雲一つない晴天の気持ちいい朝。
「それでさ、私言ってやったのよ!綿棒は剣道じゃ最弱じゃんって!」
「確かに。考えるまでもないね、それは。」
一体全体どうしてこの話題になったのかはさて置き、やはり気のおける友達とゆったり喋るのが一番気楽で楽しい。
背伸びしてデートだと意気込むよりもよっぽど幸せな事だと思う。
気を張らなくていいし、恥をかくことも無い。
「ねぇりー。やっぱ私男子苦手かもしれないわ。」
前々から分かっていたことではあるが、再認識させられた気がする。
低コミュ陰キャには高すぎる壁を感じさせられた。
一説によると単なる自滅かもしれないが。
「うーん。きーちゃんはなんだかわざと人と壁を作ってた感じがするからねー。きっと慣れてないんだよ。」
多分、だけどね。と付け加えたりょうの指摘はごもっともだ。
元々目立たない事を目標にしていた私は、他人となるべく距離をとっていた。
そのせいで人付き合いの仕方などとっくに忘れてしまっていたのだ。
「だから私はキンジが嫌なんだよ?私はきーちゃんに相手にされないから頑張ったのに、アイツはいきなり押しかけてきてきーちゃん満更でもなし。これは流石に不満だよ!」
ここぞとばかりに文句を言うりょうは、何だかんだ初めてキンジが嫌いな明確な理由について話した気がする。
なるほど。確かに言い分はよく分かる。
逆の立場でも同じことを言うだろうな。
しかし、逆の立場ならりょうも同じことを言うだろう。
「それは悪かったよ。いきなり波長の違う人に話しかけられたら流石に戸惑っちゃうって。」
例えるなら準備運動無しで全力疾走するような感覚だ。
「波長が合わないって酷い!まぁ、確かにそーかもね。でも、何だかんだ根本から違うって訳じゃない気もするんだよねぇ。」
「まぁ、じゃ無きゃ一緒に居ないよね。」
「そーじゃなくてさ。なんか、きーちゃんも本当はもっと明るい子なんじゃないかなぁって。」
「まさかぁ。そんな訳ないよ。」
そんな明るい子がちょっとやそっとのことじゃ根暗ちゃんにはならない気はするが、りょうの勘は割と当たるのだ。
もしかしたら人を避け始めるまではもっと明るい子だったのかもしれない。
いや、記憶のある限りでは元から暗い子供だった気がする。
それは母親も祖母も皆そうだったから、最早遺伝だと思う。
父親は真逆の明るいヤツだから何とも言えないけど。
「まぁ、何でもいいや!今日も一日よろしく!」
相変わらずテンションの高いりょうがハイタッチを求めてくる。
それにパチンッ!と応じてあげる。
やっぱりあれだね。ここまで大事にしてもらえると嬉しいもんだね。
今週はキンジ<りょうの気持ちで生きていこう。
キンジには会いたくないし。
その後もグダグダ話しながら歩いていたのだが、ふと疑問に思ったことがあった。
それは、どうしてりょうが私に執着するのかだ。
前にも何やら匂わせてたし、今回だって頑張ってまで嫌がる人と関わろうとはしないだろうし。
りょうは聞かれると少し寂しそうな顔をするから非常に聞きにくい。
だから、うやむやのままなのだ。
そのうち聞きたいと思う反面、本人に任せたいという意思もある。
まぁ、原因がなんであれ今楽しくやっている。それだけで十分な気がした。
ここはどこだろ?
