───男にとっては思いもよらぬ、女にとっては予定通りの再会が終わり、二人は第四軍の部隊が駐留している場所へと戻り、彼女から様々な説明を受けていた。
まず、彼女の乗ってきたケッチ。
「……何か違ぇな」
「はい! これはあのコルトレーンに特注したんですよ!」
「コルトレーンって、最近話題のアレか?」
「はい、アレです」
コルトレーン社。ほんの数年前に突如現れ、その優れた技術によって話題となっている、パガセ市を拠点とする造船会社である。
この世界におけるエンジンは入手手段が発掘しかないロストテクノロジーだ。しかし、コルトレーンはどこから手に入れたのかその貴重なエンジンを保有し、いくつもの高性能な飛行艇を世に送り出していた。
その優秀さは既に誰もが知る所となり、今では各国から注文が殺到している。そんな会社の、特注品。
「速度は通常の倍、装甲には王蟲の殻を使っています。ですから多少の被弾ではビクともしません!」
「王蟲の殻って……」
「意外と見つけるのは簡単ですよ? 腐海の中に入って蟲の声を聴くだけです」
「あんまり力を酷使すんなよ……」
超常の力を使った読心術は蟲にも有効らしい。彼は既に驚くのに疲れてきていた。
王蟲の殻。それはかつて存在した超大国、エフタルの滅亡の遠因となった物だ。その強度は強化セラミックを凌駕し、小指程度の厚さの物でも下手な機銃なら弾き返してしまう。そして、見たところこの飛行艇はかなりの厚さの物を使っている。これならば大砲でも直撃しない限りは傷一つつかないのではないだろうか。
辺境諸国では王蟲の殻を使ったガンシップなどもあるというが、これは正にそれだった。
「コツは森への敵意を持たない事、蟲は結構敏感ですから」
「やらねぇよ!」
彼女の得意げな言葉に彼は突っ込む。トルメキア人は大体蟲や腐海を嫌悪するというのに彼女はまるでそんな
一体何故この様な少女が
だが、彼の受難はまだ終わらない。
「よう、
そんなどこかバカにした様な軽薄な男の声が聞こえてくる。そして、それは彼がよく聞いた事のある物だった。
「……げえ、お前らまでいるのかよ」
彼は隠そうともしないウンザリした表情をその
「何だよ
「ちょっと、上官に対して失礼でしょう? こうやって呼ばないと……ね、参・謀・殿?」
「ソリアにリゼット、何でお前らが居るんだよ……」
その二人の名はソリアとリゼット。
両者共にクロトワの訓練兵時代の仲間である。前者は彼の同期の青年でニヤニヤと笑い、後者はその訓練所の紅一点であった女性*1でクスクスとこちらも笑っている。
仲間とは言うが、二人とクロトワの関係は一言で言い表せば"腐れ縁"。そして、今の彼にとっては二番、三番目に会いたくない人物であった。因みに一番はナサニアである。
「私がスカウトしました!」
「やっぱりお前かよ」
えへん、とナサニアが胸を張る。薄々勘づいてはいたがいざ言葉にされるとウンザリする。
「いやあ、お前のお姫様金払いが良くて助かるよ~」
「そうねえ、職場環境も良いし」
「クソッタレ」
俺は
自分も軍大学院などに進まず素直にパイロットになっておくべきだったのだろうか? 彼は自らの選択を呪ったが後悔先に立たず、である。
さて、そんな思いもよらぬ*2再会などもありつつ、艦隊は出撃を開始する。
ごうごうとノズルから青い火を放ち、鈍重な機体を旧世界の超技術で無理矢理飛ばしていく。
ただでさえ不安になる見た目をしているバカガラスやギガントは当然の事ながら、コルベットやバムケッチでさえ離陸の際は若干揺れているというのに。
「ひゅう、流石はコルトレーン製、滑らかに動くな」
コルベットの窓から隣で飛び立つナサニアのケッチを見る。同じ飛行艇とは思えない程それは滑らかに離陸していた。白い機体が光を反射しキラリと輝く。
