ミジンコの俺がラスボス級悪役お嬢様とベストエンドを迎える方法   作:草木 しょぼー

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深層

「全然違うって……どういう事? 星奈も、女神の暇潰しに付き合わされているんだろ?」

 

 それに答える事なく、星奈は俺を見つめる。見つめるというか、覗くといった方がしっくりくる――心の奥底を見透かされるような、そんな青い瞳に俺が映り込んでいた。

 

「光太も……あなたも違いますよね。あなたは、私と同じ側」

 

 星奈の淡々と、それでいて確信めいた声音で紡がれた言葉。その意味を噛み砕くように頭の中で反芻(はんすう)する。違う、だけど同じ。謎かけのように相反する言葉が行き交い、思考の糸は絡まるばかりだ。

 いつも通りの、過程をすっ飛ばして結論に至る、ざっくり過ぎる説明。

 既にわかっていた事だが、星奈は人にものを教えるのに向かないタイプだ。天才は、自分の常識を相手にも求める。凡人がなぜ理解出来ないのかが理解出来ない。だから、圧倒的に言葉が足りない。

 孤高の天才、天才は孤独、なんてカッコ良く言われたりもするが、俺からしてみれば単なるコミュ障と言っても良いんじゃないかとさえ思えてくる。裏を返せば、そこが常人には察せられない、天才故の悩みだったりするらしい。少なくとも、俺の読んだ漫画の主人公は悩んでいた。

 

「私は、どうやら女神にとって少々イレギュラーだったようでして。端的に言えば、このキャラクターを与えられて、頑張ってねと言われました」

 

 うん、端的過ぎて、さっぱりわからん。星奈が悩んでいるかどうかはさて置き、今の会話の中で俺的にヒットした言葉がある。

 

【イレギュラー】

 

 断じて、ちょっと厨二っぽい響きに惹かれたとかいう理由ではない。

 

「なるほどね、イレギュラーか。確かに似たような者同士かもな。俺は【ハズレ】って言われたけどな」

 

 勝手に拉致しておいてハズレ呼ばわりってどうなのと、正直思わなかった訳でもない。けどまぁ、この世界へと招かれた事自体に不満はなかったので、そこには触れないでおいた。

 それに、あの残念な女神に文句を言ったところで、イラっとくる煽り文句を倍返しで浴びせてくる、そんな予感しかなかったというのが本音だったりする。

 神じゃなく、薄っぺらい紙レベルの品格、駄女神という呼称はあいつにこそ相応しい。クリア報酬であの女神を更生させる、なんて事は可能なんだろうか。

 

「もしかして、俺と女神のやり取りまで知っていて、それで星奈と同じ側って言ったのか?」

 

「いえ、女神との通信までは知る事はないです。光太をこっそり観察していて、そう感じたんです」

 

 なんと、俺は観察対象だったらしい。こっそりなんて遠慮せず、どうせなら保護して飼育してもらいたい。俺は美少女を拾うより、美少女に拾われる系主人公を希望する。 

 

「俺、星奈に観察されてたの? 全然気が付かなかったんだけど?」

 

「私が動くと目立ちますから。(うち)の執事が」

 

「黒執事さん、マジでいたんだ……」

 

「黒執事? 黒くはないですが、有能で助かります」

 

「You No だと、命が助からないんですね」

 

「命?」

 

 首を傾げる星奈を前に、心の中で固く誓う。これからはガチで態度に気を付ける。今更だが、こんな風に二人きりで過ごしていても大丈夫なんだろうか?

 前後左右、物陰などに視線を飛ばし、黒執事さんらしき影を探す。さらに逆さまに覗き込むようにして、ベンチの下の確認も怠らない。そこでふと、芸術品と言っても過言ではない、流線形の物体が目に留まった。

 

 スタートラインは、キュっとしまった細い足首を包む紺色ソックス。フルスロットルで膨らむ期待感をなぞるように、脹脛(ふくらはぎ)は流麗かつ甘美な曲線を描き、その先に待ち受ける悪魔の誘惑、膝裏のヘアピンカーブを抜けて、白磁を思わせる肌はバックスタンド(スカート)へと消えていく。

 紺と白のコントラストも見事な逸品は、造形、質感は言うまでもなく、肌触りも最高級のそれと窺えた。

 

 ――星奈の足、めっちゃ奇麗だな。

 

 ちょっと脚フェチの人の気持ちがわかった気がする。後ろ髪を引かれる思いを断ち切り、ざっと周囲を見回してみたが、黒ずくめの危険人物は俺以外に見当たらない。

 

「ふふふっ」

 

 星奈の鈴を転がしたような笑い声に顔を向ける。

 

「大丈夫ですよ。もう執事には見張らせていません。今は直接観察していますから、私が」

 

「頼むから……観察日記とか、やめてくれよ?」

 

「!!!!! なぜそれを思いつかなかったのでしょう。早速、今日から取り掛からないと」

 

 数瞬、目を見開いて動きの固まった星奈が、真剣な表情で自分の言葉に相槌を打っている。これ、マジでつけるやつやん。もうその件は諦めて、脱線した話を元に戻そう。

 

