なんとか念願の京咲書けたのですが……マルの次にバツは安直でしたかねー。
とはいえ、カップリング≒×というところもあって、題材に選ばざるを得なかったところもあったりします!
次回は、順当にいけば前に投稿したカップリングの続きを投稿してから、京優希ですねー。
そこまで行ったらまたアンケートしますので、その時はよろしくおねがいします!
中学二年生の頃の自分は、それはもう付き合いにくい存在だっただろうな、と宮永咲は思う。
とある不幸にひねて、普通を羨む。文字の海に埋没することで深い悲しみを忘れようとしていた少女はきっと、面白くない転校生だったのだろう。
とはいえ、一人殻にこもった少女をつつきもせずにあれは酸っぱい葡萄だと見て見ぬ振りをしてくれた大勢は優しかったに違いない。
「はぁ……こんな、いやがらせ……」
もっとも、クラス全員が文句ひとつなく独りぼっちになりたがる頑なな少女を受け容れてくれるはずもなかった。
溜息と共に、咲は嫌気をはき出す。机にチョークで描かれた大きなばってん。その悪意をまるで子供みたいと彼女は内心蔑む。
「どうしよう……」
この机いっぱいのピンク色のいたずら書きがされたのは彼女が放課後、図書室に本を返しに行ったその合間。
二本の直線は、まさにいたずら書きという呼び名が相応しいような乱雑さで描かれていた。
筆致は強く、雑巾で拭いたところで直ぐに取れそうもない。とはいえ、こんな×印がついた机を平気で使い続けられるほど咲は図太くもなく。思わず困り極まり呟くと。
「酷ぇな、これ」
「っ!」
咲は真後ろから少年の声を聞いた。独りぼっちのつもりが一人ではなかったことに驚く彼女に彼、須賀京太郎は苦笑しながら弁解する。
「あー。すまん、宮永。驚かせるつもりはなかったんだ。俺、ちょっと教室に忘れ物しててさ。そうしたら宮永がぽつんとしてたから、ついな」
長躯からその声色は優しげに響く。京太郎のその手には、競技用のシューズが入っているのだろう手提げ袋が携えてあり、その言は本当なのだろうと咲は思った。
確かに、忘れ物を取りに来て、自分を気にしてくれたのだろう。本来ならば喜ぶ場面かもしれなかった。
とはいえ、少し優しげなだけでは、すっかり痛みに怯えるようになってしまった少女は安心できない。咲から向けられる警戒心の篭もった瞳に、思わず京太郎は頬を掻いた。
「あー……ちょっと待っててくれ」
「え?」
これは、いくら諭してみても距離は縮まらないな。そう考えた京太郎は部活の忙しさにかまけて二週間経っても馴染まない転校生をほったらかしにしてしまったことに、どこか罪悪感を持ちはじめていた。
気の良くてそれに過ぎるところすらある彼は、努めて笑顔のままに、自分の机のところまで行く。
そして、何を思ったのか、その中身を椅子の上にあけて、咲のところまで持ってきたのだった。
微笑みながら軽々と机を運んできた男子に、怯えを忘れて疑問符を浮かべた彼女は訊く。
「えっと、それは?」
「ああ。俺の机だ」
「そうじゃなくて……」
「なあ、宮永。机、交換しようぜ」
「え?」
軽く告げられた言葉は、正に咲にとっては寝耳に水。それこそ先までは嫌そうに机の落書きを見ていたというのに、どうして。
なんでと首を捻る少女に、まるでなんでもないかのように、京太郎は言った。
「いやさ。よく見たら中々良いセンスじゃないか、その落書き。赤系のバツとかまるでここが宝のありか、みたいだよな。つい欲しくなっちまってさ」
「それは……」
「んー? おまえの机って今、空っぽいな。文句なかったら、今すぐ換えてくぞ?」
「……あ」
それは有無を言わせない、強引さ。でも不愉快ではなかった。
遠ざかっていく大きな背中。そして、連れて行かれる
「……ありがとう」
その言葉は彼に届かなくても、きっと彼女にとって深い意味となったに違いなかった。
その日から、京太郎は咲のことを気にかけるようになる。
目に入るものが楽しそうだと嬉しい、といういかにも
姫と呼んでからかったと思えば、少女に向かったいじわるに向けては声をあげ、笑顔に対して頬を緩める京太郎。
そんな少年と時間を共にすることで、宮永咲は、次第に笑顔を取り戻していった。
