二度目の人生で、Vtuberになりました。   作:SANO

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 Vの沼にハマるところだった……怖かった……


6:コラボ準備

「七海ちゃん、そろそろ歌配信とかしてみない?」

「……え?」

 

 

 初配信を終えて一週間後の今日は、週一で行っているマネージャーの桃瀬さんとの打ち合わせの日。

 いつもは俺の諸々を考慮して自宅からの通話で行うのだが、今回は“ある準備”のために会社へ行く必要があって、それなら打ち合わせもやってしまおうということで応接室に通されたのだ。

 

 高そうな革張りの黒いソファに恐る恐る座り、小柄なために埋まってしまいそうなほど沈み込む体に「ひゃぁ」とか情けない声をあげてしまう。

 そんな俺を生暖かい表情で見ていた彼女が、配信を始めてから初めての打ち合わせで初っ端から発したセリフが上記のものであった。

 

 

 ちなみに、ほぼ毎日配信を予定していたのだが、やはりと言われるべきか病弱さが原因で頓挫した。

 

 学校で体育の授業があった日。

 少し倦怠感があったものの「自分の体は自分がよく分かっている」という謎理論から「大丈夫である」という判断の元。配信を行った翌日。軽く熱を出して寝込むことになってしまったのだ。

 当然ながら、その日は学校と配信を休むこととなり、回復後に父や芳子さんなどの周囲の人と怒られた後に相談した結果。

 

 

・学校がある日の配信は、最低でも一日は休みを設けること。

・体育の授業など体力を使うことを行った日は、配信しないこと。

 

 

 という条件が定められた。

 正直、特別に体力づくりのレッスンを組んでもらっていながらも起きた今回の件に、冗談抜きで泣きそうになったが、父から「小学生の頃から比べれば体調面は改善しているから、この調子で着実に改善していけばいい」という言葉で、自己嫌悪のループに陥らずに済んだ。 

 

 

 話を戻そう。

 

 

 現状、俺の配信は雑談オンリーだ。

 

 雑談ばかりで大丈夫なのか?と思われるかもしれないが、視聴者たちからマシュマロでのネタ提供をしてもらっているので雑談メインでも問題ないはず……把握できてるコメントから楽しんでもらえているようだし、同時視聴者数や登録数が順調に伸びていっていることからも大丈夫なはずだ。

 

 そもそも、配信内容を決める打ち合わせの時に「当分は雑談でやっていく」ということを決めたと思うのだが?

 

 

「七海ちゃんの配信を見てると、歌を歌ってほしいって希望が多かったの気づいてる?」

「えと、まあ……」

 

 

 さすがに全部のコメントに目を通すことは出来ないが、雑談の流れで人気の曲をワンフレーズだけ口ずさんだ事があった時に、称賛するコメントが大量に流れて驚いたことがあった。

 そして、その中にはフルで聴きたい!とか違う曲の奴も!という希望が書かれたコメントも、結構な数があったと記憶している。

 

 

「初配信を含めて、次で5回目の配信でしょう?区切りという訳ではないけど……歌配信。やってみない?」

「……」

「もちろん、枠いっぱい歌う必要はないわ。一二曲だけ歌った後は感想とか、いつも通りの雑談配信でもいいの」

 

 

 歌うこと自体は好きだ。

 今世では男の時には出せなかった高い音程が出せるから、好きな女性ボーカルの歌も無理なく歌えるから、前世の時以上に楽しい。

 ただ、それは人に聴いてもらうためではなく、一人で好きなように歌ってストレスを発散させているだけであって、1,000人を超える人の耳に自分の歌声を届けるどころか、以降はネット上に残り続けることになると考えただけでキリキリと胃が小さく軋みを上げる。

 

 声を既に晒してるじゃないかって?俺としては声と歌は、似ているようで全くの別物だ。

 

 

「っ……」

「一人で歌うのが怖ければ、同期とコラボしてデュエットでもいいのよ?」

「難易度が上がってませんか!?」

 

 

 反射的に声を荒げてしまったが、コラボという提案をされたときに、水原カレン―――橋本咲さんの事が頭に浮かぶどころか、あの人とならなんて思ってしまった。

 

 いやいや、確かに初配信の時にコラボするならという質問で彼女の名前を挙げたけど、仮にコラボするにしたって次の配信は明日で、残り24時間を切っているのだ。

 橋本さんとは、通話での親睦会以降は配信の事とかをDisRoadで軽くやり取りをしたことがある程度で、いきなり「明日、歌コラボしませんか?」とか言えるわけがない。

 

 かといって他の同期の人達とは、親睦会以降に互いの初配信を終えた時に言葉を交わした程度で、橋本さん以上に交流が少ないから無理。

 

 あれ?そもそも、なんで歌配信することを前提として考えているんだ?

