【跡地】GBN総合掲示板   作:青いカンテラ

17 / 49
1話2000~3000字(字数オーバー)。タイトルに『断片』とある通り、これは切れ端のお話。



―――さようなら。
―――愛してくれて、ありがとう。


GBN断片:サイドダイバーズ/クオン編【ありがとう】5/5

 ◆◆◆

 ◇◇◇

 ◆◆◆

 

 ―――二人で一緒に世界大会へと行こう。

 

 聞けば多くの人は笑うだろう。無謀な挑戦だ、やめておけと。

 しかしそれでも、零は決めたのだ。例えどんなに無理でも無茶でも無謀なことだとしても。その実現の可能性が万が一、億が一しかないとしても。あなたのおねーちゃんはこんなにすごいんだぞ、と見せるために……零は心に決めたのである。

 

 そこからはひたすらにがむしゃらだった。まずは世界大会への足掛かりとなる日本選手権に出場すべく、零はいくつかの地方大会に出場。上位の成績を残して行くのだった。

 

 放たれた銀の弾丸は止まらない。止まれない。祈りと願いを力として、ただひたすらにGPDの空を飛び続ける。

 

 ◆◆◆

 ◇◇◇

 ◆◆◆

 

 アリアンロッド総合病院。市内にある大きな総合病院であり、久遠はその中の個人病棟の一室にいた。白い清潔な病室。窓際に設置されたベッドで、青みがかった黒髪の少女は……夜ノ森久遠は眠っている。

 

 しかしそれは、休息のための眠りではなく……。定期的に音が鳴る心電図へと繋がるケーブルと、金具に吊り下げられた点滴から伸びている管から視線を外すと、零はこんこんと眠り続けている久遠の右手をそっと握った。

 

「……おねーちゃん、頑張るから。久遠と一緒に世界大会、行くために頑張るからね……。だから、もう少しだけ待っててね……」

 

 目を閉じて祈るように、そう言って。すっかりと痩せこけてしまった久遠の、妹の右手にそっと口付けをする。

 

 それじゃあ、行ってくるね。椅子から立ち上がり背を向ける。眦に浮かぶ涙をごしごしと乱暴に拭って、零は覚悟を決めた表情をして歩き出す。悲しくても、辛くても、進むしかない。なぜならば、銀の弾丸は放たれたのだから。あの日、久遠に「一緒に世界大会へと行こう」と語った時から。

 

 放たれた弾丸は止まれない。目標を撃ち抜くか、砕け散るその時まで、進むしかないのだ。

 

 ならば涙を流している場合ではない。大丈夫。わたしはおねーちゃんだから。久遠のおねーちゃんだから、我慢できる。どんなに辛くても悲しくても、我慢できるから。

 

「……妹さんとのお話、もういいんですの?」

「うん……。いってらっしゃいって、言ってくれたから」

「そうですの。……日本選手権まであと二週間。強化合宿でしばらく会えませんし、もう少しゆっくりしていてもよかったのですわよ?」

「ううん……。大丈夫」

 

 病室の前で待っていたエヴァンジェと連れ立って歩く。彼女の気遣うような言葉に、零は静かに首を横に振る。伝えるべきことは伝えた。それに、しばらく会えない寂しさはあれど今は日本選手権へ向けての戦力アップが急務である。一緒に世界大会に行くと決めた。ならば、感情を置き去りにしてでも突き進むしかないのだ。

 

「レイさんがそういうのなら、わたくしは何も言いませんわ」

 

 そう言ってふっと笑うエヴァンジェ。ガンプラバトルでも平時でも、暴走機関車の如きゴーイングマイウェイなお嬢様ではあるが、その一方で人の事情にずかずかと踏み込まないだけの分別も弁えていた。

 いまだって、久遠のことについてあれこれと聞いてきたりはしない。何かしら言い出し難い事情があるのだと察すれば、それ以上は踏み込まない。エヴァンジェのそういうところが、零にとっては何よりもありがたく、彼女と知り合えてよかったと思えるのだった。

 

「さて、荷物は既に車に乗せてありますし合宿場に向かいましょうか。ああ、でも他に行くところがあれば寄らなければいけませんわね……。レイさん、どこか寄るところはありまして?」

「……ううん。特には」

「ふふん。それでは行きましょうか。あーっはっはっはっ!」

 

 高笑いをしながら病院前に停めていた黒塗りの高級車に乗り込むエヴァンジェ。零もそのあとに続いて車に乗り込んだ。

 

