楽郎君がいないところ、ある程度離れている、話を振られないならバグることはないだろうと読みこのような形に。
原作Web小説の四章の最初の方まで読んで置くこと前提とかいう初見バイバイ作品なので注意。
本編玲さん可愛いからみんな本編を読もう。漫画も毎週買おう。
※実験的にpixivと同時投稿してます。普段はpixivの住人です。
(楽郎君が絡めば誰が見ても暴走かも?)
それでも、胸に秘めた熱は本物で。
鈍足と言われても、進むことだけはやめない。
素敵なヒロインちゃんになっていれば幸いです。
「また明日ね、斎賀さん」
「はい。部活、頑張ってください」
HR終わりの教室。
まだまだ人が残り喧騒に包まれた教室から、今にもため息が漏れそうな表情だった彼女の姿が、廊下へと消えていく。
いつもの私なら、用もなくHR終わりの教室に残っていることはない。手早く荷物をまとめて、傍目に走っているとは思われない程度に急いで下駄箱へ向かう。そうやって、気づけば走り去っていく彼をどうにか視界に収める日々。
そんな日々に時々訪れる小休止みたいな日が今日なのだ。
「――――――――」
教室の自席に座ったまま、小気味良いリズムで音を鳴らす窓から、なんとなしに外の世界を眺める。
曇天の空から、降り止むことのない五月雨。
これが小休止の理由。さすがにこんな天気の中、下駄箱と校門の間をウロウロするわけにもかない。
豪雨、とまではいかないまでも、ビーズ玉くらいの雨粒が音を立てて空からこぼれ落ちていく景色は、教室に残る同輩達に二の足を踏ませるには十分すぎる。
やれ今日のテレビ番組に誰がでるや、あのファッションモデルが素敵だとか。取り留めもない話題で盛り上がり、今にも雨が落ち着きを見せないかとその時を待っているようだ。
これだけの雨が朝から降り続けているから、みんなの気持ちもよく分かる。
教室は一日中蛍光灯の昼白色に明るく照らされているはずなのに、いやにくすんで見えるくらいだから。
雨が降り続くだけで、陰鬱な気分になる人なんていくらでもいるはずだ。
例えば、外の部活動がある人。
例えば、ずぶ濡れ必死で帰るのが嫌な人。
例えば、気圧の低下で体調を崩しやすい人。
指折り数えればきりが無い。
それに、陰鬱さとは強い負の感情。良くも悪くも伝播する。
一日を振り返れば、朝から家の者に送迎してもらった私とは違い、登校するだけでみんなは精神をすり減らしていたように思える。いつもは元気に教鞭をとる担任でさえも、常日頃の勢いに陰りが見えたくらいだ。
そういった、陰鬱な気持ち。
憂鬱と呼ばれる感情が、色濃く学校に伝播していた――――ような気がする。
――――そういえば、あの時も雨でしたね。
幾度となく思い出してきた光景は、瞳を閉じれば瞼の裏側に瞬時に色づく。
今日よりもっと強い暴雨。
台風が近づき、下手に歩けば飛ばされかねない下校時間。
誰もが憂鬱で、同輩達と憂鬱を分かち合えないかと頭を過ぎったその時。
絶対に濡らさないと、学校の用務室で貰ったらしい厚手のビニール袋で鞄を包み、自分は着の身着のまま傘もささずに、暴雨の中を全力疾走する彼の姿。
誰もが後ろ向きな気持ちを抱く中、ただこれからの楽しみに目を向け、全力でそれに向かっていった姿。
私の、始まりの景色。
「あっ――――」
ふと目を開けば、窓の外の少ない下校者の中に見慣れた姿が一人。
朝も差していた真っ黒で大きめの傘を片手に全力疾走で帰路を駆け抜けていく彼の姿。
ここから表情を見ることはできないれど、きっと今日も彼は笑顔だろう。
学校にいる間に浮かべる笑顔とは違う、彼が全力で楽しむ時の笑顔で。
