ですが……どうにもヤンデレ白糸台編が予想外に膨れ上がって終わらず……無理に減らすよりもと、分割(今回は本編が)としてしまいましたー。
続きは出来次第投稿いたしますね!
そして、アンケートですが……今回一連の白糸台を投稿した後、まずヤンデレ〇〇の投稿になりますが、その前に少しここらでアンケートを空にするために先にアンケートに書いていた話を全部書いてしまうことにしましたー。
具体的には、京優希、京咲、京恭、前に投稿したカップリングから続きひとつ、を続けて投稿します!
そうしてからもう一度アンケートを作って投票を募りますね。
色々と悩んだ結果変則的になって申し訳ありませんが、出来ればよろしくお願いします!
照さん
宮永照は、チャンピオンである。女子高校麻雀界の絶対者。麻雀を嗜む女子で知らぬ者はないくらいの有名人だ。最早人間の域を超えている、とすら言われる少女。
とはいえ、そんな照とて人の子。チャンピオンの椅子に深々と座すまでの麻雀から離れていた頃。特異なまでの得意は見当たらない、普通の女の子として過ごしていた時期もあった。
「あ」
それは、長野から東京に来て、大して経たない日。高いビルの合間を、人の波をすり抜け続ける暮らしに慣れはじめた、そんな時に照は京太郎と出会った。
急に増した風。ビル風のいたずらだろうか、照の頭から白いキャプリーヌがさらわれ飛んでいった。
「おっと」
大きく天に持ち上がり、青いリボンの軌跡を残してふわりふわりと飛んでいったつばの広い思い出の帽子。その布地の白が地に落ちて汚れる前に、なんと通りがかりの男子が見事にキャッチしてくれたのだ。
高く、ぴょんとひと跳びで捕らえた彼の上手さに、感動した照は思わずぱちぱちと拍手をする。
その音に失くした人を知った金髪眩しい少年――京太郎――は、照のもとへとやって来た。
ぼうとする照の手元に、京太郎はキャプリーヌをそっと置いて言う。
「違っていたらすみません。貴女のですよね?」
「……そう」
「やっぱり。この帽子、きっとお似合いでしょうから」
「ん」
少し頬を染めて、頷く照。受け取った帽子を、彼女はそっと抱いた。
向けられたのはありきたりな褒め言葉。しかし。それが本気であるのは嘘に欺瞞に未だ揉まれていない照にも分かる。
満面笑顔の少年。彼が怖いとは思えない。けれども、母親に常々言われていた、何かあったら
「ありがとう」
適当に返し、そして彼女は照魔鏡と言われる、相手の本質を映し出す鏡をそっと彼の後ろに創出した。
敏な人でなければそれと分からぬ、オカルトによるただの人には見えない代物。それの閲覧を受けた京太郎は。
「――――なんか、しました?」
何を感じたのか照をじっと見ながらそんなことを言った。
それに対して、彼女が京太郎に言えることは、一つ。
「なんでもないよ――――素敵な人」
抜けるような蒼穹のもとに、照はうそぶくのだった。
宮永照にとって、須賀京太郎はとても素敵な存在だった。
優しくて、何より甘い。砂糖菓子のようなその人格に、甘い物好きな照が惹かれたのは自然なことだろう。
しかし、人が初対面の相手に優しさの仮面を被るのは人付き合いの常。普通ならば、照が京太郎に懐くのには時間がかかるものだったろう。
けれども、照は照魔鏡によりはじめに京太郎の本質を知った。
ならば、何心配することなく――――溺れられる。
なにしろ、とある事件により大切なもの――父と妹――から離れて暮らすようになった照は、安心できる場所が欲しくてたまらなかったのだから。
それこそほとんど遠慮なく、彼女は彼に近づいていった。
「肉じゃが、ですか?」
「うん。作ったから、あげる。京ちゃん、お父さんと二人暮らしなんでしょ?」
「うわ、マジでありがたいですけど……いいんですか?」
「うん。作りすぎちゃって、二人じゃ食べきれなかったから」
「え? これ照さんが作ったんですか?」
