四葉のクローバー   作:HirakeGoma

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12 鏡の中の女の子

あの顔を知っている。

 

男の子を見て最初に思い浮かんだ言葉がそれだった。知っているというよりは、私は彼だったと言った方が適切かもしれない。

 

線路の向こう側に現れた男の子の存在が心を大きく揺さぶる。あれは確かに夢だった。夢の中の出来事のはずだった。だけど、今、目の前にいる彼は本物だ。

 

彼の口元がぴくりと動く。何かを言おうとしているのは間違いない。釣られて私も声を掛けようとするけど、何を言えばいいのかわからない。彼もそんな感じだろうか。

 

「「…君は、だれ」」

 

やっとの思いで振り絞った言葉は見事に同じものだった。

 

 

 

 

 

踏切近くのガードレールに腰を預けながら二人並んで立っていた。無言の時間がひたすら続く。無理もない。夢の中の自分がいきなり目の前に現れたのだ。わけがわからなくても当然だ。

 

あたりは依然として静かなままで、音という音も聞こえない。住宅街だというのに、家に人が住んでいるのかも怪しくなる。まるでこの踏切だけ、別の時空に飛ばされたみたいな感覚だ。

 

彼の横顔をときどきちらりと盗み見る。正直、嫌な感じはしていない。むしろどこか安心する。彼もチラリとこちらを見ては、視線を正面に戻す行為を繰り返していた。お互い探り合っているのがバレバレだ。

 

(どうしよう。何か話さないと……)

 

そう思った私は、思い切って口を開く。

 

「私、君を知ってるんだけど」

 

だいぶぶっきらぼうな言い方だったと思う。疲労のせいかもしれない。あんなことがあった直後だからか、他人を気遣う余裕なんて今の私にはまったくなかった。

 

彼に投げかけた言葉はなんの脈絡もない唐突な話だ。こいつ何を言っているんだ、と思われても仕方がないもの。辛辣な言葉を覚悟してはものの、彼からの答えは意外なもので……

 

「お姉さんも!?」

「えっ」

 

お姉さんもということは彼も同じ私を知っているということだろうか。

 

「どういう意味?」

「おれもお姉さんを知ってます! 知っているというか、おれ、夢の中でお姉さんになっていたから…っ」

 

第三者からしたら、彼の話はむちゃくちゃに違いない。だけど、私は自然とその言葉に耳を傾けてしまう。とても嘘を言っているようには思えないし、彼の話をもっと聞いてみたい。そんな気持ちが大きくなった。

 

「知り合いの後を追いかけていたときなんです。その子を追ってこの踏切まできて、ようやく追いついたと思ったら、急に意識が飛ぶような感じがして。それで気がついたら、ベッドの上に寝ていました」

 

彼は言った。事態が飲み込めなかったと。知らない部屋の中で、知らないベッドの上で、自分は寝ている。さっきまで走っていたのも関わらずに。わけがわからず、しばらくの間じっとしていたと。

 

「でも、いつまでもそうしているわけにもいかないから、部屋にあった鏡の前まで移動したんです。そしたら」

 

鏡には私の姿が映ったのだそうだ。彼はガードレールから身体を離して、身振り手振りを交えて力説していた。嘘じゃないと言わんばかりに、彼はとても必至だった。

 

「そのあとすぐにまた意識が飛ぶような感覚が襲ってきて、気づいたら元いた場所に、ここに戻っていたんです!」

 

変な汗が身体から滴り落ちる。落ち着いたと思った矢先に、また頭の中に混乱の渦が押し寄せる。彼の話は理解できるようなものじゃない。

 

でも、嘘を言ってはいない。それだけは私が一番理解している。だって私も、まったく同じ体験をしたのだから。

 

踏切の前に立つ自分。線路を挟んだ反対側にたたずむ女の子。迫りくる電車の中、女の子は踏切の中へと飛び出していった。無表情。今思い出しても心臓がバクバクと脈打って寒気すら感じてしまう光景だ。

 

夢の記憶はとても曖昧だった。でも今は忘れていたことが嘘のようにすべてのことを思い出せる。まるで記憶が蘇ったかのように、頭の中に映し出されるあのときの光景は鮮明だ。

 

