戦慄怪奇ピクニック ウラすぎ!   作:唐揚ちきん

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ファイル8 振り返る八尺様Ⅳ

 話に聞いた白い建物は、三階建ての廃ビルで全体的に横に長く伸びていた。

 イメージとして一番近いものを上げるなら、小学校の校舎だろうか。

 窓の割れられた廃校舎。それが白い建物に対して、私が懐いた感想だ。

 

「……こ、これは!」

 

 先導していた肋戸が急に声を上げる。

 

「何だ何だ? またグリッチってヤツか」

 

 工藤が覗き込むと、彼は首を横に振って地面を指差した。

 向いた先にあったのは地面の窪み。草の根元が折れ曲がり、何か大きな棒状のもので押し当てられたのような痕跡だが……。

 

「足跡だ……〈ゾーン〉の住人の足跡に、ま、間違いない……」

 

「これが八尺の野郎の足跡なんだな。おい、紙越。カメラで撮っとけ」

 

「はいはい。でも、撮影した映像が正しく録画できるか分かりませんよ?」

 

 〈裏側〉の映像は〈裏側〉でしか認識できない。この映像は向こうに持って行くと変質する。

 いや、ひょっとすると私たちが認識しているこの光景自体が間違っていて、映像の方が正しいのかもしれない。

 どちらにせよ、私たちが見ている景色を表の世界に持って行くことは不可能なのだ。

 もっとも別世界の映像としての価値は保障されるから汀のような人間は高値で購入してくれる。

 

「それでいいんだよ。これが俺の『コワすぎ流』の制作法だ。面白そうなモンがあったら取りあえず撮る。どう映ったかなんて編集段階で考えりゃいい」

 

 その行き当たりばったりの思考はディレクターとしてどうなんだ……。

 感心よりも呆れが先行するが、特に反論せず、足跡らしい窪みを撮影する。

 ズームにして撮り終えると、屈み込んでいた肋戸はぼそりと呟く。

 

「ま、待っていろ、美智子……俺が、必ず……」

 

 まだこの足跡の主が近くに居る可能性もあるにも関わらず、彼は焦点の合わない目付きで草むらを突き進んで行った。

 気がせいでいるのか、あれだけ慎重だったグリッチ探査はおざなりになっていき、背の高い草むらを抜けると急激に駆け出した。

 

「ええ、走っちゃっていいんですか!? グリッチとかあるんでしょ!?」

 

「紙越!」

 

 肋戸を止めるぞとでも言うのかと思ったら、カメラを顎で指し示す。

 

「あいつにカメラ向けとけ」

 

「ええ!? 下手すると燃え上がったり、弾け飛んだりするかもしれないんですよっ!?」

 

「そうなったらそれで見物だろ。最悪、あいつが死んでも八尺の野郎が現れる場所は判明し(われ)てんだからよ」

 

 ひ、人でなし過ぎる……!

 散々ヤクザだのキチガイだの内心で呼んでいたが、ここまで外道じみた発言するとは流石に思わなかった。

 笑いながら冗談めかして言うなら、まだしもこの人真顔で言っている。

 恐らく、素。偽りない本音で人命よりもインパクトのある映像の方に興味があるのだ。

 これが根っからの映像ディレクターとしての性分だとするなら擁護のしようもあるかもしれないが、映像そのものよりもそれに付加される金銭目的なのが透けて見えるからタチが悪い。

 そう思いつつも、私は走る肋戸へハンディカムビデオのレンズを向けた。

 スプラッタ光景など見たくはないし、さっきまで会話を交わしていた相手が凄まじい死に方をする場面など想像もしたくない。

 だけど……。

 興味はあった。

 こちら側で死んだ人間の映像は、一体元の世界ではどのような映像に変換されるのか。

 仄暗い好奇心。あからさまにタブーなものへの安全地帯から手を伸ばす感覚。

 濡れた猫を電子レンジで温めたらどうなのか、のような思考の端を掠めても絶対に実行しない行動への興味。

 私の身体はそんな悪趣味な興味に動かされて、肋戸を撮り続ける。

 肋戸は何事もなく、草原地帯を抜けたところを見て、自分が安心したのか、それともガッカリしたのか判断できなかった。

 いけないいけない。工藤と関わったせいで、私のなけなしの人間性と倫理観が著しく摩耗している気がする。

 しっかりしろ、紙越空魚。私までダークサイドに堕ちるなよ。

 

