銀河英雄伝説 エル・ファシルの逃亡者(旧版)   作:甘蜜柑

84 / 146
第七十三話:心が霧の中にいる 宇宙暦796年7月下旬 惑星ハイネセン、第三十六戦隊司令部~統合作戦本部

 戦隊に所属している艦艇は六〇〇~七〇〇隻、将兵は七万~一〇万人。戦隊司令官が動かせる人員と予算の規模は人口一〇〇万を超える大都市の行政機構、あるいは中規模の惑星警察に匹敵する。地上八階、地下三階の戦隊司令部ビルの写真をそれと知らずに写真を見せられた者は、どこかの市役所と思うに違いない。快適な温度に保たれた司令官執務室でクッションのきいたソファーに腰掛けて、窓から入ってくる陽光を感じながら仕事をしていると、一国一城の主のような気分になってくる。

 

「そろそろお時間です」

「ありがとう」

 

 副官のシェリル・コレット大尉の言葉で、自分が宮仕えの身に過ぎないことを思い出す。これから、統合作戦本部に出頭しなければならないのだ。戦隊司令部では主人だが、軍組織全体で見れば統合作戦本部の幹部に呼びつけられる存在にすぎない。人に頭を下げることに慣れてきた俺にとって、その事実はさほど不愉快ではない。

 

 一〇分後。コレット大尉を従えて庁舎を出た俺は正面に停まっている公用車に乗り込んだ。国産の高級乗用地上車である。佐官だった頃の公用車は大衆向けの安価な車だった。将官と佐官では車一つをとっても、待遇が全然違うのだ。隣に座っている副官のコレット大尉は俺より五歳若い二三歳だが、専属ドライバーのジャン・ユー曹長は二三歳年長の五一歳。士官になった当初は、年長者の下士官に遠慮を感じたものだ。しかし、いつの間にか命令することに慣れてしまっていた。ダーシャづてに聞いたダンビエール少将の言葉通り、人間は地位を得てからそれにふさわしい存在になっていくものなのだろう。

 

「新聞くれる?」

 

 コレット大尉は俺の求めに応じて、クオリティーペーパー三紙とタブロイド三紙を手渡す。

 

 クオリティーペーパーは政治や経済を深く掘り下げる記事が多い。発行部数は少ないが、エリート層が好んで購読しているため、社会的影響力は大きい。

 

 タブロイド紙はゴシップ記事が多く、政治経済の問題も興味本位で煽り立てる”下品”な新聞だ。社会問題もゴシップネタの一つとして消費するような層が購読しているため、発行部数が多いわりに社会的影響力は乏しいが、政治家の知名度はタブロイド紙とバラエティ番組に登場した回数に比例すると言われているため、無視できない存在だ。

 

 どの新聞の見出しもテルヌーゼン区補選のジェシカ・エドワーズ勝利を一面トップに持ってきている。次期最高評議会議長の有力候補と言われる国防委員長ヨブ・トリューニヒトの全面的な後押しを受けた元警察官僚と、反戦派の期待の星ジェシカ・エドワーズが対決するテルヌーゼン補選は、政界再編の試金石と言われていた。憂国騎士団の集会乱入事件で世論の同情を集めたエドワーズは、組織力に優る対立候補に大差を付けて国政進出を果たした。このニュースを各紙がどう報じているか、興味深いところである。

 

 まず、クオリティーペーパーから目を通す。

 

 改革市民同盟に近い穏健主戦派の「リパブリック・ポスト」は、急進反戦派の反戦市民連合に属するエドワーズの当選に懸念を示しつつも批判するには至っていない。改革市民同盟の支持者には、党内反主流派のトリューニヒトの敗北を喜ぶ者も少なくなかった。だから、奥歯に物が挟まったような論調になるのだろう。

 

 進歩党に近い穏健反戦派の「ハイネセン・ジャーナル」は、エドワーズの当選を歓迎し、進歩党と反戦市民連合の連携に期待を寄せる。

 

 反体制色が強い「ソサエティ・タイムズ」は、改革市民同盟と進歩党の二大政党体制打破をエドワーズのカリスマ性に期待していた。

 

