仮面ライダーウィザード×Ib 〜希望を君に〜   作:日高昆布

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後編

 突如姿を現した老年の男。季節感のないロングコートに帽子を目深く被っている。その影はまるで底なしの崖のようであった。

 だからだろうか。姿形、声のどれもが人そのものであるのに、何故だかイブとギャリーには人と対面しているように感じられなかった。

 

「お父さん……」

 

「お転婆も程々にするんだ。しかし」

 

 帽子の鍔から覗く瞳が2人を捉えた瞬間、喉が引きつった。その目は冷酷なのではない。激情が込められているのでもない。悪意も敵意もない。

 

「良い餌を連れて来てくれたようだ」

 

「違う! 2人はそんなんじゃない!」

 

「何が違うのだ。今まで散々尊い犠牲の恩恵を受けてきたではないか」

 

 男が2人を見る目に込められた物は言葉通りであった。凡そ人が人に向けて良いのではない。憖人の姿をしている分、その目だけが酷く不釣り合いであった。

 短い人生のイブは疎か、ギャリーでさえ出会った事のない異常な存在。

 

「あまり怖がらせるなよファントム。それともワイズ・ゲルテナって呼んだ方がいいか?」

 

 その視線を遮るように割って入る晴人。

 確信を持った問いに、男──ワイズ──は不思議そうに首を捻った。

 

「何故その名を知っている。そもそも貴様は誰だ。ここには呼んだ者しか入れないはずだが」

 

「そりゃ俺が魔法使いだからさ」

 

「ほお! 笛木の他にもいたのか。それで、その魔法使いが何の用かね」

 

お前からの手紙(・・・・・・・)でお前を止めに来た」

 

 初めて表情を動かせた。口角を歪め、肩を小刻みに揺らしている。音を伴わない静かな失笑は、やがて廊下中に響き渡る程になる。そこにあるのは嘲り、怒り、憎しみ。笑う事で表す感情ではなく、その矛盾が悍ましかった。

 

「つくづく自分勝手な男だ。摂理に反する願いで我らを創り出し、そして葬ろうとするか」

 

「自分勝手てのはその通りだろうな。でも過ちに気付けたなら、まだマシさ。それで、お前は止まってくれるのか?」

 

「止まる? 冗談ではない。父が娘を生かそうとする事を止めろと言うのか? 良かろう、ならば貴様はメアリーを殺そうとする敵と言う事だな」

 

 言うや否や、5m以上ある彼我の距離を脅威的な脚力を以て一飛びで詰める。手刀による唐竹をバック転で回避。

 

「変身!」

 

 ──ヒーヒー! ヒーヒーヒー! 

 

 追撃に入ろうとしたワイズを魔法陣が弾き飛ばす。飛び込む晴人。その勢いのままに前蹴りを見舞う。ウィザードの事を聞いていなかったワイズは腹部に真面に受け、廊下を転がっていく。

 ウィザーソードガンを手に距離を一気に詰める。袖口から装飾のないシンプルなステッキを取り出し、相対するワイズ。しかしウィザードのフェイント、更には全身を使った縦横無尽の攻撃に防戦一方となる。

 唐竹の一撃をゲルテナが受け止めようとする瞬間、寸止めにてその防御を欺く。トリガー部に指を引っ掛けガンスピンの様にウィザーソードガンを回し、ステッキを真下から跳ね上げる。フェイントにより不用意に脱力していたワイズはあっさりと胴体をガラ空きにする。その隙を逃すはずがなく、強烈な蹴りが叩き込まれた。

 生々しい音と共に廊下を転がっていくゲルテナ。追撃に移ろうとした瞬間、突然ウィザードの視界が傾き、壁に背中から落ちた(・・・・・・・・・)

 

「何っ」

 

 辛うじて受け身を取る事には成功したが、天地の向きが変えられた世界に驚愕を露わにする。

 

「流石は歴戦の魔法使いだ。単純な戦闘力では敵うはずがないか。しかし生憎だが、それで競うつもりはなくてな。ここからは私の世界(・・・)が相手だ」

 

 ゲルテナ手の動きに合わせ、世界が何度も天変地異を起こす。縦横無尽に変わり続ける天地に、何度も叩き付けられる。

 

