マジでこの会社やめてやろうかな   作:ナイン

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約束が

「よぅ」

「どうも」

 

 苦難陳述者、と呼ばれた女が事務所の前に立っていた。流れでタバコを差し出したが、彼女は吸わないことをふと思い出して静かにポケットにしまう。

 

「まだタバコ、続けてるの?」

「いいや、昔のクセだ。自分が吸わなくても持ち歩いてる」

 

 タバコなどの趣向品は通貨のない地域や違う地域でも物々交換の手段として使える。昔、世界中を旅していたころの名残りでしかない。

 

「……そう」

 

 なんとも言えない俺の顔を見て、奴は歩き出す。俺たちの中でこれはついてこいという合図。……ペンギン急便の連中──特にエクシアに聞かれてはマズい話でもするんだろうか。

 

 しばらく奴の後ろについていくと、薄暗い路地裏で立ち止まった。そのまま壁によりかかると、こちらに対して視線を向けた。……隣に立てってことなんだろうな。

 

「ふぅ……わざわざ事務所から離して、なんの用だ?」

「あなた、」

「……具体的には?」

「ラテラーノ」

 

 はぁ、と溜息を吐く。こいつはだいたい無表情でなに考えてるか分からないが、嘘だけはつかない。どうせ面倒ごとなんだろう。

 

 聞くのも面倒だ。

 

「面倒ごとか?」

「それなりには」

「それなり……ねぇ……」

 

 こいつは四六時中モスティマの後ろをつけているような変人だ。あいつの動向は長い仲である俺ですら分からない。ようは出来るやつであり、お人好しだ。事実、俺にこうして忠告しようとしている。

 

「詳細は、まだ分からない。でも、元老院の方でゴタゴタがあったのは確か」

「そりゃ結構じゃねぇか。元老院のクソッタレどもは元々気に食わねぇ。何の問題が?」

「ほんと、あなたは……そう簡単な話でもないの」

 

 能天気ね、とでも続けようとしたのだろうが、軽くかぶりを振って話を戻し始める。片方が煽ればもう片方がそれに乗っかるのはいつもの流れで、そこから諫めてくれる存在が居たのは……俺たちにはもう、取り戻せないもの。

 

「……あなたが居なくなったあと、ラテラーノも変わったの。以前までの強固さは地に落ちた」

 

 宗教国家は教えに多様性がない代わりに、意思統制が比較的しやすい。人々を調教するのなら幼いうちからの教育が必須なのだと、歴史が証明していることからも明白だ。

 

 独裁国家とよく似ている。

 

「元老院風に言えば腐敗が広がった。汚れ役を引き受ける人が居なかったわけじゃない。それでも……足りなかった」

 

 教育がどれだけ偏っていようと、人々に疑心や反骨精神が出ないわけではない。集団からはみ出すような意見が出れば淘汰するクセに、自分たちが道から外れるのはいいらしい。

 

 それを処理する人間たちが、表沙汰にはならずとも、ラテラーノには居たんだ。

 

 ロドスに出入りするときに見かけた銀髪の男、イグゼキュータという男はその一人。

 

 ラテラーノ公証人役場・法定執行人……限定的に禁忌とされる同族殺しを許された部署。その上層組織は、風の噂によれば綺麗さっぱり消えてしまったらしい。

 

「膿を吐き出すのに躍起になっているのね。それが人の目に見えるほどになっていた」

 

 彼女はふぅ、と溜息を吐いてから、俺の方を見る。

 

「ねぇ、いつまでそうしているつもり?」

「約束が果たされるまで」

「あの子は、そんなに重い意味で言ったわけじゃないわ」

「そうだろうな」

 

 そもそも死んでもない。あいつが言ったのはそんなんじゃないって、分かっているさ。だが。

 

「……この際だからハッキリさせておく。俺は、()()とお前たち二人になにがあったのか知らん。モスティマが頭の輪っかを黒くして帰ってきた理由も」

 

 そう、なにも知らないんだ俺は。こいつらの間になにがあったのか。それでも、きっと元のように戻れないことだけは、分かっている。

 

「だから俺はこうしている」

 

 真実を聞かないように。

 

「だから俺は銃を落とした」

 

 もし、真実を知ってお前たちに危害を加えないように。

 

「それが、ラテラーノ(故郷)を巻き込むとしても、知ったことか」

 

 俺にとって大事なのは、()()と、赤い髪のバカだけだ。その二人が望むのなら、なにかあったにせよ二人に手を出すべきではない。

 

「いいか、よく覚えておけ。フィー、俺がここを離れるときは──」

 

 約束を、果たした時だけだ。

 

 

 

 

「はぁ……」

 

 説得しようとしたけど、失敗した。なぜ私の周りには頑固なやつが多いんだろう。モスティマも、掴みどころがなくてフラフラしてるイメージがあるせいであまり気が付かれないけどあいつもあいつで妙な意固地さがある。

 

 彼は……エクシアの、エルの姉に執着してる。彼らの間になにがあったのかは知らないけれど、同じくらいエルにも執着している。

 

 私たちには分からない、繋がりがあるんだと思う。……きっと絆、なんて呼べるほど綺麗なものでもないのでしょうけど。

 

「ダメだった?」

「……これ以上疲れさせないで」

「酷いなぁ……」

「あなたが私を疲れさせなかったことなんてある?」

 

 そう毒づくと、ケラケラと軽薄な笑顔を浮かべる。

 

「はぁ……あなたのせいよ、これ」

「うん、そうだね。でも、私はタナトスになら殺されてもいいと思ってるよ」

「でも、それは彼のためにならない」

 

 それは分かっているでしょう、と視線を向ければやれやれとお手上げしているような反応が返ってくる。

 

「……彼がなにに対してショックを受けてるか、分かる?」

「んー……ごめん。分からないや」

 

 あなたはそうでしょうね。いえ、私も本当に分かっているわけじゃない。彼の痛みは彼にしか分からない。

 

 どうすれば、前みたいに戻れるんだろうって、最近そればっかり考えてる。

 

 彼女が隊長に銃を向けたその時から、こうなることは覚悟していたはずなのに。

 

 ……未練がましいわね。

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