戦慄怪奇ピクニック ウラすぎ!   作:唐揚ちきん

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ファイル15 神隠しきさらぎ駅伝説Ⅵ

「あれ? ここは……?」

 

 ふと気が付くと私はロングシートの座席に腰を下ろしていた。

 向かい側にも同じように座席があり、そこに人が座っている。

 頭のすぐ上には吊り革がぶら下っていて、脇には床から天井まで垂直に通る鉄製の手すりが見えた。

 これは確か“スタンションポール”っていう電車なんかにある手すりだ。

 じゃあ……ここ。電車の、中……?

 そう気付くと、背中と太ももに定期的な振動が伝わってくる。

 寝起きの頭のようなぼんやりとした思考で周囲を見回した。

 立っている人は一人も居ない。全員が(そろ)えたように(うつむ)いてロングシートに座っている。

 そして、その誰もが迷彩柄の軍服を着込んでいた。

 軍服……軍人……そうだ。この人たちは、さっき会った在日米軍の……。

 朦朧(もうろう)としていた思考が、ようやく定まってきたその時。

 

『次はぁ……石打(いしうち)ぃー。石打ぃーでぇ、ございまぁす……』

 

 どこからともなく流れてきたのは男性の声。

 次の駅名を告げる乗務員のアナウンスに聞こえたが、どうにも違和感があった。

 妙にねっとりとした低い声で告げているものは駅名にしてはおかしい気がする。それに日本語のアナウンスの後に英語や中国語で繰り返さないのも変だ。

 

「あぁあ……っ」

 

 未だぼんやりする思考で私が更に考え込もうとした瞬間、悲鳴に似た短い叫びが聞こえて、とっさにそちらを向いた。

 大体目測で五メートルほどだろうか。少し離れたその座席に人だかりができていた。

 いや……()()じゃない!?

 猿。

 四(ひき)の人間サイズの猿が拳くらいの石を握って、座っている軍人を殴り付けていた。

 何度も何度も執拗(しつよう)なまでに叩き付けられ、ヘルメットが砕け散り、赤い血飛沫が飛ぶ。

 軍人は首を激しく動かして抵抗するが、立ち上がって逃げ出すことができないらしく、十数回目の殴打で妙に首が傾いだ姿勢で静かになった。

 

「……っ」

 

 猿たちの陰に隠れて、細部までは見えなかったけれど、軍人の頭が割られたスイカより酷いことになっているのは想像が付いた。

 猿たちは動かなくなった軍人を見下ろした後、持っていた石を通路へ無造作に放り投げる。

 硬い音を立てて、私の足元へ転がった石にはべっとりの赤い血がこべり付いていた。

 

『次はぁ……火炙(ひあぶ)りぃー。火炙りぃー、でぇ、ございまぁす……』

 

 乗務員のアナウンスが再び、聞こえてくる。

 もう間違いない……。これは駅名なんかじゃない!

 これは──処刑方法だ。

 猿たちが別の軍人に燃え上がる松明(たいまつ)を押し付けようとする様子を見て、私を確信する。

 そして、同時に猿たちが少しずつ私が居る座席まで近付いていることにも気付く。

 

『この先はぁ……首吊りぃ、四つ裂きぃ、内臓抉りぃとなっておりまぁす……』

 

 いますぐ、座席から立ち上がって逃げ出したいのに、首から下が金縛りにあったかのように動かない。

 まるで見えない縄で全身が縛り上げられているような感覚がある。

 恐怖から身体のありとあらゆる場所から、冷や汗が染み出す。

 どうして、こんなことになっているの……!?

 そもそも、何で私は電車の中に……覚えている最後の記憶は。

 はっきりしてきた頭には、電車がきさらぎ駅へ到着した光景が浮かぶ。

 そうだ……小桜から電話が来て。それをグレッグ曹長が銃で撃って……電車が……。

 電車が停まったんだ。

 ……その後の記憶はない。

 ネオさん! ネオさんはどこに居るの?

 辛うじて動いてくれる首を回して、彼の姿を探すが、目に見える範囲には見当たらない。

 電車内には居ないの? それとも……まさか、もう……あの猿たちに。

 最悪の状況が脳裏に浮かぶ。

 かなり消耗していた今のネオさんだったら、その可能性も充分にあり得た。

 お願い、ネオさん。

 お願いだから……無事でいて……。

 

『次はぁ……骨砕きぃー。骨砕きぃーでございまぁす……』

 

 私の視界に影が映る。

 

「え……」

 

 四匹のが、もう私の前にまで来ていた。

 隣を見ると身体をくの字にして座っている迷彩柄の背中が見えた。

 ウソ……もう、私の番なの……。

 すぐ横で人が殺されていることにも気付けないほど、私の頭はやられていたのか。

 それとも、思考が一杯になるほどネオさんのことを考えていたのかな……?

