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光があれば闇がある。
何事にも、何物にも、どのような場所にも。
光の当たる場所には必ずと言っていいほどに影ができる。
それは世界的なビッグタイトルのVRオンラインゲーム『ガンプラバトル・ネクサスオンライン』……通称『GBN』とて例外ではなく、否、世界的に大流行し、同時接続しているユーザーの母数が多ければ多いほどに、照らす光が強ければ強いほどに、その闇もまた濃く深くなっていく。
そして今日もどこかで、何も知らぬものを食い物にせんと、闇の中に蠢くものたちは舌なめずりをしているのだ。
………
……
…
―――ハードコアディメンション・ヴァルガ。
モヒカンたちの聖地、今年も申年たちが集う場所、巨大な猿山、等々数多くの異名や悪評を持つ世紀末ディメンション。通常はダイバー同士の同意が必要となる『フリーバトルモード』が進入した時点で全承認に固定されるそこは、GBN中から果てなき戦いを求めて修羅がやってくる隔離場所であると同時に、GBNの闇でもあった。
「……まったく、手こずらせやがって。大人しくポイントになってれば痛い目見ずに済んだものをよ」
「MS少女なんてやわなガンプラ使ってるからこんな目にあうんだぜ!」
「ヒャハッ! ちげぇねぇ!」
「っ……」
茶髪の少女を模した素体にMSの装甲と武装を取り付けた、いわゆるMS少女と呼ばれるガンプラ……シャルトーネのコクピット内で、地球軍の制服を着た黒髪ロングの少女ダイバー・ササミは下唇を噛んだ。
彼女の目の前には、トゲやリベットを全身にこれでもかと付けている一つ目のガンプラが仁王立ちしている。ゴテゴテとした装飾のせいで元が何なのか分かりづらいが、恐らくはザクⅢのカスタム機だろうそのガンプラ。他にも全身にゴテゴテとした装飾や無数のスパイクを生やしている、ザクやドートレス、ダガーLといった量産型MSのカスタムモデルのガンプラたちが逃げられないように取り囲んでいた。
某世紀末な漫画に出てくる敵モブのような見た目をしている彼らは、このGBNで初心者狩りをしている集団である。偽のクリエイトミッションを受注してヴァルガに転送されてきた初心者を狩り、ダイバーポイントをせしめる。それが彼らのやり方だった。時にはパトロールをしているダイバーやお節介な上位ランカーに邪魔されることもあるが、常に見回りができるわけもなく。
いままさに毒牙に掛からんとしているササミのように、初心者狩りの被害に会うダイバーは後を絶たないというのが現状だった。運営も度重なるアップデートで初心者狩りへの対処を行っているが、それでも後手後手に回らざるをえないのだった。
ササミはGBNを始めて三日ほどの初心者ダイバーである。だからだろう、初心者狩りたちの標的にされた。偽のクリエイトミッションを踏まされ、転送された先は悪名高きヴァルガ。そこが超危険地帯であることを彼女は知らなかったが、分厚い雲に覆われた鉛色の空や、廃墟と化した市街地の様子、そしてレーダーにずらりと並ぶ敵であることを示す赤い点の数々。ササミでなくとも察しがつく。
自分は騙されたのだと。それから始まった鬼ごっこの果てに、ササミは開けた交差点へと誘いこまれた。もちろん彼女も無抵抗だったわけではない。丁寧に作られたシャルトーネの性能は決して悪くなく、ゴテゴテと追加装甲の施された初心者狩りの機体を蹴散らすには十分な戦闘力を持っていた。しかし、戦いとは常に数を揃えた方が優位に立つものだ。もちろん、圧倒的な技量とガンプラの性能によって文字通りの一騎当千を成し遂げる英傑もいるにはいるが、ササミは超人ではなかった。
数の暴力はいかんともしがたく、故にこそ武器を破壊されスラスターも潰されて、ヴァルガの汚染された大地にその身を横たえている。
悔しかった。初心者狩りに引っかかったことも、自分の自信作であるシャルトーネを馬鹿にされて何も言い返せないことも、目じりに涙を滲ませて目の前の下品な男とその乗機を睨みつけるしかできないことも。
悔しかった。諦めと絶望が心を覆っていく。世紀末仕様のザクⅢが巨大なヒートホークを振り上げる。直撃すれば、シャルトーネは真っ二つにされるだろう。そうなればササミのダイバーポイントは彼らのものになり、仮想の死を迎えた彼女はセントラルロビーへと送還されて再構成される。
