四葉のクローバー   作:HirakeGoma

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04 再会は、突然に

公園での出来事から数日が経過した。私はあれ以降、悶々とした日々を過ごしていた。足をケガしているため、行動範囲は家とその周辺に限られる。自由が利かないってこんなにも窮屈なのかと、時間を持て余す日々に飽き飽きしていた。

まあ、来月から大学生なので、入学の準備などを進めてはいたけれど。

 

そんな我慢が功を奏したのか、足のケガは順調に回復に向かっているようだ。歩く分には何も問題はなく、テーピングも取れた。少し力を入れるくらいなら痛みもない。この調子ならすぐに走ることも可能だろう。

 

なので、今日は久しぶりに外出しようと思い立った。電車と徒歩で早速東京散歩の開幕だ! と、そのはずだったんだけど……

 

「…また来てしまった」

 

思わず声が漏れる。ここは数日前に立ち寄ったあの公園。足をケガし、不自由の元凶になった公園だ。

にも関わらず、なぜまた来てしまったのかと言うと……

 

「わぁッ…違う違う! そんなんじゃないってば―――ッ!」

 

それを考えると、途端に恥ずかしさが込み上げてきた。なので別なことを考える。

目の前にはあのとき座っていたベンチ。そこに腰を下ろすと、数日前と同じように遠くの空を見上げた。日は高く、天気は快晴。春の陽気を含んだ風が気持ちいい。いい感じだ。これなら考え事もはかどりそうだ。

 

考え事……そう私には懸案事項があるのだ。

それは何かというと、先日の彼にお礼をすること。つまりは、

 

――どうやってあの人に、あのとき貸してくれたタオルを返すか?

 

というものだった。うん、これしかない。将来の不安とか、夢の中の話とか、今はいったん置いておこう。今日この瞬間、私が抱える懸案事項はこれしかない。

さてどうやって解決したものか、とても由々しき事態だ。

 

(いや、待って。わかってはいるんよ)

 

心の中で自分自身に言い聞かせる。

 

(携帯の番号を教えてもらったんやから、連絡すればいいってことくらい。それくらい、わかってはいるんよ)

 

実際、ここ数日の間、私は何度も彼に連絡しとうと試みた。

だけど、仮に相手が通話に出たとして、また会う約束をうまく取りつけられるのか? タオルなんて返す必要はないと断られたらどうするのか? そもそも相手だって忙しいだろうから、電話をかけても問題のないのか? 考えれば考えるほど泥沼にはまってしまう。色々なことを考ては、連絡をすることを躊躇していた。

 

だけど、何度考えても同じ気持ちに行きつく。そして、この気持ちだけは嘘をつけない。

 

――私は、もう一度、あの人に会いたい。

 

あの日、公園での別れ際、後でタオルを返すからと言って、半ば強引に携帯の番号を聞き出したのは私だ。相手は私の番号を知らない。つまり、相手から連絡が来ることは絶対にない。あの人に会うためには、こちらから連絡するしかない。

 

頭の中でイメージする。通話に出たとして、まずはこちらが公園で助けた相手――私だとわかるように名乗る必要がある。それから、助けてくれたことへのお礼を述べて、さりげなくタオルを返す旨を伝えて、待ち合わせの日付と時間と場所を決めなくてはいけない。あくまでも自然に、流れるように。こちらの緊張を相手に悟らせないように。

 

「……」

 

そこまで考えて私は頭を抱えた。

 

「ハードル高ッ!!」

 

隣のベンチに座っていた女性がビクリとこちらを見た気がしたけれど、できるだけ気にしないようにする。どうしたものかだろう? と誤魔化すように頬をかいた。

 

こんなこと、普段の私なら事務作業のように淡々と進めているはずだ。だけど、この件に限ってはそれができない。こころがそれを許してくれない。

 

「ハァ…ほんと厄介……」

 

青空を眺めながら大きな溜息を漏らした。

 

「…名前くらい聞いておくんやったなぁ」

 

名前も知らない彼を思い出す度に、溜息が止まらなかった。

 

 

 

 

 

それから三時間ほどが過ぎた。結局は連絡を取れずに今に至る。はぁ、私ってこんなヘタレだったっけ? 自分の煮え切らなさに落ち込む。

ずっとこうしていても仕方がない。そう思ってベンチを立って駅方向へと向かった。なんだか妙に疲れた。ベンチに座っていただけだけど……

 

駅に入り、改札を通り、階段を登って、ホームへとたどり着く。すると、ホーム内は多くの人でごった返していた。

 

(あれ?この駅、普段こんなに人が多かったっけ?)

