1人と1匹   作:takoyaki

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二百九話です!



イブの夜に合わせることが出来て何よりです。



てなわけで、どうぞ


決戦前夜

「ふう、やれやれ………」

街に戻ってくると辺りはすっかり暗くなっていた。

そこで、一行は、一旦解散となり皆、好きなように街の好きな場所に移動していた。

そんな中、ホームズはマンションの屋上にいた。

高いところにいる訳だからみんなの様子が見えるかと思っていたがどうもみんなは死角に入っているらしく見えない。

そんな訳でホームズは屋上で星空を眺めていた。

眺めていたのだが、

「よりよって満月とはね、あんまり星が見えないや」

ホームズは、そう言って夜空を見上げる。

月明かりに隠れて星々も僅かにしか見えない。

「星空が見えないと君は不満だろう?」

「そうでもない。俺は、夜空を見上げるのが好きだ」

ヨルは、そう言って伸びをするとそのまま子猫からいつもの姿に戻った。

「お、戻ったね」

「とは言っても姿を戻すので精一杯だ。生首状態にはなれない」

ヨルは、そう言ってホームズを見る。

「それで、お前は何やっているんだ?」

ホームズは、持ち運びサイズのコンロに火を付けてその上に小さな鍋を乗せている。

「んー、夜食作り?」

「状態異常にするつもりか」

「どういう意味だい」

そう言いながら、鍋に牛乳を注ぐ。

ホームズは、それを焦げ付かないように混ぜる。

「ホットミルクか。なるほど、それならお前も失敗しないな」

「色々突っ込みたいけど、まあ、スルーしとくよ」

「どこで、そんなもの手に入れたんだ?」

「外でホットミルクを飲みたいって言ったら、バランさんが貸してくれた」

ホームズは、少し湯気立ったのを見計らうと、二つのマグカップに注いでいく。

「凄いよね。これ、黒匣(ジン)を使わずに火を起こせるんだって」

ホームズは注ぎ終わったカップを見て少しだけ考える。

 

 

 

 

 

「君も飲むかい、ローズ?」

 

 

 

 

 

 

