戦慄怪奇ピクニック ウラすぎ!   作:唐揚ちきん

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ファイル13 神隠しきさらぎ駅伝説Ⅳ

「スゥー……えい! スゥー……えい!」

 

 大きく息を吸い込んから、左手でカーテンを真横へ引く動作を何度か繰り返して行ってみるけど、効果はまるでなかった。

 イメージが大事らしいので、どうしてもこの薄暗い夜の闇から明るい空間に戻れる光景が思い浮かばないせいかもしれない。

 それとも、私がネオさんの手を借りて裏世界で冴月を見つけ出すことを望んでいるから……?

 

「ねえ、ネオさんはどう思う?」

 

「はあ? 知らねぇよ」

 

 相変わらず、ネオさんはピリピリした様子で前を歩いている。

 私の不注意から起きた事故なので強くは出られないけど、流石に機嫌を直してくれないと困る。

 ご機嫌取りって苦手なんだよねぇ、私。

 反りの合わない相手とは関わろうと思わないし、大抵、私の見た目に興味を持って近寄ってくる類の人間は、ちょっとこっちが凄むと勝手に離れてくれるから余計な手間を掛けずに済んでいた。

 進んで行く度に生えている草むらや茂みが増えて、どんどん奥地へ入っている気がする。

 本当にこっちでいいの、とネオさんに聞きたいところだが、話しかけても素っ気なく怒鳴られそうで言葉が出ない。

 それにしても革靴にスーツ姿という格好で野外を突き進むネオさんは、私以上に場違いに思えた。足元さえもほとんど見えない中、怯える素振りもなく直進するこの人はやっぱり凄い。

 私を裏世界へ連れて来た冴月でさえ、もう少し周囲に対する警戒があった。

 だけど、そんなネオさんが。

 

「おい、馬鹿女。止まれ」

 

「ば、馬鹿女って……何もそこまで……」

 

「黙ってろ」

 

 暴言に対して抗議しようとするが、背を向けたままで静かに言葉を遮ったことで、私も察する。

 何かまずいことが起きたのだ。

 同時に暗闇に慣れてきた目が動く大きな影を見つけた。

 動物かと思ったが、違う。

 こちらに向けられた部位は金属のバンパーのようだった。

 機械だ。小型の軽自動車よりも更に一回り小さなその機械はタイヤではなく、物干しざおのように細長い四本の支柱で支えられている。

 人工物だと思った瞬間、張り詰めていた神経がほんの少しだけ弛んだ。

 裏世界には時折、表の世界のものが落ちていることがある。この目の前のオブジェもその類なのだろうと推測した。

 だが、その四本の長い棒で支えられた機械の真下。その中央で縦に長い袋のようなものがいくつも揺れているものが目に入った。

 何だろうと目を凝らした時、揺れている長い袋のシルエットの正体に気付く。

 

「──っ!」

 

 楕円形の部位からくびれを挟んで、扁平(へんぺい)に広がり、真上に伸びるほど先が細まっていくその物体は──人間だった。

 それは袋に入れられて、逆さまにされた()()()()

 四つほど等間隔で吊るされているのは、袋詰めにされた人間だった。

 ぞわりと背筋が凍り付いた私に反応するかのように、四つ脚の機械が鳴いた。

 

 ジイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイィィィィィィ!!

 

「ひっ……」

 

 その様子に思わず、悲鳴が喉から漏れる。

 もう死骸だと思って近付いた蝉が突然、けたたましい鳴き声と共に低空で跳ね回り始めた時に似た驚きと恐怖。

 耳障りな異音と一緒に細長い四つ脚が前後に動き、近寄って来る。ぶら下った逆さまの袋詰めの人間がぶつかり合って鈍い音を立てた。

 振り子のように揺れては衝突するその光景は、悪趣味過ぎるアメリカンクラッカーのようにも見えて、気分が悪くなる。

 モーター音と不規則な動作で迫って来る機械に私はパニックに近い衝動が湧き上がる。

 反射的に後ろへ後ずさりしようとして、背後から犬の鳴き声がした。

 振り返るけれど、野犬のような影はどこにもない。

 いや──居た。

 背の高い草の隙間からじっとこちらを覗き見る顔。

 犬、ではない。もっと別の何か。殻を剥いたゆで卵のような白くて楕円の顔に三つの穴があった。

 空っぽの目玉と口だけが夜の闇よりも暗く、どこまでも暗くぽっかりと開かれていた。

 

