銀河英雄伝説 エル・ファシルの逃亡者(旧版)   作:甘蜜柑

85 / 146
第七十四話:友達は家族に勝てない 宇宙暦796年7月下旬 惑星ハイネセン、ホテルカプリコーン

 国防委員会ビルの近所にあるホテル・カプリコーンは、軍人御用達のホテルとして知られていた。レストランでディナーを楽しむ客の中にも軍服姿の者は多い。俺とアンドリュー・フォークもそうだった。

 

「どうしたの、エリヤ?」

「いや、なんでもないよ」

 

 久しぶりに会うアンドリュー・フォークは驚くほど痩せ衰えていた。死人のように青ざめた顔色、げっそりと肉の落ちた頬、ぎょろっとした目、老人のようにカサカサの肌。あまりの惨状に目を背けたくなってしまう。

 

「何を頼む?」

「じゃあ、さくらんぼのジェラート二つ」

「いきなり、ジェラート頼んじゃうの?」

「だって、おいしいじゃん」

「相変わらず食いしん坊だな、エリヤは」

 

 あっけらかんと言ってのける俺に、アンドリューは苦笑する。表情筋が衰えているのか、口元が歪んでいる。出会った頃の眩しい笑顔との落差に言葉を失ってしまった。

 

「どうしたの?黙りこんで」

「あ、いや、何でもないよ。ところで大事な話ってなに?」

 

 こんなに酷い状態のアンドリューと世間話を楽しめる自信は無かった。一刻も早く、アンドリューの力になってやりたかった。

 

「これを見て欲しいんだ」

 

 そう言うと、アンドリューはバッグの中からファイルを取り出す。「帝国領侵攻計画概要」という表題が視界に入った瞬間、全身の血が凍りついた。

 

 前の歴史におけるアンドリュー・フォークは、「同盟滅亡の最大の戦犯」「史上最低の参謀」などと評されていた。そのきっかけとなったのが七九六年の帝国領侵攻作戦「諸惑星の自由」の失敗である。

 

 功名心に駆られたアンドリュー・フォークが立案したこの作戦は、戦略的必然性は皆無、計画は杜撰、分析は希望的観測というより願望的観測という愚劣なものであった。立案の動機はアンドリュー・フォーク個人の功名心、実施の動機はロイヤル・サンフォード政権の政権浮揚。人類史上最低最悪の作戦の一つに数えられるにふさわしいでたらめぶりと言える。アンドリュー・フォーク本人は、過剰すぎる自信、強すぎる自我、乏しすぎる自制心を持ち、弁舌を用いた自己アピールだけは達者な最低の人格であった。

 

 でたらめな作戦を最悪の人物が指導したことで、帝国領侵攻は七個正規艦隊、将兵二〇〇〇万人を失う惨敗を喫した。この敗北で対帝国兵力比が圧倒的不利になったことが、同盟を滅亡に追いやることになる。責任者のアンドリュー・フォークが酷評されるのは止むを得ないだろう。

 

 しかし、今の人生で俺が知り合ったアンドリュー・フォークはそのような愚劣さとは無縁であるように思えた。聡明で誠実で謙虚で献身的。友人としては最高、参謀としては優秀。自らを引き立ててくれたロボス元帥の恩義に報いることばかり考えていて、功名心のかけらもない。彼が出世のために帝国領侵攻作戦を立てて、自己アピールのために他人をけなし、現実無視の作戦指導を行うなど、想像もできなかった。

 

 過労はアンドリューの外見だけでなく、人格まで変えてしまったのだろうか。目の前のアンドリューは前の歴史のような狂人に成り果ててしまったのだろうか。そんな恐ろしい想像をしてしまう。

 

「どうしたの、エリヤ?」

「あ、いや、ちょっとびっくりしてさ」

「しょうがないなあ」

「ごめんね」

「早く読んでよ。面白いから」

 

 アンドリューの口調はいつもの気安い感じだ。前の歴史の本に書かれていたような狂気はひとかけらも感じられない。しかし、ファイルを開くのはためらわれる。

 

