銀河英雄伝説 エル・ファシルの逃亡者(旧版)   作:甘蜜柑

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第七十一話:魔術の種と参謀の視点 宇宙暦796年5月下旬 惑星ハイネセン、第三十六戦隊司令部会議室

 宇宙暦七九六年五月一四日、難攻不落と言われていたイゼルローン要塞は、第一三艦隊司令官ヤン・ウェンリー少将によって攻略された。六度にわたって数万隻規模の遠征軍を撃退して、トータルで数百万に及ぶ同盟軍将兵の人命を奪った難攻不落の要塞を攻略したのが、二九歳の青年提督率いる六四〇〇隻の艦隊であったという事実は、全宇宙を驚愕させた。しかも、味方に一人も犠牲を出さなかったというのだ。

 

 第一三艦隊が偽情報でイゼルローン要塞から駐留艦隊を誘き寄せると、帝国軍人に偽装したローゼンリッターを保護を求めるふりをして要塞内部に潜入。隙を見て要塞司令官のシュトックハウゼン大将を拘束して守備隊を無力化させたローゼンリッターは、第一三艦隊を引き入れてイゼルローン要塞を占拠した。駐留艦隊司令官ゼークト大将は、要塞主砲トゥールハンマーの直撃を受けて戦死。芸術としか言いようがない手際だった。

 

 昨年のエル・ファシル動乱に始まる一連のテロ事件。第七方面管区司令部襲撃の実行グループを特定できず、海賊討伐も不祥事が続出してすっきりしない結果に終わった対テロ総力戦。そして、二月のアスターテ星域における惨敗。衝撃的な事件が続いて、安全保障に不安を抱いていた市民は、数十年に及ぶ国防上の懸案をあっありと解決してのけた若き英雄に熱狂した。

 

 新聞、雑誌といったメディアの紙面には、連日のように「魔術師ヤン」「奇跡のヤン」の文字が躍った。テレビを付けると、どこかのチャンネルで必ずヤンの顔が映し出されている。ネットはヤンを賞賛する書き込みで埋め尽くされた。ビジネスマンの商談の導入、主婦の井戸端会議といった場面においても、ヤンの偉業は誰もが共有できる話題として好まれた。同盟で暮らす者であれば、ヤンの名前を耳にしない日も、ヤンの顔を見ない日もない。それほどにヤン・ウェンリーフィーバーは大きかった。

 

 我らが第三六戦隊はそのような世間の喧騒をよそに粛々と部隊を作り上げる、というわけにはいかなかった。軍人だからこそ、同盟軍史上空前の偉業に興奮せずにはいられないのである。今日の参謀会議の席上においても、当然のようにイゼルローン攻略の話題が出てくる。

 

「まさか、あの要塞が落ちる日が来るとは思いませんでしたよ。いやはや、奇術の種というのは尽きないものですねえ」

 

 嘆息混じりに言うのは、戦隊情報部長ハンス・ベッカー中佐。亡命者である彼は、第四次と第五次のイゼルローン攻略戦では帝国軍、第六次では同盟軍として戦っている。攻守両方を経験した彼の言葉は重い。会議室は粛然となる。

 

「こんな簡単なトリックに引っかかるなんて、帝国軍も大したことないですよね」

 

 ヘラヘラした顔と口調で空気の読めない発言をする人事参謀のエリオット・カプラン大尉に、参謀達は何言ってんだこいつ、と言わんばかりの視線を向けた。俺と同い年の彼は、伯父であるアンブローズ・カプラン代議員のコネで第三六戦隊の参謀になった。人事資料を見た時点で頭痛がして、本人を見たら心臓も痛くなった。

 

 俺と同い年で士官学校を卒業していて、統合作戦本部や正規艦隊での勤務歴が多ければ、最低でも少佐には昇進しているはずだ。それなのにまだ大尉。しかも、進級リストではだいぶ下位にいる。過去に何かやらかしたらしく、一度降等されている。仕事もできないというか、やる気がまったく感じられない。何もしないだけなら無視できるのだが、カプラン大尉は空気を読まない発言が多く、存在感だけは無駄に大きい。

 

