1人と1匹   作:takoyaki

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五十七話です。



大分過ごしやすくなってきましたね。


覆水が盆に返るわけがない。

「ん?あれ、アルヴィン達じゃない?」

墓参りからの帰り、ホームズは、コートを着た大男を指差す。近くには、エリーゼ、ミラ、アルヴィンがいる。

「本当だ。何してるのかしら?」

ローズは、不思議そうにしている。

ホームズは、少し首を傾げる考える。

そして、ようやく繋がる。

(あ……あそこ、アルヴィンの家じゃん)

つまり、アルヴィンの母親がいるのだ。

あまり、広言するような事ではない。

「あのさ、ローズ、そろそろ宿に戻らな……」

「もう、行ったぞ」

そう言って、ヨルは、ローズを尻尾でさす。

ローズは、スタコラとアルヴィン達の方に走り出して、何やら彼らと話している。

ホームズは、ローズを止めようとした、手をじっと見つめる。

 

 

「人生諦めが肝心だ」

(きみ)に言われてもなぁ………」

ホームズは、ため息を吐くと後を追いかけた。

 

 

 

 

◇◇◇◇

 

 

 

アルヴィンは、ローズの突然の登場に驚いたが、家の中に案内する。

家の中には、既にジュード、ミラ、エリーゼがいた。

案内されたローズは、ベットで寝ている女性、アルヴィンの母を見る。

「あら、バランまた来たの?」

ローズの気配を感じると、アルヴィンの母は、目を覚ます。

突然話しかけられた事にローズは、驚く。

「え、いや、わたしは………」

「アルフレドもいるのかしら?」

「アルフレド?」

この女性が何を言っているか全くローズは、分からない。

「アルフレドなら、寄宿学校にいますよ、レティシャさん」

「ああ、そう言えばさっきも同じ会話をしたわね」

状況が全く飲み込めてないローズの為にホームズは、耳打ちする。

「あの人、アルヴィンのお母さんなんだって」

ローズは、再びレティシャを見る。

「もしかして、前に話してた、故郷に連れて行ってやりたいお母さんって……」

「そ、この人。まあ、見ての通り、具合が悪くてな………」

悪いなんてもんでは、ない。会話が噛み合わないし、恐らく、アルヴィンの事も分かっていない。

『アルヴィン君は、お母さんの為に小さい頃から、傭兵をやってたんだってー』

ティポの言葉にローズは、アルヴィンを見る。

思わず息を呑んでしまったのが分かる。

なんて言おうか迷っていると、アルヴィンが先に口を開いた。

「健気な話だろう?」

にやりと笑って戯けて返す。

「アルヴィン………」

逆にローズには、それが痛々しく見えてしまう。

「ま、綺麗事ばかりじゃ、やってられなくてね……」

そんなローズを察してアルヴィンは、言葉を続ける。

「で、イスラに俺のいない間は、見てもらってるってわけ」

イスラの名前が出た時、ローズの肩がビクっと上がる。

「ローズ………」

「大丈夫よ。不意打ちだったから、驚いただけ………そう言えば、そんなことを言ってたわね」

心配そうなホームズに、ローズは、ぎこちない笑顔で返す。

「さて、お袋も寝たことだし、そろそろ出るか」

アルヴィンにそう促され、一同は、後にした。

部屋には、ホームズとヨルとアルヴィンが残る。

「黙っててくれたんだな」

アルヴィンの言葉にホームズは、肩をすくめる。

「まあ、少し喋ったけどね」

「あんなの喋った内に入らねーよ」

アルヴィンは、そう言ってホームズの横を通り過ぎる。

 

「ありがとな」

「別に」

ホームズは、微笑みながらそう答えた。

 

 

 

 

◇◇◇◇

 

 

 

 