「そうだけど?」
「手料理とかホント、ありがたいです! 家宝にします!」
「ふふ。そんなのいいから、早めに食べて」
照は、まず長野から上京してきたのだという同じ境遇を使って――彼の引っ越し前の住居は長野に住んでいた頃に関わりがなかったのが不思議なくらいに燃え尽きた実家の近くだった――近づいて、京太郎の良いお姉さんになろうとしていく。
連絡を密に取るのは当たり前。得意な勉強を教えてあげたり、こうして偶にはご飯を持っていってあげたりして、仲を深めた。
「……甘っ!」
もちろん、照が帰った後に肉じゃがの味見をした京太郎がその糖分過多に悲鳴を上げるような、そんな些細なミスが頻発したりもしたが、それですら誤差の範囲内。
目指すところに殆ど一直線に照は進んだ。
「京ちゃん」
「あ、照さん。また本読んでたんですか?」
「うん。この作者の文章はどこか詩的で面白いんだ」
「へぇ……っと」
広い公園の端っこ、植わった木々が枯れに染まる頃合いに二人。彼彼女らは並んでベンチに深く座していた。
本に連なる英文を苦もなくすらすら読み解く照。その隣で京太郎は日本語に訳されたのがあったら読んでみたいな、くらいに興味を持ちながら、しかし視線は偶に見るいわし雲の広がりばかりに惹かれていた。
しかし、そんな中ふと、彼は肩に掛かる重みを覚える。そちらを向くと、なんとも愛らしい少女の顔がこてりと乗っかっていた。
もちろん、それは照である。驚く京太郎に、彼女は呟くように言う。
「失礼するね」
「あはは……照さん、ちょっと無防備過ぎませんか?」
肌に乗っかった髪のくすぐったさに思わず、京太郎は注意するかのようにそんなことを言った。
京太郎からすると、照はお世話になっているお姉さん。ときにデートもどきはしているけれども、彼の中では恋人と言うよりもお友達という感覚。
甘えてくれるのはありがたいが、しかしこうも気楽に男子に身を任せるようなことはいかがなものかと存外お堅い倫理観の京太郎は思う。
しかし、軽い体重を更に預けて、照は零す。身じろぎにはらりと、前髪一房、額から流れ落ちた。
「京ちゃんだからだよ」
「はぁ……」
真剣な声色に、思春期の少年は困る。
自分はなにもやっていないし、むしろして貰っている側。それなのにこんなに安心されているのには、どうも解せない部分がある。
初対面こそ変な感覚があったが、付き合ってみたところ照は存外普通の女の子。
少々抜けているけれども優しいし、砂糖中毒のようにも思えてしまうほどのお菓子好きではあるけれどもとても頭が良い。
京太郎の好みとは異なれども、照には幸せになって貰いたいと思う。彼女のことを好き、といえばその通りなのだろう。
「……気をつけて下さいよ?」
だからこそ。とりあえずは自省して、この人を傷つけないようにしようと京太郎は思ってしまうのだった。少年には、キスすら棘の一つである。
そんな、甘く優しく過ぎる男の子に、年上少女は微笑んで。
「京ちゃんになら、何をされてもいいんだけれどなぁ……」
そう、誘惑するのだった。
「妹さん、ですか」
「うん。私には妹がいるの」
そして、柔らかに安堵していると、それが過ぎて言葉がぽろり。油断して秘密にしていることまで晒してしまった照は、仕方ないからと愛すべき妹のことについて語りだす。
「色々あったんだ。それで、ずっと離れたまま……これがいいとは思っていないんだけれど」
「それは……辛いですね」
「辛い?」
遠く、まるで長野の妹を望んでいるかのような――方向音痴の彼女らしく、見当違いの方角だったが――照に対して、京太郎が深く訊ねるようなことはない。そんなせっかちなことをする前に、察したことがあるから。
よく分からないと首を傾げる照に、その苦しみをどうにかしてあげたいと心より思いながら、京太郎ははっきりと言った。
「だって、照さん、その子のこと好きなんでしょう? 会えないのが残念って顔に書いてありますよ」
