八尺様捕獲に失敗した私たちは失意を酒で埋めるように新宿の居酒屋で管を巻いていた。
お互いアルコールが脳に回って、いい感じに酩酊感に支配されてきた頃、おもむろに工藤が語り始めた。
「紙越ぃ、俺はなぁ……でっけぇ男になりてぇんだよ! 誰もが俺を見て、『あの工藤仁だ』って分かるぐれぇにでっけぇ男によぉ!」
「声はこれ以上にないってぐらいでっけぇですって。あれですよ、工藤さん、そんなに知名度あげたいなら連続殺人でもしたらいいじゃないですかぁ? そっちの方がディレクターよりも似合ってますよ」
グラスをグイっと傾けて度数の高い焼酎をあおりながら、酔っ払いの戯言をあしらう。
顔写真と一緒に『おい! 工藤』と書かれた指名手配のポスターを想像する。あまりにも似合い過ぎて、噴き出しそうになった。
「おい、紙越ぃ! 俺は人殺しなんてなあぁ……しねぇんだよ、馬鹿野郎ゥ!」
流石の工藤も殺人者扱いは腹に据えかねたようで反論してくる。
だが、凶悪なヒゲ面で怒号を上げるその姿には説得力は皆無だ。絶対
だけど、これ以上、煽ると次の被害者が私になりそうなので、ここら辺で引いておく。
「言い過ぎましたよ、工藤さん。すみませんでした」
素直に私が謝罪をすると、調子に乗るかと思った工藤は意外にも声のトーンを落として言った。
「俺はなぁ、人殺しだけは絶対やらねぇって誓ってんだ。何でかってぇとな? ガキん頃、俺の親父とお袋は通り魔にナイフで殺されたからだ」
何でも幼少期に両親を通り魔に襲われ、亡くしたのだと工藤は語った。
突然、目の前へ顔に傷のある中年ぐらいの男が現れて、何やら両親と口論した挙句に二人を刺し殺し、その場から消えたのだという。
不謹慎だとは思ったが、ちょっと実話怪談ぽく聞こえ、興味が湧いた。
「それはご愁傷様です。でも、突然現れたその通り魔って捕まったんですか?」
「いや、それが結局捕まってねぇんだよ。俺もあの時は頭ん中パニックだったからよぉ、いつの間にか通り魔は消えててな。どう考えてもおかしいよな。ったく、警察ってのは無能の集まりだぜ。税金返せっての……」
両親を殺してすぐに消える謎の通り魔。ますます怪談じみてる。
酔いが回ってきた私は、いつもなら理性が働いて口にしないようなことでも平気で口走ってしまう。
「急に現れて、急に消える男。ちょっと違いますけど、“時空のおっさん”とか連想しますね」
「あ? 何なんだよ。その時空のおっさんってのは?」
「まあ、よくある異世界に迷い込む系のネット怪談の一つですよ。時空のおっさん。自分以外誰も居ないおかしな世界に迷い込んだ体験者が途方にくれていると、急に作業服をきた中年の男性が現れて『なぜここに居るんだ。早く出て行け』と理不尽に怒って警告してくる。そして、直後に元の世界に戻っている……っていう話」
もっとも、こっちは工藤の話と違い、異世界に迷い込んだ人を助けてくれるという話なので、急に消える中年男性という部分しか付合しない。
あくまで何の気なしに出た発言だから、食い付いてくるとは思わなんだ。
工藤は少し黙り込む。
デリカシーの存在しないこの中年でも、自分の悲惨な過去と怪談話を一緒くたにされて気分を害したのか。
だとしたら、私は工藤以上にデリカシーのない女となってしまう。いかん。それは避けねば。
「あー。すいません。辛い過去話を茶化してしまって……」
「おし、紙越。それで行くぞ」
いきなり工藤が改まったように宣言した。
「へ? 行くって? どういう……」
「あ、決まってんだろ。次のお題だ。『真相! 時空のおっさん』。これに決まりだよ! 今度こそ映像に撮って、売り
悪人面の相好を崩して、満足げにそう言い放つ工藤。
……ああ、このオヤジにはやはりデリカシーなど存在しなかった。
自己顕示欲と金銭欲に塗れた根っからの
自分の不幸な生い立ちまで金儲けのタネにできるところは尊敬するわ。真似する気はないけど。
こうして、私たちの次の目的は決まった。