「おーい、無事かー?」

 

 白々しく工藤が心配の言葉を掛けつつ、後を追う。

 安全が確認できたので彼の踏んだ足跡の箇所を踏みながら白い建物に接近していく。

 先行していた肋戸は地面に四つ這いになり、何かを見つめていた。

 

「あ、足跡だ……奴らの足跡……」

 

「え、足跡って……? それ、ですか?」

 

 カメラ越しに彼の言う「足跡」を観察する。

 一言で表すなら、それは巨大な判子を押し付けたような痕跡だった。

 直径三十センチほどの円の中にみっちりとくさび型文字のような図形が刻まれている。

 人間どころか、生物の足跡には到底見えないそれは二メートル間隔で点々と続いていた。

 これが八尺様の足跡だとするなら、少なくても脚部は人間とは完全に異なる見た目をしているだろう。

 それは白い建物の入口の辺りまで続いていた。

 

「やはり……ここだ! こ、ここに居る……! 美智子をこの〈ゾーン〉に連れ去った奴がぁ……!」

 

 白い建物の正面玄関へと肋戸が向かう。

 

「あ、ちょっと!」

 

 無策で異形の存在が居る場所へ突入するのはまずいのではと、言おうとするが怒りで興奮している彼の足は止まらない。

 どうすべきか判断を工藤に仰ぐと、ビビり……もとい慎重派の彼には珍しく、進むぞとの回答が返って来た。

 

「ここまで来たからな。もう一つの力を与えるグリッチもこの中らしいし、俺らも行くぞぉ!」

 

「……そうですね。ここまで来ておいて引き返すって選択肢はないですよね」

 

「お前もなかなか『コワすぎ流』が板に付いてきたじゃねぇーか! よっしゃ! 気合入れて、八尺の野郎をとっ捕まえてやろうぜ!」

 

 工藤がそう言って、建物の中へと入っていく。

 私はその背中を撮影しながら、恐る恐る追従した。

 廃ビル内は薄暗く、外の陽射しとの明暗差に眩暈を覚えるほどだった。

 ビルの中は二階から三階まで床が崩れ、吹き抜け状態になっている。

 意外にもあれだけハイテンションで先に飛び込んでいった肋戸は入って少し先の場所で呆然と立ち竦んでいた。

 

「肋戸さん? 大丈夫ですか?」

 

「…………」

 

 話しかけても反応はない。ただ焦点の合わない目で室内を眺めている。

 ほとんど伽藍堂(がらんどう)になった室内を割れた窓から差し込む光がスポットライトのように照らしていた。

 中央で光の帯を浴び、床に大きなシルエットを作っているのは……女性。

 二メートルは超えていると思われる、とても背の高い女性だ。丈の長い白いワンピースとツバの広い帽子を身に着けている。

 こちらに背を向ける彼女はその長い黒髪を垂らして佇んでいた。

 ――八尺様。

 身長は八尺、センチメートルに直すと二百四十センチある女の怪異。

 くねくね同様、ネット怪談で有名になった異形だ。

 女の容姿は都市伝説で伝えられる姿、そのものだった。

 

「み、み、美智子ぉぉぉ!」

 

「……っ!?」

 

 ある種の感動を感じながら、その姿をハンディカムカメラに収めていた私だったが、真横で突如起きた叫び声につられて、そちらにレンズを向けた。

 肋戸が、泣いていた。

 小さめの瞳から、よくもそこまで涙が出るものだと感心してしまうほどの号泣。

 身体を歓喜の震えで満たした彼は独り言のように呟く。

 

「よ、ようやく……見つけた……み、美智子だ……あれは美智子だぁ!」

 

「え、ええー……」

 

 奥さん!? あれが奥さんの美智子さんなの!?