 運転手である燕尾服を着た初老の男性の「発車いたします」という声と共に車が動き出す。目指すはエヴァンジェの……正確には彼女の父の……所有する別荘。二週間後に控えたガンプラバトル日本選手権へ向けて、泊まり掛けで強化合宿を行うのだ。

 

 それというのも、いまの零の実力では日本選手権を戦い抜くには厳しいとの判断からである。

 

 地方大会に出場し、なんとか上位の成績を残してきたとはいえ、零はGPDを始めて一年にも満たないぺーぺーの駆け出しである。それでも日本選手権への出場権を手にできたのは、ひとえに彼女のセンスが良いからだとエヴァンジェは思っている。

 なにせ初心者相手だと慢心していたとはいえ、初めてのガンプラバトルでボロボロになりながらも格上であるエヴァンジェを倒しているのだ。その後のガンプラバトルでも、ガンダムベース・シーサイド店に出入りしている様々なダイバーたちと戦い、勝利を収めている。

 

 地方大会にしても、久遠が作った武装パーツこそ組み込んでいるものの、それ以外は特にこれといって目立った改造の施されていないシルバーバレットで打ち破っていることを考えれば、経験の浅さを持ち前のセンスで補っているのだろうと察しはつく。

 

 だが、戦いの舞台が日本選手権に移るとなると話は別だ。何せ世界大会への切符を手にするために、日本全国から実力派のファイターたちが集まるのだ。全体のレベルは地方大会の比ではなく、現実としてセンスだけで勝ち抜けるほどに甘くはない。

 

 だからこその、強化合宿。零にとって幸運だったのは、エヴァンジェがヨーロッパにある大企業の重役の娘で、さらには日本で出来た友人である零のためならば協力を惜しまないと申し出てくれたのも大きい。

 

 二週間でどこまで行けるかはわからないが、何もせずに選手権当日を迎えるよりかはよほどいい。

 

「……あの、エヴァンジェ、ありがとう……。わたしなんかのために……」

「気にすることはありませんわ。友人に成し遂げたいものがあるのなら、出来る限りで助力をするのは友人としての務め。それにこれはわたくしがやりたくてやっていることですし。あーっはっはっはっ!」

 

 車内ということで音量を控えめにしつつ高笑いをするエヴァンジェ。彼女は強引で、突撃思考お嬢様で、けれど思いやりがあってまっすぐで……そんな彼女の在り方が、零には眩しく見えるのだった。

 

 ………

 ……

 …

 

 それから二週間。エヴァンジェに連れられて行った強化合宿の宿泊場所(ホロウ家所有の別荘)の大きさや設備の整い具合に頭がくらくらしたり、世界レベルのファイターをコーチ役として呼べるホロウ家のパイプの太さに驚愕したり、二人でお風呂に入ったり、朝から晩までガンプラバトルに明け暮れたり、添い寝したり、ひたすらガンプラを作ったりして……なんやかんやがなんやかんやとあった強化合宿も終わり、いよいよガンプラバトル日本選手権が始まる。

 

≪さあ始まりましたガンプラバトル日本選手権! 世界大会への切符を手にするため、全国から腕に覚えのあるファイターたちがここに集結しています!≫

 

 やたらとテンションが高い司会役の男がマイク片手に声を張り上げる。ピリピリとした緊張感が漂う中、零もまた緊張で表情を強張らせていた。この二週間でやれるだけのことはやった。日本選手権を勝ち抜き、世界大会に出場する。それはとてつもないほどの高い目標であり、無茶な挑戦なのだろう。

 

 けれども、だとしても、戦い抜かなければたけない。妹と、久遠と約束したから。銀の弾丸は止まらない。約束を果たすその時まで。

 

「レイさん、緊張していますわね。ですが緊張のしすぎはよくないですわ」

 

 無意識のうちに強く握り込んでいた零の手を、そっとほぐすように開く温かな手。隣を見れば、緩くウェーブのかかった亜麻色の髪の少女が、エヴァンジェ・ホロウが優しく微笑んでいた。

 

「張り詰めた糸は、ふとした瞬間にぷつりと切れてしまうもの。挑むものが大きければ大きいほど、心に僅かでも余裕を持て、ですわよ」

「……それ、受け売り」

「ふふふ。誰かの受け売りだとしてもわたくしの口から出るのなら、わたくしの言葉でしてよ」

 

