感想・批評よろしくお願いします。
ワイズ・ゲルテナとは、孤独、悲しみ、不条理、滑稽と言ったマイナスな感情をテーマにした作品を描く芸術家である。その陰鬱とした作風が評価されており、小さいながらも個展が度々開催されている。
ただやはりその作風もあり、評価とは裏腹に知名度は低い。そのため小学生であるイヴが彼を知る機会は一切なく、家族でのお出掛けと言うイベントでもなければ彼の作品を見る事は無かっただろう。
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電車をいくつか乗り継ぎ、都会から少し離れた大きな公園の中にある美術館。初めて来る場所に心を躍らせているイヴは、逸れないよう注意しながら辺りをつぶさに観察している。すると移動販売のドーナッツ屋が視界に入った。美味しそうだな、と見ているだけで催促しているつもりはなかったのだが、空腹を訴える音が鳴ってしまう。
赤面し慌てて取り繕うイヴの姿にいじらしさを感じた両親は、1つだけ買う事を了承した。自分が食いしん坊だと言われているような気がして少し腑に落ちない思いもあったが、嬉しい気持ちもあったので素直に買ってもらう事にした。
メニューは豊富であり、目移りし中々決められずにいた。両親と店主からの優し気な視線が恥ずかしく、慌てた結果プレーンを選んでしまう。美味しそうだから不満はないのだが、少し勿体ない事をしたかも、と思ってしまう。
「おっちゃん、プレーン1つ」
「悪いなお兄ちゃん、もう売り切れだ」
「そりゃ残念。何も買わないのも悪いしな。どれにしようか」
食べようと口を開いた瞬間、店主と客のそんな会話が聞こえた。もしかしなくとも、今自分が食べようとしている物が最後の1個なのだろう。ちらっと背後を見る。臆面もなく長考し、残念と言う感情を隠そうともせずに商品を受け取っている。余程プレーンが食べたかったのだろうか。
しばし逡巡すると、イヴはその男性へと歩み寄る。
「ん? どうしたお嬢さん」
無言でドーナッツを差し出す。意図をすぐに汲み取った男性は、流石にそれは申し訳ないと固辞したが、イヴとしても既に引っ込みは付かなくなっていた。
「強情で優しいお嬢さんだな……。なら交換にしよう」
これ以上の押し問答を続ければイヴの気持ちを無碍にしてしまうと考えた男性は、交換を提案する。逆に気遣われた事を察し、手早く交換すると両親の元へと駆け足で戻った。振り返ると男性がにこやかに手を振っていた。
良い事をしたと言う気持ちと、慣れない事はするものではないと言う気持ちが綯い交ぜになり、よく分からなくなっていた。
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マナーとして館内は静かに、と言うのは常識であるが、それを抜きにしても静かであった。ゲルテナの作風に合わせた装飾を施された事がよりそれを顕著にしているようであった。初めて経験する雰囲気にどこか浮き足立ったような気分になっているイヴは、早く作品を見たくなっていた。
売れ切れ前にパンフレットを買おうと列に並んでいる両親に声を掛け、先に行く事を伝える。了承を貰うと、注意されない程度の小走りで階段を上り展示コーナーへと向かう。
壁に掛けられた絵画を見て、ギョッとする。どう好意的に解釈しても小学生が1人で見て楽しい作品ではなかった。及び腰になりながら、絵画を見ている人の後ろから、そっと覗き見る。
順路に従い歩く。床に置かれた大きなキャンバスには暗い海と巨大な魚が描かれている。じっと見ていると引き摺り込まれそうな気がして、早足に通り過ぎた。
長い廊下の壁に掛けられた1枚の絵。これだけ場所を取っているのだから有名な絵なのだろうが、イブからするとゴチャゴチャしてよく分からない、と言う感想しか抱けなかった。その上どことなく不気味でもあった。
唐突に照明が点滅する。タイミングのせいもあり、イブは飛び上がるほどに驚いた。思わず声も出てしまい、それがよく響き、余計に驚いてしまう。
落ち着くと年相応の寂しさがジワリと心を包み出した。先より早い足取りで人のいる大広間に戻る。しかしそこには誰もいなかった。決して盛況しているとは言えなかったが、それなりに人はいたはずだった。
