銀河英雄伝説 エル・ファシルの逃亡者(旧版)   作:甘蜜柑

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第九十六話:それでも前を向かなければ 宇宙暦796年11月16日~12月10日 イゼルローン要塞第一軍病院

 大きな窓から降り注ぐ人工太陽の光に照らされた病室の中。ベッドに横たわる俺は、黙々とりんごの皮を剥き続けるアルマを無言で見つめていた。白くて細長い指と一体化したナイフが動くたびに、するすると皮が実から離れていく。アルマの太ももの上に敷かれた新聞紙には、厚さも幅も一定の皮が積み重なっている。まるで機械でも使ったかのようだった。たかがりんごの皮剥きにもこんなに丁寧に取り組むアルマの律儀さは、いささか度が過ぎるように思える。

 

 八個目を剥く途中でアルマの手がぴたっと止まった。指がぷるぷると震えだし、ナイフを取り落とす。目にはみるみるうちに涙が溜まっていった。沈黙が続いた後の妹の急変に、俺はすっかり混乱してしまった。

 

「お、おい……」

 

 慌てて声をかけたが、アルマは答えない。ぱっちりした目からは大粒の涙がこぼれ落ち、震える唇をぐっと噛み締めている。

 

「お、お兄ちゃん……」

「どうしたの?」

 

 か細いアルマの声にただならぬものを感じた俺は、精一杯優しげな表情と声を作った。しかし、アルマの顔に差した影はどんどん濃くなっていく。

 

「ダーシャちゃんが、ダーシャちゃんが……」

 

 アルマは入院中のダーシャの名前を口にして、そのまま言葉を詰まらせた。胸の中にどんどん嫌な予感が広がっていく。続きを促そうとは思わなかった。聞きたくない。いっそ、言葉に詰まったままでいてほしい。

 

「今日の午前〇時を回ってすぐに容態が急変して……。意識が戻って安心してたのに……」

 

 アルマは泣き崩れて、最後まで言い終えることができなかった。言葉の中身ではなく、アルマの表情と声がすべてを伝えてくれた。

 

 世界からどんどん色彩が失われていく。視界がゆらゆら揺れ始めた。音が聞こえなくなった。鼓動も呼吸も止まったように思われた。涙も出てこない。ダーシャがいなくなったことを知った瞬間、俺の周囲の時間はその流れを止めた。

 

 俺の記憶はダーシャと出会った七九四年六月七日八時一二分まで遡る。ハイネセン第二国防病院の中央病棟三階ロビー。病院食に飽き足りない俺が院内のコンビニで買った袋入りドーナツを食べていた時の事だった。

 

「おいしそうですね」

 

 そう言って笑顔で話しかけてきた丸っこい顔の女の子がダーシャだった。あの時、何と答えたのかは良く覚えていない。ロールケーキをダーシャから受け取って食べたこと、ダーシャが俺を見て「かわいい」を連発していたことだけを覚えている。

 

 出会った頃はちょっと苦手だった。ストレートに好意をぶっ込んでくるダーシャに、少し引いてしまっていたのだ。しかし、ダーシャは強引に距離を詰めてきた。

 

 ファーストネームで呼ぶまで二週間無視され続けたことも今となっては懐かしく思い出される。ファーストネームで呼び合うようになってからは心理的な距離がぐっと縮まり、やがて物理的な距離も縮まっていった。プライベートでも会うようになり、お互いの部屋を訪ねるようになり、気がつけば同居同然の状態になっていた。とんとん拍子に関係が深まっていって、出会って二年目で結婚の約束を交わした。

 

 ダーシャの笑顔、泣き顔、怒った顔が頭の中に次々と浮かぶ。ダーシャは本当に感情表現が豊かだった。笑顔だけでも一〇を超えるバリエーションを持っていた。どんな顔でもダーシャは可愛かったけど、俺が一番好きだったのは、くりっとした目を細めて歯並びの良い歯を出してにっと笑った顔だった。

 

 ダーシャと出会ってから今日まで八九三日の時間を一緒に積み重ねてきた。今日もダーシャと一緒に終わり、明日もダーシャと一緒に生きる。出会ってから明日で八九四日目、明後日で八九五目、一ヶ月後で九二三日目、一年後には一二五八日目。ずっとダーシャを同じ時間を積み重ねていくと、何の迷いもなくそう信じていた。しかし、八九三日目にしてダーシャとの時間は終わってしまった。