 猿たちはそれぞれ、大きな鉄製のハンマーを握っていた。きっとそれで、私の骨をアナウンスの通りに砕くつもりなんだろう。

 粉々に粉砕する気なんだろう。

 怖い。凄く怖いけど……それ以上に申し訳なかった。

 私の不注意のせいでネオさんを裏世界に連れて来て、そして、こんな風に残酷な方法で殺させてしまったことを心から反省した。

 

「ネオさん……本当に、ごめんなさい」

 

 目を瞑って、私はぽつりとそう呟いた。

 

「そう思うなら最初から、しおらしくしとけよ」

 

 ……え?

 聞き覚えのある声が耳に届いて、私は目を見開く。

 そこには猿たちの代わりに仏頂面で私を見下ろすネオさんの顔があった。

 足元の通路に散らばった灰のような残骸を踏み付けるように立っている。多分、それがさっきの人を殺して回っていた猿たちだろう。

 

「ネオさん!? 無事だったんだ……よかったぁ」

 

「お前如きが上から目線で俺の心配なんかしてんな。もう立てるだろ、とっとと行くぞ」

 

 うん、辛辣さ。間違いなく、本物のネオさんだ。

 安心すると共にまったくブレないきつい口調に笑ってしまいそうになる。

 ネオさんの言った通り、さっきまでの金縛りがウソのように解けていた。ロングシートから立ち上がった私は改めて、周囲を見渡した。

 座っている軍人たちは一人残らず、事切れている。

 ここに放置したままなのは可哀そうに思えたが、それでもこの数の死体を担いで運べるほど余裕はない。

 

「おい、とろとろしてんな。置いて行くぞ」

 

「あ、うん。すぐ行くから」

 

 軽く手を合わせてから移動しようとして、通路に落ちていたハンドガンを一丁見つけた。

 SIG SAUER P320。銃身の長さから見て、M18かな……。勝手に持っていくのは少しだけ気が引けたが、丸腰で居るにはこの場所はあまりに危険過ぎる。

 マガジンの残弾数をチェックすると、まだ三発だけ残っていた。

 

「ごめん。悪いけど、これ。もらっておくね」

 

 誰が持ち主なのか見当も付かないのでとりあえず、全員にそう告げて、私は先導してくれるネオさんの後に続いた。

 前の方に進んで行くと、ロングシートには空席が目立つようになっていった。腰掛けている人影は居るには居るが、よく見るとそれはゴミ袋と丸めた新聞紙で作った出来の悪い人形に洋服を着せたものだった。

 

「何あれ……」

 

「知るか。まあ……大方、()()()()()()ってとこだろ」

 

「成り代わり用?」

 

 オウム返しで尋ねると、素気なく無視を決められた。ちょっと寂しい……。

 だけど、力の使い過ぎで弱っている手前、文句を言う訳にもいかず、私もそれ以上は聞かなかった。

 更に前方の車両に進むと、こちらに背を向けて立っている人影が見えた。

 一瞬だけまだ無事だった人が居たのかと思った。でも、その考えがどれほど甘かったのかを理解させられる。

 

「次はぁ……捩じり首ぃー。捩じり首ぃーでございまぁす……」

 

 ぐるりと首だけが一回転捻じれたその顔はグレッグ曹長。

 開かれた目と口からは、輪郭のぼやけた腕のようなものが何本も飛び出している。

 

「グレッグさん……もう人間じゃ、ない……」

 

「ああ。こいつはもう──化け物だ」

 

 私たちに好意的な人間ではなかったけれど、化け物を恐れていた彼がここまで人間性を失うような姿へ変わってしまったことはあまりにも残酷だった。

 目と口から伸びた腕はグレッグ曹長の首を更に回転させていく。

 ぶちりと音がして捩じ切れた彼の生首は、生やした腕と(あい)まって不格好なクラゲのようにも見えた。

 糸が切れた操り人形(マリオネット)のように崩れ落ちる身体とは逆に、捩じ切れたグレッグ曹長の頭部は空中を浮遊していた。

 泳ぐように空中を回遊する狂気の生首クラゲは、目口の穴と首の断面から生やした輪郭のぼやけた白い腕を触手のように長く伸ばして、私たちへと差し向ける。

 

「ぇぇええぁぁぁぁあああぁぁ!」

 

 左手を掲げたネオさんが叫びを上げると、まるで見えない砲弾にでも激突したかのように生首クラゲは吹き飛んで消滅した。

 だが、それを見届けた後、ネオさんの身体が傾ぎ、通路に膝を突いて倒れ込む。

 