えも言われぬ不安を感じ、受付のある下へと走る。階段を降りるととうとう電気が完全に消えてしまう。意を決し声を上げるが、やはり応答はなかった。寂しさを恐怖が上回る。目に涙を一杯に溜めながら来た道を引き返す。目的があっての事ではない。ただ逃げようとしているだけ。
気付けば最初の異変が起きた廊下にいた。奇妙な事に光源が一切無いはずなのに、その絵の周囲だけは鮮明に見えていた。だから絵の裏側から青い液体が垂れている事にも気付いた。僅かに漂う絵の具の匂い。さっきまではなかったのに何故垂れているのか、絵の裏に何があるのか。
突然背後で水気の混じった何かを叩き付ける音が響いた。体を震わせながらゆっくりと振り向く。
おいでよイブ
血のような暗い赤の絵の具で書かれた名指しの誘いの言葉。
振り返る。青い絵の具が溶け落ち、文字を象っていた。
したにおいでよイブ
ひみつのばしょおしえてあげる
──おかあさんとおとうさんにあえる
何故そう考えてしまったのか、当のイブにもよく分からない。ともかく怪しさしかない文章に従い、彼女は1階へと向かった。
所々に残る青い絵の具の後を追い、『深海の世』の題名を持つ絵画に辿り着く。ここに飛び込めと言わんばかりの足跡。絵画の中にいる巨大魚の口そのものに感じられるそこに飛び込むには、小学生でなくとも相当の勇気が必要になる。何度も躊躇するが、両親に会いたい一心で遂に飛び込んだ。
なる筈のない水の音に、感じる筈のない塩気。気付いた時には、海の底にいるような暗さの階段の途中にいた。
一歩進むだけでも精神を削られる恐怖に晒されながら、階段を降り、突き当たりを曲がる。視界の端に見える文字を意図的に見ないようにしながら走る。
行き止まりが見えると同時に、テーブルと花瓶に生けらた赤いバラがあった。異常に遭遇してから初めて出会った自然の存在が、涙を溢れさせた。その涙が、母親からのプレゼントであるハンカチを思い出させたのは皮肉である。
状況が改善した訳でも、帰るための手段が分かった訳でもない。それでも、『帰る』と言う事を新たに決意する事ができた。
涙を拭き、曇っていた視界を取り戻す。絶対に諦めない。
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しかしイブが抱いた決意を嘲笑い、行く手を阻むように、次々と怪現象が襲いかかった。
動くマネキン、唾を吐く絵画、壁から伸びる手、突如落ちて来るギロチン、額縁から出た上半身だけで追いかけて来る赤い女の絵画。
それらに何度も遭遇しつつも、無傷でいられたのは奇跡と言っても過言ではなかった。しかし精神の方が無事である筈がなかった。
そんな中で来館していたギャリーと言う人物と出会えたのは、非常に幸運な事であった。少々奇妙な口調ではあったが、大人としての気遣いをできる彼は、限界を迎えつつあった彼女の心を支える精神的支柱となっていた。
彼と共に改めて探索を再開したが、進みはすれど帰還のための手掛かりは依然として見付ける事ができずにいた。
変わらずに頻発する攻撃的な怪現象に苦しめられつつ、壁一面に女の肖像画が飾られた迷路のような空間に辿り着いた。そこにあった1つの部屋でイブにとって心穏やかではいられない絵画を発見してしまう。
両親が描かれていたのだ。彼女の記憶にある限りでは自宅にそんなものは無いし、頼んでいた事もなかった。何故このおかしな世界にあるのか、何故2人が描かれているのか。
涙を浮かべながら動揺するイブを必死に宥めるが、その場凌ぎの延命を繰り返していた彼女の精神はとうとう限界を迎えていた。
悪い事はそれだけではなかった。鍵を使い開けたはずの扉が開かなくなっているのだ。いくら成人男性とは言え、ギャリーにも破る事はできなかった。しかしそれが返って2人の危機を救った。何かが外から扉を破ろうとしているのだ。イブを背にしながら扉から離れるギャリー。ややすると音が止んだ。が、その安堵の息さえ許さず壁を破壊し、上半身だけの絵画の女が現れた。しかし不幸中の幸いとでも言うべきか、壁際に寄っていた事で絵画の女は2人をすぐに見付ける事ができなかった。探すような素振りを見せた事でそれに気付いたギャリーは、イブの手を引き穴から外に這い出た。