「……そう、なんだ」
過去にあった事態はまことに複雑。トラウマとして思い出すのは燃え盛る屋敷に、台無しになった車いす。楽しかった全ては灰燼に帰し、残るのは悔恨ばかり。
けれども。それでも自分は彼女にまた会いたかったのだ。そんなことを、彼の口から聞いて、ようやく理解する。
「うん。私……咲のこと好きだったものね」
好きだった。何しろ彼女は可愛らしくって、温かい。だから甘く優しくしてあげた覚えもあって、それが出来ない今がつまらないというのも、当然だったのかもしれない。
照は少年に教えられ、今更にそんなことを気付く。京太郎は、微笑んだ。
「へぇ。咲っていうんですか、妹さん。可愛らしい名前ですね」
「むぅ……京ちゃん咲のことが気になるの?」
「まあ、照さんの妹さんですからね、ちょっとくらいは」
他の女――妹だけれど――のことを気にする京太郎に少しむっとする照だったが、続いた言葉に溜飲を下げる。
そう、未だ彼にとってあの子は私の付属物でしかない。だから、会ってみたいと思った程度。つまり、何より気になっているのは。
そこまで考えて、笑みを隠せなくなってしまう自分は現金だなと照は思った。
「ふふ。そうだね、後で紹介してあげる」
でも今はただ喜びに口軽く、少女はそんなことを言うのである。
そのまま、照は京太郎のことが好きなままだった。けれども、高校生になってから、彼女を取り巻く状況は変わってしまう。
卓上にて発揮された照の魔物は、たちどころに彼女を高校生の頂点へと押し上げた。
最強の女子高生。すると、自然照は注目を浴びるようになり、人に囲まれるようになる。それは麻雀で繋がった絆。縛されてみれば温かくもあるが、しかしそこには彼の姿がない。
だからつまらないと、時に照は嘆くのだった。
「京ちゃん分が足りない……」
「照。またそんなことを言ってるのか、お前は……」
「だって、本当に会う時間がないから」
「はぁ」
カメラ前での笑顔は何処へやら、あからさまに萎れた様子の照に彼女の大切なお友達であり曰く親切な人であるところの白糸台高校麻雀部部長弘世菫は嘆息する。
照と菫は、高校入学して直ぐからの付き合い。菫も紆余曲折を共に進んでトップを歩む照をずっと支えて来たからには、彼女の想い人である京太郎の名前をうんざりするほど聞いているし、顔を合わせもした。
初邂逅の時に起きた面倒を思い起こし、菫が額に皺が寄らぬように我慢していると、同じチームの後輩二人が思い思いに言葉を零す。
「でもここまで照先輩に想われてるなんて、その京……なんとかって奴は幸せ者ですね」
「きっと先輩の想いは通じてると、思います……」
「誠子、尭深……」
ボーイッシュな亦野誠子はしかし頬を染め、渋谷尭深は眼鏡の奥を柔和に細めて言った。
彼女らは後輩の鏡というべきか、女の子らしく恋バナは嫌わないし、敬愛する先輩の恋の成就を願いだってする。
そんな思いやりに感動する照。のろりと首をあげて京太郎分の代わりに後輩分を摂取しようと手を広げると、そこにきゃんきゃんと最年少が声を上げた。
「そんなことないよ。きょーたろーってバカだもん。間違いなくあいつはテルーの気持ちなんて分かってない!」
「そういえば、淡は彼と同じ中学で知り合いだったな……はぁ。こっちにも火が点いてしまったか」
「そー! せっかく淡ちゃんお世話係に任命してあげたのに、勝手に別の高校に進学しちゃって。女装してでも白糸台に来てって言ったのにー……」
「……淡。それ、初耳」
「ふふーん。テルーにも言ってなかったからねっ! それにそもそもきょーたろーが教えてくれたんだよ、テルーの凄さを」
「むむむ……」
可愛い後輩大星淡の言葉に、頬を膨らませる照。そう、こと京太郎関連において彼女たちは意見が合わなかった。
淡のその無垢な性格もふわふわ髪の毛だって、照は大好きだ。それこそ、妹代わりみたいに接して甘やかしてしまっている。