 

 共に過ごした二年間は、それ以前の人生すべてを合わせてもなお足りないほど強い輝きがあった。彼女がいなければ、前の人生で経験した八〇年の暗闇を振り払うことはできなかった。やっと開けた光り輝く未来は、ダーシャとともに見えなくなった。

 

 軍人になったこと、努力したこと、人の信頼を得たこと、命を賭けて戦ったこと。そのすべてが今この瞬間に繋がっていたのだとしたら、俺は何のためにやり直してからの八年間を生きたのだろうか。灰色になった世界で俺は自問自答を重ね続けた。

 

 気が付くとアルマは病室からいなくなっていた。日は落ちて部屋は真っ暗になっている。いつの間にこんなに時間が過ぎてしまったのだろうか。目は乾ききっていた。涙が流れた形跡もない。泣くこともできないほどの悲しみがこの世にあることを初めて知った。

 

 

 

 ダーシャがいなくなっても朝は来る。やがて日が昇って昼になり、日が落ちて夕暮れになる。日が完全に落ちきってしまうと夜になる。時間が経つと日が昇ってきて、また朝が来る。毎日毎日休むこと無く太陽は回り続ける。ベッドに横たわる俺の前で一日は勝手に始まり、勝手に終わった。自分がいつ眠っていつ起きたのかも覚えていない。何か食べた覚えもないのに、まったく腹が減っていなかった。医師や看護師と顔を合わせた記憶も無い。

 

 誰もいない灰色の世界の中でもダーシャの面影だけはくっきりと浮かぶ。今すぐ病室に現れて、俺を叱ってくれるのではないか。そんな気がして、痛みが残る体をゆっくりと起こした。視線の先には病室の扉。日が落ちてまた昇るまでずっと扉を見詰めていたが、ダーシャは入ってこなかった。俺は肩を落としてため息をついた。

 

 ダーシャは頭がいいのに時間の使い方は下手だった。待ち合わせをしたら、いつも時間ぎりぎりに息を切らせてやってきた。朝はいつもベッドの中でぐずぐずして起きようとせず、時間がなくなってから慌てて飛び出して、身支度を始めたものだ。今もどこかで時間を無駄遣いしてるのかもしれない。ダーシャがどれだけ遅れても、俺はよそに行かずに待つ。これまではそうだったし、これからもそうなのだ。

 

「フィリップス提督、ブレツェリ大佐がお見えですが、お通ししてよろしいでしょうか?」

 

 インターホンから聞こえる看護師の声は、俺の期待が正しいことを教えてくれた。そうだ、ダーシャは遅れても絶対に来る。そういう奴なんだ。

 

「通してください」

 

 承諾の返事をした後、自分の声の弱々しさに気づいてびっくりする。少し経って病室のドアが開いた。入ってきたのはダーシャの父親のジェリコ・ブレツェリ大佐だった。

 

「やあ」

「お久しぶりです」

 

 辛うじて挨拶を返すと何も言えなくなってしまった。しわは深くなり、白髪の比率が多くなった。驚くほどに老け込んだブレツェリ大佐にかける言葉が見つからなかった。

 

「元気にしてたか、などと聞くまでもないか」

「申し訳ありません」

「いや、いいんだ。私だけが辛いわけではないからな」

 

 ブレツェリ大佐は力なく笑った。次男と娘が死んでしまって、長男も行方不明。俺なんかよりずっと辛いはずだ。

 

「エリヤ君だって、アルマ君だって辛い」

 

 噛みしめるようにブレツェリ大佐はつぶやく。

 

「アルマ君には辛い役目を頼んでしまった。私から伝えるべきだったのに、つい彼女の厚意に甘えてしまった」

「アルマはどうしていますか……?」

「あれから会っていない。連絡をしても返事がない。第八強襲空挺連隊の知り合いに聞いたら、出勤はしているが、物を食べるところを一度も見なくなったそうだ」

 

