1人と1匹   作:takoyaki

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百六十九話です。





てなわけで、どうぞ


人と猫

「ホームズさん、辛いでしょうね」

ローエンの言葉にエリーゼは、頷きヨルを睨む。

ヨルは、鬱陶しそうにため息を吐く。

「寧ろ、聞かれてもないのにちゃんとデメリットを話したんだ。文句を言われる筋合いこそないぞ」

エリーゼは、口をへの字にすると黙ってしまった。

『でもさぁー、何とかしてあげたいなー………このままじゃホームズ可哀想だよー』

ティポの言葉にローエンは、静かに頷く。

「ヨルさん、他の方法は?」

「ない。俺に頼るんだったらそれしかやりようが無い」

即答をするヨルにローエンは、顎髭を触って考え込む。

その時、エリーゼがポンと手を叩く。

「そうです!イル・ファンです!イル・ファンなら、ホームズの目を治せるお医者さんがいるかも……です!!」

『さすが、エリーゼ!!』

ティポは、横で飛び跳ねている。

代わりにヨルは、渋面だ。

「阿保。切り裂かれた目をどうやって治すんだ」

「諦めるんだったら、全部やってからです!!」

何てこと無さそうにいうヨルにエリーゼは、詰め寄る。

その迫力に困ったヨルは、助けを求めるようにローエンを見る。

ローエンは、そんなヨルを面白そうに笑いながら見ている。

「そうですね。とりあえずは、それで行きましょう」

「…………はぁ……」

ヨルは、本当に疲れたようにため息を吐く。

そして、髭がピクリと動いた。

顔を険しくさせるヨルにローエンが怪訝な顔をする。

「ヨルさん?」

「おい………来るぞ!!」

ヨルの鋭い声と共に壁が吹き飛んだ。

立ち上る砂埃の中から人影ゆらりと動く。

「ごきげんよう」

砂埃が晴れるとそこには、ミュゼが佇んでいた。

ミュゼは、断界殻(シェル)を知った者を始末する使命を持っている。

だから、いつきてもおかしくはなかった。

だが、問題は、よりにもよって今来たということだ。

「お前、空気が読めないって言われたことあるだろ」

「あなたほどじゃないわ」

ヨルが、憎まれ口を叩いている間にローエンとエリーゼが武器を構える。

そんな二人を見てミュゼは、薄っすらと微笑む。

「へぇ、あなた達勝つつもりなの?」

「当然です」

ローエンが細剣を構える。

「これでも?」

そう言ってミュゼが見せた髪には、ティポが巻きついていた。

「ティポ!!」

『エリーゼー!!』

助けを求めようにも再び髪で締め上げられてしまう。

「確か、そこのお嬢さんはこのお人形がないと何も出来ないのよね?」

突然の出現、そして、的確な一手。

それにより一気に不利な形勢に追い込まれた。

ローエンは、今危惧するのは、ホームズだ。

幸い、ホームズの存在はバレているとしても視力を失っていることはバレていない。

バレてしまえばまず間違いなく真っ先にミュゼは、ホームズを狙う。

「エリーゼさん、ヨルさん、ホームズさんを連れて逃げて下さい」

ローエンから出された提案にエリーゼは、目を見開く。

「でも!」

「大丈夫です。直ぐに私も後を追います。それに……」

そう言って少しだけ微笑む。

「ハ・ミルで私たちを助けてくれたのはホームズさんでした」

ローエンの言葉にエリーゼは、ハッとした顔をする。

「………!いくぞ、エリーゼ」

ヨルに急かされエリーゼは、無理矢理頷き走り出した。

「あら?ホームズに援軍を頼まないの?」

「あなた一人ぐらいどうってことありませんよ」

その言葉に僅かにミュゼの眉がピクリと動く。

そんなミュゼにローエンは、不敵な笑みを浮かべる。

「人間を舐めないことです」

ローエンの細剣がミュゼに向かって振るわれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◇◇◇

 

 

 

 

 

 

 