それを見たクシャナが言う。
「操縦している者の技量だろう」
「……そうですな」
彼女の言葉はやや自慢げであった。その態度アンタが取ってたらマズイだろ、彼はクシャナの姉バカぶりに呆れる。
視界の端で、ケッチのコックピットからパイロットが手を振っているのが見えた。
「はあー、本当にあのお嬢さんが操縦してるんですねえ。良い腕だ、将来に期待ですねえ」
コルベットのパイロットがニヘラと笑って手を振り返す。
だが残念かな、彼女が手を振っている対象は彼ではなくその奥に座る皇女と参謀である。まあ知らない方が良い事もこの世にはあるのだ。
「5時方向に諸族の船団を視認セリ!」
腐海を進み、やがて艦隊は集合地点に到着する。森に覆われた古代都市、その塔の頂点が雲から顔を出している。何とも分かりやすい目印だ。
そこで暫く周回していると遠方に無数の黒点が現れる。合流予定であった辺境諸国の船団である。古いブリッグ*3とガンシップ。しかし、後者は例外なく身重のバージを牽引している。現状の彼らの反乱対策は万全であった……逆に言えば、それは襲撃を受けても対応出来ない、という事に他ならないのだが。
「……」
そんな彼らを遥か上空から見つめる影。
ペジテから脱出したガンシップ──そのパイロットの双眸には憎悪の炎が渦巻いていた。
「……そろそろ、かな」
白いケッチの中でナサニアは呟き、上空を仰ぐ。胸が張り裂けんばかりの敵意が彼女を蝕んでおり、それがいよいよ明確な物となってきているのを感じていた。
遥か上空にて我等を照らす太陽、その中に一つの黒点。それを確認した彼女は、わざとらしく身体を乗り出し目をすぼめてみせる。
「どう致しました?」
その様子を不審に思ったセルカが彼女へ尋ねる。かつてナサニアの付き人であった彼は、今回の援軍の指揮官として乗ってきていた。
そんな彼がパイロットに対して敬語を使うのは傍から見れば不自然極まりないが、このケッチには信頼出来る者しか乗せていない。
「えっとね? 何か太陽の中に不審な影が見えてさ」
「影……?」
彼も身を乗り出し太陽を凝視する──
「──ッ、あれは!?」
──瞬間、その影はみるみるうちに大きくなり、やがて形が判別できるまでになった。
横に倒した"I"に中心に円を置いた様な形──ペジテのガンシップである。ガンシップは勢いよく銃撃し、それらは艦隊中央を飛んでいたバカガラスに命中する。
それを渋い顔で確認したナサニアは、すぐさまハンドルを回す。
「エンジン全開取舵一杯、総員何かに掴まれ!」
それが言い終わる前に機体は大きく傾き、乗組員に大きな負荷がかかる。
「我々はペジテ残党による攻撃を受けた──これより本機は迎撃行動に移る!」
まるで宣言するかの様に彼女は言い、そして足元のスラストレバーを蹴り飛ばした。
突如としてバカガラスの一隻が炎上した。その下手人は深紅の機体──ペジテのガンシップ。
その様子を見てクロトワが軽く皮肉を言う。
「ハハ、ペジテ攻略の時に撃ち漏らしたのはまずかったですな、殿下」
「ガンシップ、二番艦に──ケッチが迎撃に回りました!」
ガンシップは一度艦隊下部に回り込んだ後、再び上空に飛び立つ。そしてそのまま二番艦を狙おうとした所でナサニアの操るケッチに邪魔をされる。
彼女のファインプレーに機内が湧き立つ中、クシャナとクロトワはナサニアの身を案じていた。如何に腕がよくとも相手は随一の機動力を誇るガンシップ、確実に勝てるとは言い難い。
バカガラスとギガント、辺境諸国のブリッグはガンシップの機動性には絶対についていけない。味方のガンシップは身重でとてもではないが高機動を行える状態ではない。