 次に読むのはタブロイド。

 

 紙面には「ぶっ殺せ」「ぶん殴れ」といった物騒な言葉が踊り、統一正義党のマルタン・ラロシュの暴言を歓迎している「ウィークリー・スター」は、下品な言葉でエドワーズの人格を攻撃して、「こんな女が代議員になれば国が滅ぶ」と罵った。

 

 全宇宙で最も野次馬根性に忠実と言われ、冗談好きで陽気なヨブ・トリューニヒトを支持する「ザ・オブザーバー」は、エドワーズの発言を分析して、「人間が堅すぎる。トリューニヒトに弟子入りして、ユーモアを学ぶべきではないか」と評している。

 

 権威と名が付く物に噛み付かずにいられない「アタック・トゥー・ザ・フューチャー」は、「美しいエドワーズの口から紡ぎだされる正論は、ふんぞり返った代議員どもを叩きのめすだろう」と書いている。

 

「同じニュースを扱っていても、各紙ごとに論調がまったく違うんだよ。だから、複数の新聞を読み比べて、ひとつの事件を多角的に評価しなければならない。新聞の紙面には、購読者の願望が反映されている。あらゆる層の願望を理解することが社会を理解することなのだ」

 

 そう言って俺に複数の新聞を購読するように勧めたのは、ヨブ・トリューニヒトだった。彼は毎日十一紙の新聞に目を通し、主要な雑誌もすべて購読しているのだそうだ。ニュース番組も秘書に録画させて、寝る前に見ているという。

 

「俺が反戦派の新聞を読んで、あなたを間違ってると思うかもしれませんよ。それでもいいんですか?」

 

 そんな俺の問いに、トリューニヒトは笑って答えた。

 

「構わないよ。そうなったら、私の言葉に力が無かったということだ」

「反トリューニヒト派になって、あなたを批判するようになってもいいんですか?」

「それも構わないさ。主張を違えることがあっても友人は友人だ。考え方が違うぐらいでいちいち絶縁していたら、私はとっくの昔に離婚しているよ」

 

 片目をつぶって、おどけた表情になったトリューニヒトの言葉に笑ってしまった。トリューニヒト夫人のフィリスは、価値観も趣味もまったくの正反対な上に気性が激しい。お好み焼きとごはんを一緒に食べるかどうかひとつをとっても対立するのだそうだ。それでも仲がいいというのだから、人間関係は面白い。

 

 そんなトリューニヒトは先月末に、改革市民同盟の次期代表戦への出馬を正式に表明。そして、「共和国再建宣言」と題した政権構想を発表した。

 

 現職の国防委員長で軍部に支持者が多いトリューニヒトが最も力を入れてるのは安全保障だ。対帝国戦の継続と国防予算の増額を強く訴えるとともに、国民の団結を乱す「内なる敵」への備えが必要であると主張。治安を守る地方部隊の増強、対テロを専門とする情報機関の創設などを掲げている。外敵との戦いに注力しているシトレ派とロボス派に対するアンチテーゼを明確に示したといえる。

 

 治安政策は警察官僚出身のトリューニヒトにとっては、安全保障と並ぶ大きな柱である。犯罪検挙率の上昇には物量戦術こそ最も有効であるとして、警察官の定員増加、街頭に設置されている防犯カメラの充実、地域住民による防犯パトロールへの公費助成などを主張。また、麻薬犯罪撲滅作戦、性犯罪撲滅作戦、組織犯罪撲滅作戦の三大作戦によって、同盟社会を蝕む病巣を根本から断ち切るとしている。

 

 経済財政政策に関しては、緊縮財政から積極財政に転換して、大規模な公共投資による景気刺激を狙う。財源は国債発行額の増加で賄うが、景気対策が成功して五%の経済成長を数年間継続すれば、緊縮財政よりも早く財政赤字を圧縮できるとする。

 

 トリューニヒトは他にも様々な政策を用意している。退役軍人、亡命者、貧困層といった社会的弱者への支援強化。警察官の学校常駐、退役軍人の教官採用、行政当局による監督強化などを通じた教育現場の再建。人員削減で弱体化した行政機構を立て直すための公務員採用数増加。青少年栄誉賞の創設、奉仕活動義務化によるモラルの向上。