「どうだ、手も足もでまい!」

 

「そいつはどうかな」

 

 あくまで崩さぬ不遜な態度。不敵な笑みが見えて来るようで、有利に立ち回っているはずのワイズが不快感を露わにしている。

 再び天地を動かそうとするが、ウィザードは地を蹴り、真っ直ぐにワイズ目掛け飛び込む。前後への変化がない事から変化させられるのは上下左右と判断したが故の行動。しかしまさにそれを待っていたと言わんばかりの笑みを浮かべていた。

 前方へと跳躍した直後に感じた背面への重さ。ワイズが見下すように立っていた。そして訪れる前方への落下。

 

「思い込みは良くないな。誰が上下左右だけだと言ったかね」

 

 伸ばすても虚しく、長い廊下を落ちて行くウィザード。

 

「さて邪魔者はいなくなった」

 

 垂直の絶壁を悠々と歩くゲルテナ。天変地異が及んでいないギャリー達には、その姿はあまりにも異様な光景に写っていた。

 

「2人とも早く逃げて!」

 

 メアリーの懸命な叫びで我を取り戻したギャリーがイブの手を引き、踵を返し走ろうとする。が、その一歩先は断崖絶壁となっていた。視覚的な変化がある訳ではない。しかし下から感じる空気の流れがそれを如実に示していた。

 

「私の世界の中にいてどこに逃げようと言うのだね」

 

 同じ地に足を付けたゲルテナが言う。

 メアリーが立ち塞がる。足を止めたワイズは如何にも困ったと言わんばかりに首を捻る。

 

「メアリー。何度も言うが私を困らせないでくれ」

 

 静かな口調でそう告げると、勢いこそないものの拒否を許さぬ力を以って退かす。子供の足では耐えられず倒れ込むメアリー。

 

「キャ!」

 

「アンタ、父親が子供を!」

 

 父としてあるまじき行為に、ギャリーが吠えた。

 

「躾けるのが親の役目だろう?」

 

「そんなの躾じゃない! 自分の思い通りにさせようとしてるだけじゃない! アンタはただのゲス野郎よ!」

 

 初めて表情を歪めた。人間に啖呵を切られた事か、それとも父と言う役割を否定された事への不快感か。何れにせよ、ギャリーは餌のカテゴリーから外れる事となった。

 自身を見る目が変わった事に気付く。全身を射抜く殺意。背後にいるイブの熱を感じていなければ、昏倒していてもおかしくなかった。しかし先の発言を撤回するつもりは一切なかった。この男を親と認める事などできるはずがなく、するつもりもなかった。

 

「その通りだ!」

 

「何っ!」

 

「ハルト!」

 

 風に乗り崖下から現れたウィザードがワイズを体当たりを敢行。諸共中空へと身を投げ出す。

 

「貴様死んだはずでは?!」

 

「魔法使いを舐めるな!」

 

 壁面にワイズを何度も叩き付ける。肘打ちで強引に隙間を作り、ヘッドバッドで引き剥がす。素早く振り返りステッキを振るうが、動きを予測していたウィザードはそれを僅かな上昇で回避し、空振ったゲルテナへ回転踵落としを見舞う。頭部を傾け辛うじて直撃はしなかったが、鎖骨部に重々しく踵がめり込んでいた。

 

「ぐぅ」

 

 自由落下の自分では不利と判断し、世界の向きを変える。

 自身に掛かる重力の向きの変化から正常な状態へと戻った事に気付くと、身を捻り着地する。素早く立ち上がると、ワイズへと突貫。ステッキを構え防御に徹しようとする。

 激突する直前にウィザードは己の得物の切先を床に突き立て、それを支えに反転跳躍。いとも容易くワイズの背後へと至る。

 これまでの戦いから、直接的な戦闘力の低さ、動きの未熟さを見抜いていたウィザードはトリッキーな戦術を選択したのだ。かくしてその予想は的中し、剣のフェイントだけではない体捌きそのものに含まれる動きにまるで対応する事ができずにいた。

