「やっと一息付けた……」
コネクトで取り出した水を2人に手渡す。オアシスを見付けたと言わんばかりの勢いで嚥下していく2人。
空になった容器を魔法陣に投げ捨てる様を見て、魔法使いも結構俗な使い方をするんだなと感心するギャリー。一方のイブは杖を使わない姿を見て、 少しガッカリしていた。
「じゃあハルトは、アタシ達を助けに来てくれた魔法使いって事でいいの?」
「その通りさ。遥々日本からやって来た魔法使いって訳だ」
態とらしく気取った仕草で一礼する晴人の似合わなさに、思わず笑う2人。
すると、あ、と言葉を発するイブ。拾い上げてからずっと持っていたガルーダが、晴人の持ち物だとふいに思い至ったらしい。
「いや、そのままイブが持っててくれ。俺よりかは頼りないけど、ボディーガードだ」
周りをチョロチョロと飛び回るガルーダと戯れるイブの姿に、ほっこりとしているギャリー。晴人は手を叩き、早い所ここから脱出しようと、出発を促した。
・
「わぁ! なに、停電?! イブ、晴人ちゃんといる?! いるわよね?!」
少々アダルトな内容の本が収蔵されていた小部屋。そこに飾られていた『決別』と題された絵画を調べた途端謎の停電が発生。
咄嗟に左右の手で2人を晴人を全力で鷲掴みし、イブを辛うじて優しく握るギャリー。イブにとって頼れる存在が自分だけだった時とは違い、本物の魔法使いである晴人の存在は彼にとっても頼れる存在であるのだ。こうした心臓に悪い現象が起きればこうもなろう。
「ギャリー大丈夫だから、少し手の力を緩めてくれ。手が痛いし、指輪を交換できない」
「ご、ごめん。じゃあ服掴んでても良いかしら」
「間違って皮膚抓るなよ」
──light please
「わぁ!」
掲げられたリングより部屋全体を照らすほどの光が発せられる。
たすけて
いやだ
やめて
こわい
しにたくない
まるでクレヨンか何かで書き殴った助けを求める言葉。
ここに来るまでの道中で散見される日誌や本、作品解説に加えこの言葉の羅列。どれだけ頭の回転が鈍くとも、この世界では以前から多くの人が死においやられているのではないかと推察できてしまう。
「美術館に堂々と落書きするとは、中々に太々しい奴がいたもんだ」
敢えて発せられる晴人の軽薄な言葉が、2人の心を僅かに落ち着かせる。
ギャリーの手を引き、退出を促す。
部屋の外にはPC出力したように整った字体による、館内での火気厳禁の注意書きがなされていた。先の書き殴りに比べれば心的ショックは少ないが、ぞっとするような赤色はやはり長く見ていられるものではなかった。
道なりに進んで行くと、半開きになったドアが見えた。それを人がいる痕跡と喜べる者はいなかった。誰かが開けたのか、それとも何かが開けたのか。何れにせよ、ドアと言う一種の障害を排除できる存在がいると言う事は確かだ。
足音を忍ばせながらドアの前まで近付き立ち止まる。ガルーダに指差しで『ドアの向こうを見て来い』と指示を出す。頷き音もなく隙間を潜ると、すぐさま警告が発せられた。
「人が追われてる!」
言うや否やドアを蹴り開く。長い廊下の向こうに、作品群に追われる少女の姿があった。既にその差は1m程にまで迫っている。逃げ切る事も助け出す事も叶わない。そう、魔法使いがいなければ。
「変身!」
翳されたるエレメントは『風』。
──ハリケーン! フーフー、フーフーフーフー!
仮面ライダーウィザード『ハリケーンスタイル』。緑を基調とした姿。その名の通り大気を操る能力を持ち、最速の身体能力を誇る。
足元に魔力を宿した風を集め、中空を疾走する。しかしその俊敏さを持ってしても間に合わない。
──エクステンド!