思い出して、胸が暖かくなる。うっすらと窓に映る自分の顔に赤みが差した事に気づけば、さらに染まりだす。
と、鞄にしまった携帯が震え、迎えが来たことを知らせた。
あの日の彼が、私から憂鬱を無くした。
それは、課題やお稽古がなくなったわけでもなく、彼と同じようにゲームに身を置くようになったからでもなくて。
「ふふ――――」
本当に憂鬱を無くしてしまったわけではないはずだけれど、我ながら簡単に気分がよくなるらしい。
憂鬱の共有など過去のもの。今日も私は――――。
◇
梅雨も明けすっかり夏らしい暑さな七月の学校。
移動教室だからと教材を持って席を立つ。
振り続けた雨が運んできた湿気と季節柄の熱気で、気づけばみんな衣替えを終えていた。
そういえば、彼も月頭から半袖の制服に身を包み、あまり日に焼けてない白くて、少しだけ細い、それでも男性らしさを感じる腕をさらけ出していた。
ランニングをしている彼があまり日に焼けていないのは、走る時間が比較的早い時間か遅い時間かと極端な所為だろう。
ふと、真っ黒に日焼けした彼を想像する。
青空の真ん中から照りつける太陽の下。
夏らしい薄着の彼が黒く焼けた肌から大粒の汗を流しながら、白い歯をのぞかせてあの笑顔をニッカリと浮かべ――――――――。
「てぇめら待てこらぁ! なんで新作のこと知ってやがんだ!?」
「っ!?」
勢いよく開け放たれた隣の教室のドアと、蜘蛛の子を散らすように逃げ出す男子生徒数名に、彼と一緒によくいる男子が追いかける姿に、意識が現実へ帰ってきた。
多少の驚きよりも、今までの思考を思い出して思わず教材で顔を覆う。
私は、なんて妄想を――――。
「おっと暁ハート先生がお怒りだ! そらそら逃げろ逃げろ!」
「何故も何も危機管理意識が低すぎるんじゃないですかねぇ先生ー!」
「今回もいい作品でしたありがとうございまーす!!」
「ふっざけんな!!! てか、逃がすかよこらまてぇええええええええ!!!」
休み時間も残り僅かの筈だが、彼らは無事に帰って来られるのだろうか。
思考の片隅で、よく見かける彼らの騒ぎの顛末を予想する。
恐らく、追いかけた彼だけが授業時間に間に合わず先生に怒られる姿を。
さぁ、私も遅れる前に急ごうと立ち止まっていた足を一歩前に踏み出して、そういえばここは彼のいる教室だと開け放たれたままのドアに目を向けたその時。
「んんっ――――――――!?」
わずかに声が漏れた、かもしれない。
だけど、仕方ない。
開け放たれたドアの奥。廊下側とは逆の、校庭側へ面した窓側の席に座る彼。
机の上で組まれた白い腕に頭を載せて、半分腕に埋もれた顔をこちらへ向けて夢を見ている彼。
――――ね、寝顔!? こっち、みてっっっ!!?
今だけは視力のいい自分を恨む。
いや、前言撤回です。よく見える目、最高です。
半分は埋もれてしまっている彼のあどけない顔。右目の下にできた隈がここ最近悪化している気がする。
また、難しいゲームをしているみたい。
学校での彼は基本的には真面目だ。
授業はちゃんと受けるし、成績も悪くない。
先程走り去った男子生徒達と時折はしゃぐ姿も見かけるが、非行に走っているわけでもない。
そんな彼も休み時間はこうして熟睡している、みたいだ。
あの日以来、学年が上がってからは同じクラスになったことがなく、こうして休み時間に彼を見るなんてことは基本的になかったから今日はじめて知った。
もしかすると、そのうち良いことがあるかもしれない。
「斎賀さん? もうすぐ授業ですよ?」
「えっ、」
バッと横を振り向けば数学の先生。たぶん、彼のクラスは数学の授業なのだろう。
というよりも、これはもしかしなくても、始業チャイムがなる寸前なのでは?
