戦慄怪奇ピクニック ウラすぎ!   作:唐揚ちきん

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ファイル7 振り返る八尺様Ⅲ

「み、見間違えた。混乱して、妻と……美智子と……」

 

 アルミホイル男改め、肋戸は私にたどたどしく釈明する。

 いきなり襲われかけた身としては、だから何だと言うところなのだが、散々工藤にバットでド突かれていたシーンを見た後だと許せてしまう。

 正直に言って、さっきの様子から正気が残っているか怪しいが、拙い説明の要点を纏めると肋戸は行方不明になった妻を探しに〈裏側〉、彼の言うところの〈ゾーン〉へと訪れたらしい。

 どのくらいここに滞在しているのかと聞くと、震える手で数を表しながら言った。

 

「八十三日……」

 

「三か月近く居るんですか? こっちの世界に!?」

 

 ぎょっとして尋ね返すと、肋戸は当然のように頷いた。

 うわあ……。マジか。こんな異様な空間で一年の四分の一を過ごしてるなんて、ますます以って正気とは思えない。

 

「ほーん。じゃあ、アンタさ、八尺様見たことない、八尺様。こーんなデケェ女なんだけどよぉ」

 

 自分の身長よりも高いところまで手を伸ばしてジェスチャーをする工藤。

 今の話を聞いてまったく動じてない辺り、この人もこの人で正気じゃないな……。それにくっ付いて来た私が言える立場でもないけど。

 

「み、見た……」

 

「え、本当ですか!?」

 

「本当だろうな。ガセだったらお前、これだぞ。これぇ……」

 

 肋戸の発言を疑うような目で見る工藤はおもむろに鉄バットを振り上げ、威嚇する。

 先ほどしこたまそれで工藤に殴られたことを思い出したのか、肋戸はびくりと身を震わせた。

 

「やめてくださいよ、工藤さん。せっかく糸口になる目撃情報が聞けるかもしれないんですから。それでどこで八尺様を見たんですか?」

 

 やむなく私は工藤から庇うように彼の前に立って尋ねた。

 

「少し先の……白い建物だ。や、奴は美智子を……美智子を攫った〈ゾーン〉の住人だ! だ、だから俺は奴と戦うための、ち、力を蓄えていたんだっ!」

 

 正気と狂気の境界線を行ったり来たりしながら、肋戸はそう答える。

 喋る彼は徐々に語調を強め、最後には唾を飛ばす勢いで叫んだ。

 

「俺は……命を懸けてるっ! 美智子を取り戻すために、あの〈ゾーン〉の住人と戦う! お、お前らにはその覚悟があるのかぁっ……!」

 

「バカヤロー! あるに決まってんだろぉが!」

 

 肋戸の熱気に当てられたのか、興奮した工藤は何故か彼を拳で殴った。

 え、何で……? 何で今殴ったの、この人。

 

「俺はなぁ! こっちの世界に命を懸けてんだよ! こっちで八尺の野郎捕まえて、金持ちになって、良い車乗って、良い女(はべ)らすためになぁ!」

 

 凄まじく俗っぽい野望を熱く語り始める。

 こうして考えると、工藤は本当にクソ下らないことのために命懸けている。

 それでも、愛する妻のためにここでサバイバルしている肋戸よりは共感できる自分が少し悲しかった。

 工藤が私にもこの話題を振って来る。

 

「こいつもなぁ! 俺と同じで命懸けでここまで来てんだよ! なあ、紙越ぃ!」

 

「ええ!?」

 

 命までは捧げたつもりはないぞ。

 確かに〈裏側〉までやって来たのは好奇心とお金のためとはいえ、ここで死ぬつもりは毛頭ない。

 死ぬなら是非とも工藤一人で死んでほしい。

 

「そ、そうか! 君らも命懸けか! わ、分かった! それなら、俺と協力してくれ……! 俺と一緒に奴を倒そう!」

 

「望むところだよ! 俺たちゃ覚悟決まりまくってからなぁ!」

 

 キマッてんのはこいつらの脳内麻薬だけなんだよなぁ……。

 だけど、ここで「あ、やっぱ自分抜けます」と言い出したら、テンションの上がった男二人にリンチされる可能性がある。

 私は渋々、彼らに同調した。

 

「ああ、はい……そっすね」

 

 こうして、私たちはなし崩し的に八尺様捕獲同盟を結成。

 作戦を立てて、肋戸が八尺様を見たという場所に全員で向かう流れとなった。

 先導するのはこの場所に詳しい知識を持つ肋戸。私と工藤はタモ網を持って後を続く。

 

「小さな物、とか……投げて進め。な、なかったら長い棒とかで……突け」

 

 彼は身に着けているアルミホイルの服をちぎって丸めては、前方へ落としながら歩いている。

 

「死だ……この世界は死で満ちている。〈ゾーン〉は見えない罠で、俺たちを襲おうと、し、している」

 