ならば伸ばせばいい。彼我の距離をあっさりと埋める速度で伸ばされた腕は少女の胴体に絡みつき、迫り来る魔の手より救い出す。推進方向を反転させ、一気に距離を取る。
2人の元に戻ると、抱えた少女をギャリーに預ける。
「アタシはギャリー。あなたの名前は?」
「……メアリー。あの、えっと」
「安心して、アタシ達は普通の人間だから。アタシ達、気付いたらここに迷い込んじゃってて。今出口を探してるの。アナタもそうでしょう」
突然の邂逅のためか、どこか呆然とした様子で自身の名前を告げる少女。落ち着かせようと努めて優しげに話しかけると、ハッとした様子で振り返る。どうやって助かったのか分からないが、未だ窮地を脱していない事を思い出したのだ。
「逃げないと!」
「大丈夫よ。こっちには魔法使いがいるんだから」
息も切れ切れに言う彼女に、ギャリーは晴人への信頼から来る冷静さで告げる。何も心配する事はないと。
その言葉を肯定するように、シャラン、と音が鳴る。ウィザーソードガンを両手に構えるその背中が語っている。何も心配する事はないと。
「女の子1人に随分な人数じゃないか。どこのカントリーボーイだ」
鉄火場に似合わぬあまりに軽薄なセリフ。だからこそ、それが強さの証として皆の目に映る。
「魔法使い……」
「色が変わってる?!」
その姿が、その言葉が、心のうちにあった恐れを溶かしていく。この人ならもしかしたら、と一縷の光を垣間見た。
遅まきながらウィザードの姿が変わっている事に気付き、素っ頓狂な声を上げるギャリー。
・
二刀を逆手に構え、足元に出現させた風に乗り一飛びに接近。刀身に纏わせた風が射程を伸ばし、当てずの斬撃を繰り出す。圧倒的な射程の斬撃に加え、浮遊と言う縦の動きに対応できるわけがなく、物量と言うアドバンテージを生かす間もなく作品群は瓦解していく。
一振りが、一蹴りが、作品群をまるで木の葉の様に軽々しく吹き飛ばしていく。狙ったように積み重なっていく様は、その姿も相まってさながら前衛芸術か、シュールなコメディであった。
残すは一網打尽と言う段階になり、作品群が起き上がろうとする踠きとは違う奇妙な動きを取っている事に気付く。見る間に作品群は一塊の球体となる。不気味に蠢き、四方へと細く伸びていく。やがてそれはら四肢をを形成。象られたのは顔のない巨大な人型。
振るわれた腕をバックステップで回避。しかしそれだけでは終らない。振った勢いのままに体を回転。胴体部より結合の緩かった個体を弾丸として射出。意表を突く攻撃。しかし歴戦の戦士であるウィザードにただ飛ばすだけの攻撃が通用するはずがない。斬り払われ、蹴り飛ばされる。体積を減らすほどに消費しても、ダメージを与えるどころか、跳ね返される始末。巨大化は何ら脅威となり得なかった。
「ハルト! 大丈夫なの?!」
巨大化への過程で既に2人を連れ目一杯退避していたギャリーが叫ぶ。
「大丈夫だ。デカさ勝負ならこっちだって負けないさ」
──エキサイト!
魔法陣がウィザードを通り抜けると、全身の筋肉が膨張し一回り以上の巨体へと変貌していた。そのウィザードが従来と変わらぬ速度で駆け、巨大な人型と激突する様は怪獣同士の戦いを見ている気分にさせた。違いがあるとすれば、あまりに一方的な展開と言う事だろうか。高密度の筋肉の突進を寄り集まって出来ただけの塊が受け止められる訳がなかった。大した手応えさえなくバラバラになり吹き飛んでいく。結合を保てている個体もあったが、中途半端なそれが却って動きを阻害しており、藻掻く事しかできなかった。
筋肉を萎ませ、バック転で距離を取ると、ウィザーソードガンのハンドオーサーを展開させ、指輪を翳す。
──ハリケーン! シューティングストライク! フー! フー! フー!