 ……ワァン。

 ワァンワァンワァンワァンワァンワァンワァンワァンワァンワァンワァンワァンワァンワァンワァン──!

 

 人面……いや、亡霊の顔をしたそれは犬のような鳴き声を壊れた警報みたいに繰り返す。

 何かが揺らぐ。私を形成する根本的な何かが、激しく地震にあった時のように足元から揺さぶられていく。

 これは何。

 何? 何? 何が起きてるの? ねえ、誰か。誰か、教えてよ! ねえぇっ!

 背後で草むらを忍び寄る四つ脚の機械と、目の前で吠える亡霊の顔が私の根本から塗り替えようとしている。

 私は。

    私は。

 

   ワタシ、ハ。

            ワタ、シ……。

 

「──呑まれんな。鳥子」

 

 何もかもがぼんやりとして、自分の意識も曖昧になっていた私の耳に誰かの声が聞こえた。

 誰かのって……誰?

 そうだ。私は一人でここに居るんじゃない。

 確か、そう……その人は。

 

「ネオ、さん……」

 

 明るい小さな光が視界の中で灯っている。

 蝋燭(ロウソク)だ。それも普段見かけような細くて小さな蝋燭じゃなくて、長くて縁が広がったもの。

 ひょっとするとSMプレイで使うとかいう低温で融ける蝋燭なのかもしれない。

 その蝋燭を右手の指で摘まむように持っているのは、ネオさんだ。

 意識や思考がその(ほの)かな明かりによって、正常に戻された私はネオさんの方だけを見ていた。

 左手に付けていた黒い皮の手袋を中指を咥えるようにして、引っ張っていく。

 外された黒い手袋が音を立てて、足元の草の上に落ちた。

 その瞬間、空気が変わったことを肌で感じた。

 歪なモーター音と共に近付いて来ていた機械も、茂みの隙間で吠えていた顔もまだ(そば)に居る。

 だけど、何故だか恐怖の対象と思えなかった。

 剥き出しになった左手を額に添え、ネオさんは喉を震わせた。

 

「ぅぅぅぅぅ……あああああああああああああああああああああああああああああ」

 

 左手が蝋燭の火にかざされた。

 蝋燭の火は突如、燃え盛り、巨大な炎になると四つ脚の機械と吠える顔へと二つに分かれて、爆ぜ飛んだ。

 草むらに引火することなく、炎は二つの対象のみに纏わりつく。

 吠える顔は一瞬で焼き尽くされ、灰になって草むらに散った。その様子はまるで乾燥した新聞紙が燃え尽きる光景を早送りで見ているかのようだった。

 機械の方は大きさのせいか、それとも別に理由があるのか、バチバチと音を立てながら燃え、黒ずんでから地面へと沈み込む。

 炭化したそれは崩れた土塊のようになって、その場で小さな山を作った。

 落とした手袋を拾い上げ、左手に()め直したネオさんは黒焦げになった残骸を見下ろして、呟いた。

 

「通りが悪い。こりゃ、向こうから持ち込んだものが()()()()()か」

 

「向こうって……まさか、この訳分かんない機械、表の世界から入って来たものってこと? こんな薄気味悪いものが?」

 

「さあな。だが、こっち側に染められちまえば、ヒトもモノも変わんだろ」

 

