大分過ごしやすくなってきましたね。
「ん?あれ、アルヴィン達じゃない?」
墓参りからの帰り、ホームズは、コートを着た大男を指差す。近くには、エリーゼ、ミラ、アルヴィンがいる。
「本当だ。何してるのかしら?」
ローズは、不思議そうにしている。
ホームズは、少し首を傾げる考える。
そして、ようやく繋がる。
(あ……あそこ、アルヴィンの家じゃん)
つまり、アルヴィンの母親がいるのだ。
あまり、広言するような事ではない。
「あのさ、ローズ、そろそろ宿に戻らな……」
「もう、行ったぞ」
そう言って、ヨルは、ローズを尻尾でさす。
ローズは、スタコラとアルヴィン達の方に走り出して、何やら彼らと話している。
ホームズは、ローズを止めようとした、手をじっと見つめる。
「人生諦めが肝心だ」
「
ホームズは、ため息を吐くと後を追いかけた。
◇◇◇◇
アルヴィンは、ローズの突然の登場に驚いたが、家の中に案内する。
家の中には、既にジュード、ミラ、エリーゼがいた。
案内されたローズは、ベットで寝ている女性、アルヴィンの母を見る。
「あら、バランまた来たの?」
ローズの気配を感じると、アルヴィンの母は、目を覚ます。
突然話しかけられた事にローズは、驚く。
「え、いや、わたしは………」
「アルフレドもいるのかしら?」
「アルフレド?」
この女性が何を言っているか全くローズは、分からない。
「アルフレドなら、寄宿学校にいますよ、レティシャさん」
「ああ、そう言えばさっきも同じ会話をしたわね」
状況が全く飲み込めてないローズの為にホームズは、耳打ちする。
「あの人、アルヴィンのお母さんなんだって」
ローズは、再びレティシャを見る。
「もしかして、前に話してた、故郷に連れて行ってやりたいお母さんって……」
「そ、この人。まあ、見ての通り、具合が悪くてな………」
悪いなんてもんでは、ない。会話が噛み合わないし、恐らく、アルヴィンの事も分かっていない。
『アルヴィン君は、お母さんの為に小さい頃から、傭兵をやってたんだってー』
ティポの言葉にローズは、アルヴィンを見る。
思わず息を呑んでしまったのが分かる。
なんて言おうか迷っていると、アルヴィンが先に口を開いた。
「健気な話だろう?」
にやりと笑って戯けて返す。
「アルヴィン………」
逆にローズには、それが痛々しく見えてしまう。
「ま、綺麗事ばかりじゃ、やってられなくてね……」
そんなローズを察してアルヴィンは、言葉を続ける。
「で、イスラに俺のいない間は、見てもらってるってわけ」
イスラの名前が出た時、ローズの肩がビクっと上がる。
「ローズ………」
「大丈夫よ。不意打ちだったから、驚いただけ………そう言えば、そんなことを言ってたわね」
心配そうなホームズに、ローズは、ぎこちない笑顔で返す。
「さて、お袋も寝たことだし、そろそろ出るか」
アルヴィンにそう促され、一同は、後にした。
部屋には、ホームズとヨルとアルヴィンが残る。
「黙っててくれたんだな」
アルヴィンの言葉にホームズは、肩をすくめる。
「まあ、少し喋ったけどね」
「あんなの喋った内に入らねーよ」
アルヴィンは、そう言ってホームズの横を通り過ぎる。
「ありがとな」
「別に」
ホームズは、微笑みながらそう答えた。
◇◇◇◇
「あ、あの」
部屋から出ると、誰かに声をかけられた。
「………イスラ」
ローズは、ギリと歯軋りをして、声を掛けた本人、イスラを睨む。
イスラは、ビクリと肩を震わせたが、直ぐに口を開く。
「アル………」
「ありゃ、俺をご指名?」
「それと、ローズも……」
「………私も?」
ローズは、思わず後ずさりする。
はっきり言ってイスラの側になど行きたくない。
家族の殺された原凶とまでは、いかないにしても、原因の一端を担っているのは、確かだ。
そんな、奴の側に行くのは、もうそれだけでトラウマを抉る様なものだ。
しかし、ここでイスラの側に行かなければ、後々、何を言うつもりだったのか、気になってしかたがないだろう。
そのぐらいの予想は、つくのだ。
そんな葛藤の中にいると、不意に背中を叩かれた。
思わず振り返ると、ホームズが涼しい顔をして、イスラを見ている。
「………おれも、混ぜておくれよ、イスラ」
「え………」
「まさか、嫌だなんて、いわないだろうね?」
口調こそ、変わらない。
声音もいたって静かだ。
しかし、そこには有無を言わせない、迫力があった。
「え、えぇ、言いわ」
了承をもらうとホームズは、薄ら寒い笑みを浮かべる。
「ほら、ローズ」
「え?」
ホームズは、戸惑うローズに構わず、ローズの手を引っ張る。
そして、ローズにだけ、聞こえる声量で話しかける。
「大丈夫、何があっても、俺とアルヴィンなら、君を止められる」
予想もしない台詞にローズは、目を丸くすると、静かに微笑む。