「あ、あの」

部屋から出ると、誰かに声をかけられた。

「………イスラ」

ローズは、ギリと歯軋りをして、声を掛けた本人、イスラを睨む。

イスラは、ビクリと肩を震わせたが、直ぐに口を開く。

「アル………」

「ありゃ、俺をご指名?」

「それと、ローズも……」

「………私も?」

ローズは、思わず後ずさりする。

はっきり言ってイスラの側になど行きたくない。

家族の殺された原凶とまでは、いかないにしても、原因の一端を担っているのは、確かだ。

そんな、奴の側に行くのは、もうそれだけでトラウマを抉る様なものだ。

しかし、ここでイスラの側に行かなければ、後々、何を言うつもりだったのか、気になってしかたがないだろう。

そのぐらいの予想は、つくのだ。

そんな葛藤の中にいると、不意に背中を叩かれた。

思わず振り返ると、ホームズが涼しい顔をして、イスラを見ている。

「………おれも、混ぜておくれよ、イスラ」

「え………」

「まさか、嫌だなんて、いわないだろうね?」

口調こそ、変わらない。

声音もいたって静かだ。

しかし、そこには有無を言わせない、迫力があった。

「え、えぇ、言いわ」

了承をもらうとホームズは、薄ら寒い笑みを浮かべる。

「ほら、ローズ」

「え?」

ホームズは、戸惑うローズに構わず、ローズの手を引っ張る。

そして、ローズにだけ、聞こえる声量で話しかける。

「大丈夫、何があっても、俺とアルヴィンなら、君を止められる」

予想もしない台詞にローズは、目を丸くすると、静かに微笑む。

「えぇ、よろしく頼むわよ」

 

 

 

 

◇◇◇◇

 

 

 

 

 

「ローズ、それにホームズにも聞いて欲しいの」

イスラは、そう前置きをすると、口を開く。

「アルは、知ってると思うけど、私、孤児だったの……子供一人で生きていくには、ああするしか、なかったのよ」

「それをこいつらに話して、どうするつもりだ」

ホームズの肩で様子を伺っていたヨルが口を開く。

ヨルが喋った事にイスラは、驚いたがぐっと言葉を飲み込む。

「頼み事があるなら、口で言うべきだろう?ニンゲン。その人殺しの口で、舌で、心から頼んだらどうだ?」

何が言いたいか、しっかり分かってるくせにヨルは、意地悪く尋ねる。

イスラは、怯えながら、何とか言葉を繋ぐ。

「ユルゲンスには、言わないで欲しいの………それと、アル……」

イスラは、一旦言葉を切るとアルヴィンの方を見る。

 

 

 

 

 

「レティシャさんを診るのも終わりにしたい、それと、アルクノアにも、もう関わらない様に言って欲しい」

 

 

 

 

 

 

ホームズは、目を細める。

ローズは、目を丸くする。

 

 

 

 

 

「あ………」

一番最初に口を開いたのは、ローズだ。

「貴方が、アルヴィンのお母さん、レティシャさんの世話を辞めて、誰か他の人が世話を出来るの?」

イスラは、ローズの問いに答えない。

アルクノアと縁を切りたい。

それは、ローズにとっても嬉しい事だ。

その決意があるのなら、許す事が出来る気がする。

しかし、レティシャさんの世話を辞めたいというのは、頂けない。

それは、仲間の親の命を見捨てると言っているのだ。

答えないイスラの代わりに、アルヴィンが口を開く。

「無理だな。お袋を安定させる薬を作れるのは、アルクノアしかいない。そして………」

アルヴィンは、静かにイスラを見据える。

「その薬を処方出来る闇医者もお前しかいない」

ローズは、もう一度イスラを見る。

「もう、裏稼業は、嫌なのよっ!!」

 

 

 

 

我慢の限界だった。

 

 

 

ローズは、イスラに掴みかかる。

 

 

 

 

