等いただければ幸いです。
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