 今の歴史においても、この時期に帝国領に侵攻すべき必然性は存在しない。イゼルローン要塞を奪回に来る帝国軍を撃破して、回廊の支配権を確固たるものにするのが先決のはずだ。アスターテ星域会戦で喪失した三個正規艦隊の穴埋め、シトレ元帥の少数精鋭戦略によって弱体化した地方部隊の戦力回復にも着手できていない。

 

 そんな状況で無謀な帝国領侵攻作戦を提案するなど、正気とは思えない。ファイルの中身を見たら、親友アンドリューの理性を信頼できなくなる。そんな恐怖があった。

 

「読んでくれないことには、話のしようもないんだけどなあ」

 

 ここで有無を言わさず席を立つような勇気は俺にはない。断腸の思いでファイルを開く。視線が三行目に到達した時点で驚きを感じ、七行目に到達した時点で圧倒され、一〇行目あたりからはすっかり引きこまれて夢中になってしまった。

 

「どう?」

 

 アンドリューはにっこりと笑いかけてきた。

 

「凄いね、これ」

「でしょ?」

 

 彼が得意げになるのもわかる。アンドリューを中心とする宇宙艦隊総司令部の若手参謀が作ったこの作戦案は、俺が前の歴史の本で読んだ帝国領侵攻作戦と比べ物にならないぐらい可能性を感じさせるものだった。

 

「同盟軍の侵攻にタイミングを合わせて、帝国辺境の二六星系が独立及び自由惑星同盟への加盟を宣言。同盟軍は新規加盟した地域を根拠地とする。これが本当なら、補給に不安はないね」

「オーディンの新無憂宮で宮廷政治に明け暮れている連中が富と権力を独占する。そんな体制に怒りを抱いてるのは平民だけじゃないんだよ」

 

 ファイルによると、辺境を統治している星系総督、惑星知事、警備隊司令官、貴族領主といった人々は、中央政府に対して強い反感を抱いていた。そこに軍情報部が現在の統治者を星系首相とする星系共和国の建国を持ちかけて、取り込みに成功したのだそうだ。

 

「しかし、確約は取れてるのかい?怪しげな約束を根拠に出兵して、立ち往生するなんてごめんだよ」

 

 前の歴史においては、帝国軍は事前に辺境星系から軍隊と物資を引き上げて焦土作戦をとった。勇躍して乗り込んだ同盟軍は立ち往生して、戦わずして消耗していった。

 

「確約が取れていない希望的観測を根拠に軍隊を動かす。そんな馬鹿な参謀がいると思ってる?君だって参謀経験あるなら、作戦案がどうやって作られてるのかわかるでしょ。大勢で計算と検討を重ねて、不確定要素を潰してより確度の高い案を作り上げる。作戦案に盛り込んでる時点で、独立工作の成否は不確定要素ではないとみなされる段階に達していると思ってくれてかまわない」

「ああ、そうか」

 

 そうだ。俺が知っている参謀業務のプロセスでは、希望的観測は真っ先に排除されるべきものなのだ。参謀は根拠の提示、想定される可能性の検討、複数の選択肢の比較をしっかり行った上で意見を述べる訓練を受けている。そして、指揮官も根拠が曖昧で検討が不十分な案を通さないような訓練を受けている。

 

 概要である以上、工作に関する分析や検討の細部は書かれていないのだろうが、侵攻計画詳細の方には書かれているのだろう。

 

「でも、察知される可能性もあるんじゃないの?物資を引き上げられて、補給路として使えなくされるとか。インフラが破壊される可能性もあるかも」

 

 前の歴史では物資を引き上げただけで、インフラは破壊されなかった。しかし、宇宙港を破壊して同盟軍の上陸そのものを拒んだり、発電所や水道を破壊して拠点化を妨害したりすることは有り得る。熱核兵器を有人惑星にぶち込んで、本当の意味での焦土にしてしまう可能性もあるだろう。専制政治のゴールデンバウム朝なら、それぐらいやってもおかしくはない。

 

「それをやってくれたら、むしろ願ったりかなったりなんだけどね。物資引き上げ、インフラ破壊なんて、着手した時点で辺境星系は反乱起こすよ。帝国政府の保護を受けられないと判断したら、内応していない星系も帝国を見限るね。皇帝にルドルフぐらいの指導力があれば話は別だけど」

