目が覚めると、まだ目覚ましがなる前。午前六時だ。遠足の日の夜くらいな快眠具合で、昨日の疲れは吹っ飛んでいる。
だが、むしろ本番はここからだ。これからは理子をいなしながら、キンジと一緒に生活する訳だ。
そこに更にりょうまでいるとなると、退屈はしないを通り越して、暇になれない辛い日々になっていく。
まぁ、考えても疲れるだけだ。気にしたら負け。どうせ対策を考えたって、理子には勝てそうにない。勝てない相手からは逃げるだけだ。要は、現実逃避だけど。
まだ眠い目を擦り、嫌々布団を抜け出す。今日の朝食は、トーストにハムエッグだ。溶け出したバターの匂いが空腹に響く。
自分の手料理なんて味わうようなものじゃない。さっさと食べ終えたら皿を洗い、その足で洗面所へ向かう。冷水で目を覚まし、髪を整える。
荷物の確認と銃の整備をしたら、準備完了。時計を見ると、かなり早いが、やることも無いし登校するか。
寮の一階。階段の壁に寄りかかるキンジの姿があった。イヤホンを着けて、ガラケーを眺めている。
「どしたのさ。」
自分に用があるのかな、とは思ったが、違ったら嫌だから、保険をかける。
こちらに気づいたキンジは、イヤホンを外すして、ガラケーを閉じる。
「折角HSSから解放された訳だし、一般人として生きていくなら、女慣れした方が良いと思ったんだよ。」
「それで?」
「昨日頼んだ通り、一緒に行動してもらおうかと思ってな。」
それで、朝っぱらから出待ちしてたのか。
「別に良いんだけど……。女慣れ云々は頼られても困るよ。」
何を隠そう私はそもそも人との関わりが少ない訳だからね。
「まぁ、一緒にいるだけでも訓練になると思うんだ。だから、頼んだぞ。」
幼児か?とか疑うくらいに対女性レベルが低いらしい。いや、幼児以下か。そんなやつ相手に何しろと。
「分かったよ。じゃ、行こうか。」
ここで考え込んでもしょうがないから、歩き出す。要は、いつも通りに暮らせばいいんだな。簡単だ。……いや、不安三割程だ。どうなるんだろう。
キンジと二人並んで、いつもの通学路を歩く。いつもの景色の中を黙々と歩みを進めるだけだ。
会話の一つや二つくらいしてくるものかと思ったら、まさかの無言だ。
「いやいや、無言じゃ意味無いでしょ……。」
思わず本音が漏れる。私の覚悟を返して欲しい。
「あ、えっと……。きょ、今日はいい天気だな。」
聞こえてたらしいキンジが、分かりやすくボヤく。だが、
「いや、曇ってるよ。なんなら雨降りそうだよ。」
的外れも良いとこだ。何せ、二人とも傘持ってるからね。完全に喋ることに困ってる。
「あぁ、いや、俺は雨が好きなんだよ。」
ダメだこれ。私以下の対異性コミュ力だ。話が続く気がしない。
「うん。そう。……。」
いや、前言撤回。私も私で言うことが無いや。あぁ、誰か助けてくれないかね……。
「きーちゃん!おっはよー!」
ガバッと後ろからハグされる。どうやら、助け舟が来たらしい。
「おはよ、りー。毎度毎度元気さに若干ビビってるよ。」
「ふふーん。褒めても何も出ないよ。」
私の前に回り込んできて、ニコニコしてる。うーん。褒めてるっちゃ褒めてるのか……?相変わらず変わり者だよね、りょうは。
「じゃあ、褒めるのやめようかな。」
「えぇ!そんな……!な、なら再びハグのプレゼント!」
今度は前から抱き着いてくる。人目も憚らず抱き着かれたら、流石に恥ずかしい。
「暑苦しいよ。ほら、離れて離れて。人様がいるんだよ?」
私がチラッとキンジの方を見ながら引き剥がす。キンジは女子がキャッキャウフフしてる姿を直視する勇気はないのか、そっぽを向いている。
「なんで?別にいいじゃん。知らない人が居たって。」
まるで面識が無いような言い方だ。いつもは圧倒的コミュ力なのに、今回は何故だか少し冷たい。
「知らない人って……。まぁ、そうなんだけどね……。」