「奇術の種なんて、意外とつまらんものさ。しかし、種明かしされてから、つまらんと言ってみるのも芸がないな」

 

 ベッカー中佐はカプラン大尉の方を見て、微妙に毒のこもった言葉を投げかけた。自分が失言をしたらしいことに気づいたカプラン大尉は気まずそうに視線をそらす。調子がいいわりに気が小さいという微妙な性格をしている。妹のアルマもこんな奴だった。

 

「我々は攻める側しか経験したことがありませんが、守る側から見たイゼルローン要塞とは、いかなるものだったのでしょうか?」

 

 作戦参謀のエドモンド・メッサースミス大尉がベッカー中佐に質問をする。

 

「月並みな表現だけど、絶対的な安心感があった、ってとこかねえ」

「その安心感が油断を生んだのでしょうか?」

「勘違いしないでくれよ。安心と油断は違うぜ。要塞を信じていたから、守る側も命を賭けられた。戦うからには、最高の武器と防具に命を預けたいと考えるのが兵士ってもんだ。イゼルローンが信頼できん要塞なら、第五次か第六次で陥ちてただろうよ。物理的ではなく、心理的にな。外壁に穴をぶち開けられても、兵士どもが持ち場を離れなかったってことは、忘れんでもらいたいね」

 

 第五次ではシトレの無人艦特攻、第六次ではホーランドのミサイル攻撃がイゼルローン要塞の外壁に大きな穴を開けた。遠くから見ている俺からもはっきりと分かるぐらい、要塞が大きく揺れた。中にいる兵士の不安は想像するまでもない。それでも兵士たちは砲台を動かし続けた。だからこそ、逆転するまでもちこたえられたとベッカー中佐は言いたいのだろう。

 

「では、油断はなかったと?」

「油断してたから負けたんだ、というのはいい答えだな。わかりやすくて、みんなが納得するいい答えだ。士官学校の答案なら、それで正解だろうさ」

 

 ベッカー中佐の口調には、やや皮肉が混じっている。質問者のメッサースミス大尉は士官学校の上位卒業者なのだ。

 

「では、なぜイゼルローン要塞は落ちたのでしょう?」

「戦闘の詳細は今後明らかになるだろうが、今の段階で俺が思いつく理由は二つ。一つ目は要塞情報部の問題。正面から戦って落ちたら、指揮官や将兵が油断したってことになるだろう。しかし、詐欺にひっかかったんなら、話は別さ。要塞司令官のシュトックハウゼン大将は拠点防衛のオーソリティだが、詐欺の専門家じゃあない。詐欺対策は情報部の仕事だ。情報参謀が注意を促さなかったのか、という疑問はあるな。促しても耳を傾けてもらえなかったという可能性はあるが」

 

 情報の専門家であるベッカー中佐らしい意見に全員がうなずく。後方業務と治安業務がメインだった俺には無い視点だ。

 

「情報部に不備があったとしたら、それはどのようなものであるとお考えですか?」

 

 なおもメッサースミス大尉は質問を続ける。経験は浅く、思考が柔軟とも言いがたいが、好奇心が強いのは長所だ。第三六戦隊の幕僚会議では、メッサースミス大尉の質問に対して、他の参謀が説明するという形で意見を述べる流れができあがっていた。結成当初は俺が質問役をやるつもりだったが、その必要もなくなった。

 

「古巣だから擁護するわけでもないが、帝国の情報参謀もそんなに無能じゃない。判断材料が十分にあれば、ヤン提督の仕掛けたトリックにも気づいただろう。気づいていれば、注意を促すはずだ。何らかの理由で判断材料を十分に得られなかった、あるいは司令官と要塞情報部の意思疎通がうまくいってなかったんだろうな。どちらもそんなに珍しいことじゃあない」

 

 参謀はデータに基づいて思考するものだ。質量共に充実したデータがなければ、どんなに優秀な参謀であっても正しい答えを導き出せない。そして、正しい答えを導き出せても、それを聞いてもらえなければ意味が無い。いや、すぐに聞いてもらえなければ意味が無いというのが正確だろうか。

 