ホームズは、ホットミルクから目を逸らさず尋ねる。

静かに近づいたローズは、少しだけ微笑んで頷く。

「えぇ。もらうわ」

ホームズは、その返事を聞くとマグカップをもう一つ取り出してホットミルクを注いで、ローズに渡した。

「熱いから、気を付けて」

「ありがとう」

ローズは、そうお礼を言って受け取った。

ヨルは、尻尾を使って器用にマグカップを掴むとそのままこぼさないように器用に歩き出す。

「ヨル?」

「寝る。少しでも回復しとくに限るからな」

「そう」

ホームズは、そう返して自分の分のホットミルクを手に取る。

ヨルは、そのまま物陰に消えた。

「隣いい?」

「コンロあるから、気を付けてね」

ホームズは、そう言いながら、懐から蜂蜜とスプーンを取り出す。

蜂蜜のビンのフタを開けるとスプーンで蜂蜜を一杯すくって、ホットミルクに入れる。

「ローズもいる?」

「いいわ。私は、ホットミルクには何も入れないの」

「そう」

ホームズは、そう言って蜂蜜をすくってスプーンをホットミルクに入れて混ぜる。

ある程度混ぜたあと、牛乳のついた蜂蜜付きスプーンを口に運ぶ。

「どうするんだい、ローズ」

ホームズの質問にローズは、マグカップを両手で握る。

「理由が、あるにしろ、君は、エレンピオス人に家族を殺されている。筋から行けばガイアス王に着くのが、正しいと思うけど?」

湯気の立つコップを見つめる。

「………私が、剣を持った理由は知ってる?」

「おおよそは。おれの為ではないにしろ、おれがきっかけだってミラから聞いてる」

ローズは、頷いて牛乳に口をつける。

「私が、いじめられないように貴方が大嘘ついたこと覚えてる?」

「勿論」

ホームズは、そう返しながらホットミルクに口をつける。

その話を持ち出すと最後の別れまで一緒に思い出すのでどうしても恥ずかしいのだ。

だが、ローズはそれに構わず続ける。

「あの時、本当に悔しかったの。庇ってもらうほど私が弱かったから、ホームズにあんな最悪な手を打たせてしまったんだもの」

ホームズは、黙って聞いている。

「だからね、私は、決めたの。もう二度と自分が弱いばっかりに、自分の傷を誰かに押し付けることがないようにしようって」

ホットミルクに口をつけながらホームズは、耳を傾ける。

「そう思って、剣をとった。強くなればそんなことはなくなるって」

ホームズは、蜂蜜の入った甘いホットミルクを飲み進める。

「私が憎いのは、アルクノアよ」

ローズは、ホットミルクを飲む。

「家族を奪われた悔しさも悲しさも、与えたのは、エレンピオス人じゃない、アルクノアよ。だから、エレンピオス人を憎むのは、筋違いよ」

ローズの言葉にホームズは、ふふふと笑う。

「見やすい現実は、見ないのかい?」

ローズは、首を振る。

「それは、弱い考えよ。言ったでしょう、私はもう自分が弱いばかりに自分の傷を押し付けるような事はしたくないの」

ローズが選んだのは、見やすい現実ではなく、見やすい現実で霞んでしまった真実だ。

「だから、黒匣(ジン)を滅ぼそうとするガイアスと敵対するってことかい?」

ホームズの質問にローズは頷く。

「感情で選んじゃってまあ、ジュードの忠告は無視かい?」

ローズは、胸を張る。

「違うわ。だって、これを選ばなかったら私は、一生後悔する。

だから、一時の感情じゃないわ。一生分の感情よ」

ホームズは、とても優しく笑う。

「かっこいいね、ローズ」

そんなホームズの顔を見てローズは、一瞬顔を赤くするが直ぐにコホンと咳払いをして尋ねる。

「やっぱりホームズは、故郷を守るために戦うの?」

「んー………」

ホームズは、そう言ってホットミルクに蜂蜜を追加する。

「アルヴィンと違っておれは、リーゼ・マクシアが故郷だから、リーゼ・マクシアに滅んでほしくないんだ」

「ん?それじゃあ……」

「そう、ガイアスに着いた方が選択としては正しいんだよ」

でもね、とホームズは続ける。

「見たいんだ、エレンピオスを」

ホームズは、マグカップから立ち上る湯気を見ている。

「両親の故郷ってのは、勿論ある。あの人達がどう育って来たのか、その場所を見たいと思うし探したいと思う。でも、それだけじゃない」

ホームズは、そこで言葉を区切ると目の前に広がるエレンピオスの夜景を見る。

リーゼ・マクシアとは、また違った景色で、そして、リーゼ・マクシアでは見られない景色だ。

「未知のものは、何よりも心を躍らせる。今のおれにとってのエレンピオスは、まさにそれだ」

ホームズは、嬉しそうに語る。

「両親の故郷を見る、それを目的に立ち上がった。でも、おれの本質は、ずっと昔からそこだった」

ホームズは、ヨルと取引したことを思い出す。

「ずっと、気づかなかったんだけどね」

「そっか………」

ローズは、そう言って微笑む。

「貴方の原動力だものね」

そこで沈黙が降りる。

マグカップから伝わる、温もりに癒されるようなそんな優しく心地のいい沈黙だ。

しかし、それをホームズが打ち破る。

「ねぇ、一つ酷い事を聞いていいかい?」

「何?」

 

 

 

 

 

「おれの碧い瞳って綺麗だった?」

 

 

 

 

 