それどころか、懐いて近寄りもっともっと。それは、欠けてしまった愛を取り戻すための行為であり、京太郎にしてはひな鳥が親にせがむ姿と重なるもの。
「まるで咲ちゃんは京太郎の嫁さんだな」
「嫁さん違いますっ!」
しかし、他人からはもっと微笑ましい何かに見えていた。
たとえば。溶け込み始めたクラスの皆から、ほらと女子の一人に押し出された咲は、調理実習の合間に京太郎の班へ向かい、肉じゃがを味見して貰うようなこともあった。
熱さにじゃがいもをはふはふとしている京太郎に、緊張しながら咲はその味を訊ねる。
「す、須賀くん、美味しい?」
「おお。この肉じゃが凄く美味いぞ。いやー、ポンコツの宮永にも得意なことあったんだなぁ……感動だ」
「むぅっ、私だって得意なことのひとつやふたつ、あるんだからね! そんないじわる言うなら須賀君、勉強もう見てあげないよ?」
「これは美味いがそれは不味いな……すまん、咲。お詫びというかお返しにプレゼントだ」
「……何これ? ぐちゃぐちゃ……」
「ちょっと自由に作りすぎたかもしれないが、それはオムレツだ」
「献立から自由にはみ出すぎてるよっ。失敗したんでしょ……完全にこれ、スクランブルエッグ!」
衆人の期待を裏切るように、いつの間にか構えていたのがバカみたいに思えるような普段に戻る。
別段、彼女も淡く蕩けるような雰囲気を期待していた訳ではない。ないが、それでも素直にしてくれない京太郎にぷんぷんする咲。
けれども、怒りは長く続かない。だって、空っぽの胸の中を埋める代替とはいえ、大好きになった大切なものの前で、険を持ち続けるのはあまりに難しいことだから。
「仕方ないなぁ……」
「すまん」
意地悪にも可愛がられて、最後にはそれを許す。そんな日常に心は否応なしに和んでいく。哀は愛に慰められ、次第に大きさをなくす。
これはちょっと料理の勉強しないといけないなと隠れて決意する京太郎に対し、あ、意外と美味しいと気付いた咲はぐだぐだな炒り卵をもしゃもしゃ食むのだった。
そして、親愛をインプリンティングされたひよこのように、咲が京太郎の後をくっついて回るようになってから、一年以上の月日が経つ。
いつの間にか咲に京ちゃんと互いの呼び方も変わり、仲を囃し立てるのが飽きない誠くらいになった頃。冬が終わり、花の季節。
殆どはじめて、京太郎は隣の咲が読んでいる本を気にした。
そして、予想通りにその内容がバスの揺れの中でもはっきり分かるくらいに文字ばかりであることに眉をひそめてから、ぼそりと言う。
「あー、咲って結構難しい本読んでるんだな……正直もっとこう、一ページごとに絵がドーン、っていう本を嗜んでいるとばかり思ってたぞ」
「それってもう絵本……京ちゃんっていつも私を子供扱いするよね……」
「そりゃデパートのお姉さんのアナウンス曰く、迷子の宮永咲ちゃん、だもんなぁ……」
「もうっ、一緒に出かけた時、ちょっと迷っただけのことなのにずっと……」
「いや、界さんから聞いてるぞ? 実は覚えるまで界さんが何回も中学校の行き帰りを送り迎えしてたって」
「お父さん……車で連れてってくれたの二、三回くらいなのに話を盛りすぎだよ……というか、何時お父さんと仲良くなったの、京ちゃん!」
「そりゃまあ、授業参観で会ったっていう俺の親伝手に、だな……つうか俺と界さんってほぼ毎日メッセージ飛ばし合う中だぞ」
「なにそれ、聞いてない!」
蚊帳の外で父親と
彼女のその元気いっぱいの様子に、満足そうに京太郎は笑むのだった。そして諭すように、彼は言う。
「いや、でも界さんも咲のこと相当に心配してたから俺に連絡してきたんだぞ? お前、家でほとんど学校のこと、話さないっていうからさ……」
「私だって、お父さんにあれこれ全部話すわけじゃないよ。京ちゃんは忘れてるけど、これでも私だって年頃の女の子なんだからね?」
じと目で見つめる咲に、京太郎は苦笑い。
この、思春期を忘れてきてしまったような純な少女が自分をまるでその他大勢であるかのように語る姿には、彼も違和感があった。
つまるところ、実は隠れて京太郎は咲を一つの華として認めている。だからこそじゃれて、真剣になりきれない。それが明確なバツであることを知りながら。