 司令官は信頼している参謀の言葉にはすぐ納得するが、信頼していない参謀の言葉にはなかなか納得しない。司令官に納得してもらおうと説明している間に、せっかくの提案が賞味期限切れになってしまうなんて良くあることだ。しかし、司令官としても自分が納得出来ない言葉に、おいそれと部隊の命運を預けるわけにはいかない。だからこそ、司令官と参謀の信頼関係は大事なのだ。

 

「担当者が交代したか何かで、情報部の活動が一時的に停滞していた。あるいは司令官と情報部の間に確執があった。そこを突かれた可能性が高いと思う。ヤン提督は作戦屋らしいから、いい情報屋が付いてたんだろう。要塞情報部の内部情報を探り出し、信頼できる情報かどうかを精査した上で、ヤン提督の詐欺は成功すると太鼓判を押した情報屋がね」

「第一三艦隊のムライ参謀長が情報畑だったね。優秀な人だよ」

「なるほど、情報屋を参謀長に起用したわけですか」

 

 参謀長チュン・ウー・チェン大佐がヤンの参謀長の名前をあげると、ベッカー中佐は満足気な表情になって、首を縦に軽く振った。そして、若い情報参謀のブルートン少佐やルンベック大尉らに語りかける。

 

「指揮官がこういう情報がほしいと言ったら、雑多な情報の中から必要なものを引っ張りだして、信頼性を精査した上で提示する。地道で退屈で独創性を働かせる余地なんて無い作業だ。しかし、指揮官と作戦屋のアイディアとうまく噛み合えば、ヤン提督とムライ参謀長のような奇跡だって起こせる。俺達もフィリップス提督と奇跡を起こせるように取り組んでいきたいもんだな」

 

 ベッカー中佐の言葉に情報参謀達は顔を紅潮させている。地道な情報活動が奇跡を起こすというのは、地味な情報屋にとってはグッとくるフレーズだろう。一緒に奇跡を起こそうと言われた俺も心が熱くなる。彼に情報を任せて良かったと思う。

 

「なるほど、一つ目の理由は完全に理解出来ました。二つ目の理由もお聞かせ願えませんか」

 

 みんなの興奮がやや引いてきたタイミングで、メッサースミス大尉がまた質問をする。空気を読めるのも彼の長所である。あのドワイト・グリーンヒル大将の推薦だけあって、コミュニケーション能力が抜群に高い。

 

「二つ目は結束力の問題。こちらの方がより致命的かもしれん。帝国軍というのは、相互の信頼関係が薄い軍隊なんだ。貴族と平民はもちろん、貴族でも門閥貴族と下級貴族、平民でもブルジョワと貧困層では価値観がまったく違う。平民将校はブルジョワ、下士官兵は貧困層が多いから、平民同士でも話が通じない。門閥貴族の将校はブルジョワの将校を成り上がりと嫌う。ブルジョワの将校は門閥貴族の将校を家柄だけの無能と嫌う。その対立に下級貴族も加わる。上下左右、みんな話が通じない」

「帝国で過ごしたことがないから、いまいちピンとこないのだが、そんなにも階級同士の断絶は酷いのか?」

 

 これは人事部長セルゲイ・ニコルスキー中佐の質問。人事管理を担当する彼にとって、帝国軍の将兵の信頼関係というのは興味深いテーマだろう。

 

「食べ物、衣服、教育、金銭感覚など、あげればきりはないが全部違うのさ。共通点が無さすぎて、コミュニケーションのとっかかりが掴めない。そんな連中を、司令官が皇帝の権威を振りかざしてようやくまとめているのが帝国軍という軍隊だ。だから、司令官一人抑えられただけで五〇万人が浮足立ってあっという間に降伏してしまう。仮に部隊をまとめられる指揮官がいても、強硬策には出られんだろうけどね。同盟軍を追い払っても、何かの間違いで門閥貴族のシュトックハウゼンを死なせてしまったら、どういう目に合うかはお察しくださいってとこさ」

「いろいろと考えさせられる話だな。我が軍でも人事がうまくいっていない部隊では、十分に起こり得ることだ。人事部も気を付けねば」

 

 俺は結構人事管理には気を使っているつもりだった。第一三六七駆逐隊ではうまくやれたと思う。しかし、一五〇〇人程度の駆逐隊と九万人近い戦隊では、管理すべき人員の数が格段に違っている。俺の目が届かない部分は、人事参謀に補ってもらわなければならない。