「いい加減にしなさいよ!イスラ!貴方のせいで、一体どれ程の人が悲しんだと思ってるの!」

ローズは、胸ぐらを更に掴み顔を近づける。

ホームズは、止めようかどうしようか、迷ったが、刀に手を掛けていないので、見逃す。

「エリーゼも!私も!貴方が売った子供達も!どうして、そこまでして来ておいて、そんな勝手な言い分が出てくるの!」

「うるさい!!!」

イスラは、ローズを突き飛ばす。

突然の事にローズは、おもわず手を離す。

「孤児でなかったあなたに分かるわけないでしょう!!あの時、ああしてなければ、私は死んでいたのよ!!あなた達と違って私には、誰もいなかった……」

そう、エリーゼには、ジャオが、ローズには、マーロウがいた。

生きていくには、どうにかなったのだ。

しかし、イスラは、違ったのだ。

「それが何?アルヴィンのお母さんの世話をしない理由になるの?」

ローズは、イスラを真っ直ぐに見る。

刀に手を掛ける。

ホームズがピクリと動く。

しかし、ローズは、直ぐに離すと両手を広げ、刀を握っていないことを見せる。

あの時とは、違う。

ローズは、冷静とは言い難いが、それでも、彼女は武力ではない解決をしたいと思うようになっていた。

「ねぇ、イスラ………私は、私の家族殺しに加担した事をもう責めない、誰にも言わない。だから、せめて、アルヴィンのお母さんだけは………」

ローズは、泣きそうだ。

本当は、再起不能になるぐらい、責めたいのだ。

けれども、それでは、話しは終わらしたくない。

脅しではなく、イスラと仲の良かったローズと言う人間の言葉を聞いて欲しい。

たとえ、イスラを許せなかったとしても、彼女は、優しかったと、そう思いたい。

だから、ローズは精一杯の『お願い』をするのだ。

でないと、イスラとの人間関係は、もう完全になかった事になってしまう。

楽しかった思い出も、嬉しかった思い出も、全部全部嘘になってしまう。

 

 

 

 

「嫌よ!何度も言わせないで!」

 

 

 

 

 

しかし、ローズの願いは、見事に打ち砕かれた。

 

 

 

 

ローズの説得が失敗に終わると、アルヴィンは、切り札を切る。

 

 

 

 

 

「………悪い。

でも、口止め料としちゃ妥当だろ」

 

 

容赦のない言葉がイスラを襲う。

 

 

 

 

「酷いわ。私はただ、あの人と幸せになりたいだけなのに………」

目に涙を溜めはじめたイスラにアルヴィンは、底意地の悪い笑みを浮かべる。

「なれるさ、昔のことを知られなけりゃな」

その一言で、イスラは、完全に泣きはじめた。

話に区切りが付いたとアルヴィンは、感じたのだろう。

ジュード達の元へと歩いて行く。

ローズは、暫く泣いているイスラを見る。

そして、泣いているイスラの頬に平手打ちをすると、髪留めの輪を自分のトレードマークの一つ縛りから外し、イスラに投げつける。

「………行きましょう、ホームズ」

ローズのクルリと、向きを変えると黒い長髪が広がる。

「………そうだね」

ホームズもポンチョを翻して歩く。

 

 

 

 

「ただいま」

アルヴィンは、いつもの通り少し砕けた感じでくる。

「………あの人……泣いてます」

エリーゼの言葉にアルヴィンは、イスラの方を振り返る。

「あぁ。泣き虫なんだ」

どう考えてもそうではないだろう。

しかし、アルヴィンは、さらりと言う。

「その、小ムスメの一撃が効いたんだろ」

ヨルも面白そうに乗っかる。

「いいの?」

ジュードは、泣いているイスラを見る。

「だったら、慰めてやれよ。悲劇のヒロインさんを………さ」

アルヴィンの台詞にジュードは、何も答えず、ミラ達と一緒に泣いているイスラを後にした。

ホームズとヨルが最後に通り過ぎようとすると、呼び止められる。

「ホームズ………あの………」

「君も言うんじゃないよ。おれも言わないから………ね」

ホームズは、一方的にそう告げて再び歩き出した。

 

 

 

 

 

 

◇◇◇◇

 

 

 

 

 

 

