ミジンコの俺がラスボス級悪役お嬢様とベストエンドを迎える方法   作:草木 しょぼー

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誘惑

 やれやれと、小姑のような美亜から星奈へと視線を向ける。星奈は一人っ子だと言っていたから、妹が出来たみたいで嬉しいのだろう。美亜を見送る瞳が優しく細められていた。

 

「嬉しそうだな、星奈」

 

「はい、順調です」

 

 何が順調なのかわからないが、星奈が丸テーブルを挟んで座っていた俺の左隣へと移動してきた。

 

「え?! 星奈?」

 

 甘い香り――フローラル系というよりもフルーティー、甘い果実のような香りが鼻を(くすぐ)る。何だこれ? めっちゃ良い匂いするんだけど。少しでも気を抜いたら、クンカクンカと匂いを嗅いでしまいそうだ。

 変態衝動を抑える為には、何か他事に意識を向けて気を紛らわせる必要がある。どうする? こういった時の定番だが円周率さんに頼るか。

 

 3.14159265……315011201(さいこういいにおい)……。無理ゲーだった。

 

「光太、手を貸してください」

 

「ん? あぁ、いいけど?」

 

「いえ、右手を」

 

「あぁ」

 

 心頭滅却の精神とはほど遠い、雑念にまみれる俺に更なる追い打ちがかけられた。

 左隣に座る星奈に右手を差し出すということは、つまりは体を星奈の方へと捻り気持ち乗り出すような格好になる。必然、顔の距離も近づくわけで、いよいよ匂いに惑わされそうになり鼻呼吸を止める。しかし、これで口呼吸でハァハァしたりなんかしたら、もう逮捕案件じゃなかろうか。

 そんな煩悩や酸欠と戦う俺をよそに、星奈は両手で掴んだ俺の手をまじまじと見つめている。あぁ、手相か。女の人って手相とか占いとか好きだもんな。

 

「えいっ」

 

 景気づけとばかりに星奈が口にした掛け声から遅れること一拍、導かれた俺の手は、星奈のふくよかな左胸に押し付けられていた。あたかも、たわわに実った果実をもぎ取るように、鷲掴みにする形で。

 

「へっ?」

 

 視覚と触覚を介して伝わる情報が、既に酸欠状態でまともに働かない細胞になっていた思考回路をフリーズさせた。仕事しろ、赤血球。

 文字通り手に余る大きさの、ぷにっと肉まんとは次元の違った指福(しふく)の感触に、俺の手は無意識に反応してしまう。ムニムニと――その柔らかさと弾力性の同居する魔性に憑りつかれたかのように。

 

「んっ」

 

「わぁあああ!! すまん星奈っ」

 

 星奈の口から漏れた吐息混じりの(あで)やかな声に、俺の意識が再起動した。だが、星奈に掴まれたままの右手は、変わらず桃源郷に沈んだまま。立ち上がれ、俺の理性。立ち上がるな、俺の煩悩。

 

「ドキドキしてるの、わかりますか?」

 

「お、おう、やわらかります……」

 

 ダメだっ! 脳内で理性と煩悩が交戦中で、言語中枢に支障をきたしている。今の俺には、ミ〇カネットワークが必要だ。

 いやいやいやいやっ、何やってんの星奈たん! 恥ずかし気に上目遣いで尋ねられてるこっちも、ドキドキどころかバックンバックン心臓跳ねてて破裂しそうになってんですけどっ?!

 

「ちょっと星奈っ?!」

 

「「あっ」」

 

 焦って中途半端に手を引いたらバランスを崩してしまった。体勢の悪い状態で、両手の星奈と綱引きしたらそりゃ負ける。逆に、星奈へと圧《の》しかかるように倒れ込んでしまった。

 

「「……」」

 

 ――どうやら俺は、死んでしまったらしい。何も見えない。これが死後の世界なのだろうか。でも、ちっとも怖い感じはしない。ただただ優しいぬくもりと、甘い匂いに包み込まれている。何となく懐かしい感じがするのは、母親の胎内にいた時の事を本能が覚えているからか。きっとこんな感じだったんだろう。異世界に転生したら、今度こそ俺は本気出す。

 

「なっ! にぃにっ! 何やってんの!!」

 

 現実からの逃避行を続けていた俺の耳に、美亜の声が飛び込んできた。どう見ても、押し倒した星奈の胸に顔を(うず)めている現行犯。状況は完全に黒。

 だが問題ない。こういったラッキースケベの対処法は、漫画などでバッチリ予習済みだ。まずは目を閉じて心を落ち着かせる。焦って言い訳するのは、かえって事態を悪化させる悪手だ。

 冷静に――ゆっくりと体を起こし、美亜の方へと振り返った。

 

「落ち着け、美亜。これは単なる事故、そう事故なんだよ」

 

 美亜は、コップのジュースが零れ落ちないかと心配なほど、ワナワナと体を震わせている。これっぽっちも俺の言葉なんて信用していない、そんな気持ちが、威嚇する猫のような目に現われている。

 

「私、汚れちゃいました」

 

 汚れた? 星奈の声に振り向こうとした俺を美亜の一喝が縫い留める。

 

「にぃにっ!」

 

「はいっ」

 

「出てるよ……」

 

「はい?」

 

「鼻血。真面目な顔で言い訳しても、鼻血出してたら説得力ゼロだから!」

 

「……あっ」

 

 そういえば、さっきから口の中に鉄臭い味が広がっていた。あらためて鼻下に手を当てると、べったりと血が付いてきた。

 

「責任、取ってくださいね」

 

 星奈の不穏な一言に、今度こそ振り向いた。その胸元に広がる赤い染み。

 あぁ、服か、これは新品を弁償しないとな。言い方がややこしくて無駄に焦ったわ。

 さらに見ると、起き上がる時にでも垂れた鼻血が、点々と制服を(くだ)っている。ずり上がったスカートを直す仕草を見せる星奈の、白い内腿にまでスカートの()()()続く赤い汚れを描いていた。

 

「星奈姉さまっ、その血――まさかっ?!」

 

「私、もう綺麗な体じゃなくなってしまいました」

 

 涙ぐんだ星奈が、ばっと両手で顔を覆い隠した。

 

「星奈? 汚したのは悪かったけど制服なら弁償するし、何ならシャワーでも浴びてく?」

 

「にぃに、最低。なんて事を……お父さんっ! お母さんっ!」 

 

「へっ?」 

 

 美亜の緊迫した叫び声を聞き、駆けつける二人の足音が近づいて来る。

 最低? なんて事を? なんで美亜は、そこまで怒ってるんだ? 

 その血……奇麗な体……責任?

 ――あっ!!!!!!! そういう事かっ!

 いや、待て待てっ、星奈のその太腿の血痕は俺の鼻血だぞ? 何でそんな結論に行き着いた。

 星奈もどうしてそんな事を……とにかく落ちつけ、俺。

 パニくってる場合じゃない。ちゃんと説明すればわかってくれる……よな? 

 なんなんだ、このバッドエンドみたいな状況は――。

 

 

 ―――――――――――― ブツン! ―――――――――――― 

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