四葉のクローバー   作:HirakeGoma

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13 きっと、君なら大丈夫

「家でも、学校でも、どこへ行こうとも、あいつは本当の自分を人前では決して見せません。ずっと我慢していました。ほんと、いつか壊れちゃうんじゃないかってくらい、ずっと……」

 

男の子はゆっくりと、言葉の一つ一つを噛みしめるように言葉を紡いだ。前を向いてはいるものの、見つめている先はきっとここではないのだろう。

 

「だから少しでも気分転換になればいいと思って休みの日にはよく遊びに誘っていました。おれと一緒のときくらいは本当の自分を出してもらいたくて、気を遣ってほしくなくて……でも」

 

男の子が話すそれは、それほど昔でもない記憶の中の出来事。そこに少しだけ興味を持ったのは、きっと私の気まぐれ。

 

私は疲れた頭に鞭を打って、その思い出の世界に同伴することを決意する。言葉を頭の中で噛み砕き、同じイメージをつくりあげ、そうやって少しだけ、彼らの世界に意識を向けた。

 

 

 

 

 

===

 

最初は3人組の男女から何か嫌味を言われるとか、そんな些細な感じでした。ええと、これはあいつと同じクラスの子から教えてもらった情報なんですすけどね。

 

だけど、あいつは…って、何か名前を付けましょうか?

 

(……よつは)

 

えっ?

 

(よつは。誰の名前でもないから、この名前を使って)

 

…わかりました。それじゃあ、ヨツハで。

 

だけど、相手の嫌がらせに対して、ヨツハは何も言い返しませんでした。物事が大きくなることを嫌って、目立ってしまうことを恐れて、きっといつものように我慢してしまったんだと思います。

 

でも、ヨツハの何でも我慢する、そんな性格が気に入らないと相手は感じたのかもしれません。それからもずっと嫌がらせは続きました。

 

おれがそれに気づいたとき、ヨツハには言ったんです。嫌なら嫌だと、やめてほしいならやめてほしいと、そう言った方がいいって。なんならおれが話をするからって。

 

でも、ヨツハは首を振るばかり……加えて必死になって「余計なことは絶対にしないで!」って怒ってきたんです。

 

きっと反発するのが怖かったんだと思います。ヨツハはああ見えて不器用な性格だから、いつもと違った解決方法を取るのが怖かったんだと思うんです。

 

正直に言って、おれは不機嫌になりました。あからさまな嫌がらせを受けているのだから、そいつらに「ふざけるなよ」と凄めばそれで終わる話じゃないか、そう思っていたから。

 

でも、ヨツハはその方法がいいとは考えなかったみたいです。彼女に手を出すなと言われてしまって、おれは何もできませんでした。

 

あいつはずっと耐えていました。本当に我慢強いや奴なんです。だけど、いつか心が折れてしまうんじゃないかと心配でした。だから、学校でもできるだけ声をかけたりして、ヨツハをなるべく一人にしないようにしていました。

 

それが原因かもしれません。

 

(……何かあったのね?)

 

嫌がらせの対象がおれにも広がったんです。学校でもヨツハと一緒にいる時間が長かったから、まぁ、当然ですよね。

 

最初は良かったと思いました。これで、あいつの苦しみの半分をおれが負担できると思ったから。

相当相手の嫌がらせもエスカレートしていたし、しんどい部分はあったけど、いざとなれば相手に食ってかかることもできると思って、おれはそれを受け入れました。

 

でも、この頃からヨツハの様子が少しずつ変わっていきました。

 

ずっと下を向いて、何か考え事する仕草が増えました。二人だけのときでも笑わなくなって、誰かに怯えるように不安げな表情を浮かべるようになりました。急にそっけない態度を取るようになって、次第におれを避けるようになりました。

 

正直、おれは意味がわかりませんでした。何か悩んでいるのかと聞いても無言のままで…おれが近づこうとすると露骨に嫌な顔をして……そんな日々がずっと続きました。

 

おれはものすごく焦りました。だけど、どうしていいのかもわからなくて…そこからヨツハとは徐々に疎遠になっていきました。

 

そして、ある出来事が起こったんです。

 

(ある出来事?)