 開会式中ということもあり声は潜めつつもふんすっ、とドヤ顔をしその豊かな胸を反らして見せるエヴァンジェ。そんな良くも悪くもいつも通りな彼女に、零も思わず笑みをこぼす。

 

「……ありがとう。少し緊張がほぐれたかも」

「それはよかったですわ」

 

 二人でふふっ、と笑い合う。開会式も終わり、ついに戦いの幕は上がる。

 

 …

 ……

 ………

 

「このゴールデンパーフェクトストライクには! 全身にヤタノカガミを施してある! ビームではry」

「ごちゃごちゃうるさいよ」

 

 全身金ぴかに輝いているパーフェクトストライクを駆るファイターの言葉を遮って、AGE-2シルバーバレットの大口径レールカノンが火を噴いた。ヤタノカガミはビーム兵器に対してはほぼ無敵と言っていいほどの防御能力を発揮するが、その反面実弾攻撃に対しては滅法弱い。照明を反射し眩しく輝いていたパーフェクトストライクは、電磁加速により撃ち出された大口径弾の直撃を胴体に受け、爆発の花を咲かせた。

 

『BATTLE END!』

『Winner PLAYER1!』

 

「うぉぉぉぉぉ! この俺が、この俺とゴールデンパーフェクトストライクが! 負けるとはぁぁぁぁぁぁぁ!」

 

 バトルの終了と勝者を告げる電子音声と共に、GPDのバトルシミュレーションが停止する。後に残されたのは、胴体を吹っ飛ばされて敗者になった金ぴかのパーフェクトストライクと、勝者であるダブルバレット仕様の銀色のAGE-2。

 

「……お疲れ、シルバーバレット」

 

 銀の弾丸。そう名付けられた自身の愛機をそっと手に取り労いの言葉をかける。幸いにもここまでのバトルで目立った損傷は受けていない。予備パーツはあるが、修復に割けるリソースは有限のため、ダメージが少ないに越したことはない。

 

「さて、と……エヴァンジェのほうはどうかな……」

 

 うぉぉぉん! うぉぉぉぉぉん! と暑苦しい悔し泣きをしている対戦相手の金髪男を置いて、零はエヴァンジェが戦っているであろう別のブロックへと足を運ぶ。順調に勝ち進んでいるのなら、いずれ彼女ともぶつかることになるだろう。

 

 ……そう思っていた。

 

「っ、噂に違わぬ厄介さですわね……! 死神(グリムリーパー)!」

 

 エヴァンジェと新たな愛機GN(ギャン)(クス)は窮地に立たされていた。漆黒の闇が広がる宇宙フィールド。岩礁地帯ということで障害物が多く、それだけでも機動力にものを言わせた突撃戦法を得意とするエヴァンジェに不利だというのに、対戦相手のファイターが使うガンプラはステルス機……姿を隠し、物陰に潜み、音も無く敵を屠る。フィールドとの相乗効果も厄介だが、例えこのフィールドでなくても厄介極まる相手だとエヴァンジェは思う。

 

 死神(グリムリーパー)

 

 GPD界隈で伝説として語り継がれている存在。その名の通り、死神のようなガンプラを使う凄腕のファイターだが、誰もその名前を知らない。ただ、バトル中に『新機動戦記ガンダムW』に登場するデュオ・マックスウェルの台詞を度々口にすることから、いつしか『死神(グリムリーパー)』と呼ばれるようになった。

 

 そのバトルスタイルも謎が多く、遠距離からビームで狙撃したかと思えば、相手の背後から急に現れてコクピットを一突きで破壊する。かと思えば派手な銃撃戦を繰り広げることもあるし、接近戦で剣戟を見舞うこともある。

 

 そして公式大会にもほとんど顔を出さないために、ファイターたちの間では半ば都市伝説として語られている。そんな相手が、なぜここにいるのか。疑問と興味は尽きない。しかしそれらをひとまず頭の隅へと追いやって、エヴァンジェは対峙する死神に意識を向ける。

 

 ―――!

 

 ぞわり、とした感覚が背筋を駆ける。反射的にGN(ギャン)(クス)のバックパックから延びるサブアームを動かして防御態勢を取った。

 

 ガギィン! という甲高い金属音と共に、サブアームで保持していた小振りなギャンシールドに衝撃が走った。長距離からの狙撃……! 否!