 

 俺が人事に出した方針は、「私的制裁、パワハラ、セクハラ、麻薬使用の根絶」「勤務成績優秀者表彰制度の充実」「将兵の借金問題の迅速な発見と解決」「各部隊の相談員の質の向上」「メンタルケア制度を安心して利用できる雰囲気作り」の五つだった。人事参謀に期待しているのは、俺の方針を実現するためのアイディアを出すこと、俺の方針を各部隊に周知して指導していくこと、俺の目や耳となって各部隊の人事業務状況を把握することだ。

 

 ニコルスキー中佐と人事部は良くやってくれていた。俺が方針を示すと、必要なマニュアル類をあっという間に作成してくれた。俺もマニュアル作りには自信があったが、プロの参謀がチームを組んで作ると完成度が全然違う。俺が持っていない発想もふんだんに盛り込まれている。方針の周知や指導もしっかりしている。人員が過剰な部署と不足している部署、各部隊に不足している人材を良く把握して、適切な配置が行えるよう努力してくれている。自分の目と耳と手足が何倍にも増えたようで心強い。

 

「作戦部としては、第十三艦隊の部隊運用に注目したいところです。編成して間もない部隊が四〇〇〇光年を二十四日という速度で移動。一隻の脱落者もなし。通常の行軍ではなくて、隠密行動です」

 

 作戦部長代理クリス・ニールセン少佐は第三十六戦隊の部隊運用を担当している。第十三艦隊の部隊運用に注目するのは当然だろう。参謀長のチュン大佐は作戦全般の指導、ニールセン少佐と作戦部には部隊単位の訓練、作戦計画を担当している。俺とチュン大佐の方針を実現するために必要な戦力と作戦案を準備するのが彼らだ。作戦はチームで作り上げるものなのである。

 

「副司令官フィッシャー准将の仕事だね。第一三艦隊の部隊運用は、彼が実質上取り仕切っている」

「参謀ではなくて、副司令官がですか?」

 

 作戦参謀ではなくて、副司令官が部隊運用を担当している。そのチュン大佐の言葉に、ニールセン少佐は少々驚いているようだ。

 

「ヤン提督は部隊指揮の経験をほとんど持っていない。だから、作戦指導に専念して、運用はベテランのフィッシャー准将とそのスタッフに任せているんだろうね。見方によっては、フィッシャー准将が事実上の指揮官といえるかもしれない」

「珍しいスタイルですね…」

「帝国ではそういうスタイルもあるらしいよ。司令官はお飾りの門閥貴族、副司令官にはベテランを選んで、副司令官を事実上の司令官にすることがあるそうだ」

 

 チュン大佐がそう言うと、ベッカー中佐がうなずく。

 

「しかし、それでは指揮官が二人いるようなものです。指揮系統が混乱しませんか?」

「メンバーを聞いた時には、私もそれを懸念したよ。若いエリートの司令官と叩き上げの副司令官って、衝突してもおかしくないからね」

 

 二人の会話にギョッとなってしまう。俺の副司令官ゲンナジー・ポターニン大佐は四三年の戦歴を誇るベテランだ。衝突はしていないが、親密とも言いがたい。二等兵あがりの俺が八年で将官になっているのに、同じ二等兵あがりの彼は六〇過ぎでようやく大佐。お互いに意識せずにはいられない。

 

「小官もそう思います」

「今のところはうまくいっているみたいだよ。ヤン提督は人の仕事にあまり口出ししない。フィッシャー准将は自己主張が少ない。だから、衝突せずに済んでるんだろう。人事の妙だね」

「これだけの運用を成し遂げているということは、小官が心配するようなことにはなっていないのでしょう。愚問でした」

「統合作戦本部の戦闘分析を早く見たいね。ニールセン少佐らには、得るものが多いだろうから」

「まったくです」

 

 ニールセン少佐はアンドリューの推薦だけあって、とても純朴な性格だ。ロボス元帥の下で用兵の基本を習得しているし、年齢もまだまだ若い。作戦部長代理の地位でリーダー経験を積んで、成長していって欲しい。

 