 

 銀河帝国皇帝フリードリヒ四世の指導力の欠如は誰もが知っている。彼の治世では行政も軍事もすべて惰性で行われ、活発なのは陰謀と汚職だけという有様だった。反乱覚悟で強権を発動できるような指導者ではない。

 

「中央から辺境を奪回にやってくる帝国軍を封じる策も講じてるんだね」

「奪回軍が編成されるとしたら、指揮官は宇宙艦隊司令長官ミュッケンベルガー元帥か副司令長官ローエングラム元帥。どちらも九個艦隊の戦力を持ってる。八個艦隊の同盟軍では苦しいよね。戦わないのが一番だよ」

 

 ファイルには、ミュッケンベルガー元帥とローエングラム元帥に関する分析も書かれていた。ミュッケンベルガー元帥は大軍の運用経験が豊富な上に、麾下の指揮官もベテランが揃っている強敵。ローエングラム元帥は奇襲に卓越した技量を有する指揮官だが、大軍の運用経験に乏しく、麾下の指揮官も経験が浅いため、ミュッケンベルガー元帥よりは与しやすいが、九個艦隊の戦力は侮りがたい。どちらとも戦うべきではないと分析していた。

 

「帝都オーディンでクーデターを起こした地上部隊が、ミュッケンベルガー元帥とローエングラム元帥を地上に釘付けにする。良くこんな工作ができたね」

「敗者は命も含めたすべてを失うというのが宮廷政治なの。死にたくないと思った敗者を取り込むのはたやすいよ」

 

 今年の初めに財務尚書カストロプ公爵が事故死すると、指導者を失った彼の派閥は瓦解した。カストロプ派に属していた要人は、次々と宮廷を追われている。ファイルによると、同盟軍の情報部は先行きに不安を感じた旧カストロプ派の軍高官数人を取り込むことに成功したという。

 

「しかし、一八個艦隊もの戦力を釘付けにしておけるものなのかな」

「一二七年前、コルネリアス一世の大親征がハイネセン攻略を目前に失敗した理由はわかるよね」「オーディンで宮廷クーデターが起きたんだったね。だから、同盟征服を諦めて引き返した」

「帝国はすべてがオーディンの宮廷を中心に動いている国なの。宮廷が乱れたら国も乱れる。宮廷が奪われたら国も奪われる。軍人も常に宮廷を見ている。最高評議会議長が弾劾訴追を受けて辞任の瀬戸際に立たされている真っ最中でも軍事行動を起こせるようなうちの国とは権力構造が違う。そんな国だから、うちの国より大きな動員力を持っていても生かし切れなかった」

「宮廷クーデターを起こさせるってことかあ」

「それができる人を取り込めたってことだね」

 

 同盟の情報機関が宮廷政治の敗者に接触して、亡命や反乱の手引きをするのは珍しいことではない。同盟の工作員が失脚した大貴族の反乱を援助した例は少なくない。反乱が起きたタイミングを見計らって攻め込んだ例もある。反乱とは性格が異なるが、昨年の秋の第七方面管区司令部テロにタイミングを合わせて、エルゴン星系まで帝国軍が進軍した例は記憶に新しい。

 

「帝国内の不満分子を取り込みながら進軍し、艦隊戦力が地上に釘付けになったままのオーディンを包囲して城下の盟を迫るのが最終目的なんだね」

「さすがに帝国征服なんてことは考えてないよ。今は講和で十分。オーディンが攻略されたら、帝国の威信は根底から瓦解して混乱状態に陥る。そうなれば、ルドルフが生まれ変わってこない限り、同盟は平和を保てる」

 

 前の歴史において、帝国領侵攻作戦が愚案とされたのは曖昧な作戦目的によるところが最も大きい。しかし、この概要でははっきりとオーディン進軍、領土の大幅割譲を含む有利な講和条約締結が謳われていた。そして、その先にある平和も。

 