 

「―――へぇ、今のを防ぐか。中々どうして、勘が鋭いみたいだな」

「……っ」

 

 すぅ……と空間からにじみ出るようにして現れたのは、マントを被ったガンダムデスサイズヘル。しかしその手に持つのは死神の鎌たるビームシザースではなく、持ち手以外目に見えない実体剣。エヴァンジェは知る由もないが、その実体剣の名はグリムリーパー・グラム。目に見えぬ刃で間合いを悟らせず、音も無く命を刈り取る魔剣だった。

 

「この距離じゃあ、ご自慢の槍も役に立たねぇ。さあどうするよ? お嬢様!」

「舐めないで、くださいまし!」

 

 シールドはぁ! こう使う! とばかりに、もう片方のサブアームに保持されているシールドを死神に叩きつけんとする。

 だがそれは空振りに終わった。エヴァンジェの行動を読んでいた死神が、シールドにめり込んでいたグラムを手放して回避行動に移ったのだ。

 

「おっとっと、危ねぇな……っと!」

 

 追撃を掛けようとするエヴァンジェに対して、死神はハンドガンと大口径のリボルバーでけん制する。間接部やメインカメラといった比較的脆い部分を狙った射撃に、出鼻を挫かれる形となったエヴァンジェはたたらを踏む。

 

「くっ……!」

「はっはっはっ、死神様はそう簡単には触れられねえぜ?」

 

 その言葉と共に、マントを被ったガンダムデスサイズヘルの姿が解け込むようにして消えていく。デスサイズヘルにはステルスシステムとして、ハイパージャマーが搭載されている。しかし、それだけではないようにエヴァンジェは感じていた。どうにも妙な違和感があるが、それが何なのか、彼女にはわからなかった。

 

 ………

 ……

 …

 

「あぁぁぁ……負けましたわ……」

「お疲れ。惜しかったね……」

「はあ……レイさんにいいところをお見せしたかったですわ……」

「そんなことないよ。不利なフィールドでも諦めずに戦っていたエヴァンジェの姿、かっこよかった」

 

 あの後、死神(グリムリーパー)にビームシザース改でばっさりと刈り取られて敗北したエヴァンジェは控室の机と同化していた。バトルフィールドが岩礁地帯でなければ、半ば都市伝説扱いされている死神を相手に勝利を掴む……とまではいかなくとも、一矢報いることくらいはできただろうか。もちろんそれはたら・ればであり、現実にifなど存在しないのである。

 

 それは頭ではわかっているが、ガンプラバトル日本選手権という晴れの舞台で零にいいところを見せたかったというのもまた、偽らざる本心でもあった。

 

「……レイさんは優しいのですわね。わたくし、少し元気が出てきましたわ! 今日の敗北を糧として、明日のわたくしは今日のわたくしより強くなるのですわ! あーっはっはっはっ!」

 

 同化していた机から分離し、立ち上がって高笑いをするエヴァンジェ。負けて悔しい気持ちはある。死神と遭遇(デスエンカ)を踏み、ベスト8にすら名を残すことなく敗退する己の運の無さを恨む気持ちも。しかし、いつまでも暗い気持ちを引きずっていられないのがエヴァンジェ・ホロウという少女だった。だからこそ立ち上がり、前を向く。反省会は夜のベッドですればいい。

 

 幸いにも、というのもおかしな話ではあるが、エヴァンジェは彼の死神(グリムリーパー)……の使うガンプラ、マントを被ったガンダムデスサイズヘルが姿を現し、そして消えるところをはっきりと見ている。デスサイズヘルに搭載されているハイパージャマーは、特殊な粒子を散布することで周囲にある電子機器を狂わせる。それが、デスサイズヘルが姿を現したり消したりしているように見えるトリックだった。

 

 けれどあれは……とエヴァンジェの中には妙な引っ掛かりがあった。ハイパージャマーは確かに強力な装備だが、特殊粒子を周囲に散布するという関係上、広範囲に影響を及ぼせるものではない。そして、その効果時間自体もかなり短く設定されている。

 

 しかし、半ば都市伝説として語られている死神。グリムリーパー。その噂によれば、バトルでその姿を見ることはほとんどないという。音も無く、姿も無く、気がつけば遠距離でも近距離でも問わずに撃墜判定を受けているのだと。

 

「(ん……? 遠距離?)」

 

 かちりとピースがハマったような気がした。噂というのは往々にして尾ひれがつくものではあるが、先ほどのバトルの内容も併せて考えれば、あながちすべてが間違いとも言い切れない。

 

 急いで次のバトルの対戦カードを確認する。そこには零の名前と、そしてあの不気味な死神の名前が記載されていた。

 

 …

 ……

 ………

 

 死神。

 