「後方部にとっては、つまらない戦いかなあ。物と金があまり動かないから」

 

 腕を組んでそう言うのは、後方部長のリリー・レトガー中佐。四〇近い彼女はさほどやり手というわけではないが、協調性に富んでいる。ドーソン中将の子飼いの一人で、他人に弱みを見せたがらないボスの代わりに頭を下げる役割を担ってきた。シトレ派やロボス派とも話ができる人物だ。各部署の調整にあたることが多い後方業務には、うってつけの人材である。ドーソン中将が第一一艦隊司令官を更迭された時に、後方勤務本部入りの話を断って、格下の戦隊司令部に来てくれた。

 

「レトガー中佐が面白がるような戦いがしょっちゅう起きてたら、国防予算が大変だよ」

「言われてみれば、そうですねえ」

 

 冷めたカフェオーレを飲み終えたチュン大佐が間延びした声でそう言うと、レトガー中佐も緊張感の無さを競っているかのようなのんびりした口調で応じる。

 

「参謀長の意見はどうだい?」

 

 ずっと黙っていた俺は四部門の意見が出揃ったのを見計らって、参謀長のチュン大佐に総括を頼む。最後に全体を統括する彼の視点からの意見を聞くのだ。

 

「戦術的には見るべきもののない戦いですが、運用面では参考になります。幕僚チームの人選と運営、第四艦隊と第六艦隊の残存人員を手早くまとめ上げた人事管理、イゼルローン要塞の隙を見ぬいた情報活動、迅速で隠密性の高い艦隊運用。ヤン提督の魔法は、閣下と我々が今やっているのと同じ実務の積み重ね上に成し遂げられたのです」

 

 その言葉に安心させられた。ヤン・ウェンリーが奇略をもってイゼルローンを陥落させてから、俺と彼を比較する意見をあちこちで見かけるようになった。「フィリップスはヤンのような奇策を使えないからダメだ」「そもそも、あいつは対帝国戦で戦功が無い。ひいきで出世しただけ」「ヤンに勝てるのは顔ぐらい」という否定的な意見もあれば、「フィリップスもヤンには負けていられないはずだ。どんなマジックを繰り出してくるか楽しみだ」などと贔屓の引き倒しみたいな意見も見られる。

 

 自分がヤンと比較されるなどおこがましいと思っている。ヤンに及ばないと言われても、当たり前のことだから、気分が悪くなったりはしない。しかし、俺の悪口を言うために、わざわざヤンを引き合いに出してくる人間が多いのには閉口した。トリューニヒト派が勢力を拡大するにつれて、反発も大きくなってきた。トリューニヒト派で一番目立っている俺に対する風当たりも強い。特に将官昇進は激しい反発を生んでいる。早く実績をあげなければいけないと、少し焦っていた。チュン大佐の言葉で心が軽くなった。

 

 俺の隣で黙々と会議の議事録を作っている副官のシェリル・コレット大尉は、鈍そうな外見とは裏腹に仕事はとても早い。エル・ファシル解放運動と戦った際に感じた不満もチュン大佐の言うとおり、俺の勘違いだったようだ。オフィスでの仕事では詳細なメモを作ってくれる。やや仕事が荒いが、副官になったばかりで完璧というわけにもいかないだろう。不満があるとすれば、妹に似た容姿と愛想の無さぐらいである。

 

 通信部、経理部、衛生部、法務部などの専門スタッフ部門の人間は今の会議には出席していないが、彼らの仕事ぶりにも満足していた。特に衛生部長アルタ・リンドヴァル軍医少佐は、医学的な見地からメンタルケアの指導に取り組んでいる。彼女は俺が第一三六七駆逐隊司令だった時に、部隊のメンタルケア対策に協力してくれた精神科医だった。

 

 俺のチームは順調に動き出している。先日、初の合同訓練も終えた。一個戦艦群、二個巡航群、三個駆逐群、一個揚陸群といった大部隊が俺の指揮でまともに動くかどうか不安だったけど、まずまずの動きを見せてくれた。この部隊の最大の弱点は俺の指揮能力だ。チュン大佐が作ってくれた計画に基づき、一年かけて大部隊の指揮運用に慣れていこうと思う。


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