戦慄怪奇ピクニック ウラすぎ!   作:唐揚ちきん

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ファイル6 振り返る八尺様Ⅱ

 三日後、私はまたも大学の帰りにハイエースで拉致されて神保町へ連行された。

 百二十万の臨時収入を奨学金(学生ローン)の返済以外にどう使おうかなんて、浮ついた考えていた矢先のできごとだった。

 歩道を歩いていたら、真横に見覚えのあるハイエースが停まり、何かと助手席側のドアが開いて、運転席に座っていた工藤に引きずり込まれたのだ。

 犯罪擦れ擦れどころか、普通にラインを飛び越した行為に面食らった私だが、文句の代わりに出たのは質問だった。

 

「工藤さん……今回は何を捕まえに行くつもりなんですか?」

 

 ここで拉致に対する非難を浴びせても、工藤の機嫌をそこねるだけで建設的な議論にはならない。

 だったら、どういう目的で〈裏側〉に行こうとしているか尋ねた方がまだ意味がある。

 なんだか飼い慣らされてる気がするけど、頭のネジが何本か抜け落ちているこのオッサンとの付き合い方はこれしかない。

 

「おう。分かってるじゃねぇか。今回は『八尺』の野郎を捕獲しに行くぞ。あの撮った映像で俺らが言ってた発言がどうにも気になってるんだわ」

 

「ああ、あのテープに残ってた異言ですか」

 

 意外だった。あの傲岸不遜な工藤が超常的とはいえ、他人の言動に左右されるなんて思いも寄らなかった。

 しかし、考えてみれば、こう見えてこのオッサンは数々の心霊現象をドキュメンタリー映像にしてきたという過去があるらしい。似たような状況に直面したことがあり、経験則から先手を打とうとしているのかもしれない。

 文脈としては意図が掴みづらいが、閏間冴月が吐いた単語にはネットで流行った怪談に関するものがちらほらあった。

 その一つが『八尺様』。

 身長が八尺、分りやすくセンチメートル換算すると二百四十センチある女の怪異。

 「ぽっぽぽ……」と奇声を上げて、自らが気に入った若い男を襲うと言われているネット怪談の一つだ。

 

「『振り返る八尺様は鳥居の中に入ります』……でしたっけ」

 

 紛れもない自分自身の声色で録音されていたにも関わらず、絶対に発言した覚えのない台詞。

 気味が悪いとは思うが、〈裏側〉では何が起きても不思議じゃない。何せ、くねくねなんていうネット怪談の化け物が跋扈している場所だ。

 謎の言葉が入ってるくらいはさして驚くことではない。

 だけど、工藤はそれとは別件で何か気になることがあると言い出した。

 

「それも何だが、その後に出てた閏間って奴の言葉だよ」

 

「えーと、『(ひじり)の丘で待つ』とか……」

 

「そう、それだよ。〈聖の丘〉。ありゃ、俺が元居た世界で、聞いた覚えのある単語なんだよ……」

 

 珍しく少し大人しいテンションで語る工藤に、私は尋ねた。

 

「聞き覚え?」

 

「『コワすぎ』にも何度か出た発言なんだがな……その〈聖の丘〉ってのが……うおっ!」

 

 答えようとした矢先、工藤が何かに驚いたと思いきや、ガクンと衝撃が走り、車体が揺れた。

 何が起きたのか判断できず、私も呼吸が一旦止まりかけたが、工藤が急ブレーキを掛けたと理解した時には思わず、文句が口を突いて出た。

 

「っ、工藤さん、いきなり……!」

 

「お前ら、何やってんだよ! 危ねぇだろうがよぉ‼」

 