 

はい。3月の下旬くらいだったと思います。まぁ、何というか…起こったと言うか…起こしてしまったと言うか、微妙なところです。完全に自分が原因ですから……

 

その日の天気は快晴で、春らしい暖かい日だったことを覚えています。春休みということもあって、おれは親の手伝いで外出していました。

 

ええと、補足しますけど、その頃ヨツハは頻繁に学校を休むようになって…でも中高一貫校なので受験の心配はなくて、二人とも無事に高校には上がれることになっていました。

 

すみません、話が逸れましたね。

 

あの日は、外出していて、帰り際にこの踏切を通ったんです。そしたら、普段はあまり人が通らないにも関わらず、そのときは大勢の人が集まっていました。女の子が電車に轢かれそうになったとか、その子が踏切の中に飛び出したとか、そんな話をしていたんです。

 

おれはすごく不安になりました。もしかしたら?と思いました。ここ最近あいつに全然会えてなかったし、携帯に連絡しても返信もなかったから。

 

結果的にトラブルに巻き込まれた女の子がヨツハでないことはその場で確認したんですが、でも、実際にそういった現場に居合わせていると頭の中に変な考えが浮かんできて、気が付いたらヨツハの家に立ち寄っていました。

 

きっと、おれは単純にヨツハに会いたかったのだと思います。家の前まで来たおれは居ても立ってもいられなくなって、強引に家に入って、部屋に上がり込みました。ヨツハはひどく驚いていました。当然ですよね。

おれの顔を見た途端、早く出て行け!ってものすごく怒ったことを覚えています。

 

ええと、後で聞いた話ですが、その踏切事故は事故と呼べるようなものではなかったみたいです。どうやら踏切で待っていた女の子が線路上に何かを落としてしまってみたいで……それを遠くから見ていた誰かが非常ボタンを押してしまった。それで周囲が騒然となったと聞きました。

 

すみません、また話が逸れましたね。話を元に戻します。

 

部屋に上がり込んだとき、久しぶりにヨツハの姿を確認しました。正直、すごく驚いた。本当にあいつなのかと疑ってしまうくらい以前の面影なんてなかったから。

 

突然部屋に押しかけたおれが一番悪いんですけど、ヨツハはものすごい勢いでこちらを拒絶しました。

 

だけど、しばらくしてから突然静かになったかと思うと、俯きながら不意に口元だけで笑ったんです。

 

そのときのヨツハを見たとき、おれは背筋が凍りました。そのあと今まで以上に不安になっていろんな人に相談したんですけど、なかなか難しくて……

 

それで……それで………3月の最終日に……

 

(……どうかした?)

 

いえ、大丈夫です。

 

忘れもしません。その日もよく晴れた日でした。

 

ただ天候とは裏腹に、その日のおれはどこか心が落ち着かなくて、朝からずっとそわそわしていました。

時間が経てば経つほど心のざわめきが大きくなるような感じがして……結局、途中で耐えきれなくなってヨツハの家に行ったんです。

 

そしたらついさっき外出したことがわかって、仕方がないので一旦家に戻りました。

でも、やっぱりどこか心は落ち着かなくて、もしかしたら?そう思っておれは真っ先に家を飛び出しました。時間は確か、午前中の10時くらいだったと思います。

 

自分でも不思議なんですけど、自然と足はこの踏切に向かっていました。虫の知らせと言うんでしょうか、なんだかとても悪い予感がして、とにかく急いだのを覚えています。

そしたら、踏切を渡るヨツハを見つけて。すぐに後ろから追いかけました。でも、タイミング悪く踏切の警告音が鳴り始めてしまって……

 

またどこかに行ってしまうとそう思いました。だけど、ヨツハはその場で立ち止まったまま、踏切の前でこちらを振り返ったんです。

ホッとしたと同時に、あいつの様子がおかしいことにそのとき初めて気が付きました。

 

周りの様子がまるで視界に入っていないような感じで、ずっと踏切の前に立っていた。そんな姿を見ていたら、なんだか心臓の鼓動が速まって……

 

でも、その直後でした。急に眠気に襲われ、意識が飛ぶような感覚があって、気が付いたら

 

===

 

 

 

 

 

「知らないベッドの上に寝ていました」

 

“入れ替わり”が起こったということだろう。私はとっさに理解した。

 

「意識が戻ったとき、おれはヨツハの側にいて。何が起こったのかは覚えていませんが、あいつが踏切の中に飛び出して自分がそれを止めたのかもしれないと直感しました」

 

夢の中で出会った女の子。その子のことを思い出す。見るものの背筋を凍らせる無機質な顔。死んだような光のない瞳が印象的だった女の子。

あの日、彼女は踏切の中に飛び出した。まるでそうすることが当たり前だと言うように。

 

「おれは……」

 

男の子の口が一旦止まる。そしてゆっくりと瞼を閉じると、少し声に力を入れて言葉の続きを話し始める

 