だけど、いくらくねくねや八尺様なんてネット怪談の存在が〈裏側〉……いや、〈裏世界〉に居たとして時空のおっさんまで都合よく存在しているかというと怪しいところだ。
まあ、工藤があるかも不明な手がかりを探している間は、溜まっていた大学の課題にでも取りかかろう。
この時の私はそんな風に能天気な考えを巡らせていた。
その予想はすぐに打ち砕かれるとも知らずに。
***
それから電話で工藤に呼び出されたのは三日後のことだった。
正確にいうなら、DS研の
何でこの人、私の電話番号知っているんだろうかという疑問が湧いたが、多分、工藤から教えてもらったのだろう。
というか、そうじゃなかった場合、DS研の情報ネットワークがヤバいので考えないこととする。
「それにしても……本当にここでいいの?」
私が呼ばれたのは工藤が寝泊まりしているネカフェではなく、大きな邸宅だった。
高いレンガの塀に囲まれた三階建ての家屋。
しかし、全体が緑の蔦に覆われていて、おどろおどろしい雰囲気がそこはかとなく
お屋敷はお屋敷でもお化け屋敷といった風情だ。
屋敷の前で立ち往生していると、誰かから声を掛けられる。
「あなたが噂の“裏世界ハンター”?」
「え……あ」
振り返った私は思わず、その人物に見惚れた。
金髪碧眼の美女。
そう表現する以外に形容する言葉が見つからない。
私よりも背が高いのにプロポーションがよく、スラリとした体形なのに痩せている印象はない。
均整の取れた体型とでもいうべき、身体つきをしている。
絵に描いたような美しい女性がそこに立っていた。
「どうかしたの? もしかして、新聞の集金とかで来た人だった?」
「はっ……ええと、あなたはDS研の人ですか? 汀さんの同僚みたいな……」
裏世界ハンターというダサ過ぎる呼び名には素直に頷きたくなかったが、〈裏世界〉のことを知っているなら、この金髪美女が汀と同じくDS研に属する人間だろうと当たりを付けた。
しかし、彼女は手を振って否定する。
「え? DS研? ……ああ、私は違うよ。まあ、友達がDS研の研究員で、それに協力してる訳だから外部調査員とかになるのかな? 私は
「ええと、
「
「あ、ありがとうございます……」
何か美女に名前を褒められてしまった。
気分がいいぞ。工藤に呼び付けられた時にはまた面倒事かと気持ちがゲンナリしていたけど、来てよかった。
だが、私の気分が高揚したのはほんの一瞬だけの出来事だった。
鳥子と名乗った美女の横に金髪の男が仏頂面で私を睨んだ。
「おい。お前……」
「え、あ、はい……何でしょうか?」
鳥子と同じく、金髪だが根本の髪が黒く、一目で染めたものだと分かる。
こちらも美形といって差し支えない顔立ちだったが、不機嫌そうな仏頂面が見事に台無しにしている。
ホストとチンピラを足して、二で割った印象だ。
工藤がいきなり殴りかかってきそうなタイプの怖さだが、この男は何を考えているのか分からないタイプの怖さがある。
「その左目、憑かれてんな。霊体ミミズに……」
「えっ……」
「しかも、〈あっち側〉のモン取り込んで、変質してやがる……面白れぇ」
にへらと笑みを浮かべるが、明らかにそれは友好を示すものじゃない。
例えるなら、子供が珍しい昆虫でも見つけた時のような、一方的な好奇心の眼差しだ。
それにこの男……私の左目が普通じゃないことに気付いた。
今はカラーコンタクトで赤い瞳孔は黒にしている。パッと見じゃ絶対に分からないはずだ。
更に言えば、『ミミズの亡霊』のことまで見抜いている。
カルト集団は嫌になるほど見てきた私だからこそ分かる。
この人は──多分、本物だ。
「ちょっとネオさん! 空魚が萎縮してるでしょ。あんまり脅さないでよ」
「……脅してねぇよ」
鳥子が注意すると、不本意とでも言いたげに『ネオさん』と呼ばれた男は目を逸らした。
「ごめんね、空魚。あ、こっちの人はネオさん。私と同じで裏世界の異物を探してるんだ。一応、霊能力者なんだよ」
「一応ってなんだよ、一応って」
苛立つように呟くが、慣れているのか鳥子はそれを受け流す。
何だ、この二人組……霊能力者?
