夏の日差しが眩しいです。
てなわけで、どうぞ
『ただいま!』
真っ直ぐ帰ると、ホームズは元気良くドアを開けた。
『おかえり………フフフ、随分といいものを頭につけてるじゃないか』
ホームズの母親は、花の王冠を見ながらそう言った。
『うん。ローズが作ってくれたんだ。友達へのプレゼントだって。僕も作ってあげたいんだけど全然上手くいかないんだよね………』
そう言って何の形にもなっていない、ゴミ見たいな物を見せる。
ホームズ母は、やれやれと言う顔をするとホームズの肩に手を置いた。
『…………練習しようか。私も作れるから、教えてあげられるよ』
『本当?!』
目を輝かせているホームズに満足そうに頷く。
『もちろん。私が嘘を言った事があったかい?』
『雪が実は砂糖で出来てる。ジャンプし過ぎてるとそのうち羽が生えて遠い所に行って帰って来れなくなる。塩を焼くと砂糖になる。後は………』
『OK、ご飯を先に食べようか。明日も遊ぶんだろう?』
つらつらと、自分が母親につかれた嘘を述べるホームズを手で制する。
『うん、そう約束したよ』
ホームズは、こくりと頷く。
『だったら、ほら、早く手を洗ってきたまえ。食事にするよ』
何がだったら、なのかは分からなかったが、ホームズは、それに従った。
姿が見えなくなると、ポツリと呟く。
『なんて、恐ろしい記憶力の持ち主なんだろう………』
こいつ馬鹿じゃないのかと思った瞬間だった。
◇◇◇
『へぇー、昨日言った事ちゃんと守ったんだ』
昨日と同じ野原に行くと、そこには既に小ムスメがいた。
『当然。女の子の約束を忘れると、母さんに吊るされるからね』
『…………つっこまないでおくわ』
少し頬を引きつらせると昨日と同じ様に花の冠の作り方を教えていた。
『そう言えばさ、貴方のお父さんは?まだ見てないんだけど………』
おもむろに小ムスメは、口を開いた。
そりゃあ不思議だろう。
女1人で行商人と言うのも妙な話だ。
『………えーっと……』
口ごもるホームズ。
ホームズの父は、既に死んでいる。
ホームズの記憶にすら残らない頃に。
しかし、下手に喋ってしまえば相手が気まずい思いをしてしまう。
どう答えればいいのか、完全に困ってしまった。
『死んでる。こいつが物心つく前にな』
まあ、だから、俺が代わりに喋ってやったがね。
酷いだって?
馬鹿馬鹿しい!何で俺がそんな気を使わにゃならんのだ。
とっと喋るなり、騙すなりしときゃいいものを奴はしなかった。
自己責任って奴だ。
予想通り、空気が凍った。
『…………本当?』
『うん、まあ………全く記憶にないんだけどね』
ホームズは、渋々頷く。
そして、すぐに俺のヒゲを引っ張り始めた。
小ムスメは、しばらく手を止めていた。
『………ごめんなさい。少し軽率だったわ』
『いいよ。別に謝られると逆にどう答えればいいのか困っちゃうよ』
『でしょうね……』
小ムスメは、そう言うと再び花の冠を作り始めた。
『言い訳になるかもだけど、誰も貴方の気持ちは分からないわ。だから、これからもその話題が出れば私みたいな受け答えをする人がいくらでもいるわ』
『つまり、取り敢えず、謝っておこうって奴か?社交辞令の様に』
俺の言葉に、小ムスメは、少し動きを止める。
『………否定は、仕切れないわ。でも………』
『謝らずには、いられないよね。ヨル、
ホームズは、小ムスメの言葉を引き継ぐと俺へ向かってそう言った。
『んな事言ったって、随分昔の話だろ?昨日今日なら、分からなくもないが……そういうのは、過去の話って奴になるんじゃないのか?』
俺の言葉に、ホームズは首を振る。
『残念だけどねぇ、そうそう割り切れるもんじゃないんだよ。僕は1人そう言う人を知っている』
俺は、全く分からず首を傾げる。
『人間はよく分からんな』
『いつか理解できる日が来るといいね』
俺の答えにホームズは、少し寂しそうに微笑んで答えた。
『けっ、忌々しい。俺は御免こうむるね』
俺は吐き捨てる様に言った。
小ムスメは、そんな俺たちの会話を眺めていると、話題を代えるように再び口を開いた。
『………貴方のお母さん、どんな人なの?』
『……?昨日会わなかったけ?』
『いや、アレだけじゃ、どんな人か分からないわよ』
小ムスメは、少し疲れた様に言う。
『どんな人に見えた?』
『変な人』
昨日の出来事を思い出しノータイムで返した。
突然、人の子どもを抱き上げて喜ぶ様な人間を『普通』の人とは言わない。
『それであってるよ。大抵、第一印象で分かるんだよね、あの人がどんな人か……』
ホームズは、遠くを見つめていたが、怪訝な顔をしているローズを見ると慌てて手を振る。
