チーズケーキが食べたい。
「遥昔、人々は
ディラックは、そう切り出した。
たぶん、ヨルも聞きたいだろうな、なんてことをホームズは思ったが、まあ、いいかと割り切ることにした。
(いいわけあるか!)
ヨルはそう思っていた。
こちら診察室の隣の資料室である。レイアはただいま休憩中で勉強中。一応預かった手前ほっとくわけにもいかず、とりあえず目の届く所に連れてきた訳である。
そんな中、ヨルは空いている机にレイアに背を向けて乗り、隣の部屋から聞こえてくるエレンピオスの情報に耳をすませていた。
「それは、マナを精霊に与えずに精霊術を発動出来る道具だ」
それは、と続ける。
「いい風に考えると
「その言い方は何か致命的な欠陥でもあるんですか?」
「ある。……最も私も最初は知らなかったがね」
そう言うとディラックは立ち上がり、コーヒーでいいかい?とホームズに聞いてきた。
お願いします、と返しておいた。ホームズとしても少し喉が渇いてきた頃だ。
ホームズの返事を聞くとコーヒーを淹れながら話し始めた。
◇◇◇◇
(
ヨルは考える。自分が封じられている間にずいぶん大それたものが発明されたものだ。しかし、世の中はギブアンドテイクだ。恐らく、とんでもないデメリットがあるだろう。
そんなことを考えながらちらりと、レイアを見る。勉強もひと段落したらしく、息抜きに猫じゃらしを選んでいる。どうやらホームズ達の会話はレイアには聞こえていないらしい。
……ねこじゃらし?
◇◇
「
「代償として?」
「精霊達は死ぬこととなる」
ホームズは息を呑んだ。自然がある為には精霊が必要だ。そんな物を使われ続けたら自然は消えていく一方だ。
そして、自然の消えた世界は長くは持たない。
どうぞ、とコーヒーを渡した。
ホームズはディラックに 一言礼を言うと、飲んだ。………そして吹いた。噴水の様に。
「にがい……」
「そりゃ、コーヒーだからな…。ミルクはないが、砂糖はある、いるかね?」
「…いただきます」
口を拭きながら、そう言うと砂糖をどばどば入れ始めたた。
その砂糖を入れるさまをディラックは若干引きながら見ていた。
「コーヒーを飲んだのは初めてかね?」
「いや…」
砂糖をいれ終わると飲み始めた。
「何回か、母親の淹れた物を飲んだことはありますけど……」
ディラックは考える。きっと砂糖とミルクを大量にいれていたのだろう。
さて、とコーヒーを飲みながらディラックは続けた。
「これに危機感を覚えたマクスウェルは、霊力野のある人間達、つまり、
「隔離?どうやって?」
「
「
「まあ、見えない巨大な壁だと思ってくれ。そうして、世界は二つに分かれた。
◇◇
「ほらほら、こっち向いて〜、ヨルちゃん」
(うっとおしい……)
レイアはヨルと遊ぼうと一生懸命だった。先程選んだねこじゃらしを使って。
レイアとしては、肩に乗るほど仲のいい飼い主と別れてしまったので、寂しくない様にという配慮なのだが……
(いつまでやっているつもりだ)
ヨルとしては全く嬉しくない。むしろ、隣の会話を聞くのに邪魔ですらある。
最初は無視していたが、あまりにもしつこいので今は尻尾で応対している。
「むー、無愛想だな」
その様子をずっと見ていたレイアはよし決めたと、なにかを決意した様に言った。
「君のご主人が元気になるまでに、君を振り向かせてみせる!覚悟しなよ!」
ビシッという効果音が聞こえてきそうなぐらいな勢いでヨルを指差してきた。
(勘弁してくれ……)
ヨルはうんざりした様にため息をついた。そして、また応対し始めた。
◇◇
「へ〜、そんなことになっていたんですか」
「私も、ここに来てから知ったのだがね。おかわりいるかね?」
「砂糖もついでにお願いします」
その答えを聞くとディラックの顔が若干引きつったがホームズは気にしなかった。
コポコポと小気味のいい音を立てながら、コーヒーをカップに注いでいく。
今のところいい調子だとホームズは考える。正直、ここまで話が通じるとは思わなかった。ようやく、今までの苦労が報われた感じだ。この調子で、エレンピオスへの行き方も教えてもらえるのではないかと。
そんなことを期待していると、ディラックが二杯めのコーヒーを持ってきて、ホームズに渡した。