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「うそ……」
状況が打開できる、とまでは思っていなかったが、これほどに悪化するとも思っていなかった。
絵画とマネキンが獲物を追い求め、不気味に蠢いていた。1人であったのなら確実に悲鳴を上げていた。イブの震えが大人の矜持を奮い立たせ、ギャリーの手の暖かさがイブの正気を繋いでいた。
それが正しいのか分からないが、足音を立てずにゆっくりと出口へと向かおうとする。
僅かな軋み、僅かな布擦れ、僅かな息遣い。それだけで十分であった。
顔のないマネキンが、下半身のない女が一斉に振り向いた。ほんの僅かな静寂。
「イブ走って!」
それを号砲のように一斉に動き出した。緩慢な動きをカバーするような大群。その悍ましい光景を前にまともな判断など下せる筈がなかった。
「挟み討ち……!」
逃げ道も活路もない。ここが行き止まり。袋小路。絶望が急速に2人の心を包んで行く。
声も上げずゆっくりと迫り来る様は、ギャリーの心さえもゴリゴリと削り取っていく。悲鳴さえ我慢できなくなるその瞬間、あり得ない
「な、なに……」
双方の間に割って入り、まるで作品群を2人に近付けまいと飛び回る。その威嚇に初めて作品群が動きを止めた。しかし質量差は埋められない。何度も振るわれる手に、遂に捉えられる。地面に落ち、2人の足元に転がる。
慌ててイブが拾い上げる。人工物でできたそれは、外観からでは安否が分からなかった。
好転するかに思えた状況は僅かな時間で再び『絶望』へと戻る。しかしその僅かな時間が『希望』を齎した。
作品群の真上を、人が飛び越えて来たのだ。
2人の前に難なく着地すると、余りに場違いで、余りに似つかわしくない、何の気負いもない、寧ろ気安ささえ感じる口調で言った。
「もう大丈夫だ」
「こ、今度はなに? あなた何なの?」
「俺か。俺は」
──Driver On
「魔法使いさ」
──シャバドゥビタッチーヘンシーン!
──シャバドゥビタッチーヘンシーン!
「変身!」
──フレイム
──ヒー、ヒー、ヒーヒーヒー!
伸ばされた手の線上に出現した赤い円陣。それが体を通り抜けた時、そこに男の姿は無かった。
「ななな、何なのアンタは──?!」
宝石の鎧とローブを融合させた魔法衣に身を包んだ現代に生きる魔法使い。その名も『仮面ライダーウィザード』
「さあ、ショータイムだ」
──connect
再び出現した円陣から取り出したるは魔法の杖、ではなく遠近一体の武装『ウィザーソードガン』。折り畳まれていた刀身を展開させ、作品群へと斬り込む。
体を横倒しにし回転しながら跳躍。延ばされた脚による蹴りとウィザードガンの回転斬り。蹴り砕かれ、斬り裂かれるマネキン。
♾の軌道で振るわれた刃が手足を斬り飛ばし、胴体が刺突によ後続を巻き込みながら吹き飛ぶ。
振り抜いた蹴り足を軸足に交互に繰り出される回し蹴りと後ろ回し蹴りが、マネキンを粉砕。
振るわれた腕を後方へ倒れ込むように回避し、同時に手を付き倒立。手を軸に体を回転させ、広げられた脚が胴体を蹴り砕く。
まるで踊るように蹴撃と斬撃を繰り出していくウィザード。流れる水のように淀みなく放たれ続ける攻撃に、作品群一切対応できずその数を瞬く間に減らしていく。
「……魔法使いって意外と攻撃的なのね」
ガルーダと戯れていたイブも言葉少なく同意した。
すると突然ウィザードが群の中心部から跳躍し、2人の前に降り立った。
刀身を折り畳みガンモードへと切り替え、『ハンドオーサー』を開き、フレイムウィザードリングを翳す。
──キャモナ・シューティング・シェイクハンズ
──フレイム! シューティングストライク! ヒー! ヒー! ヒー!
赤い円陣と炎を纏う銃口から放たれる炎の弾丸。発せられる熱はそれだけで作品群を燃やし、弾丸が通り抜けたそこには何一つ残っていなかった。
「ふぃ〜」
気の抜けるような声と共に、魔法衣が宝石の破片のようになり、男が姿を現した。
「俺は操真晴人。よろしく」
この異常事態にあって操真晴人と名乗った男の態度は余りに自然体であり慣れさえ感じさせた。その平静さと圧倒的な力は、絶望に支配されかけていた2人に希望を抱かせた。