 

 国父アーレ・ハイネセンが唱えた「自由・自主・自律・自尊」のスローガンの影響、そして軍隊と官僚組織を使って全体主義社会を築き上げたルドルフ・フォン・ゴールデンバウムへの忌避感から、同盟社会には行政の影響力拡大を好まない小さな政府志向が深く根付いている。大きな政府を目指すトリューニヒトの政権構想は、きわめて大胆なものといえよう。

 

 ライバルのジョアン・レベロも近日中に政権構想を発表する予定だ。正統的なハイネセン主義者にして小さな政府志向のレベロが、経済的自由主義と行政機構の合理化を柱とする構想を発表することは間違いない。国民の軍事負担増加、軍隊の影響力増大を回避する手段としての対帝国和平も盛り込まれるだろう。

 

 テルヌーゼン補選におけるトリューニヒトの敗北は、レベロが政権構想を発表する前に、補選を利用して自らの構想を有権者に印象付けようという戦略の失敗を意味していた。トリューニヒトは穏健主戦派の改革市民同盟では力を伸ばしてはいるものの未だ非主流派であり、過激主戦派の支持はマルタン・ラロシュに集まっている。主戦派を一本化できていないトリューニヒトにとって、テルヌーゼン補選の敗北の痛手は少なくないというのがおおかたの見方であった。

 

 しかし、トリューニヒトと党内の主導権を争う主流派もそれほど幸福な状況にいるわけではない。収賄疑惑で追及を受けていたマラート・グロムシキン情報交通委員長が辞任に追い込まれた。一〇〇万ディナールを超える資金提供だけであれば、追及を逃れることもできたかもしれない。しかし、未成年女性の性的サービスを提供されていたとなると話は別である。主流派のプリンスだったグロムシキンの失墜は、各方面に大きな影響を与えた。

 

 イゼルローン要塞攻略の成功は、対テロ総力戦の失敗で支持率が暴落したロイヤル・サンフォード政権が息を吹き返すチャンスとなるはずだった。しかし、攻略直後に浮上したグロムシキンの疑惑がすべてを台無しにした。ヤン・ウェンリーがあまりに容易に要塞を攻略してしまったために、勝利に貢献していないというイメージを持たれてしまったのも、サンフォード政権にとっては計算外だった。勝利によって主戦論は盛り上がったが、政権支持率にはまったく繋がっていない。イゼルローン要塞攻略を主導した統合作戦本部長シドニー・シトレ元帥の名声のみが高まる結果となった。

 

 最近の世論調査では、政権支持率は三一・九パーセント。政権与党の改革市民同盟と進歩党の支持率もサンフォードの不人気に引きずられて低迷している。改革市民同盟の国防委員長ヨブ・トリューニヒト、進歩党の財務委員長ジョアン・レベロはいずれも人気のある政治家であるが、彼らの人気は党の支持に結びついていない。政界では、トリューニヒトが政権離脱と新党設立のタイミングを図っているとの観測も流れている。

 

 一方、野党の統一正義党と反戦市民連合は急速に支持率を伸ばしていた。イゼルローン要塞攻略に熱狂した主戦論者の支持が統一正義党に流れたこと、主戦論の高まりを恐れた反戦派の期待が反戦市民連合の若き新星ジェシカ・エドワーズに集まったこと、六年間続いた二大政党体制に有権者がうんざりして政権交代を強く望んでいることなどが要因としてあげられる。来年の総選挙で過激主戦派の統一正義党と急進主戦派の反戦市民連合に挟撃された連立与党が過半数を割り込む可能性は、現実のものとなりつつあった。

 

「どこかで見たような展開だなあ」

 

 新聞を読んでいた俺は思わずひとりごとを漏らしてしまった。幸いにもコレット大尉とジャン曹長には聞かれなかったようだ。

 

 前の歴史の本では、支持率低迷に悩んだサンフォード政権が帝国領侵攻作戦「諸惑星の自由」を発動させて、同盟を滅亡に追い込んだと言われていた。帝国のイゼルローン奪回軍への対応が話題になっている現在では考えにくいことであったし、あのアンドリューが諸惑星の自由作戦のような世紀の愚策を提案するとも思えない。