 多分、というか絶対に違うだろう。もし美智子さんが二メートル以上ある女性だとするなら、八尺様の話を工藤が持ちかけた時点で何かそれに対するコメントをしていたはずだ。

 ひょっとすると、彼にはあれが二メートル以上ある髪の長い女には見えていないのかもしれない。

 

「あれ、二メートル以上身長ありますよ? 肋戸さんの奥さんてそんなに背が高い人だったんですか?」

 

 自分でも少し状況からズレた質問だと思ったが、私の視界に映っているあの女と彼の目にある奥さんの映像が同じかどうかは確かめられるはず。

 

「た……確かに、美智子は、あんなに背が高くはなかった……髪ももっと短くて……でも、美智子だ。あれは紛れもなく美智子なんだ!」

 

 そう力強く断言する。

 視界に映る女の姿が、当時消えた奥さんに見えている訳ではない様子だが、それなら逆に何故肋戸はあれが妻だと断言できるのだろうか。

 

「み、美智子……すぐに俺も行くからな……」

 

 悩んでいた私を余所にふらりと肋戸が室内の中央へ向かって歩き出す。

 視線は八尺様に固定され、瞳はさっきよりも虚ろだ。

 

「あ、肋戸さん! ヤバいですよ!? それ、近付いちゃまずい奴です!?」

 

 言っても彼の足は止まらない。ゆっくりだが、着実に背を向ける八尺様に引き寄せられるように近付いていっている。

 

「美智子……美智子……美智子ミチコみちこぉ……」

 

 私はそこで『八尺様』のネット怪談の内容を思い出した。

 簡潔に内容を表すなら、「八尺様は気に入った若い男を見つけると、その男をどこかへと連れ去って行こうとする」という怪談だ。

 肋戸は若いと形容するには、かなりオッサン過ぎるが、魅入られた男が連れ去られるという部分に関してはこの状況と一致している。

 彼は八尺様に魅入られてしまったのだ。

 どうしようかと、工藤に尋ねようとした時、既に前に居た工藤はビニール袋からあの呪いの髪飾りを取り出していた。

 

「目を覚ませ、オラァ!」

 

 髪飾りを掴んで肋戸の後部から殴り掛かる。

 プロレスでいうところのラビットパンチ。禁じ手である。

 

「ミチコみちッ!?」

 

 八尺様へと接触する十数歩前で、彼の身体が横に傾ぎ、床に倒れる。

 工藤は彼の着ているアルミホイル塗れの服のボタンを強引に引きちぎり、呪いの髪飾りを懐に押し込んだ。

 そして、ビンタ。

 往復ビンタを肋戸の顔に幾度も打ち込み始める。

 

「え、え……な、何をなされているんですか?」

 

 驚愕の奇行についいつも以上に丁寧な言葉遣いで聞いた。

 工藤はさも当然と言った口ぶりで言う。

 

「見て分かんねえのかよ! こいつを正気に戻してやってんだよ。オラ、起きろ、肋戸ォ! 戻れ、正気に戻れぇ!」

 

 泡を吐いて目を瞬かせている肋戸の顔が腫れ上がる勢いで叩きまくる工藤。

 

「こいつで八尺の野郎の力を追い払えるはずだ!  呪いと怪異のデスマッチ! 呪いの髪飾りが勝つのか、八尺の力が勝つのか決戦だ、決戦! オラァ、オラオラオラァ!」

 

 無茶苦茶な理屈で、肋戸の顔を叩き続けていく。

 大体、その呪いの髪飾りは人体に接触させて良いものなんだろうか。

 毒を以って毒を制すと言う格言はあるが、更なる猛毒にならないことを祈りたい。

 




もう一話で八尺様編が終わりそうです。
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