 投げやりな台詞だったが、その言葉は私の胸にずしりと重しのようにのしかかる。

 裏世界に染められてしまえばヒトも、モノも変わる。それなら、裏世界へ行ったまま帰って来ない冴月もまた、こちら側に染め上げられてしまっているのではないか。

 冴月は生きている。冴月がそんな簡単に死ぬ訳ない。

 そう思って捜索する気でいた私だったけれど、ここに来て、別の可能性が脳裏に浮かぶ。

 冴月がまだ裏世界で生きていたとして、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 たった今、自分という自意識が呑まれそうになった私だから分かる。

 ネオさんの声が声を掛けてくれなかったら、多分、私は私ではない何かに変えられていた気がする。

 サバイバルがどうとか、食料がどうとか、そういうまともな理由を抜きにしても、この世界に留まり続けるのは危険過ぎる。

 改めて、裏世界のヤバさを思い知らされた私だったが、当のネオさんは蝋燭を左手に持ち替えて、そそくさに先に進んで行ってしまう。

 

「えっと、ネオさん。こっちでいいの? さっきからずっと直進してるけど、道とか分かってる?」

 

「いや」

 

「いやって……」

 

 基本的にこの人、私に対して素っ気ない。

 だけど、さっきみたいに本当に危ない時には名前を呼んで助けてくれるくらいには情があると分かって、少しホッとする。

 ピリピリモードから平常運転に戻ってくれたので、前よりも雰囲気は幾分楽になったと思う。

 私はネオさんの後ろをピッタリ追うようにして歩きながら尋ねた。

 

「あの、呑まれるなって言ってたけど」

 

「そのままの意味だ。こっちの世界は恐怖を抱かせることで干渉してくる。早い話、ビビればビビるほど、向こうの思うつぼだ」

 

「それだとまるで、この世界自体に人間を取り込もうとする意思があるように聞こえるけど?」

 

「それ以外にどう聞こえるんだよ」

 

 面倒くさそうにそう言い放ってくるが、この人、私が想像しているよりもずっと裏世界に詳しいのかもしれない。

 もっと踏み込んで話を聞こうかと思った時、道の先が上り坂になっていることに気付いた。

 結構な勾配(こうばい)だ。アウトドア用のブーツの私はともかく、革靴のネオさんはキツイんじゃないかと思って前を見るが、草むらで滑ることもなく、するすると登って行く。

 足の裏に吸盤でも付いているのか疑いたくなるくらい澱みのない足取りだ。

 さっきの蝋燭の火のように特別な力を使っているのかもしれない。そう考えるとちょっぴりズルさを感じられずにいられなかった。

 それにしてもこの斜面、どこまで続くんだろう。

 足腰に自信のある私も少々辛くなってきたところで、ようやく坂に終わりが見えた。

 草むらも途中で途切れ、蠟燭の明かりに照らされた前方には砂利で覆われた地面が映る。

 そして、その少し先に見えたのは……。

 

「え? これって……線路?」

 

 何で裏世界に線路があるの、なんて考えても無意味なことが頭を過ぎった。

 見慣れた人工物があるからと言って油断はできない。ただ、線路があるならこの先に駅もあったりするのかも。

 ネオさんもまた視線を線路に落として、少しだけ考えた後、線路に沿って歩き始めた。

 私もまた同じように後を続く。草むらに比べて格段に歩きやすくなったおかげか、口も軽くなった。

 

「ねえ、ネオさん。スタンドバイミーって映画知ってる?」

 

 気分を変えるためにも雑談を試みた。

 

「知らない」

 

 が、一言で打ち切られてしまう。

 

「興味もねえ」

 

