二度目の人生で、Vtuberになりました。   作:SANO

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ある連絡から、最後の橋本咲視点が抜けてることに気づいたので加筆してあります。
メモ帳からのコピペの際に、何かやらかしたみたい。(2020/9/26 10:21)


8:おや?様子が

 初めてのカラオケも、そろそろ終了という時間帯。

 両手でマイクを持って立つ俺に向かって、橋本さんは良い笑顔でスマホを構えている。

 

 

「準備は良い?」

「は、はい」

「それじゃあ、曲を流すよ~」

 

 

 器用にスマホで俺を捉えつつ、あらかじめ途中まで入力していたデンモクに最後の操作を行う。

 選曲したのはすぐに歌い始める曲だったので、こうしないと最初の歌いだしを撮影できないため、協力してもらった。

 

 橋本さんが持つスマホには、【冬空ユキ】が緊張した顔で立っているのが映っているだろう。

 

 送信後すぐに軽快なドラムの音が聞こえきたので、軽く息を吸い―――

 

 

『愛、上、お菓子、下』

 

 

 何曲か歌って、適度に体が温まってきているので最初よりスムーズに声が出る。

 

 

『柿食うっけこんなにも』

 

 

 歌い方についても、体力づくりのトレーニングが優先されて、ボイストレーニングが他の同期と比べて遅れていた俺に、橋本さんが実演やデュエットの中で教えてくれたので、最初よりはマシに聞こえていると思う。

 

 

『差しすせソフトクリーム』

 

 

 そして、マシな状態な今だからこそ撮影をする必要がある。 

 

 

『五臓六腑でいこう』

 

 

 だってこれ、告知用としてつぶやいたーに載せるのだから……

 

 

 最初は、いつものように文字だけの告知をしようとしていたのだが、そこへ橋本さんが待ったをかけたのだ。

 曰く「初歌配信なら、告知も歌にすべきである」とのことで、彼女は既に告知歌動画を撮り終えており、あとは俺の歌動画と一緒に投稿するだけの状態である。

 

 なんてことを回想している間にも曲は続き、EDバージョンの短い歌を無事に歌い終えることだ出来た。

 

 

「……ふぅ」

「お疲れ様……はい、これで後は投稿するだけの状態にしておいたよ」

「ありがとうございます」

 

 

 橋本さんは、撮影していた俺のスマホに何事か操作をした後に、確認画面の状態で俺に渡してきてくれる。

 一応はと、確認がてら撮影された動画を再生してみると、緊張した顔の【冬空ユキ】が、同じく緊張している俺の声で歌っているのが流れてきた。

 

 

「……ん?」

 

 

 ふと今更ながら、初めて“外側”から自分の声を聴いていることに気づき、そして自分の歌を聴いている恥ずかしさはあるものの、それ以外の変化が自分には起きていないことに気づいた。

 

 何度もソロやデュエットで歌っていくうちに、自分が歌と認識している発声には【言霊】が無条件で発動していることが分かった。 

 ただ、一曲目で橋本さんが見せた変化のように、歌詞に対する自分の心理状態を相手へ幾分か増幅して伝播されられるのだが、それはジュースの一気飲みのような簡易的な発露行動で終了してしまう程度のものであった。

 

 まあ、その程度だからこそ、カラオケを中断せずに続けられて、歌配信も中止にする必要性がなかったのだから良いことだと思う。

 

 

 チラリと視線を動かすと、気を利かせて撤収するために片づけをし始めてくれている橋本さんには、俺の思わずな呟きを聞こえていないようだったので、もう一度だけ動画を再生してみる。

 

 しかし、やはりというか自分に何かしらの変化があったように感じられなかった。

 

 自分には効果がないのだろうか?

 一応、自分的には先ほどの曲は“お菓子大好きソング”であり、“あるキャラ大好きソング”でもあると認識している。

 EDバージョンだと、お菓子に向けた好きの比重が多いから無意識のうちに区別でもしているのかもしれない。

 

 

「……いや。そもそも、恋ってしたことあったか?」

 

 

 そうだよ。

 魔法使い()になって二度目の人生を歩んでいる俺だが、本気で誰かを好きになったことなんてなかったわ。

 アニメキャラとか「好き」と言えるが「ガチ恋か?」と問われると即座にNOと言えてしまうレベルだ。

 

 

「(前世を含めた)この歳にもなって初恋未経験とか、さすがにヤバイ?」

「え?七海ちゃん、恋したことないの?」

「ぴぃっ!?」

 

 

 完全な独り言に真後ろから反応が返ってきたことに、口から奇声が零れた。

 慌てて後ろを振り返ると、帰る準備を終えていた橋本さんが少し驚いた表情でこちらを見ていた。

 

 

「ご、ごめんね。また驚かせちゃったみたいで」

「あっいえ。考えに集中してたからなので、それより片付け、ありがとうございます」

「ううん。注文もほとんどしなかったから、簡単に終わらせられたよ」

「それじゃあ、部屋を出ましょうか」

 

 

 率先して、部屋を出るべくドアへと歩き出したが、すぐに両肩をつかまれて停止を余儀なくされた。

 

 

「まだ少し時間があるから急がなくても大丈夫。それより、私はさっき七海ちゃんが言ってた独り言が気になるな」

「……ナンノコトデスカ?」

「初恋、したことないの?」

「……」

「ここでの沈黙は、肯定と同義だよ?」

 

 

 ぐっ、帰る流れで誤魔化そうとしていたというのに!!

 

 というか、コイバナならまだしも、初恋未経験という話題に食いつかれる意味が分からない! 別にいいじゃん!恋なんてしなくても生きていけるよ!!