目の前に迫りくる仮想の死を前に、それでもササミは目を逸らすことはなかった。目じりに透明な涙を溜めても気丈に睨みつける。そんな彼女を嘲笑うように大型ヒートホークが振り下ろされる……
≪……邪魔≫
通信機から少女の声が聞こえたのと、ヒートホークを振り下ろさんとしていた世紀末仕様ザクⅢの胴体から刃が生えたのは、ほぼ同時だった。生半可な攻撃を弾き返す重装甲を容易く切り裂いた刃が閃き、ザクⅢを四つに分割する。一拍置いて大爆発し、ヴァルガの塵へと仲間入りを果たす。
「ボ、ボスー!」
「なんだ、なにが」
ズズン、と大地が揺れた。その場にいた全員が、リーダーをやられて浮足立っていた下っ端たちの視線が、そちらへと向けられる。そこには……白い装甲を纏ったツギハギの怪物がいた。
「ジャ、ジャバウォ」
「うるさい」
一瞬何が起きたのかわからなかった。装飾だらけのザクやダガーL数機の胴体や半身が融解し爆発する。それはツギハギの怪物……ジャバウォックの腕として組み込まれているサイコ・ガンダムおよびサイコ・ガンダムMkⅡのビーム砲による攻撃であり、局所的に発生した戦闘の、否、最早戦闘とすら呼べない。恐れをなして逃げ惑う初心者狩りたちを怪物が狩り、食らう……それはほんの十数秒ほどの蹂躙劇だった。
「ちっ、食いでのないやつらね……」
圧倒的な戦闘力で残っていた世紀末仕様の量産機集団を殲滅し終えると、怪物は……怪物の腹の中で機体を動かしていた半竜半人の少女クオンは、食い足りないとばかりに遠くで激しい戦闘の行われている地帯へと視線を向ける。
新たな獲物を求め怪物が翼を広げる。シナンジュのものをスケールアップしたと思しきそれは、怪物の巨体を浮かせるのに十分な推力を生み出し、青白い炎の尾を引きながら乱戦地帯へと向かっていく。
その背中をササミは茫然とした表情で見送っていた。助けてくれた、いや、見逃されたという方が正しいか。それがただの気まぐれか、あるいは矜持故かはわからない。ただ生き残ったということだけは確かだった。
怪物の乱入により、戦闘音の激しさが増したのを切っ掛けにササミは気を取り直すと震える手でコンソールを開きの中から『緊急帰還』をタップする。シャルトーネの機体が、ササミの体が光の粒子になって格納庫とロビーへとそれぞれ転送されていく。
無事ではなかった、無傷ではなかった。それでこうしても、初心者狩りの毒牙に掛からんとしていた少女は地獄のようなディメンションから生還することができたのである。
…
……
………
ハードコアディメンション・ヴァルガでの初心者狩りの魔の手から逃れたあと、ログアウトしたササミは自分を助けてくれた白いツギハギの怪物のことが気になり、調べることにした。
『白い怪物』
『ツギハギ』
『シナンジュ ウイング』
『大きい』
……いくつかのワードで検索をかける。すると、ある名前に行きついた。
「ジャバ……ウォック……? あのガンプラ、ジャバウォックっていうんや……」
ヒットしたのは『ジャバウォック』という名のガンプラ。そして、それを操るダイバーについても検索結果に現れた。GBNワールドランキング6352位……ダイバーネーム・クオン。現在凄まじいスピードでランカーとしての個人ランクを上げ続けているニューフェイス。使用するのは、様々なガンプラのパーツを組み合わせて製作された大型MS『ジャバウォック』。
クオンはあのハードコアディメンション・ヴァルガによく出没し、局所的に災害級の被害をまき散らす存在として恐れられているらしい。誰が呼んだか『ジャバウォックの怪物』なるあだ名を持つ少女ダイバーは、その一方で配信者……G-TUBERとしても活動しているらしい。
気になったササミは、GBNに簡易ログインをしてG-TUBEにアクセスする。クオンの名前で検索をすると、ちょうど『お散歩配信』と称したディメンション探訪配信が行われていた。
『―――今日やってきたのはエスタニア・エリア。ここには近接戦闘専門のフォース『虎武龍』が拠点を置いていることでも有名ね』