今、あれと戦えるのはナサニアのケッチ、二隻のバムケッチ、そしてこの装甲コルベットのみだ。そしてバムケッチはナサニアの援護に回るのではなく艦隊下部を庇う様に動いている。また別の機体による奇襲を警戒しての事か、はたまたこの機に乗じて辺境諸国が反乱を起こさない様に牽制しているのか。
「くっ、ケッチが邪魔で対空砲が撃てません! 発光信号を!」
見張り員の言葉にクロトワは声を荒げる。
「馬鹿野郎、あのガンシップにこの密度の対空砲が当たるかよ。それよりもこの機体をあのケッチの援護に回せ!」
「し、しかし……」
パイロットは不安げな表情を見せる。
この機体でガンシップ相手に機動戦など出来ない、などと言いたげな顔にクロトワは舌打ちをし乱暴に彼をコックピットから退ける。
「どけ、俺がコルベットの操り方を教えてやる!」
「し、しかしこの機体には殿下が「よい」い……」
そんなパイロットの声にクシャナが割り込む。
「よい、やってみろ」
彼女の言葉で彼は前を向き、改めてハンドルを握り直す。
「エンジン全開、前方砲用意! じたばた騒ぐんじゃねえぞ、コルベットは客船じゃねえんだ!」
「くっ……!」
ガンシップを操るアスベルは焦っていた。
本来の予定であれば太陽を背に奇襲をかけ大型艦を撃沈、コルベットは兎も角辺境諸国のガンシップはバージを牽引している為マトモに動けない。何やら援軍が来ていたがさして問題ではない筈だった。
だが、今彼は窮地に陥っている。一隻は撃沈出来たもののその後純白のケッチに襲われたのだ。
「何だコイツ、機動力が高すぎる!」
今、彼はそのケッチに追われている。バカガラス相手に攻撃する余裕などなかった。
ガンシップは強力な兵器だ──それ一機を持っているだけでトルメキア相手に表向きだけでも対等な同盟を結べる程度には。
如何にパイロットの技量が高くともトルメキアの保有する航空機ではガンシップには勝てない──筈だったのだが。
カン、カン、と機体に弾が当たる。
「ッ!」
彼は宙返りしケッチの裏に回り込み、すかさず銃撃を加える。
両翼に備え付けられた銃口から放たれた銃弾は幾つかがケッチに命中し──だが、大した被害は与えられない。その頑丈さを見て、彼はアレの装甲に使われている素材が何かをここで漸く理解する。
「王蟲の殻!? 何故トルメキアの船に!?」
王蟲の殻。ペジテでも何度か扱った事のある素材だが、腐海を嫌悪するトルメキアとはあまり縁のない素材である。しかもそう頻繁に取れる物でもない為、ケッチの様な中型機に使う事など有り得ないのだが。
そんな事を考えていると、ケッチが逆噴射し空中で急ブレーキをかける。彼は慌ててそれを避け、しかし結果としてまたもケッチに背を取られてしまう事になる。
このままではまずい──そう彼が背後に意識を向けた瞬間であった。
「ここだ!!」
クロトワがスラストレバーを蹴り飛ばし上昇する。
「なっ」
「ドンピシャ!」
アスベル視点では、自らが意識を前から外した瞬間に下部からコルベットが飛び出て来た、という状況。そして、その機首下部に装備された四連装ロケット砲はしっかりとこちらを捉えている。
「テェッ!!」
次の瞬間、バウ、と一斉に放たれたロケット弾は見事にガンシップに命中、爆発する。
それなりに装甲の厚い機体ではあったが流石にモロに命中したのには耐えられず、アスベルは黒煙を噴き出す機体に乗ったまま雲の下へと落ちていった。
「──フゥ、即興だったが何とかなったな」
「お、お見事です参謀殿! パイロットだったので?」
「まあな」
ガンシップを撃墜した事でコルベット内部は再び沸き立ち、各々の歓声が彼とナサニアのケッチを褒め称える。
そんな中、クシャナは少し不機嫌だった。
「どうされたので?」
「……貴様、随分と連携が上手いのだな」
この姉馬鹿が、クロトワはヒクつく頬を何とか抑えながら心の中で毒づいた。
「ケッチより発光信号……『シショウ、サスガデス』」
「「「師匠?」」」