 

「到着しました」

 

 ジャン曹長の言葉で我に返る。頭の中から不安を振り払い、コレット大尉とともに車を降りた。これから一仕事しなければいけない。まだ見ぬ未来を恐れる前に、今日やるべきことを大事にしよう。そんなことを思いながら、巨大な統合作戦本部ビルを見上げた。

 

 地上五五階、地下八〇階の統合作戦本部ビルは同盟軍の作戦指導の中枢機関である。その三二階にある監察官室に用事があった。

 

 統合作戦本部の監察官は同盟軍全軍を監察し、法令遵守の徹底、情報漏洩防止、不正入札防止などに取り組む。軍人個人の不適切な行動を取り締まる国防委員会の憲兵隊に対し、統合作戦本部の監察官は不適切な職務執行を取り締まるのだ。

 

「ホーランド次席監察官は外出されてるんですか?」

「はい。急なご用事とかで」

「いつごろお戻りになりますか?」

「さあ?外出先も帰庁時間も伺っておりませんので」

 

 俺に出頭を命じた次席監察官ウィレム・ホーランド少将は不在との事だった。ぎっちり詰まったスケジュールの合間に時間を作って、統合作戦本部まで出向いてきたのに何の連絡もなく外出してしまうなんてあんまりだ。

 

「携帯端末に連絡いただけますか?」

「承知しました」

 

 監察室のスタッフは気乗りのしない顔で携帯端末を取り出し、スイッチを入れる。それから一分ほどしてスイッチを切ると、うんざりした表情で言った。

 

「電源を切っておられるようです」

 

 アポを取ってる相手がいるのにいきなり外出。行き先も帰庁時間も明かさない。しかも、携帯端末で連絡することもできない。武勲数知れない名将とは思えない怠慢だ。

 

「申し訳ありません。最近は良くあることでして」

 

 口調と表情に含まれた苦味から、スタッフもホーランド少将の怠慢に困り切っていることが伺えた。第五艦隊から統合作戦本部に異動したホーランド少将がやる気を失っているという噂は、だいぶ前から聞いていた。

 

 ホーランド少将は第六次イゼルローン攻防戦で武勲を立てたにも関わらず、トリューニヒトの横槍で第十一艦隊司令官の座をドーソン中将に奪われた。第三次ティアマト会戦では第五艦隊に属して戦ったものの精彩を欠いてしまい、ドーソン中将が帝国の宿将グライスヴァルト提督の旗艦を撃沈したためにすっかり面目を失った。ハイネセンに帰還した後は、武勲を立てる機会を得ようと必死になって、自らを指揮官に擬した小規模作戦案をあちこちに持ち込んでいたという。

 

 功を焦って策動するホーランド少将に手を焼いた第五艦隊司令官アレクサンドル・ビュコック中将は、シトレ元帥と相談して統合作戦本部の監察官室に転出させた。部隊の指揮権を奪って、大人しくさせようと考えたのだろう。

 

 対テロ総力戦でもホーランド少将の出番はなかった。ドーソン中将が更迭された後の第十一艦隊司令官候補に三人の名前があがったが、その中にウィレム・ホーランドの名前は無かった。二年以上戦場に立っていない彼は、ヤン・ウェンリーの台頭もあって、忘れられた存在になりつつあった。

 

「わかりました。今日のところは帰ります。次席監察官にもよろしくお伝えください」

 

 そう言うと、俺はコレット大尉とともに監察官室を退出した。ホーランド少将への怒りはない。チャンスを与えられなければ、人間はいとも簡単にダメになってしまう。ホーランド少将のような名将でも無為には耐えられないのだろう。不幸だと思うけど、功を焦る彼を危うく思ったビュコック中将も正しい。憂国騎士団と言い、ホーランド少将と言い、世の中は白黒で割り切れないことばかりだ。

 

 せっかく統合作戦本部に来たのだから、せめてカフェルームでフルーツパフェを食べて帰ろうと思った。何もせずに帰ったら、心がささくれてしまう。

 