 頼みの綱であった天変地異も、先走る視線の動きから向きを予測され碌に役に立たなくなっていた。

 遂にはステッキも両断される。受け止めきれなかった斬撃が、ゲルテナの顔を浅く斬り裂く。

 

「ぐあ!」

 

 致命傷には程遠い傷。しかし戦闘と言う行為から縁遠い存在であったワイズには、致命的な隙を晒すには十分すぎる痛みであった。硬直する体。剣の軌跡さえ追い切れない目。

 

「ダメえぇぇ!」

 

 全力でなくとも容易く自身の命を奪う剣に、厭わずその身を晒したメアリー。危うい所で静止が間に合う。

 

「メアリー……!」

 

 退かす事も、躱して斬り裂く事も可能だった。しかし恐怖に瞳を濡らしながらもその身を挺したメアリーの姿に、痛ましいほどの親への想いを感じ取ってしまった晴人(・・)は動きを止めてしまった。

 ワイズにしてみれば、晴人の葛藤は千載一遇のチャンスであった。世界の一部が崩壊する程の魔力を消費し、撃ち出した。

 ウィザードを超える程の巨大な魔力弾は、その身を数十mも吹き飛ばした。

 身を包んでいた鎧が光と共に消え去り、生身の晴人が姿を現す。

 

「ハルト!」

 

 泡を食い駆け寄ったギャリーは、晴人の身に刻まれた傷に声を失う。呼吸をしている事さえ安心の材料足りえない程であった。

 

「あ、あ、違うの……」

 

 自らが起こしてしまった事の重大さをまざまざと見せ付けられたメアリーは強いショックを受けていた。声に反応した向けられたギャリーの視線に、あるはずのない責め立てるものを見てしまう程の恐慌状態。

 

「良くやったぞメアリー。やはり親は子を、子は親を助けるものだ」

 

 それが追撃となっているなどとは露とも思っていないワイズは、倒れ伏し動かない晴人へと歩き出す。

 何をする気なのか、尋ねずとも誰もが分かっていた。

 

「ハルト! ハルト!」

 

 焦りが怪我への配慮を失わせ、体を強く揺すらせた。しかしそれが功を成し、痛みが晴人を覚醒させる。だがそれだけだ。深刻なダメージが回復した訳ではなく、身を起こす事さえ儘ならなかった。

 

「さらばだ魔法使い」

 

 再び手のひらに収束される魔力。今度こそ死は免れない。懸命に捥がく姿を嘲笑しながら放とうとした。

 

 

 ──ガシャン! 

 

 

 突然の破砕音。何事かと振り返ったワイズは、目を見開いた。

 メアリーの足元に散らばる花瓶の破片。そして赤に濁ろうとしている水溜まり。

 

「今すぐ、それを手放すんだ」

 

「……今すぐ皆から離れて!」

 

 一際大きい破片を力一杯握りしめ、首に宛てがっていた。

 

「今すぐ、止めるんだ!」

 

「皆から離れないなら、皆を殺そうとするなら、命なんていらない!」

 

 父に死んでほしくない。

 

 晴人達に死んでほしくない。

 

 父に怪我してほしくない。

 

 晴人達に怪我してほしくない。

 

 そんな当たり前の願いが叶わない。何故だ。何が父を狂わせ、何が皆を危険に晒しているのだ。

 自分だ。自分が存在しているからこうなったのだ。だったらこうするしかない。

 

「お前の意思など知るか! 子供は! 黙って親の言う事を聞いていればいいのだ! 黙って命を享受していればいいのだ!」

 

 痛みと熱がスッと引き、全身が冷たくなる感覚。数歩で届くはずなのに、隔絶されたように遠くに感じた。

 命の略奪と言う大罪を犯していても、自分(メアリー)のためにやっていたからこそ、その所業に涙しても軽蔑する事も嫌悪する事もなかった。なかったのだ。

 だがそこに愛はなかった。

 我を失い力なく佇むメアリーを、親への反抗と断じ殴り飛ばそうとした。

 それを間一髪、晴人が諸共倒れ込むように回避させた。

 

「お前、自分が何を言ったのか分かってるのか!」

 

