ミジンコの俺がラスボス級悪役お嬢様とベストエンドを迎える方法   作:草木 しょぼー

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星奈さんは語りたい

 昼休憩。二度目となる感想文を書き上げ、すぐに教室を後にする。中庭を抜け、校舎の角を曲がった所で花壇の前に佇む星奈が目に入った。

 

「星奈」

 

 不意の呼びかけにも関わらず、振り向いた星奈に驚いた様子はない。むしろ俺が来るのを待っていたと、微笑む顔が告げているようだった。

 

「お昼、まだですよね?」

 

 抱えていた紙袋を顔の横に掲げ、まるで確定事項かのように確認してくる。

 はにかむ星奈の頬は白桃のように色付き、どことなく、プレゼントを貰う前のそわそわとした子供――そんな雰囲気を感じさせた。

 花壇が見えるベンチへと向かうと、先に座った星奈がこちらへと促すように、右横をぽんぽんと手で叩いた。澄みきった空を映しこんだ、青色の瞳が催促してくる。

 もし俺が犬であれば、千切れんばかりに尾を振って喜び、迷うことなく飛び上がって寄り添うだろう。

 微笑む美少女から隣に座れと促される。そんなアオハル願望を具現化したシチュエーションに、駆け足となった俺の鼓動を責めるのは(いささ)か酷というものだ。

 

 とは言え、にこりと笑みを返して自然に横に座るのは、今の俺には少しばかり難度の高いミッションでもある。

 見栄でもなんでもなく、女の子と二人きりで話した経験なら皆無ではない。引きこもりという長い隠居生活による影響で、リハビリが必要な状態というだけだ。

 結果、なんとも微妙な距離を空けて座ってしまった。

 決して、【バクバクいってる心臓の音が聞こえちゃったらどうしよう】などと乙女チックに胸をときめかせていた訳ではない。

 それをちらりと横目に見た星奈が、座り心地を直すようにしてかけなおす。二人の距離が、横に置いた手が触れ合わない程度の絶妙な距離に、さり気なく縮められていた。

 これが見せつけられた立場であれば、躊躇(ためら)うことなく【まて、リアル(りあじゅう ぜんいん)バースト(ばくはつしろ!)】を発動しただろう。しかし今は、当事者としてこの状況を克服しなければならない。

 当然、ドギマギしている場合じゃない。もちろん、キュンキュンなどしていない。

 

「どうぞ」

 

 差し出されたチョココロネと牛乳を受け取る。

  

「あぁ、サンキュン。……サンキュー」

 

 サンキュンってなんだよ、キュンキュンの上位版かよ。やはり相当なリハビリが必要なようだ。

 紙袋から取り出した、パックの紅茶にストローをさす星奈。彼女のスカートの上にもチョココロネが置かれている。

 

「いくらだった?」

 

「お金は要りません。その代わりと言ってはなんですが……」

 

 そこで言葉を切った星奈は俺を一瞥すると、花壇で咲く紫の花へと視線を移す。

 

【後に続く言葉、わかりますよね?】

 

 悪戯を仕掛けた子供のような――そんな笑みを浮かべた横顔が、そう問いかけてくる。

 

「白いアヤメ、で良いんだろ?」

 

 俺が確信を持って口にした言葉に、星奈は花壇を眺めたまま一言だけ「はい」と弾んだ声音で返した。

 思った通り。今朝の登校時に感じた違和感。

 初対面同士であるはずなのに美亜に対する親しげな態度。あのラッキースケベを的確に表現した証言。そこから導き出される一つの結論。

 

【星奈にもやり直しの記憶が残る】

 

 考えてみれば、ありえない話ではない。あの駄女神との会話の中でも、そう受け取れる箇所がいくつかあった。

 つまり、このゲームに脇役として参加しているのは俺一人じゃない。

 星奈も取り込まれて強制的に参加させられている、元はリアルの一人だという事だ。そして星奈は、俺が自分と同じ存在だと知っていた。

 

「星奈は、いつから俺の事をわかっていたんだ?」

 

「初めから、です」

 

「え?」

 

「最初に購買の前で出会うのが、いつものパターンなんです。その時に私の、キャラ設定と言うのでしょうか? そういったものがそちらに伝わるみたいですね。そこからの接し方は、距離を取られるのが大半です。主人公には近付かせないって感じですね。私と主人公のキャラが仲良くなるとバッドエンドになりますから。上手くいっていた攻略対象との仲が、必ず(こじ)れるんです」

 

 そこまで淡々と話した星奈が、喉を潤すようにストローを口に咥える。すぼめられた口元に目が引き寄せられていると、白く細い喉がコクコクと波打った。その様子が妙に色っぽい。

 確かに、星奈はその容姿からして、男からしたら抗いがたい魅力に溢れている。高嶺の花とはいえ、いや、だからこそ挑まずにはいられない。

 そうして吸い寄せられた男どもなど、星奈からしてみればブルーライトに誘引されたハエでしかなく、ことごとく瞬殺してきたのだろう。

 

「二度目に会った時ですが――資料を運んでもらった時ですね、私だとわかると、まず引かれるのですが……」

 

 思い出すように語っていた星奈の涼し気な瞳、その目尻がわずかに下げられた。

 

「運んでもらったのは、今回の光太が初めてでした。稀に手伝おうとする方もいましたが、ご機嫌取りといった魂胆が見え見えで。その様な方たちも、あれだけきつくお断りすれば諦めました」

 

「そ、そうなんだ」

 

 あの時、星奈の冷たい眼差しと吐息のコンボに、俺が歓喜に打ち震えていたという事実は黙っておこう。しかし、美少女からのそれはご褒美だろ? ゲームやらアニメやらで、そっち方面の経験値は十分だったようだ。

 

「いずれにしろ――」

 

 正面を見据えていた星奈の顔が、体ごとこちらに向く。間近で、ピタリと視線が合わさった。

 

「光太と、ここまで仲良くなったのも初めてです」

 

 頬を上気させ、俺の目を真っすぐに見つめてくる瞳に圧倒される。破壊力があり過ぎて、もう灼熱のハロウィンどころじゃない。肺が焼きついたのか、上手く呼吸が出来ない。

 

「そ、そうか。光栄です……と言うべきなのかな」

 

 何とか言葉を紡ぎ出し、ぎこちなく視線を逸らせてしまった。

 心に少し余裕が出来てきて、油断していたところにこれだ。危うくズキュン死するところだった。

 駆け足どころか、もはや全速力(フルスロットル)な鼓動に、全身が心臓になったかのような錯覚を覚える。

 実際、平静を保てていないのはバレバレだろう。叫んで転がり回りたい衝動を誤魔化すために、俺はチョココロネにかぶりつく。

 そこで先程の話が頭を(よぎ)り、ふと湧いた疑問を口にしていた。

 

「星奈は、いったい何人の俺じゃない光太(・・・・・・・)に出会ってきたんだ?」

 

「どうでしょう? 数えていないのでわからないですね。そもそも、興味がありませんでしたから」

 

「興味がなかった? 同じ立場に置かれている者同士なのに?」

 

「同じ? 全然違いますよ」

 

 そう答えた星奈の瞳は、最初に出会った時の無機質な――唯々、冷たさを感じさせるそれだった。

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