 二階まで降りてカフェルームを覗くと、人影はまばらだった。勤務時間中にこの広い部屋がいっぱいになっているはずもないのだから、当然といえば当然だ。どの席にしようかと見回していると、窓際のテーブルに一人で座っているダーシャを発見した。どんな遠くにいても、ダーシャはすぐわかるのだ。

 

 足を踏みだそうとすると、ソフトクリームを二つ持った人物がダーシャのテーブルに近づくのが見えた。その人物に気づいたダーシャは手を差し出して、ソフトクリームを受け取る。顔はよく見えないが、髪型やシルエットからして男性っぽい。細身で手足が長くて、やたらとスタイルが良い。俺より背が高そうなのがむかつく。

 

 ここでにこやかに声をかけられるほど、俺は冷静な人間ではない。ダーシャのテーブルから死角になりそうな場所を見つけて、そこから様子を探る。相手がすぐ去っていく可能性もあるからだ。

 

 俺の期待を裏切って、相手はダーシャの真向かいに座った。そして、ソフトクリームを舐めながら、何か話している。相手がどういう奴なのか、ダーシャと何を話しているのかを知るためには、もっと近づかなければいけない。しかし、気づかれるわけにもいかない。ああ、俺はいったい何を心配しているんだろうか。

 

 頭を抱えていた俺の目に信じられない光景が飛び込んできた。ダーシャがテーブルに左手を付いて身を乗り出し、右手を伸ばしてソフトクリームを相手の口元に押し付けたのだ。相手はびっくりしたらしく、上半身をのけぞらせていたが、やがてダーシャの持っているソフトクリームに口を付け始めた。見ていられなくなった俺は、逃げるようにカフェルームから出て行った。

 

 統合作戦本部を出て、戦隊司令部に戻った後も気分は晴れなかった。不穏な政治情勢、やる気を無くしたホーランド少将、知らない奴といちゃいちゃしているダーシャ。今日はなんかもやもやすることばかりだ。

 

 そんなことを思いながら執務室に向かっていると、参謀のエリオット・カプラン大尉がソフトクリームを舐めながら士官食堂から出てくるのが見えてイラッとした。執務室に戻った後、報告に訪れたチュン・ウー・チェン参謀長からチョコクロワッサンを分けてもらって、ちょっと心が落ち着いた。

 

 課業時間が終わると、すぐに公用車に乗り込んだ。将官は公用車を通勤に使うことが許されているのだ。これは贅沢ではない。将官はどんな時でもすぐ指揮を取れるよう、心身のコンディションを保つ義務がある。公用車は通勤による心身の消耗を避けるための手段なのだ。それに車に乗っている時間は多忙な将官にとって、格好の居眠りタイムにもなる。

 

 後部座席でうとうとしていると、携帯端末から着信音が聞こえた。寝ぼけ眼で画面を見ると、アンドリュー・フォークの番号が映っている。ここ最近はこちらからメールしても全然返事なかったのに、いきなり通信入れてくるなんて、どういうことなんだろうか。

 

「ああ、エリヤ。久しぶり」

 

 一ヶ月ぶりに聴くアンドリューの声は、思いの外元気そうだった。

 

「いきなり、どうしたの?」

「これから晩ご飯、一緒に食べない?」

 

 アンドリューから食事に誘ってくるなんて珍しい。この機会を逃せば、忙しい彼と次に会うのはだいぶ先になるだろう。選択肢はひとつだった。

 

「ああ、いいよ。場所はどうする?」

「もう決めてる。ホテル・カプリコーンのレストラン」

「いいね、あそこはデザートおいしいから」

「今日は俺がおごるよ」

 

 そのアンドリューの言葉を聞いて、心の中でガッツポーズをした。今日はもやもやする日だったけど、最後にこんなサプライズがあるなんて、世の中捨てたものじゃない。

 

「ありがと」

「大事な話があってさ」

「おう、なんでも聴くよ」

 

 顔がにんまりするのが自分でもわかる。アンドリューに会える。最高のジェラートを食べられる。アンドリューと端末で話しながら、素敵な夕食に思いを馳せていた。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。