さて、真相に迫ります。
「どういう意味ですか?」
ティーアは、相変わらずニコニコと笑っている。
「不思議じゃないです?」
ホームズは、顔色一つ変えずティーアを睨みつける。
「コウノトリが運んでくるわけじゃあるまいし、子供を二人作って、必ず男の子と女の子が一人ずつなんてことはありえない」
ホームズは、肩をすくめる。
「そうですね、必ずはありえません。しかし、偶然はありえますよ?」
柔らかく微笑むティーアにホームズは、首を横に振る。
「いいや、偶然じゃあない」
ホームズは、冷めた口調のまま続ける。
「この村にいる間にとある赤ん坊の母親がこう言っていたよ。『ようやく生まれた女の子だから大切にしなきゃね』って」
「何かおかしいところでも?」
「シラを切るつもりかい?」
ホームズは、言葉を続ける。
「家督を継ぐのは、男の子だ。『ようやく男の子が生まれた』ってなら、分かる。でも、逆なんてありえないだろう?」
「そうですか?」
ティーアは、そう言って教会扉の前に立つ。
「家督を継ぐのは、もしかしたら、女の子かもしれません。それは、家によって違いますよ」
ホームズは、目を険しくする。
「あぁ、そう。まだ言い逃れるのかい?」
「言い逃れも何も………」
「『ようやく生まれた女の子』、実はこれまだおかしいんだこの言葉」
その言葉にティーアの表情が一瞬だけ固まる。
「その家には息子一人だけだった。なのにだ、その母親は、『ようやく』そう言ったんだ」
ホームズは、さらに言葉を続ける。
「いいかい?『ようやく』っていう言葉はね、何回か試してから使われる言葉なんだ。子供が一人だけの家庭で使われる言葉じゃない」
「決めつけですね、他の可能性だってありますよ」
言及はしないが、神父の言いたいことは、分かる。
「もちろん、そうだろうね。でもね、だったら、性別はいらないんだよ。『ようやく生まれた子』と言うはずなんだ」
ホームズは、少しずつ着実にティーアの逃げ道を塞いでいく。
「答えたまえ、ティーア神父。この村の約束とこの教会の戒律。早起きすること、食べ過ぎないこと、あと一つ」
ホームズの碧い瞳にティーアは、肩をすくめる。
「この村は、男の子一人女の子一人という子供の内訳にしないといけないという決まりがあると?」
「それだけじゃあない。さっきも言ったけど子供を二人作って必ず男の子一人と女の子一人なんて内訳になるわけがない。男二人、或いは女二人になるかもしれない。つまり、何が言いたいかと言うとだ、」
ホームズは、そこで大きく息を吸い込む。
「この性別のダブってしまった子は、一体どこへ消えたんだい?」
ホームズの冷え切った声が教会に響き渡る。
「…………あなたの予想は?」
「この孤児院にいるんじゃあないのかい?」
「隠しても仕方ありませんね。そうですよ。あなたの言う通り、この村の約束で、この教会の戒律にあります。『兄妹、または、姉弟のどちらかにすること』とね」
ティーアは、肩をすくめる。
「まあ、どんなに約束したところでこればっかりはね、だから、かぶってしまった子達はここで引き取っています」
ホームズの険しい顔を見てアーティは、ため息を吐く。
「念のため言っておくと、コレも村を生き残らせるためのものなんですよ」
ティーアは、そう言って言葉を続ける。
「父親と母親、そして、子供一人の場合は、段々と人数は減っていく。当たり前ですね。
かといって父親と母親、そして子供が三人以上になってしまえば、村の人口は増えていきます。
元々豊かでない村にそれを生かしていける術はありません。
だから、男一人、女一人という子供の産み方にさせたのですよ」
ホームズは、苦虫を噛み潰したような顔をしている。
「君たち、頭おかしいゼ」
ホームズは、信じられないという顔だ。
この結論にたどり着くのに時間がかかった理由もそこにある。
あまりに信じられなかったのだ。
こんな事を平然とやってのける人間が。
子供を抱き嬉しそうに微笑んでいたあの母親が、実は何人も子供を捨てているというその事実が。
ホームズは、どうしても信じられなかったのだ。