 自分よりも遥かにぶち切れた工藤の怒声に一瞬で私の怒気が委縮する。

 しかし、怒りの矛先が自分ではなく、別の誰かだと気付いた私は視線の先に目をやった。

 ハイエースの正面に見える道路に男女の二人組が立っている。

 男の方は黒いスーツ姿で二十台後半、女の方はカジュアルな格好で二十代前半……いや、私と同い歳ぐらいだろうか。二人とも金髪だが、よく見ると男の方は髪の根元が黒く、単に染めている様子だった。

 逆に言えば、女の方は自然体の金髪であり、藍色の瞳も相まって西洋人風の相貌をしている。

 そして、これが私的には一番重要なのだが、二人とも人目を引くほど容姿が整っていた。

 金髪の男は工藤の怒鳴り声も気にせず、さっさと歩道の方に歩いて行ってしまう。

 取り残された金髪の女は状況が掴めていないのか、始終キョロキョロ辺りを見回していたが、何故かほっとした表情で男の後を追いかけて行った。

 その後ろ姿を見て気付いたが、彼女の膝から下は泥水がべっとり付着していて、まるでついさっきまで沼にでも浸かっていたような有様をしていた。

 「ネオさん」と先に行ってしまった男の名前らしきものを呼びながら、道路から早足で退場して行く。

 

「何だったんだ。急に車の前に現れやがって……」

 

「現れた? 飛び出して来たんじゃなくて、ですか?」

 

 工藤の言葉に引っかかりを感じて聞き返すが、「知らねぇよ」と返すだけだった。

 思い返せば、助手席に座っている私が前を横切るあの男女に気付けなかったのはおかしい。

 いくら工藤の方を見ていようが、視界の端で動くものがあれば、そちらに気を取られるはずだ。決して視力は高くはないが、人間二人が前方の道路へ駆け出すのを見逃すほどではない。

 工藤の言う通り、歩道から飛び出して来たというよりも、突然目の前に現れたと表現する方が正しいのかもしれない。

 もしかして、空間移動を使う超能力……なんて小学生のような妄想が脳裏を過ぎる。

 路上で急停車したままにもいかず、ハイエースは再び発進していく中、去って行った金髪の男女に想い馳せていた。

 

 

 ***

 

 

 なんやかんやあった道中、雑居ビルのエレベーターを使い、私たち二人は〈裏側〉へ訪れていた。

 前回と違い、工藤の方はビニール袋だけではなく、少し大きめなリュックサックを背負っている。話によれば、八尺様を捕獲するために網まで持って来たらしい。

 くねくねの時よりも本格的に捕獲しに来ている様子だった。

 私の方にはまたハンディカムビデオカメラが手渡され、撮影を命じられる。

 何でも映像としては公開できないが、汀が高値で購入することを狙ってのものだそうだ。

 あれだけ映像作品に対する情熱だの矜恃だの語っていた癖に、即物的過ぎて若干呆れる。

 そもそも、〈裏側〉に八尺様が本当に居ると確認もできてないのに、捕獲する気で望むこと自体が既におかしい。

 でも、八尺様を捕まえられなくても、〈裏側〉の映像が売れるなら無駄骨にはならずに済みそうだ。充分な報酬が確約されているなら私も手伝うのに異論はない。

 私は梯子を降りた後でカメラを起動して撮影を始める。

 

「よっしゃ! 行くぞ、紙越」

 

「はい。それじゃあ、今回はどこから探しますか?」

 

「そうだな……上から見た時、南西の方角に廃ビルみたいな場所見えたよな。あそこにしてみるか」

 

 廃ビルか……。骨組みビルの屋上から見た景色にはいくつかそういった人工物の痕跡が残っていた。

 廃墟探索になれた私でもこの世界にある建造物はどういう扱いのものか分からない。

 自分一人なら物怖じするが金属バット片手に持ったこのオッサンが居ると、心持ち安心感がある。

 私はその言葉に頷いてカメラで撮影しながら、工藤の後を続いた。

 またくねくねが出現するかと気を張ってカメラを回したが、ここに居るのは工藤と私だけで人影らしきものは一切見られない。

 風に揺れて擦れる草と私たちの足音以外に音を立てるものがない。人間の存在がないと世界はこんなにも静かなのか。

 無人の世界……考えてみれば、当たり前か。〈裏側〉の存在を知っているDS研の連中でさえ、安易にこちらへ来ようとは思わないのだ。

 私たちのようなちょっとおかしい人間しかこの場所には訪れない。

 そんな風に考えながら草原を突き進んでいると、私はふと工藤のアシスタントディレクターだという市川という人物のことを思い出した。

 

