謎のーーーといっても原因など分かりきっているがーーー墜落未遂事故によって右眼から血を流して気絶したナサニアは、騒がしくなる訓練場を背にすぐさま2人の手によって病院へと運び込まれた。
しかしながら、王都トラス最高の医者でさえその原因は分からず、また血涙も止まった事から一先ずは安静に寝かせておく事となった。
因みにその間、セルカがずっと絶望的な表情で「申し訳ありません」と呟き続けており、医者やナースを怯えさせていた事は言うまでもないだろう。
彼は彼女が今よりも小さい頃から付き従っており、その忠誠心は天よりも高い。
そして、そんな彼女の近くに居たのにも関わらずこの様な事態にしてしまった事に、かなり自らを責めていた。少し目を離せば自殺してしまいそうな程には。
そんな彼を見ているクロトワも、彼の様にブツブツと何かを呟くことこそ無かったもののやはり自責の念に駆られていた。
しかしそれと同時に、何故あの状況で自分が助かったのかも考えていた。
普通ならば絶対に助かる筈の無い状況。自分が無事で、かつセルカが庇ったにも関わらず何故か目から血を流して気絶したナサニア。
もしかすれば、何か関係があるのかもしれない……そんな事を、彼女が寝るベッドの隣で座りながら考えていた時だった。
バン!
突然病室の扉が開かれる。
「なっ」
その音にもだが、何よりも驚いたのは扉を開いた人間について。
その人物は美しい少女だ。ナサニアによく似た金髪と瞳、そして彼女の柔らかな物とは対称的な凛々しい顔立ち。それらは、この国の第4皇女、クシャナの特徴と完全に一致していた。
その後ろには付き人であろう口元に髭を生やした中年の男が控えており、クシャナが部屋に入った後にゆっくりと扉を閉める。彼自身は入らず、扉の前に立っておく様だった。
彼女は寝ている少女の元へ近付く。そして何かを押し殺した様な声で小さく呟いた。
「……無茶するなと言っただろう……」
それは、何故彼女がこうなったのかを知っているかの様な口振りであった。
彼は暫く狼狽えていたが、意を決して彼女へと聞く。
「クシャナ殿下」
「……何だ、貴様は」
鋭い視線を向けられ、一瞬息が詰まる。
「じ、自分は」
「貴様がナサニアに付いているという虫か」
「むっ……」
多少は嫌われているだろうとは思っていたが、まさかここまでとは思っていなかった彼は言葉に詰まると共に少しのショックを受ける。
「じ、自分は訓練兵のクロトワと言います。妹様にパイロットの訓練をさせて頂いております」
「フン……で、何だ?」
「畏れながら……殿下は、何故ナサニア殿下がこうなったのかをご存知なのですか?」
久しぶりの敬語でそう問いかける。
彼女は暫く考え込んだ後、ベッドの傍らに腰掛けて口を開いた。
「……今から言う事は他言無用だ」
「ハッ……」
「貴様は、超常の力という物を知っているか?」
「超常の力……ですか」
彼は自らの脳内辞書に検索をかける。が、その様な単語はヒットしない。
「一部の人間に極稀に発現する力の事だ。幽体離脱を行い、遥か遠くの人間の心臓を握り潰したり、言葉を発さず、念話という物を使って会話したり……そして、念力を使い、手を触れずに物体を動かす事等も出来るらしい」
「っ!? ま、まさか」
「あまり大声を出すな。……そのまさかだ。貴様らの乗るケッチが無事に不時着出来たのはその念力で墜落中のケッチを浮遊させたからだろう」
そう言われて、彼は思い出す。あの時、不時着する直前に一瞬体が重く感じた事を。彼女の言う事が本当だとするならば、あれは念力でケッチが急に空中で静止したからだったのだ。
しかし、信じられない。人間1人、それも年端もいかない少女が重い機体を一瞬とはいえ浮かべるなど……。
と、そこで彼はある話を思い出した。
「殿下、その力はもしかして土鬼皇弟も……」
「……ああ、その通りだ。ナサニアと皇弟ミラルパは同じ力を使っている」
ああ、やはりそうなのだ。彼が思い出した話というのは、皇弟ミラルパについてだった。
何故土鬼皇弟ミラルパは、百年余もその権力を維持する事が出来たのか。その秘密が彼自身にあるという話。彼はまるで、
最初それを聞いた時は、告発や独裁者にありがちな被害妄想などかと思っていた。
だが、違ったのだ。彼は実際に心を読んでいたのだ。でなければ、例えば被害妄想で次々と殺していたのであれば恐らく今頃土鬼は無いだろう。
殺し過ぎれば組織は瓦解する。残存している火の七日間以前の歴史でも多くのその例が載っていた。
「これを知っているのは私とセネイとセルカ、そして貴様だけだ。こんな事が
「り、理解しております」
十中八九、ろくな事にならないだろう。彼は思った。良くて実験体、悪ければどんな手を使ってでも殺しにかかってくるだろう……今回の件を見る限り、あまり変わらない様にも思えるが。