「おれはやってしまったと思った。四葉の部屋に上がり込んだとき、もしかしたら、あいつに何かのきっかけを与えてしまったんじゃないかって…そうでもないとあいつがあんなことするわけないから……」

 

「話はこれですべて」と彼は言った。私は出かかった言葉を飲み込む。

 

「結局……おれはあいつに何もしてやれなかった……ッ」

 

男の子は笑った。寂しく卑屈な笑顔。そうじゃない。そうじゃないんだよ。そんな機械の笑いなんてただ人を不快にさせるだけだ。こちらの心をただイラつかせるだけだ。

 

 

 

 

 

話がひと段落して以降、静寂の時間が続いた。私も彼も無言のまま、お互い身動き一つしなかった。

 

やがてそんな空気に耐え兼ねて私が大きく息を漏らした。ヨツハの本当の気持ちなんてわからない。私は彼女でもなければ、話したことだってないのだ。見ず知らずの女の子のことを考えろと言われても無理がある。

だけど、想像するくらいはできるだろうか。

 

難しくはないと思う。彼の話を聞いた時点で大事なポイントはわかっている。そのポイントさえ見失わなければ、そんなに複雑な話ではないとそう思うのだ。

 

男の子の横顔を盗み見る。彼は唇を噛み締めていた。きっと後悔しているのだろう。ヨツハに何もしてやれない自分の不甲斐なさに。

 

おそらくこの子はわかっていない。彼女の本当の気持ちを。

偉そうなことは言えないけれど、この子がヨツハの気持ちに気づかなければ、この話はスタートラインにも立てはしない。物語は始まらない。

もしかしたら彼は確信を持てないだけかもしれない。例えそうだとしても、彼女の気持ちと自分の想いを自覚しなければ、どれだけ考えたところでそれは無意味なものになってしまうだろう。

 

男の子が確信を持てないもの。それを一言で言うのなら

 

―――その女の子にとって“いっとう大切なもの”が何であったかだ。

 

このポイントさえ押さえることができれば、物語は自然と収束していく。女の子の行動の理由を少しは理解できると思うのだ。

 

あっけない話だ、とつい心が毒づいてしまう。

でも、同時におかしな話だとも思う。お互いがお互いのことを考えているのに、僅かなすれ違いでこうも物事が悪い方向へと向かってしまう。人の心の脆さを実感する。

 

だからこそ、私は不意に笑った。不謹慎に思われるだろうか。

男の子が私の顔を覗き込む。唖然とした口がとても可愛く思えてしまう。

 

「…君はどうしたいの?」

「…おれが?」

 

男の子の肩が揺れる。この想像が正解だとは限らない。私はヨツハではないのだから当然だ。アドバイスなんて大それたことをするつもりもない。けれど、彼に問わなくてはいけないこと。それが一つだけある。

 

おそらくヨツハは雁字搦めの状態なのだ。動きたくても動けない。簡単に言ってそんな状態。彼女が動けないのならどうするか。

 

答えは一つしかない。その答えは彼自身が見つけるしかない。

 

明里と花苗の3人で交わしたいつかの会話を思い出す。

 

「今までのことは今の説明でだいたいわかった。だけど一番重要なことを私はまだ聞いてない」

「…一番重要なこと?」

「そう。君は今後どうしたいと思っているか?」

 

少し間。その後、彼は「わからない」と答えた。苦渋に満ちた表情が彼の苦悩を映し出す。

 

答えは今は見つからない。これから見つかる保証もない。

 

だけど、きっと―――君なら大丈夫なんだろうな。

 

と胸の中でつぶやいた。

 

わからない、と彼は答えた。だけど、きっと想いは明確なのだ。あの日、女の子が踏切に飛び出したそのとき、君はちゃんとその場にいたのだから。

 

本当に必死になって探していたんだとそう思う。そうでなければ、あんなに汗をかくはずがない。肩が大きく揺れるほどに、あんなにも息を切らせるはずがない。

一瞬だったけど、かつて“君”だった“私”が言うのだから間違いない。あのときヨツハを助けたのは私だけれど、あの場に駆けつけた時点で、きっと君の決意は固まっていたに違いない。

 

ほんと、あっけない話だ。

 

しばらくしてガードレールから身体を離した。しばらく彼の話に付き合ったけれど、正直もう体力は限界だった。身体も心もくたくたで、これ以上この場に留まるのも辛いほど。

だから早めに立ち去ろうと思った。だけど

 

「お姉さんは大丈夫?」

 

そう男の子は告げた。その言葉に瞳が揺れる。

 

「……」

「何か想い悩んでいるように思えたから。それにその恰好……」

 

