銀河英雄伝説 エル・ファシルの逃亡者(旧版)   作:甘蜜柑

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第百十五話:彼らは兵隊を持っているに過ぎない 宇宙暦797年4月13日 ボーナム総合防災センター

 俺はプロンプターに映し出される原稿の文字を目で追って行く。俺が昨日作った文案を、ハラボフ大尉が車の中で救国統一戦線評議会の発表を踏まえて手直しした原稿だ。

 

「本日昼頃、武装勢力がハイネセンポリスで蜂起しました。私も視察に向かっている最中に襲撃されましたが、間一髪で脱出しました。同じ軍服を着た者に襲われたことに驚いた私は、武装勢力が救国統一戦線評議会を名乗っていること、議会と最高評議会に代わって全権を掌握したと言っていることを知って、さらに驚きました。自由惑星同盟は民主主義国家。主権者たる市民が統治者を選ぶ国です。議会と評議会を武力で排除すれば、選挙の洗礼を受けずとも統治者になれるなどという話は、聞いたことがありません。彼らはいかなる資格をもって、統治者を名乗っているのでしょうか?民主国家に生きる一市民として、問わずにはいられません」

 

 穏やかな声色で語りかけるように問う。もちろん、目線は正面をはっきりと見据える。カメラと一体になったプロンプターを使っているおかげで、カメラ目線で原稿を読むことができる。この時のために、秘密司令部とした四つの総合防災センターすべてに用意させておいたのだ。

 

「ハイネセンポリスで蜂起した部隊は、判明しているだけで一個艦隊一六三万、地上部隊九個師団一二万。周辺の都市で蜂起した部隊も含めると、彼らは二〇〇万を越える兵力を持っていると推定されます。宇宙艦隊、第一艦隊は司令部を急襲されて動きが取れません。ハイネセンポリスの外には、一〇〇万を超える部隊が駐屯していますが、統一された指揮権のもとにあるわけではありません。彼らは現時点ではこの惑星で最大最強の軍事勢力です。しかし、それ以上でも以下でもありません。彼らは兵隊をたくさん持っているに過ぎないのです」

 

 救国統一戦線評議会の軍事的優位を認めた上で、「兵隊を持っているだけ」とばっさり切り捨てて、恐るるに足りないと印象づける。

 

「政府中枢を制圧し、政府や軍部の要人を捕らえれば、忠誠の対象を失った市民は大軍を持った自分達に服従するとでも、彼らは思い込んでいるのでしょう。しかし、それは軍事力の多寡のみですべてを量ろうとする軍国主義者の論理です。強大な軍事力を持ったルドルフの末裔にわずか四〇万人で挑んだアーレ・ハイネセンの精神を受け継ぎ、三〇〇年以上にわたって戦い抜いてきた自由惑星同盟の市民には、そんな論理は通用しません。自由惑星同盟の市民は、自らの統治者を自らの手で選びます。軍隊を並べて脅迫する者に服従するなど、決して有り得ないのです」

 

 自由惑星同盟の政権は軍事力の多寡ではなく、市民の支持の多寡によって決まる。その原則論を前面に押し出す。

 

「武装勢力は全権を掌握したと言っていますが、実際はハイネセンポリスすら完全に手中に収めたとは言い難い状態です。ヨブ・トリューニヒト議長は、拘束を免れました。首都防衛軍司令部は陥落しましたが、第三巡視艦隊を始めとする数十万の部隊が抵抗を続けています。その他にもハイネセンポリス周辺で武装勢力に抵抗している部隊は、一〇万を下りません」

 

 多少誇張しているが、嘘を言っているわけではない。チュン准将が掌握した第三巡視艦隊だけでも二六万人の将兵がいる。首都防衛軍所属の他の部隊がことごとく日和見していても、数十万は抵抗していることになる。

 

