ミジンコの俺がラスボス級悪役お嬢様とベストエンドを迎える方法   作:草木 しょぼー

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マリア様がいてる

 黒髪の少女――【神坂(かみさか) ゆり】とは、中学三年になって初めて同じクラスになった。

 普段見かける彼女は、仲良しグループで団らんしていても、大抵聞く側にまわって熱心に相槌を打っていた。その表情は微笑むという表現がぴったりな、いわゆる控え目で大人しい少女だった。

 ただし、地味という訳でもない。男子生徒の間では、クラスで三本の指に入る容姿の持ち主という評価だった。実際、一部の男子は、そのおしとやかな振る舞いから彼女を密かに姫と呼び、隠れファンも少なくなかった。

 ぶっちゃけ、俺も気にはなっていたが話す切っ掛けも、ましてや話しかける勇気もなく、たまに訪れる朝と帰りの挨拶という偶然に、心躍らせる一人だった。

 それが夏休み明け早々、初めて二人きりで喋るという幸運が舞い込んできた。

 

 

 ☆

 

 

 部活動という免罪符を失った中三の夏休み、いよいよ受験という過酷な現実と向き合う事になる。そうは言っても、まずは『俺、部活お疲れ』と超頑張った汗臭い日々をねぎらってやるべきだろう。

 脳内国会において賛成多数で可決された慰労日は、規定路線であったかのように慰労週間へと延長され、気が付けば二学期の始業式を迎えていた。

 導入されてしまえば、後は何だかんだとそれっぽい理由を付けて、結局は段階的に上がっていく消費税みたいなものだ。エスパーじゃなくともわかる。俺自身、ズルズルいくのは初めからわかりきっていた。

 明日から本気出す。やれば出来る子。部活で鍛えた集中力で勉強も。なんとも便利で、蠱惑的(こわくてき)な言葉があったものだ。

 

 そんな感じで始まってしまった二学期のある日。

 意志の弱さを棚の上へと放り投げ、『早朝の教室なら勉強が(はかど)るだろう』などと、実に都合の良い希望的観測を抱いて早起きしたあの日。

『やはり俺は、やれば出来る子』などと、早起きしただけで満たされる安上がりな承認欲求に、気分を良くして一時間も早く登校したその日。

 

 ――俺は、マリア様に出会った。

 

 もちろん比喩だ。その正体は、鼻歌に乗ってリズミカルに花壇に水を撒く、普段見せない一面を露わにしたクラスメイトだった。

 

 ジョウロの先から恵みの雨を降らし、虹を作る少女。

 水色のシュシュでポニテに結わえた黒髪にはハイライトされた天使の輪、緩やかな弧を描く瞳は花々へと慈愛の視線を注いでいる。

 少女は、ひとしきり水を撒くと満足そうに頷き、にっこりと満面の笑みを浮かべた。

 

 ――うちの中学に、マリア様キターーー! 

 

 その様子にすっかり見入ってしまっていた事に気付いた俺は、思わず胸の前で十字をきり、両手を組み合わせて懺悔(ざんげ)していた。貴重な夏休みを怠惰に過ごしてごめんなさい。それと折角なので、第一志望の高校に合格させて下さい。

 このお願いは決して、先の懺悔の念をないがしろにする他力本願といったものではない。出来る努力をしないのは怠慢であり、最善の努力を尽くすのが俺のモットーだ。要するに、神様にお願いするのも一つの努力の形であり、もちろん受験勉強もこれからやる。合格祈願が先か後かの違いにすぎない。

 あとは、やる気スイッチを見つけるだけなのだが、どこに隠れているのかさっぱり見つからなかった。

 ちなみに、本来の他力本願とは仏教用語であり、キリスト教のマリア様なら当てはまらないとも言える。もっとも、多宗教イベントが日常的に催される日本国民の俺にとっては、立っている者がイエス様だろうが、お釈迦様だろうが誰でも使ってしまえ的な感じなのでオールオッケーだ。

 そんな不敬な事を考えていた俺の視線を感じたのか、窺うように振り向いた少女と目が合った。

 

「おはよう。神坂さんって、笑うとえくぼが出来るんだね」

 

「ひゃぁ!!!!!」

 

 俺の存在に全く気が付いていなかった様子のその少女、神坂さんは変な声をあげてジョウロを取り落としてしまう。カランカランとこもった音を鳴らしてジョウロが転がった。幸い、中の水は使い切られていたようで、彼女の靴が濡れるといった惨事は回避された。

 

「ごめん、驚かせるつもりはなかったんだけど」

 

「ううん、大丈夫。おはよう、〇〇君。えっと、今日は早いんだね」

 

「あぁ、うん、ちょっとね。神坂さんは、いつもこんな時間から花壇の水撒きとかやってたの?」

 

「うん。私、お花の世話をするのが好きだから」

 

「そっか、なるほどね。本当に花が好きなんだね。あんな笑顔、教室で見たことないもの」

 

「えっ?!」

 

 彼女の蝋燭のように透明感のある白い肌が、見る見る赤く染まっていく。恥ずかしさからか両手で顔を覆い隠すが、火を灯したように真っ赤な耳が丸見えだった。なんだか心臓がドキリとして、こっちの体温まで上がった気がした。

 

「そんなに恥ずかしがられると、何だかこっちも恥ずかしくなるんだけど」

 

「素を見られるのは、とっても恥ずかしいんですよ?」

 

「確かに。鼻歌まで歌ってたしね」

 

「あっ……」

 

「髪型もさ、教室だとしないよね、ポニテ」

 

「これは、その……元気になるから。なんか、うぅー」

 

 神坂さんは、呻きながら顔を覆っていた両手を下にずらし、指先の間から恨めし気なジト目を覗かせた。

 

「おっ、天の岩戸が開いた」

 

「私が天照大御神なら、〇〇君の記憶を消す為に雷を落としたいところです」

 

「それ、記憶どころか、命の(ともしび)が掻き消されちゃうよね?」

 

「ふふっ、ふふふっ」

 

 すっかり姿を現した彼女の笑顔は、さっき見たのと同じ、えくぼが可愛い自然な笑顔だった。結局その後も、ああだこうだと記憶の消し方談義に花が咲き、勉強という当初の目的も忘れて予鈴が鳴るまで喋り続けていた。

 その日から、登校時や放課後に神坂さんと花壇の前で喋る機会が増えていった。

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