 ブレツェリ大佐は目を伏せて、沈痛そうな表情を浮かべた。今の人生のアルマが前と同じ食いしん坊かどうかはわからないが、何も食べていないというのはまずい。

 

「結局、私は逃げてしまったんだな。娘の死と向き合うのが怖かった。自分の口に出したくなかった。だから、アルマ君の申し出を安易に承諾してしまった。その結果、重荷を背負わせた。まったくもって情けない」

 

 言葉の返しようがなかった。しかし、ブレツェリ大佐は俺に構わず言葉を続ける。

 

「マテイの死亡が昨日確認された。この一ヶ月で私の子供はすべてこの世からいなくなってしまった。マテイは三〇年、フランチは二八年、ダーシャは二七年。これだけの歳月を一緒に過ごした子供がいっぺんにいなくなった」

 

 目に涙は浮かんでいない。顔色も変わっていない。しかし、人間が話しているとは思えないほどに抑揚に欠けた口調が子供をすべて失った父親の気持ちを語り尽くしていた。どんな慰めの言葉も通じない圧倒的な絶望。ただただ耳を傾けることしかできない。

 

「娘を置いて死ぬなと君に言ったが、まさか娘の方が先に死んでしまうとは思わなかった。何の疑いもなく、娘は絶対に死なないと信じていた。親より先に子供が死ぬなんて、想像もしていなかった。四〇年間を軍隊で生きてきて人の死が日常になっていたはずの私が、自分の子供だけは何の根拠もなく例外だと思っていたのだ」

 

 それは悲痛な告白だった。現実を直視できない人物が伍長から大佐まで昇進できるはずがない。積み重ねてきた戦歴、そして帝国領遠征で絶体絶命の窮地を切り抜けたという事実は、ブレツェリ大佐がプロの中のプロであることを物語る。それなのに子供のことになると、途端に甘くなってしまう。プロの顔と父親の顔。その落差がいっそう悲痛さを際立たせる。

 

「エリヤ君」

「はい」

「君は私の願い通り生き残ってくれたが、娘は生きられなかった。本当に済まない」

「やめてください!」

 

 深々と頭を下げるブレツェリ大佐を慌てて制止する。

 

「ダーシャが死んだのは、あなたの責任ではありません。これ以上自分を責めないでください」

 

 こんな言葉に何の意味もないのはわかってる。この世には共感を一切受け付けないほどに深い悲しみがある。俺だってダーシャがいなくなった悲しみを誰かと共有しようとは思わない。死ぬまでずっと一人で悩み続けるだろう。きっとブレツェリ大佐も同じだ。それでも、愛した人の父親が果てしない自責の中に沈んでいくのは見たくなかった。

 

 ブレツェリ大佐は顔を上げると、目をつぶり腕組みをして、じっと何かを考えているようだった。窓から差し込む人工太陽の光に照らされた病室の中で、息の詰まる時間が流れる。しばらく経って、ブレツェリ大佐はゆっくりと口を開く。

 

「そうだ。ダーシャはどこまでも前向きな子だった。決して後悔なんかしない子だった。私が自分を責め続けていたら、あの子に叱られてしまうな。終わったことを振り返る暇があったら、前を向いて走れと」

 

 ブレツェリ大佐の言葉に、俺は深く頷いた。

 

「転ぶ時も前のめりに転ぶ。泣きそうになれば、無理やり笑顔を作る。ダーシャはそんな奴でした。後ろ向きな俺でも、一緒にいればどこまでも突っ走っていけそうな気がしました」

「最後に意識が戻った時、あの子は次の日の病棟食堂の献立を聞いていたよ。ヌードルが出ると聞いた途端に、『太るからやだ。別のに替えられないか』なんて言っててね。次の日の献立まで聞いてたよ。食事なんてできる容態じゃないのに、自分が明日も明後日も食事できることを何の疑いもなく信じてたんだな」

「ダーシャらしいですね。体重の心配をするところも含めて」

「あの子は子供の頃は太ってたからな。痩せてからもずっと気にしてた。今じゃバーベキューを二ポンド食べても太らないのに」

「二ポンドって、ダーシャはそんなに食べるんですか!?」

 

 ダーシャが肉を二ポンドも食べられるなんて初耳だった。俺の前では「太るから」と言って半ポンドも食べなかった。

 