 司令部が陥落して無力化した第一艦隊には一五六万、宇宙艦隊には司令長官直轄部隊と帝国領遠征で生き残った正規艦隊の残存戦力を合わせて四七〇万の将兵がいる。それだけいれば、クーデターに抵抗する部隊も一〇万人ぐらいはいるだろう。帰趨がはっきりしないハイネセンポリス周辺の地上部隊も三〇万人はいるが、抵抗の姿勢を見せる部隊も多少はいるのではないか。

 

 希望的観測ではあるが、人心に訴えるという意味では、確証のある悲観より根拠の無い楽観の方がはるかに有意義である。エル・ファシル危機を経験してからは、あえて楽観的に振る舞うように心がけるようになった。悲観論を唱えて賢者ぶって見せるより、楽観論を唱えて愚かと言われる方を俺は選ぶ。

 

「つまり、彼らはハイネセンポリスの一部を掌握しているに過ぎない一介の武装勢力であるにも関わらず、政府中枢機関と要人の身柄を抑えただけで、あたかも同盟全土の統治者であるかのように振る舞っているのです。テレビを見れば、彼らの主張ばかりが流れています。通信は彼らの手によって規制され、首都で何が起きているかは掴めません。一見、彼らがすべてを支配したように見えるでしょう。しかし、それは放送局と通信施設を占拠して、情報を統制することで自分達を大きく見せかけているに過ぎません。皆さんの不安に付け込めば、服従させられると彼らは勘違いしています。繰り返しますが、彼らは兵隊をたくさん持っているだけなのです」

 

 情報統制のからくりを暴露して、実体以上に膨れ上がった敵の存在感を相対化する。これは対クーデター計画のもととなった「午睡計画」が最も重視しているポイントだった。

 

 クーデターを起こした者の最大の武器は、実は軍事力ではなく情報力である。どのチャンネルを付けてもクーデター勢力の主張が流れていれば、彼らが唯一の支配者であるように見えるだろう。自由な通信ができなければ、仲間と連絡を取ることもできず、クーデター勢力の流す情報のみに依存させられるだろう。そうやって、状況がわからずに混乱している多数派を取り込んでいくのだ。

 

「彼らは支配者ではありません。皆さんは孤立していません。ハイネセンポリスとその周辺には、宇宙艦隊と第一艦隊その他の部隊を合わせて六〇〇万以上、クーデターに参加していない地上部隊を合計すると三〇万以上、警察官は二〇万、消防官は一〇万、公務員は一〇〇万。ハイネセンポリスの外には、一〇〇万以上の地上部隊、二五〇万以上の警察官、一〇〇万以上の消防官、一八〇〇万以上の公務員がいます。ハイネセンポリスには五〇〇〇万、惑星ハイネセンには一〇億の市民が住んでいます。結束すれば圧倒的な数なのに、メディアと通信を独占する敵によって、『自分は孤立している』『二〇〇万の軍隊に敵わない』と思い込まされている。それが現実です」

 

 救国統一戦線評議会は少数派に過ぎず、画面の向こうにいる人々は多数派である。ただ、分断されているに過ぎない。具体的な数を列挙することでそう強調する。

 

「この戦いは軍隊と軍隊の戦いではありません。統治者を僭称する武装勢力二〇〇万と自由惑星市民一三〇億の戦いです。市民的自由を巡る市民戦争なのです。武装勢力に欺かれて先制奇襲を許してしまいましたが、それでもハイネセンポリスの中心部を奪われたに過ぎません。皆さんの手元にある人員や物資は無傷です。市民もまだ武装勢力に屈したわけではありません。皆さんや市民が結束すれば、武装勢力を打倒することは容易です。そして、私は結束に必要な連絡手段、そして正規の指揮系統を皆さんに提供できます」

 

 話をどんどん広げて、少数の武装勢力対多数の市民という構図を作り上げ、勝利への展望を見せる。軍隊と軍隊の戦いであれば、救国統一戦線評議会に対抗できる戦力はイゼルローン方面軍ぐらいである。何百万いようと、統一された指揮のもとに置かれていない部隊は弱い。だからこそ、敵も統合作戦本部、宇宙艦隊総司令部、首都防衛司令部、第一艦隊司令部などを制圧して、正規の指揮系統を破壊した。しかし、市民戦争なら戦闘をせずとも勝利できる。