『あ、で、でも、いい所もあるんだよ。僕用にお菓子を作ってくれたりするんだよ。それなら自由に食べていいよって』
『………何なら食べちゃいけないの?』
小ムスメの鋭い突っ込みにホームズは、目を逸らす。
『じ……自分用に作ったお菓子………黙って食べると……蹴りが飛んでくる』
ホームズは、肩を抱えて震えだす。
後で聞いたんだが、昔ホームズは、母親の焼いた菓子を無許可で食べて酷い目にあったそうだ。
『…………変な人どころの騒ぎじゃないんだけど………まあ、でも、多分私の姉さんといい勝負ね』
小ムスメの言葉にホームズは、不思議そうに首を傾げる。
『どんな人なの?』
『変な人よ。貴方のお母さんに負けず劣らずの、ね』
小ムスメは、ため息を吐く。
『でも、誰よりも頭が回る。貴方が仕返ししない理由を話を聞いただけで、見抜いたわ………』
『それは、お前の考えがただ単に足りなかっただけだ』
俺のその言葉に、小ムスメは、うっと言葉を詰まらせた。
『会ってみたい気もするけど………』
『オススメはしないわ』
そう言うと見事な花の冠を作り上げる。
『はあ、また出来なかった………』
ホームズは、深々とため息を吐く。ホームズの作り上げたものは奇妙な形をしている。
『………要練習ってところね』
ふふんと勝ち誇った笑みを浮かべる小ムスメ。
『言われなくても分かってるさ………』
ホームズは、少し悔しそうに口を尖らせるとそう言った。
◇◇◇◇
『てことが、今日あったんだ………』
ホームズが、夕食時に今日の出来事を話す。
その話をホームズの母は、頬を引きつらせながら聞いている。
『あのねぇ、もう少し子どもらしい事を話しなよ………何で年齢一桁の奴らが人の生死について話してるんだよ………』
完全に呆れている。
ただ、達の悪い所は彼らの話は、中々反論のしようが無いのだ。
別に、人の生死について考える事は悪くないと思うのだが………
『十年も生きてないガキ共が、それが全てみたいに語るのが納得いかないよ』
『どういう事?』
『結論を出すのが早すぎる、って言ってるんだよ』
そう言うとホームズに軽くデコピンをする。
『痛てっ!』
『全く、誰に似たんだか………』
そうつぶやくと、優雅に紅茶を飲む。
まあ、誰がどう考えても、
『それで、他は何を話したんだい?』
『えーっと、家族の話……』
『お、いいねぇ!何、私の事なんて紹介したの?』
ホームズの母親は、ノリノリだった。
『変な人』
『…………』
箸を投げる準備をする。
『待って!待って!』
ホームズの必死の懇願により、箸を収める。
しかし、机をどんっ!と叩く。
『君は失礼な奴だなぁ!私みたいな典型的な一般人をつかまえて何を言うか!!』
突っ込むのもめんどくさい………
ホームズと俺は半眼で見ている。
『なんだい、その目は!!』
そんなホームズに我慢出来ず、遂にホームズ母は実力行使に出た。
具体的には、頬をつねる。
ホームズが楽しみにとっておいた飯を食うなどだ。
身体的にも、精神的にも、効果絶大だ。
『あぁ、もう!そういう所が普通じゃ無いんだよ!!』
この親子ゲンカは、宿の主人が来るまで続いた。
◇◇◇◇
『………貴方ねぇ』
今日も二人仲良く花の冠作りだ。
昨晩の話を聞いた小ムスメは、呆れ顔だ。
『誰だって、変、なんて言われたら怒るに決まってるじゃない』
『君も?』
『試してみる?』
『遠慮しとく』
うすら寒い笑顔にホームズは、身の危険を感じて直ぐにやめる。
小ムスメは、可笑しそうに笑う。
ホームズは、キョトンとしながらも花の冠を作り上げる。
しかし、残念な形の完成だ。
ある意味芸術と言えるかもしれない。
『いる?』
『正直に言うといらない』
無理矢理渡そうとしたが、断わられた。
『いつか、完成させて君にプレゼントとするよ』
ホームズの言葉に小ムスメは、優しく微笑む。
『ふふふ、ありがと。楽しみにしてるわ……てどうしたの?顔赤いけど』
『………別に』
ホームズは、ぷいっと顔を逸らす。
あんまり見せない優しい微笑みに少し見惚れていたんだろうな。
あ、本人に言うなよ、絶対に認めないからな。時間の無駄だ。
友と過ごす。
このなんて事ない時間は、今まで虐められてきたホームズにとって、とても大切な、宝物のような時間だ。
つまるところ、この時間は、間違いなく、ホームズにとって心休まる時だった。
本人もそこは認めている。
だが、当時のホームズは忘れていた。
確かに友達は出来た。
しかし、いじめ自体がなくなった訳ではないのだ。
それをホームズは、思い出す。
何処からともなく飛んできた石によって。
それは、真っ直ぐに飛んできて、物の見事にホームズの顔面に当たった。
何故俺が弾かなかったかって?