「三年前にアルマ君がうちに来た時にバーベキューをやってね。その場の勢いでアルマ君とうちの子供三人で大食い競争をやることになったんだ」

「ああ、ダーシャは負けず嫌いですから。後先考えずに本気出すでしょうね」

「うむ。アルマ君に負けた時は本気で悔しがってたな」

「ほんと、あいつらしいですね。目に浮かぶようです」

 

 ダーシャが必死で肉を食べてる様子や負けて悔しがってる様子を想像して、思わず笑ってしまった。久しぶりに笑ったような気がする。その証拠に表情筋がピクピクしていた。

 

「そんな下らないことにも真剣になれる子だった。だから、不器用なのに何をやっても上達が早かった」

「不器用なんですか?」

「あんな不器用な子はそうそういないが」

 

 不器用なんて評価も初めて聞く。ブレツェリ大佐の口から語られるダーシャは、俺の知ってるダーシャとは全然違ってた。

 

「参謀の仕事を教えてもらった時にしょっちゅう叱られましたよ。『要領悪すぎ』って」

「要領をつかむまで、必死で試行錯誤を続けるのがあの子のやり方だ。そういった負けん気が君に足りないように見えたのかも知れないな。楽しいだけで上達したら、誰だって天才になれるというのが口癖だったから」

「ああ、それは良く言われました」

 

 本人がいなくなった後に初めて分かる真意。俺は努力を楽しいと思うけど、人に負けたくないという気持ちは薄い。そこが負けず嫌いのダーシャには歯がゆかったのか。

 

「こうやって話していると、今もダーシャが生きているように感じるよ。肉体こそなくなったが、私や君の記憶の中ではまだ生きているんだな。アルマ君やその他の友人の記憶の中でも、きっとダーシャは生きているのだろう」

「ええ。俺もそう思いました。二度と会えないけれど、ダーシャは消えてなくなったわけじゃありません。大佐も俺もダーシャのことを覚えています。そして、今も変わらず大好きです」

「そうだ、その通りだ」

 

 死人のように真っ白だったブレツェリ大佐の顔に生気が戻ってきた。

 

「私の子供はまだ死んだわけではない。マテイもフランチも記憶の中で生きている。ならば、私も明るく生きねばならんな。記憶の中で生きる子供達にいつも笑顔でいてもらうために。私がいつまでも悲しんでいれば、みんなが笑顔で子供達を思い出せなくなる」

 

 次にブレツェリ大佐が取り戻したのは声の抑揚だった。声が震えている。目には涙が浮かんできていた。

 

「エリヤ君。今はまだ難しいかもしれない。だが、いつか笑ってダーシャを思い出せるようになってほしい。君があの子を笑顔で語ってくれたら、みんなの記憶の中のダーシャも笑顔になるはずだから」

「はい」

 

 考えるまでもなく即答した。

 

「これを最後にする。少しだけ泣かせてほしい」

 

 そう言うと、ブレツェリ大佐は下を向いて軍帽を顔に押し当てた。三人の子供を一度に亡くしながらも、なお子供のために生きようとし続ける。そんな彼の姿に心が震える。いつまでも悲しんではいられない。静かに泣くブレツェリ大佐を見ながら、再起を誓った。

 

 

 

 ブレツェリ大佐の訪問をきっかけに虚脱状態から抜け出した俺は、傷の治療に専念することにした。体の状態が良くなれば、気持ちも前向きになっていくからだ。

 

 ベッドに横たわっている状態では、どうしても気持ちが後ろ向きになってしまう。ヴァンフリートの時と違って、足の怪我はそれほど酷くない。リハビリと気分転換を兼ねて、松葉杖を使って病棟を歩き回った。テレビや新聞やネットを見て、外部の情報を取り入れることも忘れない。ロビーに集まっている他の患者とも積極的に会話した。

 

 担当医のトゥチコワ軍医准将によると、虚脱状態の間の俺は食事をとろうとしなかった。そのため、点滴で栄養補給をしていたそうだ。前向きな精神はしっかりした食事によって培われる。病院食をしっかり食べた。専門の管理栄養士が考えた献立だけあって、栄養はたっぷりある。欲を言えばボリュームが欲しかったが、贅沢を言っても仕方がない。