少し前の私なら一笑していただろう存在だが、〈裏世界〉に居る化け物やミミズの亡霊……いや、“霊体ミミズ”を目撃した今なら別だ。
だけど、この左目は今や、〈裏世界〉を探索するために必要な私の力だ。
もしも、危険だから取り除こうとするなら、こいつらは──私の敵だ。
カラーコンタクトをいつでも外して、霊体ミミズを呼び出せるように距離を取ろうとした瞬間。
バタンと音がして、玄関の扉が開き、誰かが顔を出す。
汀だった。
「ああ、皆さんお集まりのようで。早く、中にお入りください」
「あ。今、行くよ。空魚、一緒に行こう」
「え、あ、うん」
鳥子が私の手を取って、玄関の中へ向かう。
ネオさんはそれを冷めた目で見ながら、後に続いた。
とりあえず、今すぐに私の左目をどうこうしようとはして来ない様子だ。
というか、この鳥子って女は随分と私に気安いな。
美人だからって、急に距離詰めて来られても困る。……いや、実はそんなに困らないかも。
強面のオッサンに引っ張られるよりは遥かに嬉しい。
玄関や廊下は想像通りに広かったが、その広さに反して調度品の類が極端に少なかった。
鳥子は何度かこの家に来ているようで汀に案内されるよりも早くずかずかと廊下を突き進んでいく。
廊下の突き当りで左の扉を開けると、彼女は中へ入った。
彼女に手を引かれている私も当然、続いて部屋に入る。続いて、ネオさんと汀さんも入室した。
薄暗い部屋には本やガラクタが床を埋め尽くし、足の踏み場もないくらいに散らかっていた。
何枚もディスプレイが並んだ机とゲーミングチェアの周りだけがほんの少しスペースが空いているくらいだ。
「あれ? 小桜は?」
鳥子がきょろきょろと見回して何者かの名前らしきものを呟き、床に積まれている本の山や箱を漁る。
「コザクラって? 猫か何か?」
「ううん。確かに猫っぽいとこあるけど、人間だよ。ここの家主」
じゃあ、そんなとこには居ねーよ。
と内心突っ込みたくなったが、今日会ったばかりの相手に馴れ馴れしくするのもどうかと思い、グッと堪えた。
ジャーっとどこかで水が流れる音がしてから、しばらくして部屋に誰か入って来る。
恐らくはさっきのはトイレが流れる音だろう。
件の小桜さんかと思いきや、工藤だった。
「ふう。スッキリした。お、紙越。ちゃんと来たな」
「工藤さん。急に呼び出したと思ったら何なんですか?」
「このおじさん、空魚の知り合い? というか、小桜は?」
鳥子に工藤を紹介するか迷ったが、適当にこの人が噂の裏世界ハンターだと伝え、秒で終わらせた。
やはり下卑た工藤は鳥子の美貌に興味を持ったようで、スケベな視線を向けている。
何かしでかしたら、ぶっ叩いてやろうと厚めの辞書を拾ったが、それよりも先に汀が話を始めた。
「その小桜さんについてですが……昨日から消息不明になりました」
パソコンを弄り、汀は画面の一つを付けた。
そこには眼鏡を掛けた黒髪の女性の映像が映し出されていた。
「その映像って、確か、私たちが〈裏世界〉で撮った映像が変化した奴……でしたよね?」
「ええ……そうです。私がこの映像を見せた直後、小桜さんは失踪しました」
汀の表情には深い後悔と不安が浮かんでいた。