 グリムリーパー。

 

 そう呼ばれているファイターと、零は対峙していた。見た感じでいえば、黒いコートを着て長い髪を三つ編みにしている、人のよさそうな青年である。だが零は、底知れない『何か』をその青年から感じていた。

 

「アンタが俺の対戦相手か。お互いに悔いがないようにしようぜ」

「……そう、だね」

 

 それ以上の言葉は不要。互いに筐体のプレイヤー1と2に分かれて、ガンプラをセットする。零は銀の弾丸、シルバーバレットを。そして青年はマントを被ったデスサイズヘルを。

 

 英語のシステム音声と共にガンプラがスキャンされていき、プラネットコーティングが施される。

 

「さぁて、グリムリーパー行くぜ!」

「夜ノ森零……。ガンダムAGE-2シルバーバレット、行きます!」

 

 シルバーバレットのツインアイが力強く輝き、筐体内に形成されたバトルフィールドへと打ち出される。ランダム形成により作り出されたのは……青白い月が夜空に輝く廃墟の街と、その周囲に広がる荒涼とした大地だった。

 

 シルバーバレットをフライトモードに変形させて飛翔する。レーダーにはエネミーを示す赤い光点が一瞬だけ映っていたが、今は消えている。GPDの発進ゲートはお互いの向かい側にあるため距離が遠い。そして、発進直後にレーダー上から己を消すのはハイパージャマーには不可能な芸当である。

 

 広範囲に渡ってレーダーや通信を妨害する特殊機能『GNステルスフィールド』を使えば、距離が離れていてもレーダーを無効化することはできるし、過去には光学迷彩マントを用いたファイターもいたという。しかし、死神の使うガンプラはGNドライヴを搭載しているわけではないし、ましてや光学迷彩マントは使い捨てだ。

 

 噂にあるように、あるいはエヴァンジェが見たように、空間からにじみ出るようにして現れたり、逆に解け込むように消えていくことなどできない。

 

 もしそれができるとすれば……それは。

 

「……っ!」

 

 うなじにチリチリとした感覚を覚え、零はコントロールスティックを操作して機体を傾けた。直後、つい先ほどまでいた空間を一発の銃弾が通り過ぎていった。

 

 狙撃……!

 

 どうやら地上から撃たれたということだけはわかる。しかし、狙撃手の姿は見えず音響センサーも発砲音を拾うことはなかった。

 

「何それ、意味わかんない……っ!」

 

 舌打ちをしながらも、二発目、三発目を勘を頼りにしてなんとか避ける。フライトモードは直進の加速力、機動性には優れるが、その回避パターンは限定される。MS形態へと変形し、僅かに見えた光に目掛けてハイパードッズライフルとサイドバインダーのレールカノンを撃ち込む。着弾地点で爆発が起こり、砂塵が巻き起こる。

 

 やったか! という言葉は間違っても口にはしない。正直、今の一撃で倒せるとは零も思ってはいなかった。

 

 そしてその予想は正しく、濛々と上がる砂塵を切り裂くように、赤い閃光が迸る。大出力のビームが空気を震わせ、大気中に浮遊している塵やゴミを巻き込んで焼き払う。

 

「ビームか!」

 

 全力でスラスターを吹かして回避しつつ、ビームが飛んできた方向に向かってハイパードッズライフルで反撃の一射を見舞う。スラスターゲージの消耗が激しいが、四の五の言ってはいられない。数秒前までいた空間を薙ぎ払っていったエネルギーの奔流に冷や汗を流しつつ、スラスターゲージを回復させるためにいったん地上へと降りる。打ち捨てられた廃墟の街は視界が悪いが、その分遮蔽物となるものも多く身を隠しやすい。何より、姿の見えぬ相手にだだっ広い荒野でいるなどそれこそ倒してくれと言っているようなものである。

 

「ったく、俺もヤキが回ったかねえ……」

 

 そんなぼやくような言葉とともに、レーダーに赤い点が灯る。さらにシルバーバレットが身を隠している場所に上から影が差した。首を動かして上を見ると、そこには月を背後にして廃墟の上に立つMSの機影が一つ。

 

「さあ、死ぬぜぇ……」

 

 閉じていた翼を開き、手にしていたビームシザース改の刃を展開する。

 

「俺の姿を見たやつは、みんな死んじまうぞぉ!」

「……っ!」

 

 跳躍。そして急降下。シルバーバレットに目掛けて振り下ろされる死神の鎌(ビームシザース改)。バックブーストでギリギリ回避し、ハイパードッズライフルを向ける。

 