「そういえば、工藤さん。市川って人は探さなくていいんですか? 工藤さんと同じようにこっちに来てるかもしれないんでしょう?」

 

 そう聞くと、工藤は「あー……」と歯切れ悪く呟く。

 

「市川の奴はもう死んでるかもしんねぇな。何せ、生首だけになってたし」

 

「ええ、生首って……どういうことですか!? 前は門になったとか言ってましたけど」

 

「まあ、色々あってな。首、ちぎれてよぉ。そのまま異界に呑み込まれて、でもそこで門みたいになって俺とカメラマンの田代を助けてくれた。呪いに取り込まれた俺が戻ってるんだから、あいつもこっちに来てんなら戻ってる可能性があるかと思うんだが」

 

 相変わらず、訳の分からない話をする人間だ。

 お世辞にも説明の上手いとは言えない工藤が、更に突拍子もない話をするものだから、ますますこんがらがってしまう。

 どういう状況で何が起きたのかは把握しづらいけど、その市川という人が工藤に散々面倒を掛けられていただろうことは察せられた。

 

「大切な仕事仲間……だったんですか?」

 

「ああん? 市川が? 馬鹿言うな。あいつは、アレだ。口煩いアシスタントディレクターだよ。俺のやることに一々文句付けやがって」

 

 市川に悪態を吐くその様子が、どこか強がってるような子供のような印象を受けて、少しだけ微笑ましかった。

 そんな風に思える相手が居るだけで羨ましく感じる。

 私にはそんな相手は居ない。悪態を吐く友達どころか家族すら居ない。

 嫉妬するまでいかないのは、誰かにそこまでの親しみを懐いた記憶がないからだろう。

 未だにぶつくさ文句を呟いている工藤だったが、そこで何者かの声が鼓膜に飛び込んで来た。

 

「と、止まれ!」

 

「……っ!?」

 

 私も工藤も自分たち以外の人間の声に驚き、声が飛んで来た方向に目を向ける。

 私たちが居る草むらから十メートルほど離れた場所に異様な格好の男が立っていた。

 一瞬全身が銀色に光ったため、くねくねと同じ異形かと思ったが違った。

 安っぽく凸凹した銀色のテカリは私もキッチンでよく見るものだった。

 男はアルミホイルを撒いたヘルメットを被り、同じくアルミホイルをべたべたに貼り付けた上着を着込でいた。

 手に持っているのは……何だ? ビニール傘の骨組みにアルミホイルを貼り付けたような、小学生の工作じみた物体を握っている。

 無精ひげを生やし、血走った瞳をぎらつかせている双眸(そうぼう)は奇怪な衣装と合わせて、正気を失った狂人にしか見えなかった。

 

「何だ、お前は!」

 

 工藤が金属バッドを担いで威嚇するように怒鳴り付けるが、アルミホイル男は制止するように手を突き出す。

 

「死ぬぞ……。踏むと死ぬぞぉ!」

 

「はあ? 何を踏むってんだよ。地雷でも埋めてんのか!」

 

「グ、グリッチ。グリッチ、だ……」

 

 アルミホイル男はそれだけ言うと、アルミホイルを貼った骨組みの傘から金具の一部を外して、工藤の一メートルくらい手前に投げた。

 その瞬間、耳をつんざくような轟音がして、閃光が走った。

 反射的に目を瞑った私の頬に熱風がふわりとかかる。

 恐る恐る目を開いた先には、空中に落下途中で静止した金具が浮いていた。

 赤銅色に焼け焦げたそれは瞬時に黒く萎びて朽ちていく。

 ぽとりと落ちたそこには一部灰化した草むらだった。

 