ホームズが砂糖をいれ終わるのを待っている間ディラックは考えていた。これは、大変言いづらいことだ。しかし、とも思う。ごまかすことは、誰も得をしない、むしろ損だ。そう決意して。
「だから、
と告げた。
突然、目の前が真っ暗になった。
気が付くとホームズはがしゃんと、コーヒーの入ったカップを落としていた。
◇◇
「なに?今の音?」
レイアのねこじゃらしをいじる手が止まる。今にも向こうの部屋に行きそうな勢いだ。
(まずい)
今、向こうに行かれてしまえば、エレンピオスのことを知られたくない彼らとしては話す事をやめてしまうだろう。それだけは阻止せねば。
ヨルは覚悟を決めると、すべてのプライドを捨て、ねこじゃらしにじゃれ始めた。
「にゃーにゃー」
出来るだけ可愛らしく、いつもの様な低い声ではなく、裏声を使い、少し高めの声で愛嬌を振りまいてねこじゃらしにじゃれた。
「おお!やっと、私のほうを向いてくれた!これからもどんどん仲良くなっていこう」
そのヨルの豹変ぶりにレイアはすっかり気を取られ、隣の診察室に行くことはなかった。
(屈辱だ……この借りは高いぞホームズ)
◇◇
「嘘……ですよね?」
「事実だ」
「だったら、あなたやアルクノア、それにおれの両親のことは、どう説明するんです!」
ホームズは椅子から立ち上がり、今にもディラックに掴みかかりそうな勢いだ。
「ジルニトラという船があってね、」
たいするディラックは冷静だ。
「その船に乗っていた連中はある実験に巻き込まれてね、たまたま、
そして、と続ける。
「エレンピオスには、帰れなかった。それが、私やアルクノアそして、君のご両親だ」
「……
ホームズは俯きながら言った。
「……マクスウェルを倒す事だ」
ホームズは息を呑んだ。あの、凛とした女マクスウェルの事を考える。確かに酷い目にはあった。しかし、そうは言っても、あの凛とした態度には好感を持っていた。そんな相手を殺さなければならない。それは、あまりやりたくない。けれどもと考える。それしか、方法がないなら……。いや、だめだとホームズは忌々しい考えを振り払う。
『よかったよ。私の息子がそこまでクズじゃなくて』
不意に母の声がした気がした。
『もし、そんなことを実行したらお仕置きしないといけなかったよ』
母のお仕置きほど怖い物はない。
『それに、約束しただろう?忘れたとは言わせないゼ』
そうだったなとホームズは、決意を固めた。
「ホームズ君?」
放心状態のホームズにディラックは心配そうに声をかけた。
「おれは、それ以外の方法を探しますよ。でないと、母親に、自慢出来ないですしね」
しかし、しっかりと前を向いていた。
「自慢?」
ディラックは不思議そうに聞いた。
「ええ、母親との約束なんです。エレンピオスに、母親の故郷にたどり着けたら自慢してみせろってね。その時は何も考えずに約束してしまったんですが……」
今ならわかる、あの母は深く知らないくせにこうなる事を予想していたのだろう。だからこそ、そんな約束を自分にさせたのだ。
(相変わらず、食えない人だ)
ホームズは、今でもなお自分の一枚も二枚も上をいく母に舌を巻いた。
◇◇
(なるほどな……)
ヨルも納得していた。ヨルもその約束の場にいたのだ。見届け人として。
その時はホームズと一緒で、どうしてそんな約束をさせたのかわからなかった。
しかし、今なら分かる。その時、女マクスウェルを殺すという選択肢を選ばせない為にこんな約束をさせたのだ。
(あの女ことだ……)
恐らく、約束を守らせる事だけが目的ではない。目的の達成し方も教えていたのだ。誰かに自慢できる、胸を張ることの出来るそういうやり方をしろと言っているのだろう。
言い換えるなら、人様に自慢できないやり方はやめろということなのだ。
(ま、そんな物きれいごとだけどな)
人の倍以上生きているヨルは思う。目的達成の為には汚い手も使わなければならない。清濁合わせのむぐらいの気概が必要なのだ。
そんなこと、あの女が知らない訳がない、とヨルは思う。まあ、でもとも考える。人間のことはよく分からないが、少なくともあの女は自分の為に、息子が手を汚すのが嫌だったのではないかと。
(そう考えるのが1番しっくりくるな)
ねこじゃらしをいじりながらヨルはそんなことを考えていた。