「ホームズ!!」

肩にヨルを乗せたエリーゼがホームズの部屋に飛び込んできた。

目の見えないホームズは、突然のエリーゼの大声にビクっと肩を震わせる。

「どうしたんだい?エリーゼ?さっきからなんかえらい物音が聞こえるけど」

「ミュゼが来ました………今、ローエンが戦闘中です」

「!?」

驚いている間にホームズの右手を掴む。

「急ぎますよ、ホームズ!」

「え?いや?うぉ!!」

ホームズの言い分など聞かずエリーゼは、そのまま走り出した。

エリーゼの手を頼りにホームズは、走り続ける。

目が見えないなりに何とかついて行こうとするが、どうしても上手くいかない。

空き家から出たところで転んでしまった。

「…………ぐっ……」

「ホームズ!!」

エリーゼが慌てて助け起こす。

「エリーゼ、おれのことはいいから……」

「ダメです!何も良くないです!」

エリーゼは、続きのセリフを言わせない。

ホームズが言いそうな台詞ぐらいもう分かる。

ファイザバード沼野でもホームズは、同じことを言っていた。

「これから、ホームズには、イル・ファンに行ってもらうんです!!そこで、ヨルの手を借りずに目を治してもらうんです!!」

エリーゼは、ホームズの手を取って走り出す。

後ろで聞こえる戦闘音に歯を食い縛る。

「だから、言わせません!!今度は、私が友達を助ける番です!!」

ホームズの言いたいことなんて絶対に言わせない。

そんな強いエリーゼの剣幕にホームズは、何も言えないでいた。

 

 

 

 

 

 

「美しい友情ね、お嬢さん」

 

 

 

 

 

 

突然声が聞こえた。

 

 

 

 