半竜半人の黒いドレスを着た少女が、荒涼とした赤茶けた大地をバックに解説をしていた。彼女こそ3桁の英傑への階段を駆け上がっているニューフェイスにして、ディメンション探訪配信をしている配信者、クオンだった。
頭にはヤギのような角を持ち、背中にはコウモリのそれに似た翼を持ち、腰からはびっしりとウロコに覆われた太く長い尻尾が生えている。そして何よりも特徴的なのは、彼女の左右色違いの瞳だった。切れ長でややつり上がった、ブラックチェリーを思わせる黒みを帯びた赤色と宝石のキャッツアイを思わせる、縦長の瞳孔の明るい黄色というオッドアイ。
アイテムストレージから日傘を出して差し、尻尾をゆらゆらと揺らしながら歩く姿はどこか猫を思わせる。そこそこ人気のある配信らしく、視聴者数は3桁ほどおり、コメントも流れている。クオンはエスタニア・エリアの解説を交えながらも、時折コメントを拾い上げていく。
風の向くまま気の向くまま。まさに散歩をするようにエスタニア・エリアの、フォース虎武龍のお膝元である荒野のフィールドを配信用のカメラとリスナーたちをお供にして歩いている。
GBNの細部まで作り込まれた仮想世界に感動し、コメントに対してのツッコミを入れるクオンに笑いを零す。穏やかな時間はあっという間に過ぎて、終わりの時間がやってくるのだった。
『……それでは、今回の配信はここまで。次回の行き先はまだ未定だけれど、決まり次第ツブヤキで告知するわ』
そこで彼女は一旦言葉を区切り、配信用のカメラに向かってふっと微笑みかけた。
『それでは、亡者の皆さん。良き週末を……。ふふっ、次回も会えることを楽しみにしているわね』
〆の言葉と共に配信が終了する。あっという間の、夢のような時間……というと大げさかもしれない。だが、ササミにとっては有意義な時間であったことは確かだった。ヴァルガで遭遇したジャバウォックの、まさしく怪物と呼ぶにふさわしい獰猛な戦いぶりと、配信中の親しみやすくコミカルな印象とのギャップは、確かにササミの心を掴んでいた。
過去の配信のアーカイブや、他に投稿している製作動画などを見ていたササミは、気がつけばチャンネルの登録とツブヤキのフォローを済ませていた。
「……クオンちゃん、かわえかったなあ……」
かわいいは正義。それはササミが掲げている信条である。かわいいものはいい。かわいいものは推せる。人生を彩るのに欠かせない要素であり、空気と同じく生存には欠かせない存在だ。かつて兄の製作したガンプラ……『すーぱーふみな』。その流通品に感銘を受け、当の兄に師事して製作技術を磨いてきたのも、その集大成としてシャルトーネを作り上げたのも、すべてはかわいいは正義のため。
そして、いまここに新たな『かわいい推し』を彼女は見つけるに至った。
ヴァルガでの初心者狩り集団との一件は災難でこそあったが、それによってかわいい推しと出会うことができた。チャラとまでは行かずとも、彼女の中で嫌な気持ちは大分薄まっていた。G-TUBERクオン。ランカーとしても活躍しているという彼女と、GBNを続けていればいずれ巡り合える日が来るかもしれない。……もちろん、直接声をかける勇気はないため、遠目にその姿を眺めるに止めることになるだろう。生の推しと顔を合わせるのはとても緊張するものなのだ。
「よーし、クオンちゃんの配信見てたらやる気出てきたし、ウチも頑張るかー!」
そう気合いを入れるササミ。
後にクオンと出会い、あまつさえ一緒にフォースを立ち上げることになるとは……この時の彼女は知る由もなかったのである。
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【クオン】
新人(?)時代。まだまだ個人ランクは4桁台だが、この頃からヴァルガに災害をもたらしていた模様。
【ササミ】
後にクオンと共にフォース『エターナル・ダークネス』を結成することになる、美少女ガンプラを使うダイバー。ダイバーネームの由来は「とりのささみが好物」だかららしいが、どうやら本名のアナグラム的な要素も入っているらしい。
リアルの一人称は「ウチ」で、兄のように関西弁で喋る。
バトローグ
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