息も絶え絶えに説明してくれた彼に向かって、私も似たような経験をしたことを伝える。彼もまた、私以上の驚きぶりだった。目を丸くして、言葉にならない言葉を漏らす。

 

あの日、踏切で起こった一連の出来事。夢と思っていた出来事が現実に起こった出来事なのだと、今なら少しだけ確信が持てる。

 

“入れ替わり” 突然そんな言葉が思い浮かんだ。あの日、あの瞬間、私は彼に、彼は私になっていた。

つまりは、お互いの意識が入れ替わるという現象を私たちは経験したことになる。そんなこと普通に考えれば有り得ない話だけど、彼と私の体験は他には説明がつかないものだ。

 

「…頭が痛い話やね」

 

彼に向かってではなく、自分に向かって、ポツリとそんな言葉を呟く。

 

あのとき、お互いの意識が入れ替わるという謎の現象に見舞われた。でも、それは何のためだったのだろう。疲れた頭に鞭を打って考えるも答えはまるで出てこない。おそらくこの現象に関してはこれ以上わかることは何もないとそう思う。なので、私はもう一つの気になっていたことを彼に直接尋ねることにした。

 

「なんで君は、あのとき、女の子を追いかけていたの?」

「…それは……」

 

普段の私なら、こんなことは絶対に聞いていない。ある意味、今は肝が据わっているのだ。無神経と言われればその通り。まぁ、どう思われようと、今の私には正直どうでもいいことで……

 

男の子は再びガードレールに寄りかかった。私に顔を向けては、再び正面へと向き直る。どうやら心の中で葛藤しているようだった。

 

しばらく時間が経過する。私は無言のままに待っていた。彼が口を開いてくれるまで、話してくれる決心がつくまで、ずっと待つつもりだった。無理に聞く方法もあっただろう。だけど、彼はもがいていたから、悩んでいたから、彼からの言葉をひたすら待った。

 

「…おれ」

 

男の子はゆっくりと、それでいてはっきりとした声で話し始める。

 

「おれ、好きな子がいたんです」

 

その言葉を聞いて、心の中がズキリと痛んだ。彼の話は過去形だった。

 

「もしかして、踏切にいた女の子?」

 

声には出さないものの、彼は前を向いたまま顔を少し縦に振った。

 

「…その子とは昔から仲が良くて、よく一緒に遊んでいました。小学校でも、中学校でも、そして高校でも……だけど、その子、最近になって変わっていったんです。人前ではすごく大人しくて、落ち着いているように見えるんですけど、おれは知ってます。根はすごく明るくて、人懐っこい子だってことを。でも、今は……」

 

彼の表情が苦しげな表情へと移り変わる。

 

「最初はおかしいなと思いました。違うクラスだから学校ではたまにしか会えないけど、それでも見ていればわかります……きっとあいつは」

 

“イジメにあっていた”と彼は確かにそう言った。複数の子たちから嫌がらせを受けるようになったのだと。ドラマや漫画などではよくある話。でも、実際に目の前で起こったとき、仮に当事者だったとしたら、その衝撃はやはり計り知れないものがある。

 

「その子は小さい時にお母さんを亡くしていて、それからはずっとお婆ちゃんと暮らしていました。もちろん父親はいます。でもあいつの父親ってめちゃめちゃ偉い人で、あいつはずっと誰かに監視されながら生きてきたんです。何かをする度に、さすがは○○さん家のお子さんだ、なんて言われて……あいつのやろうとすることは、そのまま家や父親の評価に直結する。あいつはそれがわかっていて、自分の本当の性格を人前には出さないようにしていたんです」

 

彼が話し聞かせるのは、私が一度しか会ったことのない女の子のことだ。でも他人ごととは思えなかった。その感覚がどこから来るものなのか、私はできるだけ考えないようにする。

 

ふと踏切近くのカーブミラーに目が止まった。誰も通らない今の時間帯。鏡はその役割を果たせていない。

 

もし、彼の“言葉”に形があるとするならば、あの鏡にはいったい何が映るだろうか。男の子がその鏡を覗いたとして、そこに映るのはきっと彼が気にかける女の子の姿に違いない。だけど私が覗くとしたら、あの鏡の中に映るのは……

 

周囲の静寂は変わらない。太陽が昇ってはいるものの、朝と呼ぶ時間帯はまだまだやってきそうにはなかった。

 

 

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