「おせぇ!」

 

 しかし、返しの刃で真っ二つに両断されてしまう。爆発に巻き込まれないように大きく飛ぶシルバーバレット。一拍置いてハイパードッズライフルが爆散。一瞬視界が黒煙に遮られる。その隙を見逃さず、黒煙を切り裂きビームシザース改が振るわれる。

 

「ちぃっ……!」

 

 ビームサーベルを逆手で抜き放ち、ビームシザース改のビーム刃を寸でのところで受け止める。煙が晴れ、月明かりの下にその姿をさらけ出したのは……黒いMS。被っていたマントこそなくなっているが、アクティブクロークに似た装備『グリムリーパー・ウイング』を展開している姿は、悪魔か死神を思わせる。

 

 ベースになっているガンプラはガンダムデスサイズヘル(EW)だろう。そこに様々な装備をマウントできるよう、改造を施していた。

 

「中々どうして、結構やるじゃねえか」

「しに、がみ……」

「うん? おうよ。俺は泣く子も黙る死神様よ」

 

 死神。グリムリーパー。それは命を刈り取るもの。死を運ぶもの。

 

 いまも眠っている久遠を、連れ去ってしまうもの。

 

「……ない」

「あん?」

「させない……連れて行かせたりなんか、しない……!」

「何言って、のわぁっ!?」

 

 シルバーバレットが膝アーマーからビームサーベルを展開しながら、死神へと蹴りを見舞う。それを寸でのところで回避するも死神は大きく体勢を崩す。そしてガンプラバトルにおいて隙ができるということは、致命の一打を叩き込まれることを覚悟しなければいけない。

 

「そこっ!」

 

 両肩のサイドバインダーが可動し、ツインドッズキャノンの代わりに装備している大口径レールカノンが発射される。直撃すればМAの重装甲にも大ダメージを与えられるほどの威力。もちろんMSが受ければひとたまりもないそれを、死神は咄嗟にグリムリーパー・ウイングを閉じることで防御する。

 

「っ、ぬぉあぁぁぁぁ!?」

 

 凄まじい衝撃音と破壊音が鳴り響き、死神は衝撃で背後のビルへと突っ込んだ。廃墟になってから放置され、脆くなっていた建物は耐えられずに倒壊。死神を瓦礫の山の下敷きにする。

 

「っ……、はぁ、はぁ……」

 

 詰めていた息を吐き出し、肺に新鮮な空気を送り込む。今の一撃は死神にも確実にダメージを与えたはず。バトル終了の音声が流れていないため、まだ行動不能にはなっていないようだがそれも時間の問題か。

 

 震える手で額の汗を拭う。その一瞬の油断を突くように、瓦礫の山が下から吹き飛ばされた。

 

「ったく、今のはマジで危なかったな。ウイングで受けてなけりゃ、やられてたぞ」

「……怪物め……」

 

 瓦礫の中から立ち上がった死神を見て、零はぽつりとそうこぼした。大口径レールカノンの直撃を受けたグリムリーパー・ウイングは半壊こそすれ、本体自体の損傷は軽微。刀身の見えない剣とナイフを構え、月明かりに照らされた死神は笑う。

 

「怪物? 違うね。俺は、通りすがりの死神さ」

 

 半壊したグリムリーパー・ウイングを強引に開き、ドゥワォ! とスラスターを吹かして距離を詰める。突き出されたナイフを直感で左腕のシールドで弾けば、その一瞬の硬直をつくようにグラムが襲い掛かる。腕の動きから軌道を読み、上半身を捻ってかわそうとするも刀身が見えないことで間合いが掴めず、右肩のアーマーごとサイドバインダーが斬り飛ばされた。

 

「(刀身が見えない武器……! 厄介な……!)」

「そらそらそらそらぁ! まだまだいくぜぇ!」

 

 廃墟の街の一角に発生したそれは、暴風だった。月下の死神が振るうは二つの刀身の見えぬ刃。風切り音と共に地面が抉れ、朽ちたビルが粉砕され、月光を鈍く反射する銀の装甲にもまた無数の傷跡が刻まれる。

 

 手加減していた……否、全力ではあったが本気は出していなかった死神の猛攻を、零はなんとか直感と風切り音だけを頼りにして捌いていた。シールドで流し、肩で弾き、腕の装甲を削りながらもなんとか逸らす。

 