こんなボロボロの姿を見たら疑問に思うのも当然と言えば当然か。

男の子に指摘されて自分の現状をこれまで以上に自覚する。恥ずかしさと惨めさで胸はいっぱいで……

 

「…私、大丈夫なのかな?」

「それって…?」

「…私にもね、気になる人がいたの。一緒にいてね、楽しいと思えるような、ずっと近くにいたいと思えるような、そんな素敵な人が……」

 

男の子はじっとしていた。話の続きを待っているのだろうか。表情一つ変えないためか、感情は読めなかった。

 

「でもね。その人には別の私じゃない別の相応しい人がいたみたい。別に浮気されたとか、そういうのじゃないんだよ。私とその人はね、何も、そうだね…何もなかったから……」

 

これまで思い出が鮮烈によみがえる。彼と会ってからの日々は本当に楽しい時間の連続だった。満開の桜のような可憐な日々。本当に夢のような日々だった。

 

「その人の側にいるだけで胸が暖かくなった。その人の名前を呼ぶだけで優しい気持ちになれた。だけど、それは自分一人の思い上がり。その人は私のことなんて…なんとも…なんとも思ってなかったんだ」

 

ひたすらに冷静さを装った。自分の気持ちを読み取られるのが嫌だった。もうこの辺でいいだろうか? そう思って話を適当に終わらせる。そうして右足に力を入れた。

 

そのときだった。

 

「お姉さん…ッ」

 

それは突然のことだった。後ろから弾む大きな声に、私の身体がびくりと反応する。あの子の声だとわかってはいたけれど、今までと異なる晴れやかな声に私は少し戸惑った。

 

静かに後ろを振り返る。微笑み。そして私に向かって彼は言い放った。

 

「お姉さんなら、きっと、大丈夫だよ」

 

朝日に照らされる小さな存在。桜の花を想わせる満開の笑顔。事情なんて何も知らないはずなのに、自分のことであんなにも悩んでいたはずなのに、今この瞬間の彼は強さと優しさに満ちている。

 

遠くの方で警告音が鳴り響いた。近くの踏切でも甲高い音が鳴り始める。

男の子は慌てて線路を渡り向こう側へと戻っていった。直後に電車が通過する。私の髪を大きく揺らす。

ようやく通り過ぎたと思ったときには、彼の姿はどこにもなかった。

 

 

 

 

 

ふと我に返る。線路を挟んだ反対側。一点をずっと眺めている自分に気が付いた。その場所にはもう誰もいない。だけど、その場所には確かに誰かがいた。

 

今のは夢?そんな考えが浮かんでは消えていく。頭の中を整理するもさっきの出来事をうまくは思い出せなかった。

 

ふと何かの拍子で足元に目を奪われる。

 

(あっ…!)

 

ハッとした。踏切内に見覚えのあるものが落ちていた。線路内のレール上に移動して、敷板の間からそっとそれを拾い上げる。汚れを落とすために服の袖で表面を擦った。

 

「これがどうしてここに?」

 

深い緑色をした四つ葉の花。以前、花苗にもらった四つ葉のクローバーの押し花がそこにはあった。どうしてここに落ちていたのだろう? それともこれは違うものだろうか。少しだけ考えを巡らせる。

心当たりがあるとすれば、あの時しか考えられない。

 

(ここで携帯を落としたときだ……)

 

男の子とぶつかりそうになったとき、踏切内で携帯を落としてしまった。ハンカチで汚れを拭いたから、そのときに一緒に落ちたのだと理解する。

あの日の朝は遅刻しそうでバタバタしていた。押し花を挟んだハンカチを誤って持ってきていたとしても不思議じゃない。

 

もう一度、軽く吐息を漏らした。踏切の敷板の上に立ちながら、どこまでも続く線路を眺める。

このレール先にはあの人との大切な思い出が詰まっている。彼と最初に出会った公園。彼と再会した駅。私にとって幸せだった時間。

 

でも、同時にこのレールの上で“彼”と“彼女”は出会ってしまった。並走する電車の中で目が合って、そのまま二人は探し合い求め合った。立花瀧と宮水三葉は出会ってしまった。

 

唇をそっと噛み締める。そうしながら、手元の押し花を見つめ直した。

 

「……きっと大丈夫、か」

 

気が付いたら、そんな言葉を口にしていた。言葉の意味はわからない。誰に言われたのかも覚えていない。

大丈夫は励ましの言葉。前向きな言葉。

だけど今の自分は自然とこんな答えを返してしまう。

 

「もう、どうにもならないよ」

 

 

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