「えぇ、よろしく頼むわよ」
◇◇◇◇
「ローズ、それにホームズにも聞いて欲しいの」
イスラは、そう前置きをすると、口を開く。
「アルは、知ってると思うけど、私、孤児だったの……子供一人で生きていくには、ああするしか、なかったのよ」
「それをこいつらに話して、どうするつもりだ」
ホームズの肩で様子を伺っていたヨルが口を開く。
ヨルが喋った事にイスラは、驚いたがぐっと言葉を飲み込む。
「頼み事があるなら、口で言うべきだろう?ニンゲン。その人殺しの口で、舌で、心から頼んだらどうだ?」
何が言いたいか、しっかり分かってるくせにヨルは、意地悪く尋ねる。
イスラは、怯えながら、何とか言葉を繋ぐ。
「ユルゲンスには、言わないで欲しいの………それと、アル……」
イスラは、一旦言葉を切るとアルヴィンの方を見る。
「レティシャさんを診るのも終わりにしたい、それと、アルクノアにも、もう関わらない様に言って欲しい」
ホームズは、目を細める。
ローズは、目を丸くする。
「あ………」
一番最初に口を開いたのは、ローズだ。
「貴方が、アルヴィンのお母さん、レティシャさんの世話を辞めて、誰か他の人が世話を出来るの?」
イスラは、ローズの問いに答えない。
アルクノアと縁を切りたい。
それは、ローズにとっても嬉しい事だ。
その決意があるのなら、許す事が出来る気がする。
しかし、レティシャさんの世話を辞めたいというのは、頂けない。
それは、仲間の親の命を見捨てると言っているのだ。
答えないイスラの代わりに、アルヴィンが口を開く。
「無理だな。お袋を安定させる薬を作れるのは、アルクノアしかいない。そして………」
アルヴィンは、静かにイスラを見据える。
「その薬を処方出来る闇医者もお前しかいない」
ローズは、もう一度イスラを見る。
「もう、裏稼業は、嫌なのよっ!!」
我慢の限界だった。
ローズは、イスラに掴みかかる。
「いい加減にしなさいよ!イスラ!貴方のせいで、一体どれ程の人が悲しんだと思ってるの!」
ローズは、胸ぐらを更に掴み顔を近づける。
ホームズは、止めようかどうしようか、迷ったが、刀に手を掛けていないので、見逃す。
「エリーゼも!私も!貴方が売った子供達も!どうして、そこまでして来ておいて、そんな勝手な言い分が出てくるの!」
「うるさい!!!」
イスラは、ローズを突き飛ばす。
突然の事にローズは、おもわず手を離す。
「孤児でなかったあなたに分かるわけないでしょう!!あの時、ああしてなければ、私は死んでいたのよ!!あなた達と違って私には、誰もいなかった……」
そう、エリーゼには、ジャオが、ローズには、マーロウがいた。
生きていくには、どうにかなったのだ。
しかし、イスラは、違ったのだ。
「それが何?アルヴィンのお母さんの世話をしない理由になるの?」
ローズは、イスラを真っ直ぐに見る。
刀に手を掛ける。
ホームズがピクリと動く。
しかし、ローズは、直ぐに離すと両手を広げ、刀を握っていないことを見せる。
あの時とは、違う。
ローズは、冷静とは言い難いが、それでも、彼女は武力ではない解決をしたいと思うようになっていた。
「ねぇ、イスラ………私は、私の家族殺しに加担した事をもう責めない、誰にも言わない。だから、せめて、アルヴィンのお母さんだけは………」
ローズは、泣きそうだ。
本当は、再起不能になるぐらい、責めたいのだ。
けれども、それでは、話しは終わらしたくない。
脅しではなく、イスラと仲の良かったローズと言う人間の言葉を聞いて欲しい。
たとえ、イスラを許せなかったとしても、彼女は、優しかったと、そう思いたい。
だから、ローズは精一杯の『お願い』をするのだ。
でないと、イスラとの人間関係は、もう完全になかった事になってしまう。
楽しかった思い出も、嬉しかった思い出も、全部全部嘘になってしまう。
「嫌よ!何度も言わせないで!」
しかし、ローズの願いは、見事に打ち砕かれた。
ローズの説得が失敗に終わると、アルヴィンは、切り札を切る。
「………悪い。
でも、口止め料としちゃ妥当だろ」
容赦のない言葉がイスラを襲う。
「酷いわ。私はただ、あの人と幸せになりたいだけなのに………」
目に涙を溜めはじめたイスラにアルヴィンは、底意地の悪い笑みを浮かべる。
「なれるさ、昔のことを知られなけりゃな」
その一言で、イスラは、完全に泣きはじめた。
話に区切りが付いたとアルヴィンは、感じたのだろう。
ジュード達の元へと歩いて行く。
ローズは、暫く泣いているイスラを見る。
そして、泣いているイスラの頬に平手打ちをすると、髪留めの輪を自分のトレードマークの一つ縛りから外し、イスラに投げつける。
「………行きましょう、ホームズ」
ローズのクルリと、向きを変えると黒い長髪が広がる。
