戦慄怪奇ピクニック ウラすぎ!   作:唐揚ちきん

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ファイル12 神隠しきさらぎ駅伝説Ⅲ

「……おい。馬鹿女。どうしてこうなったか、言ってみろ」

 

 暗闇の道を先導するネオさんは振り返ることなく、不機嫌な声音で私に呼び掛けてくる。

 出会ってまだ丸一日も経っていない私でも分かる。……これは相当怒っている。

 いや、まあ、それこれも私が悪いんだけどさ。

 

 

 ***

 

 

 遡ること、二時間。

 小桜に銀色の凧形二十四面体……〈鏡石〉の処遇をどうするかから始まった。

 ネオさんとしてはもはや〈鏡石〉には興味がなく、欲しければタダで小桜に渡すというスタンスだったのだけど、それじゃあ主義に反すると突っぱねて百万円の札束を半ば無理やり彼に押し付けた。

 どちらかというと、私には、自分に対して好意を持っている相手に無償で貢がせたような形になるのを避けたかっただけのように見えた。

 渡された札束をどうでも良さげに眺めていたネオさんだったが、近くに居た私と目が合うとそれを投げて寄越す。

 

「欲しけりゃ、やるよ」

 

「え? まあ、くれるならもらうけど。本当にいいの?」

 

「何度も聞くな」

 

 私はそこまで守銭奴という訳じゃないけど、お金はあるに越したことはない。

 ラッキーくらいに考えてバッグに入れようとして、何気なく聞いてみた。

 

「ならさ、せっかくだし、このお金でパーっと飲みに行かない? 三人で」

 

「は? 何言ってんだ、鳥子。大体、急にそんなこと言われてもネオさんだって予定があるだろうし、私も暇じゃ……」

 

 小桜が心底嫌そうに早口で(まく)し立てるが、それを遮るようにネオさんの一言が割り込んだ。

 

「行く」

 

「え、ホントに? ホントに飲みに行ってくれるの?」

 

「行く」

 

 確認する私に対して、ネオさんは再度子供のように短く繰り返す。

 それが何よりも強い意志表明のように思えて、私はそれ以上聞き返すのを止めた。

 代わりに小桜へと視線を向ける。

 

「ネオさん、来るって。小桜も当然来てくれるよね? はい、決まりー」

 

「……マジか」

 

 露骨に嫌そうな顔をして、猫のように項垂(うなだ)れる。

 こうして、私たちは裏世界からの帰還を祝うパーティをすることになった。

 だが、居酒屋へ先に行っていた私とネオさんの元に小桜は現れることはなかった。

 『緊急の予定が入った』と無題のメールが届いた頃、既に私の対面に座っているネオさんの機嫌は大分悪くなっていた。

 手袋で覆われた指先で神経質に空になったジョッキの縁を突いている。

 小桜目当てで参加を表明したのに、肝心の小桜がいつまで待っても来ないのだから無理もない。

 加えて、すぐ近くの席で飲んでいる人たちがやたら煩かったのも理由の一つだろう。

 一人は口の周りに髭を生やした目付きの悪いの中年男性。もう一人は後ろ姿しか見えないが、黒髪ショートの女性。身長は低く、ぱっと見では高校生くらいに見える背格好だけど、お酒を飲んでいる以上は二十歳は超えているのだろう。

 

「畜生~! あとちょっとで五百万が手に入ったのによぉ~!」

 

「もう、それ言うの止めましょうよ。今は生きて帰ってきたこと喜びましょうって」

 

紙越(かみこし)ぃ~。元はと言えばな、お前がもっとしっかりしてたら八尺の野郎だって捕まえられてたんだ」

 

「はぁ~? 言うに事を欠いて、私のせいにするんですか? 工藤さんなんて、私が居なかったら普通にやられてましたからね、あれ」

 

 何のことを話しているのかよく分からないが、年齢差があるのにお互いに遠慮なく相手を責め立ている。

 居酒屋だから声が大きくなるのは分かるが、大声で文句を言い合っているのは断片的に聞こえるだけでも気分がいいものじゃない。

 

「……〈夜桜お姉さん〉は?」

 

 しらばらく無言を貫いて、おつまみの枝豆の殻を指先で弄っていたネオさんがようやく、口を開いた。

 

「え、あー……それがちょっと急用が入ったってメールが……」

 

「来ないか?」

 

「来ないですね」

 

「……何だよ。サインもらえそうだから、わざわざお前とこんなとこ来たのに」

 

 浮世離れした雰囲気なのに、意外とこの人俗っぽいなぁと思いつつ、私は謝った。

 

「ごめんなさい。代わりに好きなもの、じゃんじゃん頼んじゃってください」

 

「いや、いい……もう帰る」

 

 目に見えてテンションが下がったネオさんは、椅子を(かかと)で押しつつ、立ち上がるとスーツの上着に手を入れて立ち去ろうとする。

 

「あ、待って待って。ネオさんてば」

 

 ネオさんとは連絡先も交換していない。

 この場で別れてしまえば、この人とコンタクトを取る方法がなくなってしまう。

 裏世界を探索して冴月(さつき)を見つけ出すためにはネオさんの協力は不可欠なのだ。

 慌てて、店員さんを呼んでお会計を済ませようとする。

 ネオさんはマイペースにスタスタと出入口の方まで行ってしまうので、お釣りは結構ですと五枚くらい一万円札を渡して、急いで入口へと小走りで向かった。

 ギリギリでネオさんの先回りをした私は機嫌を取るべく、ネオさんの方に笑顔を向けて出入口の引き戸を開ける。

 

「さあ、どうぞ」

 

「…………」

 

 『何だこいつ』という目で見られたが、私はそれを笑って受け流す。

 ネオさんの後を続いて私もまた店から出て行く。

 

「おい」

 

「はい? どうしました?」

 

「お前……今、()()使()()()()()

 

「……え?」

 

 ネオさんの言葉の意味が一瞬、分からなかったが、後ろ手で今し方出てきた引き戸を閉めようとして、違和感に気付く。

 背後にあるはずの戸口がなかった。

 振り返って、そちらを見るとさっきまで居た居酒屋すら忽然(こつぜん)と消えていた。

 あるのは膝丈ほどある雑草と拳大の石ころが転がった剥き出しの地面。

 何より異様なまでに暗かった。

 二十時前の新宿とは思えない闇が辺りを覆っている。

 そこでやっと私はネオさんの言葉の意味を理解した。

 私は左手で引き戸を引いてしまった。

 それも裏世界のことを考えながら。

 つまり、私たちが〈こっち側〉に還ってきたのと逆の手順を踏んだのだ。

 空を見上げる。

 東京ではまず見られないほど、星の光がはっきりと見て取れた。

 ここは〈裏世界〉。

 それも冴月ですら危険だからと避けていた“夜の〈裏世界〉”だ。

 




久しぶりの投稿です。短めなのはご愛敬。
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