 駄目押しの一撃。

 そして、無言。本当にこの人、コミュニケーション能力を取ろうとする気がないなぁ。

 意気消沈した私はさっきの話の続きをすることもできず、黙々とネオさんの後に続いた。

 明かりを受けて、私とネオさんの影が線路の脇の砂利道に伸びる。

 一定の速度で動く黒い背中と根本だけがほんのり黒いひっくり返したプリンのような頭を見つめた。

 そういえば、私。人生の中でここまで男の人と二人きりで居たのって初めてだ。

 私には“ママ”と“お母さん”の二人が居た。他の子には当たり前のように持っていた『父親』という存在は絵本の中のペガサスやドラゴン並みに遠いものだった。

 それについては別段、何とも思っていない。むしろ、誰よりも親の愛情を受けて育ってきたと自負できる。

 だけど、その家庭事情のせいで私は世間一般の女子大生よりも男性という存在が縁遠いと思っている。

 もし、私に歳の離れた兄が居たらこんな感じなんだろうか。

 そんな他愛もない思考が脳を支配しかけた時、後ろから何かが迫っている気配を感じ取った。

 大きくて、鈍い何か。四つ脚の機械とも吠える顔とも違う、もっと危険な認識の何か。

 どうして、それに気付けたのかは分からない。

 こんな砂利道だというのに音すら立てず、忍び寄ることができるとは思えない。

 だけど、分かる。

 確かに分かる。

 ()()が真っ直ぐに私たちの後を追って来ている。

 

「ネオさん、後ろからヤバい何かが来てる……」

 

「ああ?」

 

 振り返ったネオさんは値踏みするように私の顔を覗き込む。

 さっきの恐怖がぶり返して、幻聴でも聞いたと思っているようだった。

 

「気付いてないの? さっきよりもずっとヤバいのが向かって来てるんだって!」

 

「……伸びしろ、思ったよりあるかもな」

 

「え? 何が」

 

 言っている意味が分からずに聞き返すと、ネオさんは鼻を鳴らして私に言う。

 

「どっから来る。お前が感じてるものを変に訳さず、そのまま伝えろ」

 

「えっと……大きくて鈍いものが近付いて来てる。私たちのこと、追いかけて来たんだと思う」

 

「もっと詳しく。目を瞑って意識を研ぎ澄ませ」

 

 詳しくって言われても困るだけど……と心の中でぼやきながら、目を瞑って意識を集中させる。

 暗がりの中で閉じた目は更なる暗黒が訪れる。

 その闇をキャンバスの代わりにして、脳裏に浮かぶイメージの造形を固めていく。

 動いている。重たい感じ。

 足音、規則正しい……二本脚?

 人型……。でも、人間よりもずっと大きい。

 頭……そう、頭が大きい。いや、違う。これは……角だ。

 

「大きな、ヘラジカみたいな角の生えたの巨体……?」

 

 脳裏で描いた造形はまるでどこかの映像をそのまま持ってきたように鮮明になっていった。

 筋骨隆々の裸の人体。その上に蔦状のものをぐちゃぐちゃに丸めた塊が頭の代わりに乗っている。その頭の脇からは枝分かれしたヘラジカの角ようなものが生えていた。

 それは線路に沿って歩いて来ている。私たちが歩いてきた痕跡を伝うようにしてこちらへと向かって来ようとしている。

 

「鳥子。お前は今、空間を認識してそれを観測してる。どのくらい近い?」

 

「結構、近くまで来てる。明かりが、見える。蝋燭の明かり……」

 

 そこまで言った時、地響きのような音と共に砂利が擦れる音が数メートル先で聞こえた。

 目を見開いて、そちらの方を向くと闇の中で脳裏に描いていたものがゆっくりと現れた。

 気温が一気に氷点下まで下げられたような錯覚がした。

 さっき出会った恐ろしい存在とは比べ物にならない圧迫感が私の全身を襲った。

 喉を掴まれたみたいに呼吸が止まる。

 視線を這わせるように動かして、私は傍に居るネオさんを見た。

 この存在を目の当たりにして、私と同じような状態に陥っていないだろうかと。

 けれど……。

 

「ようやく……」

 

 それは私の杞憂でしかなかった。

 

「ようやく、ちょっと面白くなってきたな」

 

 蝋燭の明かりで照らされたネオさんの顔には、不敵な笑みが浮かんでいた。

 




ちょびちょび更新していこうと思ってます。
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