 

「首都防衛軍司令官代理エリヤ・フィリップスは、国防基本法第一〇七条の規定により、惑星ハイネセンの治安維持に必要な措置を行います。首都防衛軍は本日四月一三日二一時二二分をもって、警戒レベル五を宣言。惑星ハイネセンにいる部隊のうち、宇宙艦隊及び地上総軍に所属する部隊を除く全部隊を首都防衛軍の指揮下に編入の上、総動員を発令。二四時間の即応態勢に移ってください。惑星ハイネセンに居住するすべての予備役軍人に、緊急防衛召集を発令。最寄りの首都防衛軍駐屯地に出頭してください。また、宇宙艦隊及び地上総軍に所属するすべての部隊、惑星ハイネセンの警察機関、消防機関、指定公共機関に治安維持への協力を要請します」

 

 惑星ハイネセン全土の防衛に責任を持つ首都防衛軍司令官の権限。これが俺の持つ最大の武器であった。正規の指揮系統を破壊されて混乱している軍隊、警察、消防、その他の公務員を首都防衛軍の指揮系統に一本化する。首都防衛軍と地方警備部隊以外の部隊や機関には、協力要請の形式をとるが、クーデターによって首脳部が壊滅している現状では、事実上指揮下に入ることになる。

 

「なお、この措置は武力闘争及びその後方支援を求めるものではありません。あくまで治安維持を目的としております。武装勢力に参加している者も同盟市民であり、同盟軍人です。同胞同士での流血は、私の本意ではありません。首都防衛軍に表立った協力をすれば、危険に晒される方もいるでしょう。その場合は武装勢力に対するサボタージュ、あるいはこちらの主張を密かに流していただくといった形のご協力をお願いしたいと考えております」

 

 俺の意思が武力闘争には無いこと、流血を望んでいないこと、非暴力的な闘争手段を主とすることなどを明言する。敵陣営であっても同盟市民の血を流してしまえば、人心が離れてしまう。

 

「なお、動員命令及び協力要請は警戒レベル引き上げと同時に、メールにて皆さんの公用端末に送付いたしました。民主主義を守るために結束しましょう。一日も早くハイネセンに平穏を取り戻しましょう。ご清聴いただきありがとうございました」

 

 作戦部に用意させておいた命令文や要請文をメールで一斉送付して、救国統一戦線評議会の妨害を受けない連絡手段の存在をアピールする。そして、結束を訴えた後に謝辞を述べ、カメラに向かって深々と頭を下げた。

 

「終了です」

 

 カメラを担当していた技術スタッフが放送終了を告げると同時に、防災司令室は割れるような拍手に満たされた。そして、みんなが次々と握手を求めてくる。

 

「お見事でした。トリューニヒト議長みたいでしたよ」

「ありがとう。最高の褒め言葉だ」

 

 情報部長ベッカー大佐と強く握手を交わしながら、満面の笑みで答えた。大仕事を終えた満足感が気持ちを高揚させる。

 

「知り合った頃の閣下は、褒め言葉を聞くたびに恥ずかしがったものですが。今は随分と素直になられました」

「褒め言葉は素直に受け止めろと俺に言ったのは、情報部長じゃないか」

「覚えてますよ。昔の閣下はからかい甲斐がありました。あの時はブレツェリ大佐とスコット准将もいましたね」

 

 三年前、ハイネセン第二国防病院に入院してた頃のことをふと思い出した。やることがなくて、いつもダーシャ、ベッカー大佐、スコット准将の三人とロビーでお茶を飲んでいたものだ。

 

「ダーシャがいきなり俺の目を真剣に見詰めてさ。何言い出すかと思ったら、『本当にかわいいですね』だよ。どんなことでも褒められたら『ありがとう』って言うことに決めてたけど、あれは本当に参った」

