そこはパラレルワールドということで、一つよろしくお願いします。
「いやぁ。さっきは本当に申し訳ない」
「あっ、いえ。大丈夫です」
突然の勧誘に俺が返答に窮していると、驚きから回復した父が俺を勧誘してきた人を窘めてくれて落ち着いてくれたんだが、勧誘自体は諦めるつもりはないようで、まずは保護者として父を説得し始めた。
当初は却下の構えを見せていたのだが、勧誘してきた人が「時間が……」とか「これ以上の変更は……」と手札を切るたびに拒否の構えが綻んでいき、最後に「予算が……」の一言で陥落した。
とはいえ、親としての矜持というか最後の防波堤というか「七海が承諾しなければ、どんな理由があろうと無しだ」という条件を提示したので、なぜか父が言っていた会議に俺も参加するという意味不明な状況へとなっていた。
ちなみに、芳子さんには父が事情を説明して、先に帰ってもらっている。
L字型のデスクを4つ繋げて四角にしたものを会議用テーブルとして、父を含めて会社の人6人と俺が席に着く。
当然のように俺の椅子にはクッションが2つ(本当は3つ用意されていたが遠慮してもらった)敷かれており、胸元ぐらいにテーブルが来るので、少し見づらいが配布された資料を読むには問題がない。
目の前にある資料を手に取ると部外者が見てもいいように何枚か取り外されている跡があったので、安心して内容へと目を通す。
バーチャルミャーチューバーへの参入について。
という表題の通り、今話題となって市場を拡大し続けているバーチャルミャーチューバー業界という波へ、父の会社も乗ろうというもの。
未来知識を持っている俺とすれば、これからもどんどん拡大することを知っているので参入自体は問題ないと思う。
前世でも人気があったVtuberの配信を、コメントはしなかったが見ていたし、今世では前世で見ていたVtuberが存在していないという改めてパラレルワールドであることを実感させられつつも、【あるてま】所属の“来宮きりん”というVtuberの配信を見ている。
準備のほうについては、プロジェクト【サンステージ】をVtuber事務所として、キャラの中の人ことライバーは募集ではなくスカウトで集めたようで、5名が正式採用され所属している。
キャラクターの造形も完成しており、配信環境の整備等がすでに始まっているようである。
ん?もう参入時期まで決定してあるし、今回の会議も最後の詰めのようなもので、俺が勧誘される理由が全く思いつかんのだが?
そんな俺の疑問を思っていることを察したのか、対面に座っていた俺を勧誘した人―――佐々木と名乗った―――が疑問に答えてくれる。
「本当は、6人でデビューしてもらう予定であったのだけれど、作成されたキャラクターに合う人材が今まで見つからなかったんだ」
「私が、そのキャラに合うと?」
「そう確信しているよ。これがそのキャラクターさ」
差し出されたカバーバインダーを受け取り開いてみると、イラストレーターが凝り性なのか会社側が細かいのか、キャラクターの外見設定図が綿密に書かれていた。って、3D化の計画も想定されてるのかよ。すげぇな。
キャラクター名は【
設定として、北国の地精でということで6人の中では唯一の人外枠。人間に化けて女子高生として生活している。
外見上は、セミロングの銀髪に俺と同じ少し垂れ目気味なライトブラウンの瞳、グレーのブレザーに赤と緑のチェック柄のスカートとネクタイを身に着け、ブカブカなキャスケットを被っている。
確かに、少し自分に似ているような雰囲気はある。
個人的には好きな絵柄だし、自分に合うといわれるキャラということで少し親近感を感じてしまう。
配信者という存在に少し興味があったし、キャラクターの中の人となるので身バレとか心配もないばかりか企業がバックアップしてくれるので、その辺は安心できそうだ。
「……いいかも」
「本当かい!!??」
ポロリと零れた俺のつぶやきを聞き逃すことなく拾った佐々木さんは、嬉しそうな表情で俺に返事の確認を迫ってくる。
ちょっちょっ、圧が強い!圧が強いよ!!