ローズは、俯きながら歩いている。

後から来たホームズは、ローズに追いつく。

「いる?」

ハンカチを用意しているホームズにローズは、首を横に振る。

「………もう、涙もでないわ」

あれで、イスラがあんな事を言わなければローズは、泣いただろう。

しかし、返って来た言葉は、残酷だった。

悲しい気持ちよりも失望の方が強かったのだ。

「…………何で、上手くいかなかったのかしら?」

ローズは、ぼそりと呟く。

ホームズは、空を見上げる。

「あの人はね、過去を切り捨てて進もうとしてる。なかった事にして、今を生きようとしている………だからだろうね」

ローズは、ホームズの方を見る。

「過去ってのは、向き合っていかなければならないんだよ。そして、向き合った上で、背負わなければならない。なかった事になんて出来ないからね」

「お母さんの言葉?」

ローズの質問に、ホームズは、首を横に振る。

「おれの経験則」

含みのある物言いにローズは、首を少し傾げる。

ヨルは心当たりがある様だ。

しかし、口を挟むつもりはない。

「そう」

ローズは、無理矢理納得して頷く。

どうせ問い詰めても答えてくれないのだ。

「そうだ、ホームズ」

ローズは、思いついたようにパンと手を叩く。

「どうしたんだい?」

ローズは、髪を翻しホームズに向き直る。

「さっきは、ありがとう」

さっきというのは、ホームズが、億しているローズを引っ張っていった事だろう。

ホームズは、突然の言葉に目をパチクリさせる。

「贅沢を言うなら守ってやるぐらいは、言って欲しかったけどね」

ローズの続きの台詞にホームズは、肩をすくめる。

「…….気が向いたら考えてあげるよ」

ホームズの言葉にローズも肩をすくめる。

「まあ、でも、あそこでイスラの話を聞かなければ、私は一生後悔したと思う」

ローズは、そこで一旦言葉を区切る。

「だから……本当にありがとう、ホームズ」

ローズを守った訳でもない、ローズと一緒にイスラに怒りをぶつけた訳でもない。

やった事と言えば、彼女を辛い場所に連れて行っただけだ。

しかし、ローズは、心からホームズに感謝をした。

そんな、ローズにホームズは、いつもの調子で口を開く。

「君がお礼を言うなんて、明日は雷でも降るのかな?」

ローズは、自分の想像通りの答えにクスリと笑う。

「言うと思った」

「フフフ、笑ってくれて良かったよ」

ホームズは、嬉しそうな笑みを浮かべる。

滅多に見せない、満面の笑みだ。

ローズは、自分の頬が紅潮するのを感じる。

そんな、自分を隠すように、ローズは、少し仏頂面になる。

「本当に、嬉しそうに笑うわね」

「そりゃあ、友人が、笑顔になってくれれば嬉しいさ」

ホームズは、肩をすくめる。

ローズとしては、言いたい事は山ほどある。

 

 

 

 

(………まあ、今回はその笑顔に免じて我慢してあげるわ)

 

 

 

ローズは、やれやれと仏頂面を崩すと微笑みながらため息をつく。

そして、もう、結ばれていない髪を棚引かせ、ジュード達の元へと歩き出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(さてさて、どうなることやら……)

 

 

 

 

 

ヨルは、来た道を振り返ると薄っすらと笑った。

 








いやぁ………長かったシャン・ドゥ編も終わりました。
次回からは、カン・バルク編です!!
長かったなぁ……本当に。
考えてみれば、ここで、ローズがようやく登場しましたね。三十話でようやくって(笑)








いい機会ですので、たまには裏話を。
ローズの性格、当初の予定は、もっと素直な元気っ子の予定でした。
けれども、それじゃあ、元気なレイアと被るなぁ……と思い、どうしようか考えながら、ローズの登場シーン(飛び蹴り)を書いてみたら、あれよあれよとこんな性格に…………



正直、この子嫌われちゃうかなと思いながら色々書いていたんですが、感想でもそんな事なくて、嬉しい限りでした。


良かったね!ローズ。



では、五十八話で( ´ ▽ ` )ノ



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