「……ん……」
「「「!!!」」」
と、そこでこれまで寝息しか立てていなかったナサニアの口から小さな声が零れ、ゆっくりと薄く目が開かれる。
「ナ「ナサニア!!!」」
「姉様……」
ガバッと彼女にクシャナが抱き着く。それに彼女がぼんやりとした声で反応する。
「良かった………………!?」
「…………なッ!?」
「……で、殿下っ!!?」
だが1度離れ、その眼が視界に入った瞬間、彼女は絶句した。それはその場に居た他の2人も例外ではなく、目を見開いてその右眼を見つめていた。
「ナ、ナサニア……ああ……」
「どうしたのですか……?」
3人が驚愕する理由が分からず、困惑するナサニア。そんな彼女に、いち早く我を取り戻せたクロトワは近くにあった手鏡を彼女の前に掲げる。
彼女の、弱りいつもよりも白い顔が映し出される。
母親譲りの金色の髪に美しい顔、それは変わらない。姉と対称的な柔らかな顔立ちも。
ただ、一つだけ。右眼だけが、いつもと変わっていた。
「黒……?」
そう、彼女が血を流していた右眼は、その白目が黒に見間違える程濃い紫色に染まっていた。
そして、母親譲りの深い藍色の瞳は、底無しの闇の如き黒に染まり、まるで右眼の部分がぽっかりと穴が空いたかの様な見た目になっていた。
彼女は自分の手でその右眼の周辺を触り、覆い、そして数回ぱちぱちと瞬きをする。
「……へぇ、なるほど」
「ナ、ナサニア……?」
そんな様子に、クシャナはたまらず声を掛ける。
「大丈夫ですよ、姉様。右もちゃんと見えてます」
「そ、そういう問題では……いや、見えてたら良いのか……?」
自らの右眼が明らかに大変な事になっているというのに平然としている彼女に調子が狂い、困惑する。
「いや、良くないでしょう。おいガキ、本当に何とも無いのか?」
「貴様っ、今何を」
「ししょー、何も無いですよ。ほら、こうしてもちゃんと見えます」
そう言って左眼を隠す。そうすると黒い右眼だけが残り不気味な顔になってしまう。
それを分かっているのか、彼女もすぐに手を離していた。
「お、おう……ッ!?」
「貴様……今ナサニアの事を何と呼んだ……?」
背後から肩を掴まれ、そこから放たれる殺気に背筋を凍らせるクロトワ。そこで先程、つい癖でいつもの調子で彼女の事を呼んでしまった事に気が付いた。
「は、ハハ……」
「貴様はーーーッ!!!!」
地面に正座させられ、クシャナから罵倒にも近い叱責を受ける彼を見て軽く微笑む彼女。
そんな彼女の元に、これまで固まっていたセルカが泣きながら縋り付く。
「殿下、殿下、誠に申し訳ございませんッ!!! この私が付いていながらッ、殿下を、殿下の眼をッ」
「ううん、セルカは何も悪くないよ……」
そう言うと、彼女はベッドから降りて3人ーーー1人は頭を踏み、1人は踏まれ、1人は泣きじゃくっているーーーの前に立ち、そして頭を下げた。
「……ごめんなさい。私のせいで、2人を危ない目に遭わせて、姉様に心配をかけさせて」
「で、殿下……そ、そんなッ、顔を、顔を上げてくださいッ!!!」
「そ、そうだぞ「口調」……ですよ。悪いのは事前のチェックが甘かった俺の方で……」
「ナサニア、悪いのはあの豚共だ。お前は自分の力でこの2人を救った。寧ろ誇るべきだ」
3人がそれぞれのやり方で彼女を慰める。だが、
「私が謝らないと気が済まないの。だから謝らせて……ごめんなさい」
また頭を下げる。
「ししょー……
「……ッ」
「また危険に遭わせる訳にもいきませんから、今日で訓練は終わりにしましょう……今までありがとうございました」
彼女の表情は見えない。だが、床に水の染みが次々と出来ていた。
そんな彼女を彼は暫く見て、そしてため息をつく。
「……ああ、確かに俺にはもうお前には何も教えられねェな」
「っ……」
ポン、と手を彼女の頭に乗せる。
「……?」
「勘違いすんな。お前はもうとっくに俺を超えてんだよ。だから次からは実戦形式での訓練だ」
「!!」
ばっ、と彼女は頭を上げて彼の顔を見る。
「じゃ、じゃあ……」
「訓練は続ける。俺が傍で見てないと操縦出来ない奴を放り出せるか」
彼女はパァァァァ、と顔を明るくし、涙を拭いながら言う。
「し、ししょーが居なくてももう操縦出来ますから! そっちこそ、実戦形式って言って新人の私に負けてベソかかないで下さいよ!」
「ハッ、まだまだお前みてぇなガキには負けねェよ。訓練と実戦がどう違うかを教えてやる」
「ガキって、ししょーもまだ16歳じゃないですか。まだまだ子供ですよ?」
「17だ。お前はまだ8だろうが」
「8歳はもう大人ですっ!」
「じゃあ17は更に大人だな」
「ししょーは子供ですよ?」
「あ?」
そんなくだらない会話は、夜になるまで続いたのだった。
あと1話挟むか挟まないかくらいで原作入ります