少しモヤのかかったような、うっすらとした意識の中で、辺りを見回す。
ついさっきまで教室にいたはずなのに、気がついたら武偵校の校舎の外にいた。
「あ、そっか。夢だ。」
別に大したことじゃない。
授業に飽きた私は、きーちゃんの制止を振り切り……というか耐えられなくなり寝落ちしたのだ。
夢だと分かれば気は楽だ。
自覚しているものも珍しいが、楽しく探検していこうじゃないか。
「さて、どこいこーかなっ!」
何故か校舎にはあまり人がいないから、正にやりたい放題できる。
試しに教務科にでも行って見ようかね。
新しい発見があるかもしれない。
何だか楽しくなってきた私は、軽い足取りで教務科に向かった。
なんということか。
私は過去に遡ってしまっているらしい。
いや、夢の中だから何が起きても不自然ではないのだが、目撃してしまったシーンがあまりにも衝撃的だったからだ。
なんと、見慣れた同級生達が各々の中学校の制服を着て校舎前にたむろっている。
それに、なぜだかみんなソワソワしている。
「あ、分かった!受験当日じゃん!」
と、閃いた私が場違いなまでに大声を出したにもかかわらず、誰も私には気が付かない。
不思議に思った私が試しに同中の人の前でコサックダンスを披露して見せたが、完全にスルーだ。
どうやら、この夢では私は誰にも見えないらしい。
いや、あんまり関わりの無い奴が目の前でコサックダンスし始めたら思わずスルーしてしまうかもしれない。
私だったら絶対関わりたくないよ、そんな奴。
しかし、少しも表情が動いてない。目を逸らされてる感じもしない。
だったら、見えてないという認識で良いだろう。
うーん。何をしようか。
夢とは記憶の整理だって聞いた事があるし、記憶に無いことは分からないだろうから、出来ることって実は限られてるんじゃなかろうか。
だったら、大事な「あの場面」でも見に行こうかな。
まずは過去の私でも探してやろうじゃないのってことでフラフラ歩いているのだが、周りの人達の顔がなんとなーく見たことがある程度のあやふやな顔になってて何ともいない不気味さがある。
下手なお化け屋敷よりも恐ろしいこの空間から逃げ出すためには、自分、あるいはきーちゃんを探さなきゃいけない。
記憶が正しければ、私はまだ校舎前で探し物をしてたはずだ。
しかし、人が特に多い場所でもあるから、私みたいなチビを探すのは一苦労なのだ。
何かヒントがないか……と目をつぶり記憶を辿っていく。
だが、その時は必死だったせいで、ろくに記憶が無い。
やっぱり自分の足で探すしか無いのか、と諦めて歩き出そうとしたその時。
「なぁーい!どーしよ!誰か!私の受験票知らない!?」
と叫ぶ思っいっきり掠れてる上に鼻声の私の声が背後から聞こえてきた。
……どうやら、間に合ったらしい。
この時の私は風邪とカラオケの影響で喉瀕死だったのだ。
振り向いて声の方を向かうと、涙目でバックの中身をひっくり返してるマスク姿の私がいた。
流石毎日見てる顔なだけあって、ハッキリとしている。
なかなか情けない姿ではあるけど……。
そして。
「君、バス停のとこで何か落としてたよ。今日は風も無いしまだその辺にあるんじゃない?」
座り込んでいる私のそばには、かったるそうに答えるきーちゃんの姿が。
神奈川武偵付属中学の制服を着たきーちゃんは教科書を立ったまま読んでいたのだが、困ってる私に気付いて、受験票のありかを教えてくれたのだ。
そう。これがきーちゃんとのファーストコンタクトだった。
「ほんと!?探してくる!ありがとね!」
散らかった荷物をかき集めて、抱き抱えてダッシュして行った私は、この後、本当に受験票を見つけることが出来た。
そして、この恩を忘れまいと意気込んでいた私は、入学式でクラスの中にきーちゃんがいるのを見つけて、意気揚々と話しかけに行った。
……しかしながら、マスクをしていたこと、声がおかしかった事が重なり、私は覚えられていなかった。
そして、今でもきーちゃんはあれが私だったとは気づいていないのだ。
まぁ、それでもいいかな、とは思うけど、私にとっては大恩人だ。
自分から言えばいいのだが、何となく覚えてもらえてなかったのが寂しくて、未だに何かきっかけがあれば思い出してくれんじゃないかな、と期待している。
もし、思い出してくれたなら。
その時は、精一杯の感謝を伝えたいな。
そんな事を考えながら、バス停へ走っていく自分の背中を見送っていた。
健気なりょうの姿、是非暖かい目で見守ってあげてください……!