 まあ桃瀬さんには、中学生で病弱という扱いが難しい俺のサポートで色々と苦労をさせてしまっているから、提案を無下にできない点はあるけど……。

 

 ああもう!!どうすれば……

 

 

 なんちゃってゲンドウスタイルで悩み続ける俺の耳に、ドアがノックされる音が届いた。

 俺と桃瀬さんが打ち合わせ中であることは部署の人は知っているはずで、それなのに訪ねてくるなんて何事だろうか?

 

 

「はい。どうぞ」

「失礼しま……あっあれ?」

 

 

 桃瀬さんの返事を受けて入ってきたのは落ち着いた感じの眼鏡が似合う美人さんで、俺たちを見て困惑した様子だった。

 ん?というか今の声、どこかで聞いたことがあるような?

 

 

「すみません。ここって、第7応接室では……」

「第7は隣ですね。ここは第1ですよ」

「あっ、すみません。間違えました!」

 

 

 羞恥で顔を赤く染めた美人さんは、慌てて謝罪の言葉を出しながら頭を下げるのだが……

 

 

「あっあっ、眼鏡が」

 

 

 勢いよく下げすぎたせいか、彼女がかけていた眼鏡が宙に舞うと何故か俺の膝の上にウルトラ着地した。

 初見の印象であった落ち着いた感じの美人さんから、この短時間でドジな美人さんへとジョブチェンジをするとは凄い人だ。

 というか、どうったらお辞儀をするだけで眼鏡を前方へと飛ばすことができるのだろうか?

 

 他人が慌てていると自分は落ち着く的なことを実感しつつ、膝の上に落ちてきた眼鏡を念のためにハンカチを使って指紋が付かないようにして手に取る。

 あれ?この眼鏡、度が入ってない?

 

 

「ごめんなさい」

「あっ、いえ。どうぞ」

 

 

 小走りで寄ってきた美人さんに、ハンカチの上に乗せた眼鏡を落とさないように両手で掬い上げるようにして差し出す。

 男の頃には片手で十分だったが、両手でないと安定して支えられないほど小さい今の体を、こういう所で実感してしまって、なんだかモヤッとする。

 

 そんな内面を表情には出していないのだが、彼女は差し出した眼鏡ではなく俺の方へ視線を向けてつつ、眉間に皺を作っていたかと思うと、自信なさげな声で……

 

 

「七海、ちゃん?」

「……えっと?……ぁ……橋本、咲、さん?」

 

 

 俺の名前を呼ぶ感じが、親睦会で橋本さんが俺の名前を呼ぶときと似ていて、確認するかのように俺も相手の名前をおそるおそる言ってみた。

 これで人違いだったら死ぬほど恥ずかしいのだが……。

 

 

「うん!私、橋本咲だよ!!わっわっ、本当に七海ちゃんだ。想像以上に凄く可愛い!!」

 

 

 すると、美人さん改め橋本さんは顔をほころばせながら嬉しそうな声で、何故か俺を称賛しだした。

 

 

 ちょっ、やめて!

 人見知りを“外用の顔”という防具で隠してる俺に、不意打ちの誉め言葉はダメージが半端ないんだって!

 背中はムズムズするし、顔が熱くなるのが分かる。

 

 助けてくれ!桃瀬マネージャー!!