 ポロリと落とされたアルミホイルの小玉は地面に触れた瞬間、液状に溶けたり、高速で跳ねたり、異様な現象に見舞われている。

 この罠を総称して肋戸はグリッチと呼んでいるのだそうだ。

 グリッチは草むらに隠れてはいるが、何かしらの物体と接触すると姿を露わにする。

 見せてもらった内、名称を教えてもらったのは、三種類だけだった。

 白い挽肉じみた細かい塊が円錐状に突き出たもの、〈仏壇飯〉。

 髪の毛で作られたジャングルジム、〈カスミ網〉。

 そして、最初に見た炎の出る噴出孔、〈トースター〉。

 これらは発生頻度が非常に多く、名前を付けて判別する必要があったのだという。

 

「他には、ふ、触れたものに力を与えるグリッチもある……」

 

「力を与えるってどんな風にですか?」

 

「じ、実際に見た方が、早い……。工藤」

 

 肋戸が工藤を呼ぶ。

 彼は、目の前にある場所を指差して工藤に言った。

 

「この場所に触れて、みろ……」

 

「ああん? 何でだよ、お前が触れよ」

 

「工藤……!」

 

 強面の割りにビビりの工藤はその指示に逆らうが、相手も引かないところを見て、不承不承ながら従う。

 

「ああ、分かったよ。おさわりバーの姉ちゃんのケツみてえにベロンベロンに触ってやるよ!」

 

 下品な発言と共に男らしく決めてはいるが、二分くらい渋った上に、私の方をちらちら見て変わってもらおうとしていたのに気付いている。

 この男は基本的に情けなさと下品な欲望で構成された人間なのだ。

 

「おるらぁ!」

 

 勢いを付けて触った彼は、ほとんど一瞬で手を引っ込める。

 ……どこまでも覚悟の決まらないところは一周回って、尊敬してしまいそうだ。

 工藤がグリッチ触れた瞬間、ビカビカと目に悪そうな光の点滅が工藤の身体から発生した。

 

「うおっ! 何だこりゃ!」

 

「ふ、服を脱いでみろ」

 

「ああ? 服? ……おお!?」

 

 訳も分からないまま、突然肋戸が工藤の上着を剥ぎ取る。

 怒号を上げて抵抗する工藤だったが、やせ細った見た目に反し、力は強いようであっという間に上半身裸にされてしまった。

 男性にほとんど免疫のない私は本来ならば「キャー」とか言って目を覆うべきなのかもしれないが、目の前で突然行われると羞恥より早く、驚愕の方が来て、硬直してしまう。

 上半身の衣服を脱がされた工藤の光は点滅をすぐに止める。

 それから奇妙な紋様のようなものが胸から腹部、肩にまで滲むように現れた。

 その模様は、両端を丸で挟んだ棒の羅列のように見えた。

 

「な、何なんだよ。この模様は」

 

「力を与えるグリッチ、〈タトゥー〉だ……。これは触れた生物の、パ、パワーを、引き上げる……」

 

「おお、そう言われてみるとパワーが(みなぎ)ってくる気がするぜ!」

 

 頭のネジが二三本行方不明の工藤はその得体の知れない模様が身体から出ているのに無邪気に喜んでいる。

 私は触れさせられずにほっと胸を撫で下した。

 あんな模様が身体から浮かび上がった日には、ショックで二晩は寝込んでしまうだろう。

 

「そ、その模様は一時間程度で消える……一度その効果を受けると、もう一度〈タトゥー〉に触れても効果を受けることは、できない……」

 

「ほー。ってことは一回ポッキリのドーピングって訳か」

 

 工藤は感心して頷いた。

 一応、あの模様は消えるらしい。

 肋戸が使わないのは恐らく既にその効力を過去に受けているからだ。

 もし、一時間以内に勝負を掛けないと、次に私があのヘンテコな模様を受けさせられるかもしれない。

 何としてもそれは乙女の尊厳に置いて避けたいところだ。

 

「これが力を与えるグリッチか」

 

「も、もう一つ……ある」

 

 腕をグルグル回して、感覚を確かめる工藤に肋戸が言った。

 彼によれば、そのもう一つの力を与えるグリッチが重要らしい。

 

「どこにあんだよ、それは」

 

「白い……建物の中。や、奴が居る場所だ……」

 

「その白い建物って、八尺様を見かけた場所と同じですか?」

 

 私が聞くと、彼は首を縦に振った。

 ボスのダンジョンの中にパワーアップポイントがあると聞くと、途端にテレビゲームっぽく感じてしまうのは私だけだろうか。

 どうにも都合が良すぎて作為的なものを感じてしまう。

 能天気な工藤は「好都合だ」と喜んでいた。この人はどこまでも低能というか、臆病な割りに物を考えない。

 準備の大半が整ったということで私たちは、今度こそ白い建物へと向かって歩き始める。

 一抹の不安と期待を込めて、足は前へと進んで行った。

 

 




しばらくぶりの更新です。
他の抱えている連載小説の方を書いていたのですが、アニメ化された記念に頑張りました。
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