「懐かしいですな。あの時は自分が閣下にお仕えするなんて、想像もつきませんでしたよ」

「そうだね。ダーシャと婚約することになるとも想像してなかった」

「私は想像してましたがね。ブレツェリ大佐、ガンガン押してきてたでしょう。『ああ、これはじきに押し切られるな』って思ってましたよ。入院中に付き合わなかったのは、誤算でしたがね。おかげで退院後にスコット准将に一杯おごる羽目になりました」

「貴官ら、そんな賭けをしていたのか」

 

 三年目にして知った真実に、思わず苦笑してしまった。

 

「しかしまあ、あの会話のきっかけになった人がここにいるというのも奇妙な縁ですな」

 

 ベッカー大佐は司令室の片隅で端末を操作するハラボフ大尉に視線を向ける。かつて俺を意識しすぎて煮詰まってた彼女に、「雑な仕事をしてごめん」と失言をした俺は、ベッカー大佐に説教されたのだ。

 

「いや、あの時はね。どうかしてたんだ」

 

 やや後ろめたい気持ちになって、頭を軽くかいた。

 

「閣下」

 

 俺を呼ぶ声に振り向くと、真後ろにハラボフ大尉が立っていた。ついさっきまで部屋の隅にいたのに、いつの間に移動してきたのだろうか。武術の達人はとんでもない距離から間合いを詰めてくる。幹部候補生養成所時代にカスパー・リンツと組手をしたら、五メートル離れていてもあっという間に懐に入り込まれた。徒手格闘に長けたハラボフ大尉もそういう技を会得しているのかもしれない。

 

「なんだい?」

「第二巡視艦隊のアラルコン少将より、通信が入っております」

「アラルコン少将?」

 

 今のスピーチは防災通信ネットワークを通して、惑星ハイネセンにいるすべての部隊に放送された。当然、アラルコン少将のところでも放送されている。しかし、動員命令の返答はメールで行うように命令文の中に書いたはずだ。いったい、どういうつもりで通信してきたのだろうか。対立するウィンターズ主義派が二人も加わっている救国統一戦線評議会にアラルコン少将が与しているとは思えないが、クリスチアン大佐が評議員になっている以上、絶対ということは無い。警戒しながら通信に出た。

 

「司令官代理、お疲れ様でありました!実に素晴らしい演説でしたな!このアラルコン、心底感激いたしましたぞ!救国統一戦線評議会とやらは、あのエベンスめがいるせいか、むやみに理屈っぽくていけません!それに比べて、司令官代理のお言葉の歯切れのよいことと言ったら、まるで上質なピクルスを口にしたようでした!ワインが欲しくなります!」

 

 通信が繋がると同時に、口を大きく開けて笑うアラルコン少将の顔がアップで映し出されて、少しのけぞってしまった。声も鼓膜が震えそうなぐらいに大きい。送信音量を大きくセットし過ぎではなかろうかと思った。

 

「第二巡視艦隊は、首都防衛軍司令官代理エリヤ・フィリップス少将を支持いたします!陸の上でも役に立つ男が勢揃いしておりますゆえ、何なりとお申し付けいただきたい!」

「感謝する」

 

 アラルコン少将の支持表明を笑顔で受け入れた。救国統一戦線評議会副議長ブロンズ中将の破壊工作によって戦力が低下してはいるが、将兵三二万を擁する第二巡視艦隊の加入は、事態が流動的な現段階では極めて大きな意味を持つ。もともと味方に数えていなかった部隊が味方に付いたのも嬉しい。

 

「救国統一戦線評議会とやらは、祖国を軍国主義にしようと企むけしからん奴らです!民主主義を守るため、共に戦いましょう!」

 

 筋金入りの軍国主義者に、「民主主義を守るために戦おう」と真顔で言われると、反応に困ってしまう。よほどエベンス大佐を嫌いなのか、それとも俺に合わせてるだけなのか、にわかには判断し難かった。