余りにも残酷な質問だ。

だが、ローズは答えなくてはならない。

それが、彼女の義務だ。

ローズは、口に運ぼうとしていたホットミルクを下ろす。

それから静かに頷く。

「えぇ。とても綺麗だったわ」

「そっか………」

ホームズは、答えを聞くと暫く頭に手を当てるが、瞳閉じて頭を横に振る。

「やっぱりダメだねぇ。人から聞けば思い出すと思ったんだけど」

ヨルとの取引は、碧い瞳に関する記憶だ。

そして、それを人から聞かされたところで自覚することはない。

己の記憶にない体験など、ただの創作物と変わりないのだ。

「謝っても謝りきれるものじゃないわよね………」

マーロウから、学んだ剣を自分の弱さを押し付けるために振るってしまった果ての姿だ。

ホームズの顔を見ることが出来ない。

「まあ、全部が君のせいってわけじゃないけどねぇ」

ホームズは、そう言いつつ夜空を見上げる。

「戦闘では、感情につけ込むことをよくやるから、それを応用すれば、上手くいくと思ったんだ」

ホームズは、マグカップに残った牛乳を見つめる。

「君の感情を利用すれば、君が傷付かずに済むと思った。でも、君は、いつだっておれの想像を超えてきた、悪い意味でも、良い意味でも」

残ったホットミルクを飲み干すとホームズは、鍋にもう一度火をかける。

「きっと、感情ってのは、そんなものなんだろうねぇ。人の予想や推測を軽々と超えてくる」

感情を扱える、傲慢にもそう思ってしまったが故にホームズは、光を失い、そして、思い出を失った。

「ホームズ………」

辛そうなローズには、目もくれず、ホームズは、ローズのカップにホットミルクを注ぐ。

ローズは、お礼を言って口をつける。

ホームズは、そんなローズをチラリと見ると口を開く。

「償いのために命なんか賭けないでよ」

ホームズの言葉にローズは、顔を上げる。

ローズは、何も言わないが顔を見れば何を考えていたか丸わかりだ。

ホームズは、溜息をつく。

「やっぱりそんなこと考えてたんだねぇ。良かった、先に釘刺しといて」

「だって………」

「だってじゃない」

ホームズは、ピシャリと言い放つ。

ほいほい命を賭ける自分のことは棚に上げて。

「でも、ホームズは私を助けようとして崖から飛び降りたわよね?」

「おれはいいんだよ。君はダメだ」

暴論そのままの発言にローズは、言葉が出ない。

「償いたいなら、相手の嫌がることやっちゃあダメだろう?」

自分の立場を理解した上でそれを利用した発言にローズは、溜息をつく。

「貴方って人は………」

卑怯だが、それを糾弾する資格はローズにはない。

ローズは、残ったホットミルクを飲み干す。

「おかわりいるかい?」

「いいわ。そろそろ寝ないと明日に響きそうだし」

「そうかい」

「貴方は寝ないの?」

「うーん……もう少し。月が綺麗だからね、もう少し見ていたい」

「そう。それじゃあ、おやすみ。ミルクごちそうさま」

ローズは、立ち上がって屋上の扉に向かって歩いていく。

ローズは、屋上の扉に手をかけると思い出したようにホームズの方を振り返る。

「ホームズ。マーロウさんの煙管貰える?」

ホームズは、嬉しそうに笑って頷くと煙管をローズに向かって投げる。

ローズは、それを受け取る。

「ありがとう」

「死なないでね。死んだりしたら、殺すから」

ホームズは、煙管と一緒にそんな言葉を投げかける。

ローズは、優しく笑う。

「肝に銘じておくわ」

そう言うと今度こそ、屋上を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

◇◇◇◇

 

 

 

 