「大抵のものは、算数だ。でも、これだけは違う。これだけは、算数で測っていいものじゃあない」
「正論ですね。けれども、それだけで、人は生きていけません。綺麗事だけではやっていけないのですよ」
「だからって綺麗事を辞めていい理由にはならない」
ホームズは、ティーアを間髪入れずに否定し、そして言葉を続ける。
「知ってるかい?そう言うのを言い訳と言うんだ」
ティーアは、呆れたように肩をすくめる。
「やれやれ、随分と青臭い理想論だ。若さの特権かな?」
「違うね。こういうのを一般論と言うんだ」
そう言って、ホームズはティーアを睨みつける。
「僕が君より若いとかじゃあない。君が僕より狂ってるんだ」
「怖い顔だ」
クスクスと面白そうにティーアは、笑っている。
人の笑顔は誰かを元気づける。
だが、この男の笑顔は見るものすべてに不快を覚えさせる。
「ティーア神父、最後の質問だ」
「何ですか?」
「引き取った子供たちは、今どこにいるんだい?」
ティーアは、肩をすくめ、やれやれと首を振る。
「どこにいるも何も、ここにいるに決まっているじゃないですか」
「嘘だね。はっきり言ってあげるよ、引き取った子供たちは死んでいる。そうだろう?」
ホームズは、はき捨てるように言葉を紡ぐ。
「フフフ、おかしな事を………散々マープルや他の子を見たじゃないですか?」
「それが全部じゃあないだろう?さっきの算数と逆だ。一人子供を預かったら、二人消す。そうする事で、単純に一人減らすことができる、そうだろう?」
「…………証拠は?」
「君がさっき、白状したじゃないか、人が増えたら村が潰れてしまうって」
ホームズの目は険しく、口調は鋭さを増していく。
「増えた人間をそんな風にしか見られない君が、いらない子を引き取って育てている、こんな馬鹿な話があるものか」
ホームズは、そのままティーアを問い詰める。
いつの間にやらティーアの顔から笑顔が消えている。
目の前の人間を子供と見ていない。
ホームズの碧い瞳の奥に潜む脅威に気付いている。
「あえて聞いてあげる、ティーア神父。子供たちをどこへやった?」
ティーアは、パチパチと手を叩く。
「ブラボー……流石ですね、あなたの名前は伊達じゃない」
ティーアは、拍手し終わった手をポケットに手を入れる。
「質問に答えたまえ、ティーア」
「知りたいんですか?」
そう言いながらポケットから手をゆっくりと出す。
そこには、マナの欠片がにぎられていた。
「…………?」
首をかしげるホームズ。そして、それを嘲笑うかのように青白く輝くマナの欠片。
ヨルのヒゲがピクリと反応する。
「まずい!ホームズ!!」
ヨルのその声とティーアの顔に笑みが浮かんだのは同時だった。
「冥土の土産に」
次の瞬間、マナの欠片は、炎となってホームズに襲いかかった。
ホームズのいた場所で轟々と燃える炎。
「おやおや、少し加減を間違えました」
そう言って炎をパッと消し、燃え残っている炎を踏んで消す。
炎から少し離れた所でホームズは、息を切らしていた。
「まさか、逃げられるとは」
そう言うと今度は、氷の矢を作り出し、ホームズに照射する。
「ちっ!ヨル!」
「無理だ。間に合わん」
「こんの、役立たず!!」
ホームズは、そう毒を吐いて長椅子の影に身を隠す。
しかし、ガラスの様に輝く氷は、いとも容易く長椅子を打ち抜く。
「申し訳ありませんが、生かしてこの村を出すわけには行きませんね」
そう言うとマナの欠片を地面にポトリと落とす。
マナの欠片は、地面に当たった瞬間砕け散り、湧き上がる水に変わる。
水は、ティーアを中心にして渦を巻き始めた。
水は、ホームズ達を巻き込んで唸りを上げる。
そんな光景をティーアは、ニヤニヤと笑いながら渦巻く水を眺める。
長椅子、石像等があるこの礼拝堂で激流に飲まれたホームズ達はきっと無事で済まない。
しかし、渦巻く水が消えると、そこには文字通り猫の子一匹いなかった。
代わりに石像の裏に半開きのドアが一つ。
ティーアは、ふぅとため息を吐く。
「それじゃあ、皆さん。後、よろしくお願いします」
ティーアの言葉に、三つの人影が静かに頷いた。
続きます。
では、百六十二話で( ´ ▽ ` )ノ