お願いしますっ! クロトワ教官!
「お願いしますっ!! クロトワさん!! 私に飛空艇の操縦を教えて下さい!!」
世界東部にその広大な領域を持つ巨大国家、トルメキア王国。その王都トラス郊外に位置する訓練場の一角にて、1人の少女が1人の青年へと頭を下げていた。
少女は美しく長い金髪を後ろでくくり、その10歳にも満たないであろう幼い顔には、2つの深い藍色の瞳が輝いている。
一方の青年は、歳は10代後半であろうか、茶色い短髪に、顎には薄く髭が伸びており、その実年齢よりも老けて見せている。
そんな彼は、つい先程までここで飛行訓練を行っていたのだ。訓練用のケッチを操り、そして着陸する。
それが一段落つき、休憩をしようと飛行場の隅へ来た所で、この少女に出会ったのだ。そして、間髪入れずにこの頼み事をされてしまったという訳だった。
「(何だこのガキ……)」
そんな彼女に、彼ーークロトワは困惑していた。当然であろう。
「ガキンチョ、ここは子供の遊び場じゃねえぞ。妙な事言ってないでさっさと帰「私は本気です!!」れ……」
彼の言葉を遮るように、彼女が顔を上げて言う。
「私、飛空艇に乗って空を自由に飛びたいんです。でも、私みたいな子供がそんな事を言っても、馬鹿にされるばかりで……」
「そりゃそうだろ」
「それで、諦めかけてた時にクロトワさんの操縦するケッチを見て、また憧れが復活したんです!」
「(めんどくせぇ)」
何故よりにもよって自分なのか。彼は運命を呪った。
「はァー……ガキに付き合ってる暇はねぇんだ。帰れ帰れ」
「嫌です!! 首を縦に振るまで帰りません!!」
ガッ、と彼の裾を掴む。
「お前な、これまでも断られてきたんだろ? なんで俺がいけると思った」
「だって顔を見て、『あ、この人面倒見良さそうだな』って思ったから」
「お前の感性狂ってねぇか?」
どうやったらこの濃い老け顔を見てそう思えるのか、彼はそれをその言葉に込めた。
……が、彼自身は気付いていないが、実を言うと彼女のその予想は当たっている。実は1年下の後輩達から『面倒見の良い先輩』という認識を持たれている事を彼は知らなかった。
「も〜、どうやったら教えてくれるんですか!! クロトワさん!!」
「だから教えねぇって言ってんだろ!! っていうかさっきからクロトワクロトワって、一体何処で俺の名前を知った!!?」
「あっちで立ってる人に聞きました」
「個人情報の管理ガバガバ過ぎんだろ!!」
心から叫ぶ。
しかし、彼はここまでで気付くべきだったのだ。そもそもこの訓練場は関係者以外立ち入り禁止である事を。
そして、彼女の言う"あっちで立っている人"とは警備兵であり、彼女が
ただし、確かに彼にそれを気付けと言うのは酷なのかもしれない。
彼女自身はそれを隠していた。身分を示す物は全て外し、顔を知らない者が見ればただの町娘にしか見えないのだから。
まあ、それを加味しても鈍感と言わざるを得ないが。
そして次の瞬間、彼はとんでもない悪手に出てしまう。
「あー、なら金を払え」
「金?」
「ああそうだ。なんだ? タダで教えて貰えるとでも思ったのか?」
彼は、首を傾げる少女を見て勝ち誇った様な顔をする。何事にも金銭が発生する社会の常識を知らない幼い娘、そう思ったのだ。そして、これをすれば逃げられると思ったのだ。
「1000グレインだ。そんだけ持ってきたら考えてやる」
「1000グレイン!?」
1000グレイン、彼の月給の約3倍である。少女の有り得ない、といった顔を見て彼は勝ちを確信した。
……最も、彼女は『高過ぎる』という意味で驚いたのではなく、『たったのそれだけで教えてくれるんですか?』という意味だったのだが。
「なら、明日からよろしくお願いします!!」
「……は?」
そう言って、彼女が満面の笑みで何かを懐から取り出し、彼の掌に乗せる。
それは青い半透明の石であり、光を受けて輝いていたーーーそれは、滅多に市場に出回らず、極稀に旅人が通貨を得る為に売りに出す、腐海を貫く長大な川の石。
タリア川の石、その物であった。
「!!!!!??????」
彼は声にならない叫びを上げた。
「これを売れば1000グレインに足りると思います!! あ、足りないですか? ならもう1粒」
「ちょっと待てちょっと待てちょっと待て」
そんな貴重な物を更に取り出そうとする少女を慌てて止める。
彼の手に乗せられたのはグレイン金貨と同じ程の直径の、それも美しくカットされた物だ。こんな物、売れば5000グレインはくだらないであろうし、そもそも普通は平民の手には渡らない。
持っているとするならば、その者は盗人かそれとも貴族の隠し子か……?
「……ガキ、名前は何だ?」
彼は背中に悪寒が走るのを感じ、震える声でそう尋ねた。思い当たる者が1人だけいたのだ。
だが、そんな者がこんな所に1人で居るはずがない。そう自分に言い聞かせながら、彼は少女の返答を待った。
しかし、現実は非情である。
「私は、トルメキア王国第五皇女、ナサニアですっ! よろしくお願いします! クロトワ教官!」
彼は本日二度目となる、声にならない叫びを上げたのだった。
ナウシカで一番好きなキャラはクロトワさんです