 

 また、第三六戦隊軍医部長アルタ・リンドヴァル軍医少佐にメンタル面の治療を依頼した。彼女は気分障害と精神科リハビリテーションを専門とする精神科医である。エル・ファシル警備艦隊にいた頃に知り合い、第三六戦隊司令官に就任した際にメンタルケアを指導してもらうためにエル・ファシル国防病院から引き抜いた。俺は「一人で悩むのはやめて、すぐに医師に相談するように」と第三六戦隊の将兵にいつも指導していた。リンドヴァル軍医少佐に頼るのも率先垂範のうちと言えよう。

 

 見舞い客とも積極的に会った。第三六戦隊の部下、他の部隊にいる友人知人などが来てくれた。みんながみんな示し合わせたかのように洋菓子を持ってきてくれたのがとても嬉しい。

 

 第三六戦隊の参謀は骨折で入院したニコルスキー中佐を除けば、ほとんど軽傷で済んだ。俺が別の部隊で指揮官を務めることがあっても、また同じメンバーを集めて戦える。帝国領遠征で積んだ経験をフィードバックして、より充実した参謀業務を期待できるであろう。司令官にとっての最大の財産とも参謀チームを温存できたことは不幸中の幸いであった。

 

 アルマはすっかり元気になっていた。ブレツェリ大佐の訪問を受けて、立ち直ろうと決意したらしい。食欲も取り戻した。しかし、いささか旺盛に過ぎるようだ。彼女が来ると、棚の上に積まれていた差し入れの洋菓子の箱があっという間に消えてなくなってしまう。食欲は前の人生とほとんど変わりないが、食べ方が妙に可愛らしくなった分だけ質が悪い。心底から幸せそうな笑顔で食べるアルマを止めたら、とても悪いことをしてるような気分になるのだ。やはり、俺は彼女が苦手だ。

 

 ブレツェリ大佐は第七艦隊後方支援集団司令官代理の激務の合間を縫って会いに来てくれた。後方支援集団司令官は少将職であったが、上席にいる後方支援集団の指揮官が全員戦死または行方不明になったためにブレツェリ大佐が指揮権を引き継いで、残務処理を行っているのだ。総戦力の七割を失ったと推定される第七艦隊の残務処理の苛酷さは想像するまでもなかったが、それでも俺が早く元気になれるよう、気を使ってくれている。期待にこたえなければならないと思う。

 

 敗戦直後はイゼルローン周辺宙域に全軍が集結していたために通信規制が敷かれていた。だいぶ撤収が進み、最近になってようやく解除されてメールが届くようになった。心配が過ぎておせっかい気味な国防委員会防衛部長ドーソン中将のメール、第一一艦隊ルグランジュ中将の熱い激励メール、リオ・ヴェルデ星系警備艦隊司令官ビューフォート准将のユーモア混じりのメールなどを見るたびに温かい気持ちになる。

 

 故郷パラディオンに住む家族からのメールも来ていた。父のロニーは相変わらずお調子者で、母のサビナは相変わらずおせっかいだった。姉のニコールも相変わらず姉御肌だった。写真もみんな俺の抱いていた印象と変わらない。強いて違いをあげるなら、短めだった姉の髪が長くなってることぐらいだ。とても懐かしい気持ちになった俺は、いつか休暇をとってパラディオンに行こうと思った。

 

 多くのメールが届く中、トリューニヒトとクリスチアン大佐からメールが来ていないのが気がかりだった。戦後処理で多忙なトリューニヒトは仕方がないとしても、クリスチアン大佐から来ないのはどういうことだろうか。こちらから送っても返事がない。アルマが送っても返事がないそうだ。どんなに遅くなっても律儀に返事をしてくれるクリスチアン大佐らしくもない。心配になってしまう。

 

 入院してから一ヶ月が過ぎた一二月一〇日に退院が決まった。ヴァンフリート四=二ではラインハルトに関節や骨を砕かれたせいで入院期間が長引いたが、今回は通院しながら治療を続ける。まだまだ完治まで先は長いが、病院暮らしが終わったのはありがたい。新年をハイネセンで迎えることができそうなのが嬉しかった。


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