「佐々木。落ち着けと言っているだろう」
「あ。すみません、つい……」
隣にいた父が俺たちの間に体を滑り込ませることで、再び暴走しだした彼を宥めるとともに、俺と視線をしっかりと合わせてきた。
その眼からは、こちらを案じているという気持ちがしっかりと伝わってくる。
であれば、俺もきちんと答えるべきだろう。
まあ、父が俺を案じてくれていると分かったので、考えは決まったようなものだ。
「七海。父さんに気を使わなくてもいいんだぞ」
「一つだけ答えて?お父さんも、このキャラと私は合うと思う?」
「……ああ」
「ならやってみようと思う。こういうものに興味があったし、ここにいる皆さんが協力してくれるんでしょう?」
個人的には今の学生生活を変化させる一助になればという内心を抱えつつ、ここにVtuber【冬空ユキ】が誕生することとなった。
********************
七海のVtuberになると決めた翌日。
彼女の父親である明人は会社に出社するなり、プロジェクトリーダーである佐々木へと詰め寄った。
「佐々木。昨日の事、詳しく説明してもらうぞ」
理解ある父親でいたいという見栄から娘の決定に賛同はしたが、出来たばかりの分野への参入という冒険は、どんなリスクや障害が待ち受けているか予測しきれないのだ。
そんな場所へバックアップをするとはいえ、改善していってるとはいえ病弱な娘を矢面に立たせることになるという現状は、父親という立場から一日置いても納得しきることはできなかった。
故に、娘がこの世界へと進出することになる原因へと、少量の八つ当たりも混ぜつつ思惑を聞き出すこととしたのだった。
「詳しくって。九条先輩も納得してくれたじゃないですか」
「七海とキャラが合うとは思ったが、お前もここに5年目なんだから分かるだろう。あの子は……」
「その点については理解しているつもりですし、父親である先輩や七海ちゃんの意見を尊重します」
「……」
明人が言ってくることを予想していたのか、佐々木が彼に手渡した紙には、昨日はなかった【冬空ユキ】のスケジュールの素案が作成されていた。
内容は、すでに決定している配信予定日までの期間から考えると、ゆっくりでモノによっては遅すぎるものであったが、その時間を作るために会社側の予定……より正確には佐々木のスケジュールが詰められていた。
文字通りの身を挺して娘のサポートをしてくれる彼に、明人は反論するための口を開けないでいた。
「……正直に言ってしまうと、俺は七海ちゃんが小学生の頃から目を付けてたんですよ」
「は?お、お前っ―――」
「危ない意味じゃないですって、目を付けたのは彼女の声にですよ。父親である先輩も分かってるんじゃないですか?」
「それは……」
「Vtuber業界は絶対に大きな市場になります。でもウチらは少し出遅れてしまっている。なら、他とは違う面を出さないと埋もれてしまう」
「だから七海の声を利用すると?」
「大人の汚い面で考えれば、そうです。でも、キレイな面で考えれば、交流の輪が広がって良いのではないか思ってます」
明人は、学校側から七海が一人でいることが多いというのを聞いていた。
イジメを受けているわけではないのは確実だが、意識してか無意識かクラスメイトと自分の間に境界線を引いてしまっているようで、そんな彼女に周囲も一歩引いてしまっているように見えると……。
私生活でも病弱が理由の一つでもあるのだろうが、あまり外出することはない。
するとしても、家政婦の芳子さんが買い物に連れ出した時や、ちょっとしたものをコンビニに買いに行く程度。
引きこもりというわけでも、他者とのコミュニケーションが苦手というわけでもない。
自分は「ここから、ここまで」であればいいと決めつけ、完結してしまっているように見えた。
父親としては、もう少し他者に興味を持ってほしいし、気のある友人を作ってほしいとも思う。
「そう……かも……しれん」
結局、明人は勝手に責任を感じてオーバーワーク気味になっているプロジェクトリーダーであり、大学の後輩でもある佐々木から、いくつか仕事を奪い取ることで、自身も娘のサポートに尽力することを決めた。
********************
「……すごい……」
Vtuberになると決めて2週間後の、日曜日の朝。
私物が少なく女の子らしさはもちろん生活感のない俺の部屋に、父と数人の女性社員の手によって配信するための設備が運び込まれ整えられていく様を、俺は驚きとともに見ていた。
。
少し大きめの机に値の張りそうなデスクトップが置かれたり、ディスプレイが2つあったり、WEBカメラが設置されたり、なんかカバーがついたマイクがあったりと、前世では見たことのない環境へと変わっていく。
俺自身のほうも健康面を優先してくれたとはいえ、それなりに忙しかった。
労働基準監督署に許可証を発行してもらったり、父の勤める会社とアルバイトながら芸能活動をするということで、簡易的なレクチャーを受けることとなったりと、予想していた以上の大事になっていく状況に、いつもは何とはなしに見ていたVtuber達はこんな大変なことをしていたのかと、驚きと尊敬を抱いた。
まあ、14歳という年齢のせいで大変になっている部分があるのかもしれないが……。
「こんなものか……七海。使い方を説明するから、こっちに来なさい」
「分かった」
ぼんやりと回想を頭の中で繰り広げている間に、準備が終わったのか父が俺を呼んだので、俺用にセットされた台付きのオフィスチェアに、小さく飛び乗るように座る。
座りのいい位置を探して体を揺すっている間に、PCの立ち上げが済んだのか2つのディスプレイに初期背景に幾つかの見慣れないアイコンがある画面が表示された。
「それじゃあ七海ちゃん。私のほうから説明するね」
「よろしくお願いします」
ショートヘアでモデルのような格好いい感じの女性が、俺の隣に用意された椅子に座りつつ仕様書を互いに見える位置に置きながら話しかけてくる。
今回、デビューする6人のVtuberには一人一人マネージャーがついている。
厚遇すぎるかもしれないが、全くの新しい業界へ進出するということから、トラブル等へすぐに対応できるように個々人に寄り添った人員が必要であるとのこと。
先日【あるてま】が2期生をデビューさせたように、こっちもデビューに成功しマネージャー経験者達が何人もいれば、2期生との掛け持ちや新人マネージャーの育成がスムーズに始められるなどがある。
ということで、隣にいる人が俺専属のマネージャーで【
会社との契約を結んだ日に紹介され、レクチャーに付き添ってもらったり、配信する内容について話し合ったりと、短い時間で学校のクラスメイト達以上に交流してきた。
……え?クラスメイトとの交流が単純に短すぎるだけ?……まあ、そうとも言う。
「こら。ちゃんと聞いてる?」
「もちろんです」
おっと、思考を明後日の方向へ飛ばしている暇はないのだった。
操作方法などを覚えきってしまわなければならない。
何せ今日の18時から、一緒にデビューする他の人と自己紹介と交流を兼ねたグループ通話をしなければならないのだから……