 

「良く分からんという顔をしてらっしゃいますな」

「そんなことはない。貴官の民主主義に対する気持ちは、良く分かっているつもりだ」

 

 内心を見透かされたようだ。味方になったといっても、やはり油断ならない相手である。

 

「いやいや、隠さなくても良いですぞ。小官は口は回りませんが、馬鹿ではありません。世間で軍国主義者と言われていることぐらい、ちゃんとわきまえております」

 

 アラルコン少将はさっぱりとした表情を崩さず、良く回る口で自己認識を述べる。ごまかしが通用しないことを悟った俺は、単刀直入に話すことに決めた。

 

「小官は貴官と付き合いが浅い。だから、どうしても世評を通して見てしまう。貴官は民主主義を嫌っていると言われる。小官はその世評を覆すほど、貴官という人物を良く知らない。だから、救国統一戦線評議会の一部評議員に個人的反感を抱いてはいても、軍国主義的イデオロギーには一定の理解を示すものと思っていた」

「誤解も甚だしいと言わざるを得ませんな。司令官代理ほどの方が世評を鵜呑みになさるとは、本当に心外です」

「すまん」

「ですが、それを率直にお認めになる姿勢には、好感を覚えます。露骨に偏見を持っているのに、紳士ぶって認めようとしないウィンターズ主義派や旧シトレ派の奴らより、ずっと立派でいらっしゃる」

「貴官相手に取り繕っても仕方が無いからね」

 

 敵わないという気持ちを込めて、苦笑いをした。これまでの言動から判断するに、アラルコン少将は正直を好む人のようだ。そして、人情の機微に敏い。ならば、両手を上げて懐に飛び込むに如くはなかった。

 

「小官から見れば、個人主義者はみんな軍国主義者です。奴らは軍隊を戦争の道具と考えております。軍隊をただ戦争にのみ奉仕する存在とみなし、戦争がなければただのならず者だと言っておるのです」

「軍隊を『戦争の道具』『ならず者』とみなすのは、むしろ軍国主義に敵対する側の見解じゃないかな?個人主義者は軍隊的な秩序を嫌うしね」

 

 アラルコン少将が軍国主義的と決めつけた個人主義的軍隊観は、世間では民主主義的な軍隊観と言われる。軍部反戦派の巨頭であるイゼルローン方面軍司令官ヤン・ウェンリー大将は、事あるごとにそのような軍隊観を口にしている。

 

「軍隊はそれ自体が一つの社会。そして、軍隊社会で生きる者は市民社会の一員。それを戦争のみに奉仕する個人主義者の集団にしようとするのは、軍事至上主義、軍国主義でしょう。国家の中に軍事国家を作ろうとする考えです。それのどこが民主主義なのですか。小官は違います。あらゆる階層の市民が集まる軍隊こそ、エリートや富裕層が集まる議会よりもずっと多様な階層の利害を平等に反映しうる存在と考えております。軍隊的秩序が生む力は、どのような組織よりも市民の幸福に寄与しうると考えております。市民が主役ですから、民主主義の中の民主主義です」

 

 軍隊を戦争の道具とするのは軍国主義で、軍隊による統治こそが真の民主主義である。そんな過激思想をこんな時に披露するアラルコン少将が大胆なのか、抜けているのか、俺にはいまいち判断がつかなかった。

 

「救国統一戦線評議会のイデオロギーは、貴官の考える民主主義と反している。そう解釈していいのかな?」

「そうですとも。奴らの布告はもうご覧になったでしょう?戦争に向けた体制作り優先で、貧困や失業には目を向けようとしない。福祉は切り捨て、公共事業も削減すると言っとるでしょう。まさに戦争のためにすべてを奉仕させる軍国主義ですよ。小官が理想とする体制は、軍隊が市民に奉仕する体制。貧困や失業の解決こそ最優先。軍国主義とは似ても似つきません」

「なるほど、それなら貴官とは相容れないな」

 