別にりょうにキンジとの関係を強要する必要は無いと判断した私は、適当に折れとく。
そっからは、私とりょうがずっと雑談して、完全にキンジは孤立していた。
少し可哀想だな、とは思ったが、まぁ、キンジのお願いがそもそもおかしいんだよ。私に責任は無い……と思いたい。
体質のおかげで、勉強は圧倒的に強い。だから、家で勉強したくない私は、授業だけは真面目に受けている。
隣では、りょうがノートを立てて居眠りしている。りょうは地頭が良いから、武偵校レベルの勉強なら後でササッと復習すれば出来るらしい。
周りのヤツはケータイやら拳銃やらを弄ったり、弁当を食べたり、様々な時間の潰し方をしてる。真面目にやってるヤツのが少ない。
学校が学校なら、生徒も生徒だな。授業をやってる先生だって、かなり適当だし。まぁ、赤点を取らなきゃそれでいいんだよ。
そう言えば、しばらく一緒に生活するってことは、昼休みとかも来るのだろうか。あいつとの変な噂とかたたないと良いな……。
四時間目のチャイムの音で、隣のりょうが目覚める。
「うぅん。あ、おはよ、きーちゃん。」
寝ぼけ眼のりょうが、目を擦りながら体を起こす。
「おはよ。またよく寝るね。」
「寝る子は育つんだよ、きーちゃん。このままいけば私のがイイ女になっちゃうね!」
身長百五十センチのりょうが、平らな胸を張っている。
「ソウデスネ。」
遠くを見ながら、感情を殺して返答する。
「ちょっと!どこ見てんのさ!きーちゃんのえっち!」
サッ、と胸を隠すが、別にそこじゃない。何も見てない。てか、自覚はあったか。
「どこも見てないよ。……あ、なんか見つけたよ。」
「そんなに小さい!?ねぇ!」
肩を掴まれて、脳震盪を起こすくらい揺らされる。
「違う違う。そーじゃないって。ほら、後ろだよ。」
りょうの向こう側。廊下で手招きしてるキンジがいた。
「ごめん、ちょっと行ってくる。」
「早く帰ってねー!」
大袈裟に手を振るりょうに送り出され、キンジの元へ向かった。
「朝に引き続きですか。」
「あぁ。頼む。」
えぇ。分かってたけど。
「これってエブリデイな感じ?」
「あぁ。出来る限り頼みたい。」
「良いけど、変な輩が来たら帰るからね。」
例えば、白雪とか、理子とかだ。特に白雪なんて得体が知れないヤバそうなやつだし。
「そこは対策しとくよ。……出来るだけ。」
ボソッと何か言ったが、上手く聞き取れなかった。まぁ、対策可なら良いか。
「それじゃあ、屋上で待ってるから、飯を持ってきてくれ。あの子も連れて来ていいから。」
そう言い残して、立ち去っていった。私も準備しなきゃ。
「りー。謝らなければならない事がある。」
「なーに?きーちゃん。」
「今日から、しばらくはキンジも一緒に食べることになった。」
少しフリーズしたりょうだったが、しかしすぐに立ち直った。
「アイツと食べるの?」
「そうだね。」
「やだぁー!二人で食べようよー!」
いや、立ち直ったんじゃなかった。駄々をこね始めた。
「そんなにアイツの事が大事なの?きーちゃん!」
「任務の為だから。時が来たら戻るから。だから辛抱して?」
「えぇ!頼むよー!」
駄々っ子りょうは、今にも地べたに転がってイヤイヤを始めそうな勢いだ。
どうしようか。いよいよ説得は難しそうだ。しょうがない。諦めるか?
そう思った時だった。
「おぃ!二年B組の穂沿りょう!至急職員室に来いや!」
どっかのマフィアの娘とかいう噂のある、蘭豹の呼び出しの放送がかかった。
「うぇぇぇ。何やらかしたっけ……。」
本気で嫌そうなりょうは、しばらく考え事をした後、
「今日だけは特別だよ、きーちゃん!それじゃあ、行ってくるね。」
そう言って、職員室へと駆け出した。
とりあえず、今日のところはセーフだな。
そう言えば、キンジとはいつまで一緒に居ればいいんだろ。りょうもあまり喜んで無いし、後で聞いてみなきゃ。
浮かれてます!皆様ホントにありがとうございます!