 

 

 防御を貫通されてピンチになった俺は、対面にいる桃瀬さんへ助けを求めるべく顔を向けると、何故か彼女は口元を手で隠しながら明後日の方向へ顔を向けてしまう。

 が、すぐに顔を元に戻すとワザとらしく咳ばらいをして、橋本さんの意識を自身へと向けてくれる。

 

 助かった。

 

 

「咲さん。七海ちゃんが困ってるので、そこまでです」

「え?あっ、ごめんね」

「……い、いえ」

 

 

 桃瀬さんからの注意を受けて状況を理解した橋本さんは、少し恥ずかしそうに顔を赤らめながら俺へと謝罪をしてくる。

 俺としては美人のいろんな表情を間近で見れたことによる「ごちそうさまです」という感情と、人見知りなのに急接近されたことによる「恥ずか死ぬ!」がごちゃ混ぜになって歯切れの悪い返答しかできない。

 

 ところで、橋本さん。

 なぜに私の両手を、包みこむように触ってくるのですか?

 人に触られ慣れてないから拒否したいのに、眼鏡を持っているせいで下手に動かすことができなくて、とてつもなく困っているのですが!?

 

 

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「七海ちゃ……冬空ユキとのコラボですか?大歓迎です!」

 

 

 あの後、橋本さんのマネージャーがやってきて俺から彼女を引きはがしてくれたことで、やっと人心地がついたと思う間もなく、橋本さん達に対して何を思ったのか桃瀬さんが“冬空ユキと水原カレンのコラボ企画”を持ち出したのだ。

 橋本さんは先のセリフの通りで大歓迎で、彼女のマネージャーも「彼女が賛成なら問題ありません」とこちらも賛成派。

 

 当事者の一人であるはずの俺を置いて、とんとん拍子に進んでいく初コラボの話に理解がついてこれずにオロオロとしてしまう。

 そんな俺の様子がどのように映ったのかわからないが、橋本さんは俺へと笑顔を向けながら

 

 

「七海ちゃんが、初配信の時にコラボしたい相手に私を選んでくれた時から、こうなるのを楽しみにしてたの。誘ってくれてありがとう」

「ぇ、ぁ……よろしく、お願いします」

 

 

 本当に楽しそうに語る彼女に、俺は自身の要望を伝えることができないどころか、自分で退路を断ってしまうかのような返答をしてしまった。

 

 幸いにも、急なスケジュールにも合わせることができるとのことで、ここで大まかに内容を決めた後、当日の配信前に音声状況を含めた最終確認を行うということで、俺と橋本さんの初コラボ緊急会議は30分にも満たない短時間で終了した。

 

 この後も仕事がある両マネージャーが退出するのに併せて、俺も貰った資料を片手に応接室から出ようとしたとき、橋本さんから声がかかった。

 

 

「あっ、七海ちゃん。この後、時間ある?」

「え?」

「ぶっつけ本番は怖いから、一緒にカラオケで練習してみない?」

「えっと……」

 

 

 確かに明日とはいえ、どうせやるからには軽くでも練習はしておきたい。

 

 だが……。

 

 告白すると、前世を含めて俺はカラオケに行ったことがない。

 人前で歌うのが苦手という以前に、一緒にカラオケに行けるような交友関係を築いていなかったのが最大の要因だろう。

 

 それに今世の俺は、芳子さん以外の人と出掛ける際には父の許可がいるのだ。

 

 許可制とは言っても、束縛されているわけではなく。

 病弱故に、注意してても出掛け先で体調不良を起こしてしまった時に、俺と相手の双方にデメリットが発生してしまうので、その辺を考慮しないとならないのだ。

 

 という訳で、チラリと桃瀬さんへと視線を向けると「七海ちゃんの親御さんへ、聞いてみますね」とスマホを片手にドアの外へと姿を消す。

 この会社に父が勤めていることは同期には秘密というか教えていないので、その辺を分かってくれた彼女の行動に、心の中で感謝する。

 

 

 数分後に桃瀬さんが戻ってきて、一言二言ほど橋本さんと何事か話した後に父が了承したことを教えてくれた。

 

 

「それじゃあ、夕食前には七海ちゃんが着くようにします」

「よろしくお願いします」

「はい。それじゃあ七海ちゃん、行こっか」

「はっはい」

 

 

 ナチュラルに手を握ってくる橋本さんにドギマギしつつ、俺は人生初のカラオケへと出発することとなった。

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