思わずエリーゼが空を見上げるとそこには、ミュゼが頭上でにやにやと笑っていた。

「─────っ!!」

エリーゼが慌てて杖を構える。

しかし、ミュゼの髪の方が速い。

伸びるミュゼの髪にエリーゼは、吹っ飛ばされた。

「エリーゼ!!」

突然消えた手の感触とドサリと倒れこむ音にホームズは、思わず呼びかける。

エリーゼは、飛ばされた廃墟の壁に背を預けながら、辺りを見回す。

「………そんな……ローエンは?」

「あぁ、彼ならここよ」

そう言うとローエンを投げ出す。

精霊術で縛られているローエンは、身動きが取れない。

ヨルは、それを見つけるとローエンに駆け寄ろうとする。

しかし、それをミュゼの髪が阻む。

「逃がさないわよ」

その言葉と共に今度はホームズが吹き飛ばされた。

「ぐっ……」

地面に投げ出されたホームズは、何とか立ち上がろうとする。

その時、ホームズの顔の包帯をミュゼは、見つけた。

「あら?ホームズ、もしかして、目が見えないのかしら?」

その言葉にホームズは、身体が強張る。

「おかしいわね。私と対峙したときは、無事だったと思うけど、もしかして、アルヴィンにでもやられたのかしら?」

ホームズは、その言葉に反応する。

「どうして、アルヴィンがおれ達を襲ったことを知っているんだい?」

「簡単よ。私がアルヴィンに襲うように頼んだんだから。エレンピオスへ帰してあげることを交換条件にね」

ホームズは、ぎりっと歯を食い縛る。

「お前、やっていいことと悪いことがあるだろう………」

故郷に帰りたがっていたアルヴィンとその母。

母の方は死に、ミラを見殺しにエレンピオスに行こうとしたがその道は断たれた。

そんなアルヴィンにこの大精霊は、あろう事かやってはならない交換条件を出してきたのだ。

「許せない、いや、許さない」

起き上がろうとするホームズをミュゼは、笑う。

「許さないですって?」

そう言って再びホームズに向かって髪を叩きつける。

「ガッ──────っ!!」

「そんな状態で何が出来るのかしら?」

腹部に衝撃が走る。

治りかけていた傷が開きホームズの腹を血で染める。

「ホー………ムズ!!」

溢れ出る血を見てエリーゼが叫ぶ。

目は見えない。

だが、エリーゼもローエンも危ない事は分かる。

何とか立ち上がり声を頼りにミュゼに蹴りを放つが虚しく空振りをしてしまう。

そこをミュゼの髪が襲う。

「ぐっあ……………!!」

「やれやれ、無様ね」

エレンピオスの血を引いているそして、目が見えないという理由から徹底的にホームズを攻撃するミュゼ。

その時、ヨルとローエンを隔てていた髪が少し間が空く。

ローエンは、その隙にヨルに呼びかける。

「ヨルさん、ホームズさんを運んだ形、今ならなれますか?」

「一応手段は、ないわけじゃない。だが、」

そう言ってローエンを見る。

「お前ら三人を背負っては、無理だ。せいぜい一人か、二人だ」

「なら、エリーゼさんとホームズさんをお願いします」

ヨルは、目を細める。

そんなヨルを見てローエンは、ふふふと微笑む。

「ジジイの役目は若者に未来を繋ぐ事なんですよ」

「……………わかった」

ヨルは、静かに頷くとホームズの元へと走る。

その瞬間、ホームズと共にヨルも吹き飛ばされた。

「がっ!」

「ぐっ!!」

ホームズとヨルは民家の壁に叩きつけられた。

そのまま壁を突き破り民家の中に投げ出される。

隣から聞こえたくぐもった声にホームズは、顔を向ける。

「その声、ヨルかい?」

「あぁ、そうだ」

ヨルは苦しそうにそう言うと、ホームズの方を見る。

「おい、提案があるんだが……」

「いや、君の提案を聞くつもりはない」

ホームズは、ヨルの声のする方に向かって手を出して押し黙らせる。

「代わりにおれの提案を聞きたまえ」

さっきまでの吹けば消えてしまいそうな弱々しさはなかった。

あるのは、いつものように厄介な覚悟を決めた時に聞く、あの声だ。

ホームズは、そう言って自分の包帯を触る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ヨル、おれに視力をよこしたまえ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ヨルは、それを聞いた瞬間、目を見開いた。

「お前………正気か?」

「勿論」

「言ったはずだぞ、瞳が碧かったという記憶が消えると」

「言われたね」

淡々と返すホームズにヨルは苛立った。

「お前より長く生きているから言ってやる!!思い出っていうのは、それだけで宝だ!それをお前は捨てるというのか!」

「そうだよ………というか、珍しいねぇ、おれの命が関わっていないのにそんなに君が必死なんて」

普段、殺されなければいい、という考え方のヨルにしては、よく喋る。

というより、説得をしている。

ホームズの軽口にヨルは複雑そうな顔をする。

「思い出っていうのは、俺たちぐらい長く生きてるととても重要なものなんだ。お前だって目の前で金を燃やしてる奴がいたら流石に止めるだろ」

ルイーズとの思い出、アオイ村の思い出、封印される前に眺めた星々の思い出、どれこれもヨルにとって大切なものだ。

だから、それを目の前で捨てようとするホームズが信じられないのだ。

自分が大切にしているものをあっさり捨てようとするホームズが気にくわないのだ。

「『大切なものは目に見えない』俺はそう言ったはずだぞ」

ヨルの諭すような口調にホームズは、俯いたまま口を開く。

「馬鹿言え」

それから、いつものあの不敵な笑みを浮かべる。

 

 

 

 

 

 

 

「大切なものだから目で見たいんじゃないか」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ホームズにとって大切なもの。

得るたびに失ってきたものが、今、ホームズには確かにある。

見ていたいのだ。

レイアも、

ジュードも、

エリーゼも、

ローエンも、

不本意ながらヨルも、

叶うなら

ミラも、

ローズも、

アルヴィンも、

 

 

 

 

 

ホームズが命を賭けて戦う大切な人たちだ。

ホームズは、それが見たいのだ。

エレンピオスだってホームズは、見たい。

見たい見たいというその欲望、好奇心。

そう立ち上がった理由は例え両親でもホームズの本質はそこにある。

 

 

 

 

 