「おや、ヨル?起きてたのかい?」

ローズと入れ替わりにヨルが屋上にやってきた。

その能天気な言葉にヨルは、露骨に嫌そうな顔をする。

「気を利かせたんだがな、俺にしては珍しく」

「自分で言うんだ」

ホームズは、引きつり笑いを浮かべる。

ヨルは、空になったカップを渡す。

ホームズは、ホットミルクを注ぐ。

「聞き耳を立てていたんだが」

「どの辺に気を使ってたんだい?」

早速先程のことをぶっ壊す発言をするヨルにホームズは、半眼で返す。

しかし、ヨルはそれに構わず続ける。

「お前、小ムスメに慰めの言葉一つかけなかったな」

ホームズは、首をかしげる。自覚がないようだ。

「全部が小ムスメのせいじゃない、と言ったが、それは裏を返せば一部は小ムスメのせいということだろ?」

「まあ、潰したのは事実だしね」

「そういうところなんだろうな」

ヨルは、そう言ってホットミルクを受け取る。

「お前は、そうやって慰めない。弱っているのにな」

「そう?レイアを慰めた気がしなくもないけど?」

「あんな事実が慰めに入るものか」

ヨルは、そう言ってホットミルクを尻尾で器用に飲む。

「ま、そんなんだから、お前はモテないんだろうな」

「喧嘩売ってる?」

ヨルは、首を横に振る。

「いいや。評価している」

そう言ってヨルは、言葉を続ける。

「それでもお前は、側にいようとする。それに気付いた奴は、お前の事を大切にしようとするんだろうな。マープルみたいに」

マープルの言葉にホームズは、少しだけ悲しそうに笑う。

「生きていれば、ちょうどエリーゼぐらいだよねぇ……」

ヨルは、湯気が立ち上るカップを見る。

「きっと更に手をつけられない奴になっていただろうな」

「だろうねぇ」

ホームズは、面白そうに笑う。

それから、指輪を見る。

「姉さんが死んで、母さんが死んで、マーロウさんが死んで、こんなに辛いことはないと思った、立ち上がれないと思った」

ホームズは、ぎゅっと胸の前で拳を握り締める。

「でも、立ち上がった。辛い事を思い出にして歩き始めた」

「それが、人間の強さだろ」

「前にも言われたね。でもさ、それはとても寂しい、ううん。残酷な事だよね。大切な人たちを過去にして自分は、歩き出しちゃうんだもの」

ヨルは、ホットミルクに口をつける。

「それは、仕方のない事だ。死んでいった人間はそこで止まってしまうんだからな」

そう言って言葉を続ける。

「逆に生きている奴らは進み続けなくてはならない。寂しかろうが、残酷だろうが、それが生きるという事だ」

ヨルの言葉にホームズは、笑みを浮かべる。

「本当に生きるってのは、難しいねぇ」

ホームズは、そう言ってホットミルクを全て飲む。

「最後に聞いていいかい?」

「なんだ?」

「昔、魔物から街を救ってくれと君に願っただろう?」

「それが、俺の封印を解く願いだったな」

ヨルの封印は、誰かの願いを叶える事で解けたのだ。

自分をいじめていた連中の村を助けてほしいと言った時、ヨルは露骨に嫌そうな顔をしたのだ。

聖人君子にでもなるつもりかと、言われたのだ。

それをホームズは、否定した。

「あの時、おれ、なんて言ったんだい?君が大笑いした事は覚えてるんだけど、何を言ったから覚えていないんだ」

ヨルは、楽しそうに笑うとゆっくり口を開く。

「『彼らは確かにやな奴らだよ。だからこそ、奴らが殺されてもザマミロ程度の感情しか抱けない。

でも、それは絶対にヤダ。

自分にそんなドス黒い感情があるなんて自覚したくない!認めたくない!

だからこそ君に頼むんだ。そんな気持ちを僕が自覚しなくて済むように彼らを助けておくれ………ううん、助けろ!化け物!!』」

ホームズは、目を丸くする。

「ぷっ!」

そして、ゲラゲラと笑いだした。

ヨルも同じように大笑いする。

ひとしきり大笑いするとホームズは、目元を拭う。

笑い過ぎて涙が出てきたようだ。

「自己中な良い子ちゃんだねぇ」

「あの頃の方がだいぶ人間らしかったがな」

ヨルの言葉にホームズは、コップの水分をきる。

「みんなに言われるね。おれも正しい事ではないんだなって、最近自覚してきた」

ホームズは、そう言うと言葉を続ける。

「でも今更変えられないよ。折り合いつけるのがいいところさ」

「………その生き方を変えれば全く違う人生を歩めるかもしれないのにか?」

「だからだよ。おれは、この人生を気に入ってる。別れた人も多いけど、出会えた人もいる」

それにと言葉を続ける。

「どんな生き方を選んだところで、結局、辛い目にあう。辛い目に会うたびに、この生き方は間違っていた。だから、やめようなんて繰り返してたらキリがない」

ホームズは、夜空を見上げる。

「失敗は参考に、それでも生き方を曲げない。それがおれなりの信念だよ」

ヨルは、ため息吐く。

「全く、これからも苦労しそうだな……」

「よろしくね」

ヨルは、尻尾をゆらゆらと揺らして返事に変える。

「さて、そろそろおれは、戻りたいんだけど?」

「俺も直ぐに行く」

ヨルは、立ち上がったホームズにコップを投げてよこす。

コップを投げたヨルを一睨みすると屋上を後にした。

ヨルは夜空を見上げる。

 

 

 

 

 

『しっかりね!』

 

 

 

 

 

 

ルイーズのそんな声が聞こえた気がしてヨルは、ニヤリと笑う。

「あぁ。お前は、そこで見てろよ」

 

 

 

 

 

 

 

ヨルは、そう言うと屋上を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 





章の振り返りはお休みです。

てなわけで、テイルズを語るうえで、これは絶対外せません。
ホームズやローズが悩んで迷って苦しんで出した答えを見届けてもらえれば幸いです。


長く語るのもアレなのでこの辺で。
ではまた、二百十話で( ´ ▽ ` )ノ

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