まあ、俺に当たりそうになかったし。
『………ホームズ!』
突然の事に思わず声を上げ、駆け寄る小ムスメ。
ホームズは、痛そうに顔をおさえている。
俺は石の飛んできた方向を見た。
そこには、やっぱりと言うか、なんと言うか、いつもホームズをいじめてる奴らがいた。
『こんな所にいたのか………そんな奴なんかほっといて、俺たちと遊ぼうぜ』
奴らの中でも頭っぽい奴が、ニヤニヤしながら、ホームズに言った。
ホームズが口を開こうとすると、小ムスメがすっと前に出る。
『残念ね。私の方が先に遊びに誘ったの。だから、後にしてくれないかしら、永遠に』
そして、小ムスメの方が先に口を開いた。
次の瞬間、奴らの握り拳に力が入る。
いつもホームズを下に見て、人を踏み付ける事により自分の存在価値を認識してきた様な奴らだ。
そのものいいが気に食わなかったのだろうな。
奴らは今度は、小ムスメに向けて石を投げた。
とっさの事に何の対処も出来ていなかったな、あの小ムスメは。
『ヨル!』
『………!』
俺に命令した馬鹿に文句の一つでも言いたかったが、喋ると余計にめんどくさい事になりそうだったので、おとなしく、尻尾で全ての石を叩き落とした。
俺のその常識外の行動に奴らはビビっていたな。
そして、頭の奴が取り巻きに向かって言う。
『バカ!あいつは狙っちゃいけないんだ。狙うんだったら、あの気味の悪い碧い目の奴を狙わないとだろ!』
ホームズは、その言葉にビクッと肩を震わせた。
小ムスメは、それを見逃さなかった。
友を傷つける奴を許すわけにはいかない。
『貴方達、いい加減にしなさいよ……それ以上は、私が許さない』
その時は、なかなかドスが聞いていたな、ガキの割には。
『大丈夫、ホームズ?』
小ムスメは、何も言えないでいる、連中を一瞥すると、倒れているホームズに手を差し出した。
しかし、ホームズは、友からのそれを冷たく払いのけた。
『………満足かい、ローズ』
震える様に悔しそうに、ホームズは、口を重々しく開いた。
『………え?』
訳が分からないのは、小ムスメだ。
『満足かって、聞いているんだ、ローズ』
ホームズは、無理矢理立ち上がる。
小ムスメの手を借りず。
『分かっていないのかい?君は、今いい事をしたと思っただろう。いじめられている人を助けて、私は、なんてかっこいいんだろう、って』
『何………を言っているの』
突然のホームズの変貌にローズもイジメの連中も呆気に取られている。
『白々しいにも程があるよ!僕が何も気づいていないと思っていたのかい!君は、自分の存在価値が確実に僕よりも上だと思っていたんだよ、常に!僕は、いじめられている人間、そして、君はそれを助けた人間だ』
ホームズは、顔を伏せたまま、言う。
『その事に君は満足したんだ。いや、満足したかったんだよ!いじめられっ子を助けたという、まるで正義の味方の様な人間に、自分が成れた事に満足したかったんだよ!』
小ムスメは、酷く怯えた顔をしていた。
そりゃあ、そうだろう。
よかれと思ってやった事は全てホームズの心をえぐっていたのだから。
今までの自分の行動が全て否定されていたのだから。
『君は、最初からそのつもりで近づいてきたんだ!!いじめられっ子と友達になるという目指すべき、かっこいい自分になる為に!君はずっと僕の事を馬鹿にしていたんだよ!そこの奴らと何にも変わりゃしない!』
ホームズの血の吐く様な叫びに小ムスメは何も言えずに、ただ呆然と立つしかなかった。
『君は最低だ』
そう言って、作りかけの花の王冠を投げ捨てると呆然としている小ムスメを放置して家に向かって走り出した。
俺は小ムスメが膝から崩れ落ちるのを最後に見た。
覚悟を決めろ!派手に踊れ!アンスタンバルス!!!
いえ、何でもないです。
言ってみたかっただけです………
ヒューバートの秘奥技なんですが………
あってたかな?
では、また三十九話で( ´ ▽ ` )ノ