ヨルは、それを聞くとため息を吐く。

こうなってはもう無駄だ。

なら、やるしかない。

しかし、最後にもう一度だけ問う。

「いいのか?お前のその強欲は、いずれ身を滅ぼすぞ」

「何を言っているんだい?それが、人間てもんだろう?」

迷うことなく返したホームズにヨルは、思わず笑いが溢れる。

「フフフ、ハハハ、ハーハッハッハ!!」

高笑いにミュゼは、顔をかしげる。

さっきまで思い悩んでいた自分が馬鹿みたいだ。

ホームズというのは、こういう奴ではないか。

だからこそ、あの時から名前で呼んでいるのだ。

「やっぱり、お前は最高だな。やっぱり、人間は、そうでなくちゃなあ?」

そう言うと尻尾を二つにわけ、ホームズの両目に当てる。

「いいぜ、叶えてやる。お前に視力を戻してやる」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◇◇◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふうん、あの子達まだ元気そうね」

ミュゼは、そう言うと指先に球体を作り出す。

突然広がり中に閉じ込めるその球体は、ヨルに食す暇を与えない。

エリーゼは、何とか動こうとするが、ミュゼの精霊術に押さえつけられうまく動けない。

「ミュゼ………止めてください……」

ミュゼは、にっこりと笑う。

「嫌よ」

そう言って精霊術をホームズ達のいる民家へ飛ばした。

「─────っ!!」

エリーゼとローエンは、目の前で展開される。

民家は、潰され球体が大きく広がる。

「ホームズ────!!」

エリーゼの声などどこ吹く風。

球体は、やがて収束するとそこには崩れ去った骨組みだけがあった。

「あらあら?消えてしまったみたいね」

ミュゼは、何てこと無さそうに言う。

「そんな………」

エリーゼの瞳から涙が流れ落ちる。

「そんな泣くことないじゃない。どうせすぐ会えるんだから」

そう言って今度は両手を広げる。

相手を押しつぶす精霊術、エアプレッシャーだ。

エリーゼにその重圧が襲いかかる、そう思った時、

 

 

 

 

 

 

 

 

生首のヨルがエアプレッシャーを全て食べきった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「え?」

ヨルは、食べ終わると元の姿に戻り民家へと戻っていく。

ヨルの側の地面がゆっくりと盛り上がっていく。

最初から地面に隠れていたようだ。

土は骨組みを弾き飛ばし、一つ人影を表す。

土煙が徐々に晴れて行き、現れたのは、

 

 

 

 

 

「ホームズ?」

 

 

 

 

 

人影、ホームズは、目の包帯を掴み乱暴に外す。

包帯が乱暴にそして徐々に剥がされ、現れる閉じられた両目。

そして、完全に包帯が解かれると同時にホームズの両目が開かれる。

開かれたホームズの両目を見て、ローエンとエリーゼの目も同じように開かれていく。

「そんな………ホームズさん……」

「なんで………」

ホームズの両目は、金色に輝いていた。

まるで何処かの化け物のように。

ミュゼは、それを見ると余裕を崩さず冷たい声で尋ねる。

「大した無茶をしたものね。あなた、一体何を犠牲にしたのかしら?」

「さてね。そこだけ、すっぽりと記憶がないんだ」

ホームズは、そう言ってミュゼを睨みつける。

「さて、ものは相談なんだけど、ローエンとエリーゼを解放して、おれ達に付きまとうのを止めてくれないかい?」

ホームズの声音は、すっかりいつも通りだ。

若干の軽口とそして、分かりづらい敵意。

「断ると言ったら?」

「君と戦う」

ホームズの宣言にミュゼは、本当におかしそうに笑う。

「あなたが!?霊力野(ゲート)もないエレンピオス人風情がたった1人で、大精霊の私をどうしようって言うの!?」

「1人じゃあない」

「あぁ、その通りだ。1人じゃない」

ヨルがホームズの肩に乗る。

ヨルは白い牙を見せニヤリと笑う。

ホームズも白い歯を見せニヤリと笑う。

 

 

 

 

 

 

 

「「1人と1匹だ」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 









長かった………ここまでが、本当に長かった………。



ではまた百七十話で( ´ ▽ ` )ノ


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