「ト、ト……〈トースター〉だ。踏むと燃えて、し、死ぬ。〈ゾーン〉にはたくさんある。グリッチの一つだ……」

 

 呆然としていた私たちにアルミホイル男は灰化した地点を避けて、近寄って来る。

 取りあえず、この人のおかげで突然の焼死を回避できたらしい。

 

「あの、ありがとうございます。助けてくださって」

 

「あ、……あ、うん。〈ゾーン〉のグリッチには気を付け、て……てて、て」

 

 硬直が解けて、改めて彼に感謝しようとするが、男は突然顔を押さえて、私の顔を凝視した。

 

「みみ……美智子?」

 

「え、ミチコって、誰ですか?」

 

 唐突に言われた人名に戸惑って聞き返すが、目の焦点のズレたアルミホイル男はそのまま私に突進してくる。

 

「美智子ぉ……美智子美智子! ああ。ああ! よかっ、ああっ‼」

 

 そのまま、接近してきたアルミホイル男は、知らない女性の名前を連呼しながら、私に抱き着こうと腕を伸ばした。

 ぎょっとして仰け反る私だったが、その前に前に立っていた工藤の金属バッドが男の胴を殴り付ける。

 

「何だ、お前! イカれてんのか、おいコラァ!」

 

 体勢を崩して倒れ込んだアルミホイル男にすかさず飛び掛かって、首を絞め上げた。

 上体だけを引きずり起こした工藤はチョークスリーパーの要領でぎりぎりと首を押さえる。

 男は口から泡を吐きながら手足をバタバタと動かして逃れようとする。しかし、がっちりと後ろから抱え込んだ拘束から逃れることはできず、返って喉が絞まる結果に終わった。

 

「うっぐあっ! はなっ、はなっせぇ!」

 

「キチガイだろ? お前、キチガイだろ? なあ! なあ、オイ!」

 

 放送禁止用語を連発して男を捕縛する工藤。

 頼もしいと感謝したのは数秒で、工藤が男を絞め殺す前に慌てて放させた。

 

「工藤さん、やりすぎですよ! 死んじゃいます、その人死んじゃいますから!」

 

 この人もこの人でヤバい。通常の狂人より少しマシな狂人でしかないことを改めて思い知らされた。

 その後、工藤の暴力により大人しくなったアルミホイル男は、私に謝罪と感謝の言葉を吐いて、地面に膝を突いた。

 

「す、すまない。間違えた。間違えたんだ……」

 

 男の顔には深い落胆と悲しみが刻まれ、その場で少し泣き出す。

 

「何がだよ。何と間違えたんだ、このキチガイ」

 

 バッドの先を突き付けた工藤は相変わらずの恫喝を始め、収拾が付かなくなりそうになる。

 駄目だ、このオッサンには『脅す』と『殴る』以外に対人コマンドが存在しない。ここは私が何とかしないと……。

 

「脅さないでください。取りあえず、自己紹介しましょう。私は紙越って言います。こっちが工藤さん」

 

 何故、コミュニケーション能力の低い私が、率先して初対面の人間とコミュニケーションを取りに行かなくてはならないのだ。

 だが、仕方ない。社交性マイナスと社交性ゼロなら、ゼロの方がまだマシだ。

 私たちが名乗ると、アルミホイル男も名乗り返してくれる。

 

「俺は……肋戸(あばらと)だ」

 

 そう名乗った男は神隠しにあった妻を探して〈裏側〉に入って来たのだと答えた。

 




肋戸のルックスも白石作品風に変わっています。
何故、堀光男スタイルなのかというと原作の彼のままだと、白石作品に登場する狂人枠と比べて薄味に感じたからです。

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