 ワイズの言葉は晴人の胸の内に激しい炎を灯した。

 許せなかった。子供に死を望ませる程に追い詰めた男が。その望みを嘆くでもなく、説得するでもなく、知らぬと切って捨てた男が。

 

「親が一番、言っちゃいけない事だろう!」

 

「黙れ! 貴様さえ現れなければメアリーは何の疑問を持たなかったのだ!」

 

「子供を侮るな! 分かっていたからこそ彼女は俺達の元に来たんだ! 父であるお前を止めてもらうために! それがお前の死に繋がると分かってて来たんだ! それがどれ程の苦悩か分からないのか?!」

 

「黙れ! 黙れ黙れ黙れ! 私を否定すると言うのなら、殺してでも生かし続けてやる!」

 

 決定的で致命的な言葉。最早自分の知る父は死んだのだとメアリーは思い知らされた。それでも、彼女は願う。

 

「お願いハルト……。お父さんを、助けて……!」

 

「任せろ」

 

 一際大きな指輪。淡い水色の、無限の空を思わせるそれは、ウィザード最強のスタイル。

 

「俺が最後の希望だ。──変身!」

 

 ──シャバドゥビタッチヘンシーン! 

 ──シャバドゥビタッチヘンシーン! 

 

 ──イーンフィニティ! 

 ──イーンフィニティ! 

 ──イーンフィニティ! 

 ──イーンフィニティ! 

 

 ──ヒースイフードー! ボーザバービュードゴーン! 

 

 仮面ライダーウィザード・インフィニティースタイル。

 全身から優しくそして力強い光を放つ、その威風堂々たる姿は守るべき者に希望を抱かせ、倒すべき敵に絶望を与える。

 

「綺麗……」

 

 強いショックを受けていたメアリーでさえ、ウィザードの姿に心を震わせていた。

 

 ──チョーイイネ! キックストライク! 

 

 虹色の魔力が脚部へと集まる。溢れ出、結晶化した魔力を散らしながら走る。

 

 ──サイコー! 

 

「っ、うおおおおおぉお!」

 

 恐れ慄いた己を鼓舞するように雄叫びを上げるワイズ。それに呼応するように世界が崩壊を始める。先の攻撃に使用した量とは比較にならない程の魔力を吸収する。人の形を保てなくなりその下から闇が姿を現す。世界から集めた魔力を拳に纏わせる。

 光を迎え撃たんとする闇。

 激突。衝撃波が世界の崩壊を加速させる。

 拮抗は一瞬。絶望が希望を覆せる訳がなかった。自身に纏わせた魔力が吹き飛んでいく様を、どこか安堵したような表情で見ていた。

 直撃。世界全てを照らす程の光に、メアリー達は一瞬完全に視界を失った。

 

 ・

 

 私にとってメアリーは何物にも変えられない存在であった。だからこそ彼女が亡くなった時、その事実に耐えられなかった。彼女がいない世界を想像する事さえできなかった。そうだ、私が禁忌を犯したのは結局自分自身のためだったのだ。自分の心を守るためだけに、だ。父親と言う事を免罪符に振る舞いその事実から目を背けていた。それがあの子をどれだけ悲しませるのか、そんな事、父親でなくとも分かる事のはずなのに。

 

 ・

 

「お父さん!」

 

 娘の必死な声に意識を取り戻す。

 

「メアリー……」

 

 心身を蝕んでいた魔力から解放されたワイズは正気を取り戻していた。目を覚ました自分を見て涙するメアリーを見て、取り返しのつかない事をしてしまったのだと理解した。そんな愚か者を未だ父と呼んでくれる事に、嬉しさではなく悔いを覚えてしまう。

 

「すまなかった。私の心が弱かったから、お前の死を受け入れられなかった。その弱さが人を殺め、お前を悲しませてしまった」

 

 父が正気に戻った事に、メアリーは嗚咽を堪え切れず声を上げ泣き始めた。

 涙を拭おうとしたが、崩壊しつつある体は動かす事さえ叶わなった。いや、そもそも血に塗れた手で触れるべきではない。親として当たり前の事さえ出来なくしてしまった自分の愚かさがどこまでも、どこまでも憎かった。