「……あのパイロットのお嬢さんとお知り合いなのですか?」
「少し、いやだいぶ犯罪臭がするのですが!」
「……ぬああああ! あのクソガキがあ!」
理不尽。しかし可憐な少女がこんな髭面中年と何かしらの関係がある、などと知ればそんな反応になるのも仕方がないのかもしれない。実際には寧ろ少女側から押しかけているし、師弟以上の関係ではないのだが。
お祭り騒ぎだった機内は一転、彼へのロリコン疑惑で盛り上がる。デジャヴ、既視感。
「エエイ、さっさと被害状況を報告しろ!」
「は、はい……我が軍の被害は三番艦が撃沈、それ以外は被害無し。辺境諸国は……破片に巻き込まれたガンシップが二機、バージごとやられたそうです。また、一機のバージのワイヤーが切れ墜落、それをガンシップが追ったとの事」
「何処の物だ」
「風の谷です」
兵の言葉にクシャナが少し身を揺らす。
彼女の脳内には、先日対面した一人の勇猛果敢な少女が映っていた。
「風の谷、か」
「知っているので?」
「少し、な……我々はこのまま南進を続けるぞ。戦死者は宿営地で弔う」
──────
───
─
腐海の最深部、そこは不思議な空間であった。
地面には清流が流れ、巨木は白い石となり細かな砂となってゆっくりと崩れている。
そして何より──そこには瘴気が無かった。
「……」
そんな石となった巨木の切り株の上、気絶し横たわる少女の隣でアスベルは一つの小さな石を見つめていた。
コルベットによって撃墜された彼は何とか生き残り、腐海の中で怒り狂った蟲相手に戦っていた。だが、腐海の中で蟲相手に勝てる筈もなく、彼は蟲の群れに追われて大空洞に落下してしまう。
それを助けたのがメーヴェに乗ったナウシカであった。だが、如何に蟲を鎮めるのに長けた彼女であってもあまりにも殺され過ぎた蟲を鎮める事は最早出来なかった。
結果としてナウシカは失神し、アスベルも窮地に陥る。しかしナウシカの願い──アスベルを殺さないでくれ──を聞き入れた王蟲によって二人は解放され、今に至る。
さて、そんなナウシカを介抱している中で彼はある物を発見する。黒く複雑な機械の様な球体──先日、彼の故郷で見つかった巨神兵の鍵、『秘石』である。
何故彼女が持っているのか、最初はそう思った。だが秘石を見ている中で更なる疑問──否、
「ん……」
そこでナウシカが目を覚ます。キイ、とキツネリスのテトが嬉しそうに鳴く。
「やあ、さっきはありがとう」
「あなたは……ここはどこ? なぜ?」
「色々とあるんだけれど、一つだけ聞いていいかい?」
そう言うと、彼は『秘石』を彼女に見せる。
ナウシカは話した。腐海を飛んでいた時に一機のブリッグに出会った事。それは蟲に群がられており、助けようとしたが既に手遅れで墜落した事。そして唯一生き残っていた少女──ラステルからその石を受け取った事。
それを聞いた彼は、しかし険しい表情を崩さない。
「……確かに、これを妹が渡したのかい?」
「ええ、間違いないわ」
彼女が言うと、彼は立ち上がり口に手をあててブツブツと何かを呟く。その額には汗が流れていた。
「どうかしたの?」
「……そんな訳が、ない。秘石は確かにラステルが……いや、まさか最初から……?」
状況が理解出来ず目をぱちぱちとするナウシカ。やがて、彼は告げる。
「……これは、偽物だ」
「ええっ!?」
彼女は自らの耳を疑った。
ラステルがナウシカにその石を託したのは確かなのだ。そして彼女が嘘をついている様には全く見えなかった。あの後秘石を追ってトルメキアのコルベットが谷に来たという事は、あの場に秘石が残っていた、という可能性は残されていない。
つまり、ラステルが渡した物は確実に本物なのだ──
「でも、妹はぼく程も
──元々彼女に渡されたのが、偽物であったという可能性を除けば。