「不平貴族、共和主義者、反戦組織の一斉蜂起も起きるんだ。良くこれだけの人数を取り込めたね」

「情報部が二〇年近く費やした工作の集大成だよ。オーディンにいない敵部隊は不満分子の蜂起で釘付けにする。遊兵を作り出す手間は惜しまない」

 

 アンドリューの作戦案の肝は帝国内部に大勢の内応者を作ることにあった。同盟単独の戦力ではオーディンに進軍できなくとも、内応者も戦力に数えれば可能となる。同盟は帝国内の反体制派を利用して諜報網を築いてきた。その諜報網を通じて武器や資金を流し、蜂起を促そうとしていた。

 内乱が起きていない国を攻略するのは難しい。どんな小さな国でも戦力を要衝に集中されたら、容易に攻略できない。だから、他国に攻め入る際は反体制派や体制内不満分子の蜂起を促して、戦力の集中を阻害するのが常道である。帝国や同盟の情報機関はいずれも敵国に対する不安定化工作に余念がなかった。

 

「宇宙艦隊総司令部と軍情報部の共同作戦ってことになるのかな」

「そうだね。情報部の工作は表に出せないから、表向きには運用を担当する宇宙艦隊総司令部の作戦ってことになるけど」

 

 アンドリューら宇宙艦隊総司令部の若手参謀が作成した運用案もかなり現実的に思える。四ヶ月以内の決着を目処として、行軍計画や補給計画も万全と言っていい数字が並んでいる。プロの軍人が見たら、この案はいけると判断する水準だ。

 

「でも、具体的な日時を書いてないのが気になるね。あと、内応する人の具体名もない。概要だからなのかな」

「うん。詳細な案を見たいなら、俺達に協力して欲しい」

 

 これが本題か。概要だけでも十分にエキサイティングだった。詳細案の内容には、強く好奇心をそそられる。しかし、協力って何をするんだろうか。

 

「何をするの?」

「今、俺達は政界の有力者にこの作戦案を支持してくれるように働きかけてるところなんだ。エリヤにはトリューニヒト派への働きかけをしてほしい」

「今やるの?早すぎない?正規艦隊と地方部隊の強化が先決でしょ」

「何人かトリューニヒト派の代議員に会ったけど、みんな同じこと言ってた。それがトリューニヒト派に共通する見解みたいだね」

「自信があるなら、政治家じゃなくて統合作戦本部に見せればいいでしょ。これだけ良く出来た案なら通るよ」

「本部長のシトレ元帥が通してくれないんだ。あの人の持論は和平だから」

「ああ、なるほど」

 

 統合作戦本部長シドニー・シトレ元帥は、「要塞を手に入れて有利になった今こそ、和平を持ちかける好機」と主張していた。イゼルローン要塞攻略作戦を発動したのも、和平の糸口にするためだったと言われる。良く考えたら、そんな人が帝国領への侵攻を認めるはずもない。

 

「軍令のトップが通してくれないなら、その上に頼むしか無いよね」

「最高評議会を動かすってことか」

「そういうこと」

 

 宇宙艦隊総司令部が統合作戦本部の頭越しに最高評議会に働きかけて、作戦案を通そうとしている。一歩間違えば、軍部に大きな亀裂を生みかねない行動である。参謀に過ぎないアンドリューとその仲間の若手士官だけでできることではない。裏で大物が糸を引いているはずだ。

 

「誰が後ろにいるの?」

「仲間はいても、後ろはいないよ」

「宇宙艦隊司令長官のロボス元帥、情報部長のカフェス中将ってとこ?」

 

 アンドリューは答えない。

 

「ああ、でもカフェス中将は統合作戦本部を敵に回す覚悟のできる人じゃないよね。ミスター情報部かな。ロボス元帥とあの人が組んだら、シトレ元帥も怖くないだろうね」

 

 最高評議会を動かすつもりでいることがわかった時点で、協力する気は失せている。アンドリューの頼みであっても、ルールを踏み外す片棒を担ぎたくなかった。軍隊がルールを無視して結果オーライで動いたら、暴走しても成功すれば許されるという悪い前例を作ってしまう。勝てる作戦だからこそ、ルールを踏み外してはならない。しかし、誰が裏にいるのかぐらいは知っておきたかった。