とはいえ、そんな大切な淡にだって、京太郎は奪われたくない。そして中学時代に京ちゃんを私物化していたんなんて、と憤慨した照はぷんすかした。
「京ちゃんは私の」
「違う。きょーたろーは私のだよっ」
照の文句に、淡も意地を張り出す。そして、はじまるのは子供の喧嘩。
私の、いや私のと繰り返されるばかりの口論にすらならないそれに、誠子と尭深も苦笑い。しかし、その横で捗らないチームの会議をどうしようかと、ついに額に深い皺を刻んだ菫は。
「やれやれ。須賀君も可哀想だな。こんなポンコツ二人に執心されて……」
淡と照に両手を引っ張られる京太郎を幻視し、後で慰めてあげよう、と心に決めるのだった。
確執はそのまま。しかし、大好きな男の子の存在が慰めとなりこころ和やかに。
少し短くそろえた髪を気にしながら、照はすっかり慣れた東京の街を一人歩く。
見上げるような人の波に、しかし望む長躯は中々覗えない。
「それは、そうだよね」
人の海に、彼を願う。そんなこと何度繰り返したことか。でも、そうそう彼と隣り合える試しはなかった。
改めて語らずとも、宮永照は須賀京太郎のことが好きである。
そして照はなかなか会えなかろうが、それでも自分の想いは届いていると信じていた。
自分は好きで、彼もきっと好き。ならば多少の距離なんて。そう考えていた。
「あ……きょう……咲?」
しかし。広い道路の反対側に望んでいた京太郎の姿、そして見紛うことない愛すべき妹、咲の姿を認めて。
照は停まった。彼女は、その場で男女の会話を、聞く。
「京ちゃん!」
「なんだよ、咲……」
「えへへ、京ちゃんとお買い物を一緒出来て嬉しくって」
「……お前、照さんすら霞むくらいのとんでもない方向音痴だから遠出には付いていかないと不安なんだよ……全く、臨海女子中への道に迷ってる咲を俺が拾わなかったら、初登校は何時になったんだろうな……」
「それがはじめての出会いだったね! あの時は、お姉ちゃんと間違われてびっくりしたけど、結果的に相手が京ちゃんで良かったなぁ」
「そうしたら、肉じゃが持って家におしかけてくるようになったけれどな。警戒心なさすぎだろ……」
「だって、お姉ちゃんが認めた男の子だよ? 大丈夫に決まってるよ!」
「咲お前どんだけあんな無防備な照さんの人を見る目、信じてるんだよ……」
「だって、お姉ちゃんは凄いもん!」
「まあ、確かに凄いけどさ……」
長身男子に、控えめ少女。どこかぴったり嵌まっているような微笑ましい二人。
しかし、そんな彼彼女が共に自分の大切なものだったとしたら。
「咲? 京ちゃん?」
どうすれば、良かったのだろう。照は己の内にて揺らぐ天秤に、悩んだ。
「――――京ちゃん大好き!」
「はいはい」
「っ」
届いた妹の愛言葉。それを聞いて、照はその場から走り去る。もう、自分とは違う自分と似たものが自分の代わりに隣にいる事実を認めたくはなくて。
「う、うう……」
いやいやをして、泣きじゃくりながら逃げ出す少女は、痛々しくも幼気。
ただ、か弱い自分を鏡を見つめて守っていたばかりの彼女は、ひび割れる胸元を止めることは出来ない。
そして照は、ぱりんと、大事なものが壊れる音を聞いた。
「……なかったことに、しよう」
少女はいつの間にか潜り込んでいたベッドの中で頭を振って、そう呟くのだった。
「京ちゃんもお姉ちゃんへのプレゼント、買えると良いね」
「そうだな。せっかくここに仮にも女子がいるんだから、確りとセンスを見て貰わないとな」
「仮にもってなに!?」
そんなだから。もし、彼女がこの会話まで聞いていたら、というのはあり得ない。
「照さん。咲に、貴女の妹に――――なんか、しました?」
「――――京ちゃん。私には
何時の日か、焦燥に疲れた京太郎の前で照は、そうつぶやくのだった。
鏡は壊れた。もう、あなたしかみえない。