気取ったガンスピンからの照準、発射。
魔力により生成されたハリケーンが放たれた。射線上にある一切合切を巻き込む、まさに極小の台風とも言うべき風力。呑み込まれれば風の檻に閉じ込められるだけでは済まない。圧倒的かつ暴力的な風は容易く結合を解き、作品群を引き裂いていく。爆発の炎さえ逃れる事叶わず、やがて消えていった。そこに作品群がいたと言う痕跡さえ残らなかった。
「ふいー」
気の抜ける声と共に鎧が分解され、晴人の姿へと戻る。
「凄い……」
「でしょう。ハルトは魔法使いなんだって」
彼の背中で見た光は一縷ではなく、最後の希望だとメアリーは確信した。
これから口にしようとしている事は、誰にも許されない悍ましき事であり、同時に彼女にとって酷く悲しい事でもあり、恐ろしい事でもあった。しかしこの機を逃す事はできない。
振り向いた晴人に話し掛けようとして、極度の緊張と恐怖から口がうまく動かない事に気付く。その事実に思わず涙が出そうになった。この期に及んで
「俺は操真晴人。指輪の魔法使いをやってる」
視線を合わせ優しく語り掛ける。
「今すぐじゃなくて良い。話せるようになってからで大丈夫だ」
そう言うと、メアリーの反応を待たずに踵を返す。事の顛末を知っているのだろう。その上で話さなくて良いと言ったのだ。気遣われている事へのありがたさ、それに甘えている事への後ろめたさがない混ぜになった感情が心を支配する。
袖の裾を軽く引かれている事に気付く。真っ赤な瞳の、優しげな少女がこちらを見詰めていた。
わたしはイブ、よろしくね、と花が咲くように笑い、大丈夫だよ、と言った。何が、と尋ねるよりも先に手を握ると
「皆一緒にいるから大丈夫だよ」
と言った。メアリーの表情から、作品群に襲われた事をまだ怖がっている、と思った故の発言。図らずもそれは、彼女が欲していた言葉であった。それが不可能である事は自身がよく分かっている。それでもその言葉がただ嬉しかった。必ず外の世界に帰さなければ、と人知れず決意した。
「……ワタシはメアリー。よろしくねイブ」
だから少しだけ、刹那の友情を感じさせて欲しい。
・
「そうなんだ。イブはお父さんとお母さんと来たんだ。ここの絵どうだった?」
年が近いと言う事もあり、2人はすぐに馴染んでいた。
絵画の感想を求められたイブは、眉間にシワを寄せながら難しかった、と答えた。事実ゲルテナの作品はその作風も相まり、展覧会に訪れた年齢層は高いものだった。小学生として真っ当な感性を持っているイブには早すぎる作家であった。
「結構偏屈な人なんだよ。基本的に人が嫌いみたいで、友達も少なかったんだって。お金目当てで来た人とか、口さがない人とかが多かったからそれも仕方ないかなって思うけど」
幼いながらも作風の暗さは分かっており、作者のそう言った性格から来ていると言われれば納得できる事であった。
作者のパーソナルについての詳しい解説に、ギャリーも感心のため息を吐く。
「凄いわね。そんなに詳しいなんて」
「あ、えっと、ワタシは好きだから。だから詳しくなりたいなって」
「好きなものを好きって言える事、詳しい事を詳しいって胸を張って言えるのは良いことよ」
「ハルトは何か詳しい事とか得意な事とかあるの?」
「俺はサッカーだな。こう見えてセレクションまで行ったんだぜ」
そう言うと不意にコネクトを発動させると、真新しいサッカーボールを取り出した。手から落としたボールを足の甲で受け止めると、調子を確かめるように何度か軽く蹴り上げると、徐々に高くなっていく。まるで見えないラインがあるように真っ直ぐ飛び、真っ直ぐに落ちてくる。右足から左足、更には頭、襟足と全身を使った見事なリフティング。最後に一蹴りし、手で受け止める。
セレクションまで行ったと言う言葉を証明するその見事な技術に、思わず拍手を送る3人。
「正直ちょっと疑ってけど、凄かったわ」
「何でだよ」
・
作品の事をもっと教えて欲しい、とイブが言った。解説パネルはあったのだが、読めない字が多かったせいでよく分からなかったのだと言う。嬉しそうに快諾するメアリーに、お礼に何か教えなきゃと考え込むイブ。一頻り唸り、絞り出した答えは『美味しいお菓子屋さん』だった。返礼としてポイントのずれた答えに思わずギャリーは笑ってしまう。一方晴人はそこにドーナッツは売っているか、と真剣な眼差しで尋ねていた。
「じゃあここを出たら皆で行きましょう」
「うん。ワタシも皆と一緒に──」
「それは出来ない事だ」
昏い否定の言葉。天井の照明が全て消え、炎が灯る。揺らぐ光に照らされ、廊下の奥より男が姿を現す。
「メアリー。私達の家に帰ろう」