「ふむ、ならば君はどうする?」
「とりあえず、マクスウェルを探しますよ。断界殻
あの時彼女らは、カラハ・シャールを目指していた、だったら、そこで足取りを探るのがベストだ。ホームズは迷いを振り切った笑みを浮かべながら、そう言った。
「とりあえず、しばらくは通いだ。探すのはそれからにしなさい」
ディラックはそう言うと、待合室で待っているよう指示した。
「分かりました……とそうだ。ありがとうございました」
ホームズはそう言って診察室を後にした。
◇◇
待合室に付くとヨルと遊んでいるレイアの姿があった。
辺りを探してみても他の患者さんはもういない。だからこそ、こんなに話していられたんだろうな。ホームズは考えていた。
ホームズに気が付くとレイアは少し誇らしげに言った。
「みてみて、ヨルちゃんとこんなに仲良くなったんだよ」
そう言って、目の前でねこじゃらしを使って遊び始めた。
ヨルは何だか仕方なく遊んでいる様にしか見えないのだが、レイアは満足そうだ。
(後で散々文句言われるだろうな)
そんなことを考えていると、ジュードに目元がそっくりな受付に名前を呼ばれた。
「とりあえず、こちらが今日の診察料になります」
「はい、分かりました」
そう言ってホームズは薬箱状のカバンから金を出そうとして気付いた。
カバンがない……
「あの時か……」
そう、ジュード達から逃げる時にカバンは港と反対方向にあったので、置いて行ってしまったのだ。つまり、あの時仕入れた商品も金欠ながらもコツコツ貯めた金も……
「全部パーか……」
ホームズはがっくりと膝をついた。
そんな様子をヨルは眺めながらやっと納得がいった。あの、肩に乗る時の違和感について。
いつも、カバンを避けて乗っていたので少し手間取っていたのが、船に乗ってからはすんなりと乗れていたのだ。
(なるほどだから違和感があったのか)
考えてみればおかしな所はいくつかあった。
ホームズがベンチに深く腰掛けた時、荷物を降ろす動作を一つもしていなかった。船に乗っていた時も同様だ、何もせずに船の手すりにゆったともたれかかっていた。ただのカバンならともかく、彼のカバンはどちらかと言うと箱に近い。どう考えたって、ベンチに深く腰掛けるのも、手すりにもたれかかるのもそんな物を背負ったままではムリなのだ。なのに、ホームズは深く腰掛けていたし、手すりにももたれかかっていた。
(しっかし、そんな事にも気付かないなんてあいつ、馬鹿だな)
ヨルも人の事は言えないが。
「もしかして、お金ないの?」
レイアが心配そうに聞く。
「その通りです。有り金全部置いてきちゃたみたいて…」
「なら、今回はただという事にしますか?」
受付の女性も心配そうに尋ねる。
「いえ、ちゃんと払います」
ホームズのポリシーとして、金で払うべきものはちゃんと払わなければならないというものがある。それに、今回がただになったとしても、今後何回も通うのだ。きっと何の意味もない。
なので、絶対に払いたいのだが……手段がない。
どうしたものかと悩んでいたら、ポンとレイアが手を叩いた。
「だったら、ウチで働いてみたら。大丈夫!さすがに怪我人にそんなハードな事はやらせないから、安心して」
成渡りに船とはこの事である。しかし、ホームズは考える。
「君のうちはどこでなに屋だい?」
「ここの、すぐ近くの宿屋だよ」
「……名前は?」
「ロランド、宿屋ロランドだよ」
自分の泊まる所か…、世間が狭いにも程があるだろう。ホームズは呆れていた。まあでも、悪くはないか。ホームズは暫く考えたがレイアの案に乗らせてもらうことにした。
「よろしくロランドさん」
「レイアでいいよ」
「じゃあ、レイア暫くの間よろしく」
「うん、こちらこそ」
そう言って2人は爽やかに握手をした。
一方ヨルはどんよりしていた。
(暫くの間あの強引娘と一緒か…ハア)
ねこじゃらしの時のしつこさを思い出す。
あんなのが暫く続くかと思うとどうしても……
(ハア、)
ヨルは、今日何度めか分からないため息吐いた。
取り敢えず………テイルズヒロインの中ならティアが、いや、コレットも捨てがたい。
間をとって、イリアで(笑)
結構好きなんです………イノセンス。もちろんRの方も。