 アラルコン少将の主張の是非はともかく、救国統一戦線評議会との路線の違いは理解できた。救国統一戦線評議会の布告は、確かに戦時体制強化に偏っている。社会問題解決に軍隊を使おうとするアラルコン少将、そして国家救済戦線派の路線とは相容れないだろう。

 

「ご理解いただけましたか!軍国主義者どもをこらしめてやりましょう!」

「貴官と第二巡視艦隊の力、頼りにしている」

 

 敬礼を交わし合って、アラルコン少将との通信は終わった。画面からアラルコン少将の顔が消えると同時に、汗がどっと吹き出た。

 

「信じてもよろしいのでしょうか?」

 

 右隣にいる警備責任者のアルマは、目に不審の色を宿していた。

 

「何のこと?」

「アラルコン少将です。水面下で救国統一戦線評議会と通じている可能性も考慮すべきでは」

 

 そう言えば、アルマはアラルコン少将の過激思想を嫌ってた。今の通信を見て、さらに嫌いになったかもしれない。やたらと調子の良いアラルコン少将は、堅物のアルマとは相性が悪そうに見える。

 

「その可能性は低いと見ていいだろう。彼と救国統一戦線評議会の路線は、完全に食い違ってる」

「現政権を倒して軍事独裁政権を作るために、路線の違いを棚上げして一時的に共闘することもありえます」

「アラルコン少将の目的は社会問題解決であって、軍事独裁政権はその手段に過ぎない。社会問題に対する関心が薄い救国統一戦線評議会に協力すれば、かえって目的から遠ざかることになる」

「本気で社会問題に取り組もうと考えているのでしょうか?権力欲しさのポーズなら、救国統一戦線評議会に擦り寄る可能性だってあるでしょう」

「アラルコン少将がそういう人なら、なおさら救国統一戦線評議会には協力できない。主張を覆して擦り寄ったら、支持者に見放されてしまう。支持者がいない政治家ほど無力な存在はいない。救国統一戦線評議会にも冷遇されるだろうね。権力が欲しいなら、主張を貫き通して支持者の心を掴んでおかなきゃいけないんだ。アラルコン少将が理想家だとしても、権力亡者だとしても、救国統一戦線評議会への参加はデメリットしか存在しない」

「わかりました」

 

 アルマは言葉とは裏腹に、腑に落ちない表情を浮かべて引き下がった。納得できないのも仕方が無いと思う。過去に非戦闘員虐殺の疑いで何度も告発されたアラルコン少将には、何をしでかすかわからない危険人物という評価が定着している。だが、危険人物にも危険人物なりの計算があるのだ。

 

 表沙汰にはできないことであったが、救国統一戦線評議会のブロンズ中将は、クーデターを起こす前に第二巡視艦隊の輸送系統や通信系統に破壊工作を仕掛けた。アラルコン少将を潜在的な味方とみなしていたら、そんな真似はしないはずだ。潜在的な強敵はいくらでもいるのに、頼れる工作員には限りがある。味方に付きそうな三二万の兵力を弱体化させるために、工作員を差し向ける余裕は無い。敵を無能と思うのは誤りだが、万能と思うのも誤りだ。どんな強敵でも手持ちのリソースの制約を越えた行動は取れないのである。

 

 俺は指揮卓に座ると、ハラボフ大尉が置いた箱の中から取り出したマフィンを食べて、糖分を補給した。そして、端末のメールボックスを開く。

 

「意外と少ないな」

 

 惑星ハイネセン全土に向けて放送したにも関わらず、動員命令や協力要請を受諾するメールは一〇〇通程度しか来なかった。それも大半が群司令部、連隊司令部、旅団司令部、警察署、消防署、市役所といった小規模組織。有力といえるのは、旧第八艦隊系の第六五戦隊、第一首都防衛軍団、第三首都防衛軍団、第七機甲軍団、第三一陸戦軍団、第五大気圏内航空軍、四つの州警察本部、一つの州消防本部、二つの州政庁、一つの特別市政庁。