「………そうだね」
ホームズもポンチョを翻して歩く。
「ただいま」
アルヴィンは、いつもの通り少し砕けた感じでくる。
「………あの人……泣いてます」
エリーゼの言葉にアルヴィンは、イスラの方を振り返る。
「あぁ。泣き虫なんだ」
どう考えてもそうではないだろう。
しかし、アルヴィンは、さらりと言う。
「その、小ムスメの一撃が効いたんだろ」
ヨルも面白そうに乗っかる。
「いいの?」
ジュードは、泣いているイスラを見る。
「だったら、慰めてやれよ。悲劇のヒロインさんを………さ」
アルヴィンの台詞にジュードは、何も答えず、ミラ達と一緒に泣いているイスラを後にした。
ホームズとヨルが最後に通り過ぎようとすると、呼び止められる。
「ホームズ………あの………」
「君も言うんじゃないよ。おれも言わないから………ね」
ホームズは、一方的にそう告げて再び歩き出した。
◇◇◇◇
ローズは、俯きながら歩いている。
後から来たホームズは、ローズに追いつく。
「いる?」
ハンカチを用意しているホームズにローズは、首を横に振る。
「………もう、涙もでないわ」
あれで、イスラがあんな事を言わなければローズは、泣いただろう。
しかし、返って来た言葉は、残酷だった。
悲しい気持ちよりも失望の方が強かったのだ。
「…………何で、上手くいかなかったのかしら?」
ローズは、ぼそりと呟く。
ホームズは、空を見上げる。
「あの人はね、過去を切り捨てて進もうとしてる。なかった事にして、今を生きようとしている………だからだろうね」
ローズは、ホームズの方を見る。
「過去ってのは、向き合っていかなければならないんだよ。そして、向き合った上で、背負わなければならない。なかった事になんて出来ないからね」
「お母さんの言葉?」
ローズの質問に、ホームズは、首を横に振る。
「おれの経験則」
含みのある物言いにローズは、首を少し傾げる。
ヨルは心当たりがある様だ。
しかし、口を挟むつもりはない。
「そう」
ローズは、無理矢理納得して頷く。
どうせ問い詰めても答えてくれないのだ。
「そうだ、ホームズ」
ローズは、思いついたようにパンと手を叩く。
「どうしたんだい?」
ローズは、髪を翻しホームズに向き直る。
「さっきは、ありがとう」
さっきというのは、ホームズが、億しているローズを引っ張っていった事だろう。
ホームズは、突然の言葉に目をパチクリさせる。
「贅沢を言うなら守ってやるぐらいは、言って欲しかったけどね」
ローズの続きの台詞にホームズは、肩をすくめる。
「…….気が向いたら考えてあげるよ」
ホームズの言葉にローズも肩をすくめる。
「まあ、でも、あそこでイスラの話を聞かなければ、私は一生後悔したと思う」
ローズは、そこで一旦言葉を区切る。
「だから……本当にありがとう、ホームズ」
ローズを守った訳でもない、ローズと一緒にイスラに怒りをぶつけた訳でもない。
やった事と言えば、彼女を辛い場所に連れて行っただけだ。
しかし、ローズは、心からホームズに感謝をした。
そんな、ローズにホームズは、いつもの調子で口を開く。
「君がお礼を言うなんて、明日は雷でも降るのかな?」
ローズは、自分の想像通りの答えにクスリと笑う。
「言うと思った」
「フフフ、笑ってくれて良かったよ」
ホームズは、嬉しそうな笑みを浮かべる。
滅多に見せない、満面の笑みだ。
ローズは、自分の頬が紅潮するのを感じる。
そんな、自分を隠すように、ローズは、少し仏頂面になる。
「本当に、嬉しそうに笑うわね」
「そりゃあ、友人が、笑顔になってくれれば嬉しいさ」
ホームズは、肩をすくめる。
ローズとしては、言いたい事は山ほどある。
(………まあ、今回はその笑顔に免じて我慢してあげるわ)
ローズは、やれやれと仏頂面を崩すと微笑みながらため息をつく。
そして、もう、結ばれていない髪を棚引かせ、ジュード達の元へと歩き出した。
(さてさて、どうなることやら……)
ヨルは、来た道を振り返ると薄っすらと笑った。
いやぁ………長かったシャン・ドゥ編も終わりました。
次回からは、カン・バルク編です!!
長かったなぁ……本当に。
考えてみれば、ここで、ローズがようやく登場しましたね。三十話でようやくって(笑)
いい機会ですので、たまには裏話を。
ローズの性格、当初の予定は、もっと素直な元気っ子の予定でした。
けれども、それじゃあ、元気なレイアと被るなぁ……と思い、どうしようか考えながら、ローズの登場シーン(飛び蹴り)を書いてみたら、あれよあれよとこんな性格に…………
正直、この子嫌われちゃうかなと思いながら色々書いていたんですが、感想でもそんな事なくて、嬉しい限りでした。
良かったね!ローズ。
では、五十八話で( ´ ▽ ` )ノ