「日記は、ほどほどに頼むな。それで結局、俺が星奈と同じ側ってどういう意味なの?」

 

「今までの光太と今回の光太は違います。あなたは、元の世界に戻る気がありませんよね?」

 

「単に戻る理由がないってだけなんだけどな。それって、つまりは星奈も戻る気がないって事?」

 

「はい」

 

 即答。星奈の返事は、声音からも一切の迷いを感じられなかった。

 

「そう……なんだ。でも女神の話だと、リアルでフェードアウトしちゃった奴らをこっちに呼んでるって言ってたけど? それなら、戻らずにこっちで過ごしたいと思う奴なんて他にもいたんじゃないのか?」

 

「最初だけです。主人公がバッドエンドを迎えると、あなたの元の世界での記憶が一つ消える。その事はご存知ですよね?」

 

「最初だけ? えっ、あぁ、ランダムに消されるってやつだろ? 俺もすでに二つ消えてるはずなんだけど、正直、何の記憶が消えたんだか。その程度だから、たいして重要な記憶じゃないんだろうな」

 

「私の体験上ですが、消えてほしいと望んでいる記憶ほど消えてくれません。逆に大切な記憶、忘れたくない思い出の方から先に消えるのではないかと。その結果、段々と、(いや)が応でも逃げ出した現実を突き付けられるわけです。そういった記憶ほど残されるのですから」

 

「あの駄女神……。そんなロックピンを抜いた手榴弾みたいなもん、置き土産くらいの感覚であんな軽く投げ寄こしやがって。気付いた時には手遅れじゃねーか。なんつー性格の悪さだ」

 

「最初だけと言ったのは、そういう事です。それがわかると、見ているこちらが呆れるくらい豹変しますから。自分可愛さに殻に逃げ込んでるだけの人間なんて、所詮その程度です」

 

 そう言って、星奈は俺の様子を窺うように数秒見つめると、顔をほころばせて続けた。

 

「それこそ、何人も見てきましたからわかります。あなたは、違う」

 

「引きこもりにも、色んな奴がいるってだけさ。それに、クリアを諦めた時点で自我が消滅するって言ってたからな。このゲームに飽きでもしたら、いつでも消えられる」

 

「今まで……急に中の人が替わったと感じる事があったのは、そういった仕組みだったんですね。私には無いです……そういうの。リアルで死に損ねただけでなく、この世界でも簡単には消えさせてもらえない、という事ですか」

 

「えっ!?」

 

 星奈が自嘲気味に呟いた思わぬ言葉が、氷の杭となって俺の心に突き立った。体が凍り付いてしまったかのようで、星奈の顔を凝視したまま、思い通りに動かない口をやっとの思いで動かした。

 

「リアルで……死に……損ねた? 星奈はゲームを通して、この世界に呼ばれたんじゃ……ないのか?」

 

「はい、全く別の回線からです。おそらくですが、本来の私は病院のベッドにでも寝かされているのではないでしょうか。ドラマなんかで見る、延命装置の機械とか置かれた部屋で、ぽつんと一人で」

 

 星奈の口元には、淡い笑みが(たた)えられている。語られた内容からしてみれば、どうしてそんな表情を浮かべられるのか理解出来ないのだが――どことなく楽し気な雰囲気をまとっている。

 

「この世界に呼ばれたおかげで不自由なく体は動かせます。その代わりに退屈な日常を繰り返してきましたが、今回の光太、あなたの事は気に入っています。この世界に来てから、初めて楽しいと感じているんです。だから、勝手にいなくなるのは絶対に許しませんよ?」

 

 そう言い残すと星奈は立ち上がり、花壇へと向かって歩いていく。氷結したままの俺は、その姿を目で追う事しか出来ない。

 離れていく星奈の後ろ姿に、形容しがたい焦燥感のようなものを覚え、名前を呼んでいた。

 

「星奈っ」

 

 スカートを(ひるがえ)し、くるりと星奈が振り返った。

 一拍遅れて舞った銀髪が陽射しを受けてきらめき、ふぁさりと肩にかかる。まさに映画のワンシーン。

 俺をじっと見つめる彼女の後ろには、真っ直ぐに背を伸ばす紫色の花(アヤメ)が咲き誇っている。

 

「『これからも、仲良くしてくださいね』」

 

 花壇の前で恥ずかしそうに微笑みかける()()の少女。

 

 ――デジャヴ。

 ゲームのリスタートが掛かった時のそれとは違う、元の世界の記憶が重ねて見せた映像。

 ドキリとすると同時に、チクリと痛みが胸を責めた。

 アヤメすら霞む星奈の笑顔に、胸中穏やかでない俺はどう応えていいものか戸惑ってしまう。

 それでも、どうにか溶けた体を動かしベンチから腰を上げると、星奈の方へと向かってゆっくり足を踏み出した。そうして稼いだ時間で心と表情を取り繕うと、精一杯の笑顔を向ける。

 

「似た者同士って事で、よろしくな」

 

 上手く笑えているだろうか。

 

 幕間(まくあい)に移る調べのように、いつもよりも厳《おごそ》かに鳴り響く予鈴が、昼休憩の終わりを告げた。

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