 

 受諾のメールを送ってきた有力組織のうち、ハイネセンポリス周辺に拠点があるのは、第六五戦隊、第一首都防衛軍団、第三首都防衛軍団のみ。第七機甲軍団はハイネセンポリスから一〇〇〇キロ離れたミルズワース市に駐屯。第三一陸戦軍団と第五大気圏内空軍は、ハイネセンポリスのある北大陸と別の大陸に駐屯。州警察本部、州消防本部、特別市政庁はすべて首都圏から遠く離れた地域だった。

 

 チュン准将率いる第三巡視艦隊とアラルコン少将率いる第二巡視艦隊に、第六五戦隊、第一首都防衛軍団、第三首都防衛軍団、その他の群、連隊、旅団規模の部隊を合わせると、現段階で俺に味方する首都圏の兵力は八〇万に及ぶ。ただし、第六五戦隊、第三首都防衛軍団はまだ動員を完了しておらず、戦力としては信頼出来ない。

 

 拒絶の返事を送ってきた組織も五〇ほどあった。その中には、旧第七艦隊系の第一二戦隊、旧第八艦隊系の第二五戦隊、旧第一二艦隊系の第六二戦隊、第一九歩兵軍団、第二機甲軍団、第一工兵軍団、第一大気圏内戦略航空軍といった首都圏の有力なクーデター未参加部隊も含まれる。

 

 残念なことではあるが、拒絶の返事を送ってきた部隊のうち、第二五戦隊、第六二戦隊、第二機甲軍団、第一大気圏内戦略航空軍は、メールの中で救国統一戦線評議会に対する支持も明言した。俺のメールを黙殺して、救国統一戦線評議会支持に回った部隊もいるはずだ。多数派工作では大きく遅れを取っている

 

「前途多難だな」

 

 溜め息が出そうになったが、辛うじてこらえた。戦いはまだ始まったばかりだ。劣勢にあって弱気を見せては、ますます不利になってしまう。

 

「閣下、第三巡視艦隊のチュン准将より通信が入っております」

 

 副官は冷たい声で参謀長からの連絡を伝える。

 

「繋いでくれ」

 

 名参謀のチュン准将なら、何か良い策を授けてくれるのではないか。そんな期待が声を上ずらせた。スクリーンにいつもと変わらぬのんきな顔が現れた途端、不安は急に収まっていった。

 

「司令官代理閣下、演説お疲れ様でした」

「ほんと、今日は大変だったよ。そちらはどうだ?」

「第三巡視艦隊司令部、第一〇一戦隊司令部、第一〇二戦隊司令部、第一〇四戦隊司令部、すべて敵に包囲されていますよ。合計でざっと五〇万ほど。第三巡視艦隊の倍の兵力です」

 

 参謀長は朝食のメニューを知らせるかのようなのんびりとした声で、第三巡視艦隊の危機的状況を報告した。心臓がきゅっと締め付けられるように痛む。

 

「……それは参ったね」

「まあ、じきに引くでしょう。五〇万もの兵力をずっと私だけに貼り付けておくほど、あちらも余裕が無いでしょうから」

「参謀長は本当に大胆だな」

「敵が全軍の四分の一もの兵力をこちらに振り向けたのには、閣下と第三巡視艦隊の合流を阻止する意図がありました。今の放送で別の場所にいるとわかった以上、囲む必要も無くなります」

「それがわかっていても、俺ならそんなに落ち着いてられないな」

 

 鈍感にすら思える参謀長の大胆不敵ぶりに、すっかり舌を巻いてしまった。前の歴史の彼は、獅子帝ラインハルト率いる大軍すら恐れなかった。たかが二倍の同盟軍など、恐るるに足らないのかもしれない。

 