「す、すいませんっ!」
「え、あ、廊下は走ら……走ってないのにはやっ!!??」
心配してくれた先生には申し訳ないが、私も授業に遅れるわけにはいかない。
身につけた護身術の応用で、走らずとも近しい速度を出すことは造作もない。
始業ギリギリなのもあって周りに人もほぼいない。さっき廊下を走って逃げだした男子生徒達も、追いかけた張本人を除いて教室へ戻ってきているようだ。
これならどうにか、どうにか間に合うはず。
未だ頭の片隅に彼の寝顔が張り付いて今にも爆発してしまいそうなこの身ではあるけれども、それはそれ。
今はとにかく教室へ向けて急ぐばかり。
なぜなら、学校側からすれば私は外聞が優等生。
授業に遅れるなどあってはならない。
具体的には、それが家にバレたあげく察しのいい仙姉さんにあれこれ疑われては要らぬ意見をほいほい投げつけられるのがとてつもなく面倒なのだ。
なお、チャイムがなる前に教室にはたどり着いた。
教室に入って十秒後。始業チャイムが鳴る。本当にギリギリだった。
教室に入る直前、後ろをダッシュで駆け抜けていく男子生徒が一人いたが、彼はたぶん間に合わないだろう。
◇
夏休みが終わり今日から学校が始まる。
なんとなく予感がしたからといつもとは違う道―――端的に言えば、彼の通学路――――を選択してみれば、自分でも驚くほど簡単に遭遇できてしまった。
夏服の制服へ袖を通し、私のすぐ前を歩く彼。
出会えたことの喜びで胸がいっぱい過ぎて、気づけば私と彼との距離はどこからどうみてもほぼ一メートル。
それはもう、ぴったり後ろに張り付いてしまった。
だから、彼の後ろ姿から目を離せない。首元や髪の毛先からたれる汗のしずくが雲ひとつない空から照りつける陽光に反射しキラキラと輝く。汗を吸った部分は僅かに濡れている。薄手のシャツ特有だが、下に来ている白シャツもこの距離なら目に飛び込んできてしまう。
生まれた頃より優れた身体機能を有しているがために、余計な情報があれもこれもと私の頭に流れ込んで、余裕を奪い去っていく。いや、そもそも余裕なんてものは彼の近くにいれば一ミクロンもありはしないのだけれど。
――――ど、どうしましょう……。
この感覚を維持したまま歩き始めてかれこれ数分。
彼の速度と歩幅から導き出される最適な
不意に彼が止まってぶつかってしまうのが怖かった。
彼が歩く速度を上げた時、まるでどこともしれない遠くへ離れていくようだったのがたまらなく嫌だった。
触れるのが怖くて、離れていくのも我慢できないなんて、なんて面倒なんだろうと自己嫌悪。
――――けれど、この一歩を……これ以上の距離を、私は既に。
夏休み、コンビニで出会った時は、まだ二歩離れていた。
だけど、シャングリラ・フロンティアの世界でならとっくにこんな距離は飛び越えている。
ゲームと
そんなことは百も承知だ。
けれど、ゲームでできたからこそ、私は次の一歩を踏み出さなきゃいけない。
今朝も思ったはずだ。
『立てたフラグを成立させる時』が来たのだと。
心情としては、彼との距離はとてつもなく遠く感じてしまう。
けれど、私が動かなければ追いつくこともなく、彼がこちらに歩み寄ってくれることなんて、それこそ一生来ない。
それは、それだけは。
あの日見た笑顔に憧れたからこそ、いつかは勇気を出さなきゃいけない。
ほんの少しだけだとしても。今日、出さなければならないと直感した。
「――――」
小さく、深呼吸。
早すぎる鼓動に、まるで心臓が停止したかのような錯覚。胸の前で合わせた両手が少しだけ震えている。
絶対。絶対に、まともな声は出せない。舌を噛むのか。声が詰まるのか。不意に咳き込むか。
散々な結果を出してしまうかもと、嫌な思考が頭を駆け巡る。
けれど、そんな思考を押し流して頭に浮かぶのは、あの雨の日の輝かしくて、どこでまでも楽しげな、前だけ見据えた笑顔。
ほんの少し、肩の力が抜ける。
今度は、早くても確かなリズムを刻む鼓動だ。
もう一度、原点に立ち戻る。
私が憧れたのは、あの日の笑顔。
私が惹かれたのは、いつだって楽しげに帰っていく姿にこそ。
――――だから、ゲームだけじゃだめなんです。
私は、サンラクさんに憧れたんじゃない。
私は、陽務楽郎君に恋しているんだから。
高鳴る鼓動と、暑すぎる太陽の所為か、何やらすごいことを考えているなど今更思い至ることもなく。
あとはとにかく勢いだと、立ち合いで踏み込むつもりで全力で楽郎君へ迫った。
「……あ、あのっ!」
「!!?」
一瞬だけ、肩を跳ね上げるも淀みなく此方へ振り向いて声をかけてくれた楽郎君。
現実で話し合うのはこれで二回目。ゲーム内の声よりも少しだけ固めに感じる真面目な口調と声色。
それから、隣に並んで一緒に他愛のない話を交わしながら学校へと向かう。
トラブルもあったけれど、ほんのちょっとの前進。
まだまだしっかりとした覚悟も決めきれない私だけれど、ミクロ単位でしか進めていないのだとしても、前に進むことだけは絶対にやめたりはしない。
それぞれの教室に向かう折。別れ際の彼の背中に向けて、心の中で呟く。
――――楽郎君、私は貴方に……
寤寐思服
寝ても覚めても忘れられないこと。
「寤」は起床。
「寐」は就寝。
「思服」は常に思いつづけること。