真剣に向けられる長い睫毛に包まれた大粒の瞳に心惑わされないようにして、京太郎は言った。
「ああ。でも咲に界さんが心配するだけの過去がある、とは俺も聞いてるぞ」
「……それは」
聞き、咲は押し黙る。想いと共に悩ましげに絡まりあう、白魚の指。己の胸の奥につかえるものを感じ、困ってしまった咲はつい彼に聞いた。
「京ちゃんは、その話、聞きたい?」
聞きたくない、わけがないと思う。
これまで彼と紡いできた関係はそれなり以上に密という自信があるし、そもそも宮永咲の
案の定、京太郎は首を振って返した。
「無理にはいいぞ」
「……そう」
大きな安堵と、少しの失望。聞かれたくないけれど、助けて欲しかった。
そんな子供っぽい矛盾した気持ちを抱く自分を恥じて視線を文字の海に落とす咲に、勘違いした京太郎は言う。
「別に、咲に興味がないってわけじゃなくてさ」
そこで彼は言葉を一度切る。そしてはにかんでから、少女を隣からなるだけ真っ直ぐ見つめて。
「ただ、何があろうと、俺はお前の友達ってだけだ」
ここは大事な場面だと照れを飲み込み京太郎は告げる。
心配なんてしなくていい。どうあっても、それこそ前に本当に大きな
けれども、少女の視線は沈んだまま。しばらくしてから、咲はぽつりと言うのだった。
「駄目」
「ん?」
とても友愛に満ちた回答。しかし、咲はそれに×を付ける。
だって、それじゃあ零点。なにしろ求めていたのはそれじゃあない。もう、あなたはあの子の代わりじゃないんだ。だから。
「友達じゃ、もう嫌だよ」
ああ、おっかなびっくり触れ合うばかりはもう嫌だ。あなたが温かいのはもう知っている。だから、ふざけた振りしてないで遠慮なく私を抱きしめて。
そんな想いは言葉にならず、身の捩りに抑えられる。だがそれでも停まるのはもう無理なこと。頬紅くしたままに、柔らかな咲の唇はなお動いた。
「私が経験した整理も出来てない嫌なことなんて、知って欲しくはない。けど、私が間違いなく京ちゃんのこと大好きだってことは知っておいて欲しいな」
そう、それはわがまま。けれども、請う恋なんて当たり前。綺麗な私の好きを知っていて。
そんな愛言葉に少年は。
「咲……っと」
「バス、着いたね」
返答を用意する時経たずに、目的地にてバスの扉は開いた。二人は慌てて出口に向かう。
ICカードで早々に払いを終えた京太郎に、硬貨を慌てて数えるのに時間をかけた咲は、降りたと共に春風の涼を覚える。
そうして一息吐いて、公園前のバス停の名前を確認してから揃って見上げた景色は正に。
「綺麗……」
「そうだな」
満開だった。零れんばかりの大輪連なり、その勢いは蒼穹を覆わんばかり。
桜色は薄桜に聴色、淡紅色をも容れて、淡く淡く。入学記念に遠くの花を見に来た二人を、優しく包み込んだ。
長野にしては早めの開花。けれども、それだって自然。当たり前。
それに倣う気持ち。そうして想いに蓋をすることを止めた京太郎は、ぽつりと零した。
「俺はさ」
「京ちゃん?」
「正直、俺たちはずっとこのままでいいかと思ってた」
「……そうなんだ」
「でも間違ってたな」
そう。はじめはこわれ物のような少女から反応を取り出すことばかりに必死で、そして次に自分を見つめ返してくれたので、今度は一緒を楽しんで貰おうとふざけることにした。
すると、見れたのは愛らしい咲という女の子の笑顔。それに見惚れた少年は、共にあれる嬉しさに満足した。けれども。
「出会ってから一年経ったし、桜も咲いた。間違いなく時間は進んでる。なら俺たちも一歩進んだっていいはずだよな」
大好きな笑顔が隣に咲いている。
喜ばしいそればかりが、だが関係の終着点であるはずがなかった。
こっち向いてとつついてばかりでなく、もっと近くにと請うのも正道。少年は自分の×を知る。
だからこそあえて微笑んで、京太郎は咲へ真っ直ぐ向く。そしてそのまま決まり悪そうにしながら、少年は告白するのだった。
「あー……咲、好きだ。俺と付き合ってくれ」
「――――うんっ!」
そして京太郎と咲の関係はとうとう
泥濘からも、花は咲くもの。いくつかの