 

 “初恋未経験はおかしなことなのか?”と言ってやろうと、肩に置かれた手を振り払うように橋本さんの方へ振り向いた時、後悔した。

 

 告知用とはいえ、なんで“あの歌”を選曲してしまったのか。と……

 

 

「は、しもと……さん?」

 

 

 一曲目を歌い終わった後に見た時と同じように、頬を染めて瞳を潤ませた彼女はゆっくりと俺と同じ目線にまで腰を下ろす。

 ただそれだけの動作なのに、チラリと見えた鎖骨や髪の間からチラリと見えた耳に、自分の胸が驚くほど跳ね上がるのを感じた。

 ドキリとした場面を考えると、自分は意外と変態なのではと思うが……

 

 

「七海ちゃん……」

 

 

 そんな、下手にふざけて平常心を保とうとした俺の思考を邪魔するかのように、彼女の両手が俺の頬を包みこむように添えられる。

 他人に顔を触れられるなんて赤ん坊以来の出来事に、無意識に「ひゃっ」と言った自分でも驚く声が出てしまう。

 

 まったく力が込められていないのに彼女の手で顔を固定されたことによって、自然と見つめ合うかのような状況。

 美人に真正面から見つめられるなんて経験が一度もない俺は、金縛りにあったかのように身動きができなくなった。

 何か、何かしないとと思っても、彼女からの視線によって思考がどんどんと白く塗りつぶされていき、熱を出したときのように何も考えられなくなっていく。

 

 そんな俺へ、橋本さんはゆっくりと顔を近づけてくる。

 

 

「……っ」

 

 

 無意識に、裾を握っていた両手にあらん限りの力が入り、思いっきり瞼を閉じて来るであろう出来事に受け止める覚悟を決める。

 と、目端から何かが零れる感触と、部屋に備え付けられた電話が鳴りだしたのは同時だった。

 

 

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-

 

 

 自宅前に、車が停車する。

 

 

「今日はありがとうございました」

「ううん。私の方こそ、コラボの件や、カラオケとか、色々とありがとね」

 

 

 結局のところ。

 変な雰囲気になっていると思っていたのは俺だけだったようで、橋本さんは「口にケチャップがついてるよ」と俺の口に近い頬を軽く拭うと、あっさりと俺を解放してなり続ける電話へ対応するために離れていった。

 

 自分が想像していた事とは違う現実に唖然として、すぐに成人本のような出来事を期待していたかのような想像というか妄想をした自分に、死ぬほど恥ずかしくなり、その場に座り込んで橋本さんから心配の声を掛けられるまでもだえ苦しんでしまった。

 そして、俺が病弱であるという点とこの行動から、何かを導き出した橋本さんは会社に戻る予定のところを家にまで直接送っていくことを提案。

 

 自分と俺の両マネージャーとの話し合いの末、俺を家にまで送り届けることが決定して、今に至っている。

 

 

「それにしても、本当に大丈夫なの?」

「っ……少しハメを外しすぎただけなので大丈夫です」

 

 

 運転席から心配そうに身を寄せてくる彼女を、体の前で両手を振ることで問題ないアピールと、これ以上は近づいてこれないようにガードする。

 

 

「誘った手前、強く言えないけど、今日は早く寝るようにね?」

「はい。明日はコラボもありますから」

「ん……明日、楽しみだね」

「はい。それじゃあ、この辺で」

 

 

 車から降りると、助手席側から覗き込むようにして運転席側にいる橋本さんへお礼と別れの挨拶をして、「無事に家に着くまで」という彼女の意思を尊重して、素直に家の扉の中へと入っていった。

 

 

********************

 

 

 

「ああああああああっ」

 

 

 七海ちゃんを家に送った後、自宅へとグレーゾーンすれすれな運転で到着した私――橋本咲は、速攻で自室へと駆け込むとベッドへとダイブして枕に顔を埋めたまま、自分の中にある劣情を吐き出そうとあらん限りの叫び声をあげていた。

 

 

「なんで!なんで!!なんでぇ!!?」

 

 

 確かに七海ちゃんが想像していた以上に可愛らしくて、ついつい無駄に構ったりスキンシップを図ってしまい困らせてしまったことから、それ以降は意識して対応していたというのに、彼女の歌声は痺れるような甘さで私の理性を揺さぶってきたのだ。

 いや、人が原因みたいに言うのは卑怯か……

 

 でも!間違っても、私は女子中学生を相手に劣情を抱くような癖は持っていない。

 

 なのに、最後の最後であんなことを……呼び出し音と涙がなければ、私は彼女に何をしていたのだろ……?

 

 

「何か誤解してたけど、謝った方がいいよね?」

 

 

 でも、故意に誤解してて“カラオケでは変なことはなかった”としたいという意図だったら、それを蒸し返すのも自己満足の謝罪なだけでになるし……

 

 だけど、これで嫌われちゃったのは確かだよね。

 

 明日のコラボ、どんな顔をしてやればいいんだろう……。

 

 

「……ん?通知?」

 

 

 RAINの通知音が聞こえて、思わず枕に埋めていた顔を上げる。

 マネージャーとは通話以外ではRAINでやり取りをしているので、何かしら連絡かと開いてみる。

 

 

「七海ちゃん!?」

 

 

 そこには、カラオケに行く前に交換した【九条七海】個人からであり、送り慣れていないのか長文で送られてきていた。

 挨拶から始まり、今日のカラオケが楽しかった事、そして

 

 

「歌コラボの告知、どうしましょう?」

「……あっ、忘れてた」

 

 

 最後の最後で、あんなことになってしまったので、一緒に送るつもりの告知動画の事をすっかり忘れていた。

 もう完全に夜なのに明日の告知をまだしてないことに気づいて、RAINの返信を慌てて打ち込みつつも、少し安心している私がいた。

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