「落ち着いてもらわないと困りますよ。敵はこれから躍起になって閣下を探しにかかるでしょうから」

「ああ、そうだな。見つかる前に部隊をボーナムに集結しないと。地上戦に慣れてない兵士なら一〇万、地上戦に慣れた兵士なら五万もいればもちこたえられる」

「兵力のあてはできましたか?無ければ第三巡視艦隊の戦力を半分ほど割きますが」

「大丈夫だ。第一首都防衛軍団と第三首都防衛軍団が味方についた。動員済みの第一首都防衛軍団を使おうと思う」

「第一首都防衛軍団の精鋭が味方に付きましたか。これは心強いですね」

「問題は道路だね。星道二六号線が壊れたままだから、こちらに着くまで時間がかかる」

 

 自分の愚かさがどうしようもなく腹立たしかった。国家救済戦線派に与する第一首都防衛軍団の駐屯地と首都圏各所を結ぶ星道二六号線は、ブロンズ中将の工作によって破壊されたままだった。ブロンズ中将に騙された俺は、修復工事を妨害した。それがこんな形で響いているのだ。

 

「他に我が方に味方した有力部隊はありますか?」

「首都圏では第二巡視艦隊と第六五戦隊。圏外では第七機甲軍団、第三一陸戦軍団、第五大気圏内空軍だね」

「小部隊も含めると、首都圏で我が方に味方した部隊は八〇万前後ですか。上出来です」

 

 意外な参謀長の言葉に驚いた。だが、何の根拠もなく楽観論を唱えるような彼ではない。何を考えているのか、聞いてみたくなる。

 

「そうかな。敵は既に首都圏だけで第二五戦隊、第六二戦隊、第二機甲軍団、第一大気圏内戦略航空軍を取り込んだ。こちらが把握していない部隊もいくつかは取り込まれているだろう。二五〇万は越えたんじゃないか。すっかり遅れを取ってしまった」

「クーデターの衝撃から皆が立ち直れずにいる初動段階では、情報通信網を握っている敵が圧倒的に優位です。それに演説が終わってすぐに態度を決めるわけにもいきません。協議を始めたばかりの部隊もあれば、夜が明けてから協議を始める部隊もあるでしょう。交通封鎖や通信封鎖によって幹部が集まれずに、協議を開く見通しが立っていない部隊も多いはずです。それなのに閣下は八〇万も集めました。素晴らしい出だしです」

「そう言われると、確かに上出来に思えてくるな」

 

 自然と笑みがこぼれてきた。

 

「正直申しますと、国家救済戦線派の第二巡視艦隊と第一首都防衛軍団は、計算外と考えておりました。計画段階でクーデターに参加していなくても、軍事独裁志向の彼らはいずれはクーデター側に付くものとばかり思っていたのです」

「軍事独裁志向の人達にもいろんな流派があるらしいよ。アラルコン少将が言ってた」

「私はハイネセン主義者ですので、ああいう人達はつい軍国主義で一括りにしてしまいます。しかし、それではいけないのかもしれませんね」

 

 チュン准将は苦笑した後、敬礼をして通信を切った。緊張が解けたせいか、疲れがどっと押し寄せてくる。今日は本当にいろんなことがあった。生涯で最も長い一日だった。

 

「情報部長!副官!」

「はい」

「今からベッドで仮眠する。俺が寝てる間の責任者は情報部長。こちらに向かっている第一首都防衛軍団との連絡にあたってほしい。第三首都防衛軍団から動員完了の報告が入ったら、すぐにこちらに向かわせるように。何かあったら起こしてくれ」

「タンクベッドはご使用にならないのですか?」

「あれじゃ、精神的な疲れは取れないからね」

 

 二人の腹心に指示を終えると、アルマを伴って仮眠室に向かった。明日はいろいろやるべきことがある。第一首都防衛軍団が到着したら、秘密司令部を正規の司令部に切り替える。政治家やマスコミを呼び寄せて、協力体制を築きあげる。メディアを使って、惑星ハイネセン全土の市民にアピールを行う。体力と精神力を十分に蓄えておかねばならなかった。


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