 傍にいたイブがそっと背中を撫でている事に、ホッとしてしまう。

 ギャリーに肩を貸されている晴人に視線を向ける。

 

「操真晴人。面倒をかけたな」

 

「気にするな。メアリーともっと話しておけ」

 

「……そうか」

 

 しかし既に残された時間は少ない。先までは動かずとあった手足の感覚がぼやけ始めている。

 イブに促され、メアリーが顔を上げた。

 

「お父さん……愛してくれて、ありがとう」

 

「────私も──お前を──」

 

 自分の心を守るために。それは裏を返せば、それ程までに想っていたからこそ。

 あれだけの悪逆に尽くしても、心ない言葉を投げ付けられても、彼女はそれを知っていた。だかこそ、彼女はワイズを「お父さん」と呼ぶのだ。

 たったそれだけの言葉が、消えゆくワイズの心を暖かなもので満たした。満たし、溢れた物が雫となり流れた。

 

 ・

 

「お父さん、愛してる、って言ってくれた」

 

 メアリーはもう泣いていなかった。笑顔で看取る事ができたのだ。

 痛々しい程に健気な姿に、イブが泣き出した。

 

「何でイブが、泣く、の……。わたし、また、うぅ……うわああああん」

 

 ギャリーの肩から手を離し、背中を押す。未だふらつく晴人の姿に心配になるが、再度促され2人の元へ行き抱き締めた。

 

 ・

 

「ありがとうイブ。ありがとうギャリー。ありがとうハルト。皆に会えて良かった。お父さんもそう言ってると思う」

 

 全貌が語られずとも、会話から自ずと答えは分かってしまう。それでも、と希望を捨て切れず尋ねてしまう。

 

「メアリー、あなたやっぱり」

 

「うん。わたしはもう死んでるの。この世界でだけ生きていられる偽りの命」

 

 この世界がやがて崩壊する事はギャリーにも分かる事だった。そしてメアリーがこの世界と運命を共にする事も。思わず縋るような視線を晴人に向けてしまう。

 

「対価なしに命を創造する事はできない」

 

「そんな……何とかできないの?!」

 

「ギャリー、ありがとう。会ったばかりのわたしのために、怒ったり、悲しんでくれて。でもわたしは大丈夫だから。あ、でも、ドーナッツは一緒に食べたかった、かな」

 

 溢れた本音。メアリー自身、言うつもりどころか、そう思っていた事の自覚さえなかった。自身の発言がとてつもない失言だった事に気付き、慌てて取り消そうとする。

 

「ご、ごめん。そんなつもりじゃ」

 

 気まずい空気が流れる。

 

「……少しの間だけなら、どうにか出来るかもしれない。でも、却って別れが辛くなるかもしれない」

 

 本音を言えば晴人も外に連れ出したかった。こんな世界で孤独に消滅していくなど、彼女の境遇を思えば残酷過ぎる結末だ。

 

「わたしは……それでも、一度だけ皆と一緒にドーナッツ食べたい」

 

「分かった。なら飛び切りの奴をご馳走してやる」

 

 本物の奇跡をここに起こそう。

 

 ──プリーズ! 

 ──ミラクル! 

 

 ・

 

 皆と一緒に食べたドーナッツは忘れられない味であり、そこで語り合った事は忘れられない思い出となった。その2つを胸に抱いて、メアリーは笑顔で消えていった。

 

 ・

 

「あの子ちゃんとお父さんと会えたかしらね」

 

「きっと会えてるさ」

 

 久しく訪れる者がいなかったゲルテナ家の墓に3人の姿があった。花と、メアリーが一番好きだと言ったドーナッツを添える。

 

「そうね。今度はお父さんと一緒に食べてね。……じゃあまた来るからね」

 

 霊園を後にする一行。ありがとう、と声が聞こえた気がした。

 

 ・

 

「ハルト、もう行くの?」

 

「そんな顔するなよ。別に今生の別れじゃないだろう。何かあった時の連絡先も教えたし」

 

「それはそうだけど……。これからどこに行くの?」

 

 マシンウィンガーに跨がる晴人に尋ねる。

 

「ファントム退治さ」

 

「……それは魔法使いだから?」

 

「いや。俺が最後の希望だからさ」

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