 輪舞(ロンド)を舞うように、息をつかせぬ連続攻撃を繰り出す死神の姿は、頭上から降り注ぐ青白い月の光も合わさりどこか神秘的な美しさを感じさせた。だがそれは見る側の意見であり、その暴風を現在進行形で受けている零からすれば、溜まったものではないというのが素直な感想だった。

 

 じりじりと後退し、追いつめられているのを感じながらも何とか零が持ちこたえられているのは、強化合宿で世界レベルのファイターにコーチとして鍛えられたのと、持ち前のセンスの良さがあるからだ。

 

 だが悲しいかな、センスの良さだけで勝てるほどガンプラバトルは甘くない。いまでこそ防戦に徹することでなんとか持ちこたえているが、それもそう長くは続かないことも理解している。

 

 そして理解しているからこそ、零の心には焦りが生まれていた。このまま防戦一方でいても、機体を切り刻まれるだけ切り刻まれて敗北するは必至。目の前の死神という怪物を打ち倒すにはどうにかして反撃の糸口を掴むしかない。

 

 しかし零は、その一欠けらすらもいまだ掴めずにいた。その事実が、零の中に芽生えた焦燥感を加速させる。

 

 ……そして、戦いとは焦った方が負けるものだ。

 

 一つの操作ミスが勝敗に直結するというような場面であれば、なおさら。

 

「っ!? しまっ」

「もらったぁ!」

 

 体勢を崩した瞬間を見逃さず、不可視の魔剣が振り下ろされる。シルバーバレットの右半身を断ち切ったその一撃により右腕と右脚が破壊され、傷だらけの銀の弾丸は地面に倒れ伏した。

 

「あっ……」

 

 ゲームエンドまではいかなかったが、地上戦でMSの脚部が破壊されるのは限りなく()()に近い。止めを刺すべく、死神が剣を逆手に持つ。

 

 眦に涙が浮かぶ。銀の弾丸は、死神(かいぶつ)を討ち果たすせずにここで落ちるのだ。絶望と諦めが心に広がり、操縦桿から手を放しそうになる。

 

 ―――姉さん―――

 

 はっ、と顔を上げる。そうだ、久遠と約束したではないか。二人で一緒に世界大会に行くと。そのためには、日本選手権を勝ち抜かなければならない。

 

 生きている限りは負けではない。まだ右腕と右脚が破壊されただけで、エネルギーも武器もまだ残っている。ならここで自分がするのは絶望に屈し諦めて項垂れることではないだろう。

 

 操縦桿を強く握り直す。

 

 ―――苦しい時ほど笑え―――

 ―――ピンチの時ってなあ、弱い自分が顔を出すもんだ―――

 ―――だから笑って、弱い自分を追い出しちまえ―――

 ―――勝利の女神様っていうのはいつだって、逆境の中で不敵に笑えるやつにだけ振り向くもんだ―――

 

 コーチの言葉が脳裏を駆ける。

 

 そうだ。笑え。絶望も諦めも振り払うように。

 

 零が無理矢理に浮かべたそれは、引きつった歪な笑みだった。しかしそれは、心折れぬ挑戦者の笑みだった。

 

「これで仕舞いだな……!」

「……まだ、まだ終わってない……!」

 

 死神が不可視の剣を振り下ろした瞬間、零はスロットルを思いっきり押し込んだ。シルバーバレットのスラスターが唸りを上げて地面を滑る。

 

「なにぃっ!?」

 

 魔剣の切っ先は銀の弾丸を切り裂くことはなく、ただ地面に深々と突き刺さる。

 

「……奥の手は、最後まで取っておく、もの……!」

 

 廃ビルに背中から激突しながらも、シルバーバレットは最後の力を振り絞って半身を起き上がらせると、その胸部に内蔵されている()()()()()する。

 

「ビーム……バスター、発射!」

 

 残ったエネルギーを注ぎこんだ大出力のビームが、死神を飲み込んでいく……。

 

 

 

『BATTLE END!』

 

 

 

 果たして、激闘を制したのは……

 

 

 

『Winner PLAYER1!』

 

 

 

 死神、グリムリーパーだった。

 

 

 

 ◆◆◆

 ◇◇◇

 ◆◆◆

 

 ガンプラバトル日本選手権を終え、零はアリアンロッド総合病院に居た。

 ベッドでは青みがかった黒髪の少女が、久遠が眠っている。徐々に間隔が開いていく心電図の音が、彼女の命が終わりへと近づいていることを知らせている。無機質な電子音が、命のカウントダウンを刻々と刻む。