 

「アンドリューのためならともかく、知らない誰かのために働かされるのはごめんだよ」

「エリヤの予想通りだよ。ロボス閣下とアルバネーゼ退役大将」

 

 アンドリューは負けを認めたかのように息を吐いた。度重なる失態で失脚寸前のロボス元帥は、起死回生の機会を伺っている。ミスター情報部こと元情報部長アルバネーゼ退役大将は、対テロ総力戦の失敗で落ちた情報部の威信を取り戻そうとしている。どちらにも帝国領侵攻作戦を強行する理由がある。

 

「ごめんね、アンドリュー。その二人のためには働けないよ」

「俺より派閥の方が大事なのか?どっちもトリューニヒト派の敵だから」

「二人とも軍の大先輩だよ。敵なんて思ってない」

 

 この言葉は半分本当で半分嘘だ。ロボス元帥は自分の政治的野心のために、エル・ファシルを地獄に落とした前科がある。個人的には魅力的と思うけど、公人としては相容れないと感じる。

 

 国防委員会情報部の実質的支配者と言われるアルバネーゼ退役大将は、国防委員会の完全掌握を狙うトリューニヒトと対立する立場にある。そして、憲兵司令部の資料の中でサイオキシン麻薬密売組織の創設者とされるAと同一人物だ。麻薬密売で稼いだ金を使って政界や官界に人脈を作り、最高評議会議長の諮問機関である安全保障諮問会議の委員として、国防政策に大きな影響力を持っている。憲兵隊が麻薬組織を摘発した時、アルバネーゼは最高評議会に圧力をかけて捜査中止命令を出させた。シトレ派。ロボス派といった枠組みが馬鹿らしくなるような大物フィクサーだ。

 

「じゃあ、どうして」

「俺達の仕事は守るべき手順を守らせる仕事だ。手順を守ることで正当性が生まれる。俺達の命令に納得して死地に赴いてもらうためのね」

「わかってるよ、それは」

「君がわからないわけはないと思う。確認のために言ってる。手順を守らなければ、誰にも信用されなくなってしまう。信用を失ったら、軍人としてはおしまいだ。君は未来を捨てるつもりなのか?元帥にだって、統合作戦本部長にだってなれる才能があるのに」

 

 アンドリューの作戦案は素晴らしいものだ。正規の手続きで通ったなら、プロの軍人に受け入れられるだけの説得力がある。しかし、不正な手続きで通してしまったら、作戦案の出来とは無関係に信用を失ってしまう。手続きを守らない人間と思われたら、軍組織での将来はない。

 

「俺の未来はロボス閣下の未来だよ」

「そんなことないだろ。君の才能なら、あの人の引き立てがなくても上に行ける」

「俺はロボス閣下と一緒に上に行きたいんだよ」

 

 ロボス元帥は確かに魅力的な人だ。エル・ファシル義勇旅団ではひどい目にあった。現在の惑星エル・ファシルの惨状を招いた張本人でもある。それでも、最初に会った時の感激を忘れることはできない。しかし、将来と引き換えにロボス元帥のために泥を被る必要があるとは思えない。

 

「いいのか、それで」

「構わない。ロボス閣下の司令部は俺の家だから」

「そう言えば、ロボス元帥のチームはみんなとても仲が良かったね」

「そうだね、みんな家族だ」

 

 爽やかに笑うアンドリューの顔には、出会った頃の快活さの面影があった。

 

「家族には勝てないや」

 

 目から涙がこぼれてくる。俺にはアンドリューを止めることができない。彼の心にはロボス元帥とそのチームが深く根をおろしてしまっていて、俺の言葉は届かない。

 

「ごめんな」

「いいよ、友達だろ」

 

 済まなさそうに言うアンドリューに、俺は無理やり笑顔を作りながら答えた。

 

「うん、エリヤは友達だ」

「家には家族がいて、外には友達がいる。それでいいんだよ」

 

 とっくの昔に家族を無くした俺なのに、アンドリューが家族ともいうべきロボス派を選んだことに心の底から納得できるのが不思議だった。納得しても涙は止まらないのも不思議だった。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。