「ネオさん!」

 

「……でかい声出すな。ただ、力を使い過ぎただけだ……」

 

 荒く息を吐いてから、ネオさんは私が拾っていたM18を指差すと静かに言う。

 

「お前のそれに俺の残ってる力を注ぎ込む。それで後はどうにかしろ」

 

「どうにかしろって……」

 

「来るぞ……構えろ!」

 

 ネオさんの言葉に正面へ向き直る。

 振り向いた私の目に映ったのは……。

 

「……冴月……?」

 

 首から上を失って倒れたグレッグ曹長の死体の真上に、佇むように浮かび上がっていたのは私がずっと追い求めていた想い人──閏間(うるま)冴月(さつき)だった。

 長くて綺麗な黒髪。陶器のように白い肌に黒い縁の眼鏡。

 足首から先がなく、空中に浮かんでいるが、それは紛れもなく、冴月だった。

 ただ一点思い出の中の彼女と違うのは瞳の色。

 黒曜石のような黒い瞳は、今は深い海のような青に染まっていた。

 

「本当に……本当に冴月、なの……?」

 

 冴月は私にとって特別な存在だった。

 見てくれが日本人離れしている私は日本の学校に馴染むことができず、友達ができなかった。

 家に引き籠っていた私にママとお母さんが見るに見かねて、家庭教師として付けてくれたのが冴月だった。

 色んなことを教えてくれて、友達だって言ってくれた。

 裏世界のことだって教えてくれて、探検に連れて行ってくれた。

 白黒だった私の人生に鮮やかな色で塗り替えてくれた、凄くて、特別で、大好きな人……。

 ようやく再会できた私の想い人……。

 

「鳥子……こっちに、おいで……」

 

 浮かぶ彼女は迎え入れるように両腕を開いて、私を青い瞳で見つめている。

 銃口を持ち上げ、構えた私はその姿を見て、ほんの少し口元が弛んだ。

 

「もう、冴月じゃないんだね」

 

 引き金(トリガー)を引く。

 眼鏡が吹き飛び、黒い髪が揺れた。

 片目に撃ち込まれた弾丸が白く輝き、青い瞳を撃ち抜いた。

 穴が開いた顔で冴月が私の名前を呼ぶ。

 

「とり、こ……」

 

「さよなら……──化け物」

 

 引き金(トリガー)を再度引く。

 両目を失った化け物がどの言語とも違う、単語の羅列を吐き出して、身体を揺らした。

 

「るるらぁぁぁいぼおおおおおぅぅぅずわぁぁあああぃぃぃどおおおぉぉうばぁぁぁそぉぉぉるるるぅぅ……」

 

 意味のある言葉じゃない。

 そして、それは最初から。

 私の名前を呼んだのも、共に来るように誘った言葉も同じだ。

 姿形は冴月でも、どうしようもなく冴月じゃないってことが今の私には分かった。

 弾丸で穿(うが)たれたヒトガタに亀裂が入る。それは映像が映り込んだガラスや鏡が割れていくかのようにも思えた。

 

「さよなら。私の、初恋」

 

 最後の弾丸の引き金(トリガー)を引く。

 心臓部分へ向かって放たれた弾丸が(ひび)だらけのカタチをついに打ち砕いていく。

 

「ぅぅうううぅぅぅあああぁぁぁ……!」

 

 反響する(うな)り声が空間を歪めてるほどの渦となる。

 

「モウ始マッテル。止メラレナイ……神様ハ……来ル、来ル、来ル……皆、終ワリ……」

 

 腕や脚から徐々に崩れて黒い灰へ変わっていく化け物は最後にこう言い残して消えた。

 ──『(ヒジリ)ノ丘デ待ツ』。

 灰状になった残骸が渦の中をぐるぐると風車のように二度、三度回った後、完全に消えてなくなった。

 膝を突いていたネオさんが、よろめきながらもゆっくりと立ち上がる。

 

「本当の戦いは……これからだな」

 

「……うん」

 

 私はそれに静かに頷いた。

 きっと、これは始まり。これからもっと大きなことが起きる前触れに過ぎないのだと感じられた。

 化け物が浮かんでいた辺りの場所が揺らめいている。

 私はその場所に近付くと、大きく息を吸い込んでから、左手で見えないカーテンを摘まむように引いた。

 

「スゥー……えいっ!」

 

 開いた先に街灯の灯りに照らされた新宿の街並みが見えていた。

 

「でも、今は帰ろう。小桜が心配だから」

 

 今度はネオさんが黙って頷く番だった。

 




今回で、きさらぎ駅編は終了です。
次回からはまた空魚視点に戻ると思います。
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