 

「久遠……。おねーちゃん、なんとかベスト8に入れたよ……」

 

 こんこんと眠り続ける妹の痩せこけた手をそっと握り、零は眦に大粒の涙を溜めながら言葉を紡ぐ。

 

 シルバーバレットの最後の一撃は、死神を撃ち抜くことはなかった。半壊したグリムリーパー・ウイングでなんとか耐えきり、銀の弾丸に引導を渡したのである。

 

 GPDを始めてほんの数か月。まだまだ駆け出しの初心者だと言える状態でガンプラバトル日本選手権に初出場。それでベスト8の成績を残せたのなら十分だ、と事情を知らぬ誰かは言うだろう。

 

 だがそれは、何の慰めにもならないし、何の励ましにもなりはしない。そこに秘められた少女の祈りと願いを知らぬままに発させられた言葉など、所詮は上辺だけの空虚なものでしかないのだ。

 

 結論から言えば、零は世界大会への切符を手にすることは叶わなかった。彼女の祈りが届くことはなく。その願いは半ばで断ち切られたのである。

 

 銀の弾丸は……撃ち抜けなかった。

 

「……久遠、ごめん……。ごめんね……おねーちゃん、約束、果たせなかった……」

 

 ぼろぼろと大粒の涙がこぼれ落ちる。ぎゅっと久遠の手を握り締めて、零は約束を果たせなかったことへの謝罪の言葉を口にしながら、涙を流し続ける。

 

「やく、そく……はたせな、うぐ、ひっぐ……はたせ、なかった……ごめん……ごめんね……くおん……」

 

 嗚咽を漏らしながら、涙を流しながら、零は久遠への謝罪の言葉をただただ繰り返し口にする。

 

 お姉ちゃんだから頑張れる。

 お姉ちゃんだから頑張れた。

 

 たった一度のチャンスを手にするために。多くの人の協力を得て。けれど零は手にできなかった。銀の弾丸は砕け散ってしまったから。

 

 ―――ね……さん……。

 

「くおん……?」

 

 掠れるような声が聞こえた気がして、零は顔を上げた。眠っていた久遠が、うっすらと目を覚ましていた。

 

「あ、ああ……久遠……」

「ね……さ……」

「おねーちゃんは、おねーちゃんはここにいるよ……。久遠……」

 

 焦点を結んでいない黒味がかった赤い瞳が、茫洋とした眼差しを零に向ける。その瞳には既に光はなく。死に行くものの虚ろな目をしていた。それでも零は、しっかりと手を握ってその瞳を覗き込む。

 

「ねえ……さ……」

 

 ―――どうか、私の分まで生きて―――

 

 最後の願いが零に届いたかどうかはわからない。

 

 だが、一つの命が終わったことを示す電子音が鳴り響く病室の中で、少女もまた慟哭するのだった。

 

 ………

 ……

 …

 

 ゆめをみていました。

 

 それはとてもくらくて、さむざむしいゆめなのです。

 

 わたしは、くらやみのこうやをひとりあるいていました。

 

 どこへむかうのかもわからずに、ただひたすらにあるいていたのです。

 

 ああ、さむい。

 さむいのです。

 

 どこまでもどこまでもつづくくらやみ。

 

 ひとりはさびしい。

 

 とても。

 さびしい。

 

 そうおもっていると、とおくのほうになにかがみえました。

 

 なんだろう? とおもいそのひかりのほうへとむかいます。

 

 ―――待っていたよ。

 ―――ひとりぼっちは寂しいからね。

 

 そのひかりのしょうたいは、しろいひとでした。

 

 私は、

 私は、

 

 見覚えが、

 

 ある。

 

 ああ、そうか。

 

 君は……。

 

 そして私は、幼き日の私の姿で、導かれる。

 

 サイコフレームが本来の赤ではなく、温かな緑の輝きに満ちている、ユニコーンガンダムに。

 

 ああ、姉さん。

 私の大好きな姉さん。

 

 どうか、私の分まで生きてくれ。

 

 それが私の願いだから。

 

 ◆◆◆

 ◇◇◇

 ◆◆◆




【エヴァンジェ・ホロウ】
 お嬢様無双。

バトローグ

  • GPD配信(キリシマホビーショップ)
  • クオンVSクーコ
  • クオンVS首無し
  • グランダイブチャレンジ(E・D)
  • ロータスチャレンジ(E・D)
  • 激闘!SDガンダムタッグバトル!

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告