 

あたりを見回すと、大勢の人が、自分の腕時計や携帯を取り出して、時間を気にするような素振りを見せている。どうやら、電車が予定通りに来ていないらしい。見るからにイライラする人、困ったというように溜息を漏らす人、ホームのベンチに腰を下ろして目を瞑る人、電車を待つ人の態度はそれぞれだ。

 

しばらく周囲の様子を伺っていると構内放送が流れた。内容は数駅先の踏切で「線路内人立ち入り」のトラブルがあって、その影響で電車の運行を見合わせている、というものだった。ものの数分前の出来事のようだ。

 

放送が流れてもホームはざわついていた。「何があったんだろう?」「自殺じゃないだろうな?」と構内放送に対して憶測が広まっている。

 

放送を聞いた後、私は一旦ホームから降りることにした。「トラブル」という言葉を駅員は使っていたけれど、もしかしたら事故かもしれない。事故ならしばらくは電車が動ごくことはないと思ったからだ。

 

登ってきた階段を今度は下へと降り始める。構内放送を聞いた他の乗客たちも、私と同じように考えたのか、その場を移動する人の数が目立った。きっと、ホームで待っていても仕方がないと思ったのだろう。タクシーや他の路線を使おうと考えたのかもしれない。

 

人の波に交じって、階段を一つ一つ降りていく。そうして、下まであと少しのところで、その出来事は起こった。

 

大方、タクシーも混むと予想して急いでいたのだろう。一人の中年男性が人の波を掻き分けながら階段を駆け降りてきたのだ。

私は避けようとするも、運悪く男性の持っていたカバンに肩がぶつかった。後ろから勢いよくぶつけられたため、身体のバランスを崩し、重心が前の方へと傾くのがわかった。

嫌な予感がした。ここ最近、本当についていない。また転ぶ。しかもまた階段でだ。身体が前へと傾く中、私は恐怖で目を閉じてしまった。

 

ああ、せっかく足が治ってきたのに、本当についていない。

 

そう思ったときだった。ボフッと音を立てて何か柔らかい壁に当たったのだ。当たったというよりは、受け止められたといった方がいいだろうか。あれ?と思って顔を持ち上げ、目線を上へと移動させる。

 

するとそこには、私を抱きかかえるようにして転倒する身体を支えてくれる男性の姿があった。その男性がすかさず声をかけてくる。

 

「っと、危なかった。気をつけないと……って、あれ?」

 

男性は目を丸くした。私の瞳も揺れ動く。たぶんその人の100倍は私の方が驚いていたに違いない。あいた口が塞がらない。ことわざの使いどころとしては間違っているけれど、このときの私はまさにそんな状態だった。

 

その人は私の身体を起こして、なおも気さくに話しかけてくれた。

 

「この前、公園でケガしてた子だよね? 覚えてない?」

 

忘れるもんか。忘れられるはずがない。だけど、声が口から出てこない。男性から話かけられても、いまだに私は口ポカーン状態だった。

 

 

 

 

 

ほどなくして、私は駅近くの喫茶店にいた。店内はとても混雑していたように思う。電車を待つ人たちが喫茶店を利用しているようだった。ちなみに、なぜ混んでいたように思う、と曖昧な表現なのかというと、正直に言ってこのときの私には周りを観察する余裕などなかったからだ。

 

原因はもちろん目の前の男性だった。

 

「良かった。足、治ったんだ」

「あ、はい! この前は本当にありがとうございました」

 

なんだか、返しがぎこちない。これは認めるしかないだろう。私は今、とてつもなく緊張しているということを。

 

「俺は何も。君をベンチまで運んだだけだよ」

 

そんなことを言ってくる。

 

(さわやかな人やなー、って、わたし何を考えてるの…!?)

 

二人で喫茶店に訪れたのは駅で助けてもらったすぐ後のこと。目の前の彼も電車に乗ろうとしていたみたいで、待ちぼうけを食らった私たちはこうして喫茶店で時間を潰す流れとなった。

 

(でもこんなことってあるんやなー)

 

未だに心がざわついて落ち着かない。彼の顔を盗み見ては視線を外す動作を繰り返している。端から見たら完全に挙動不審だ。

 

彼はコーヒーを飲みながら、窓の外を見ていたけれど、ちらりと私の方に視線を向けた。

思わずドキリとする。やめてほしい、そういう不意打ちは。私はすぐに視線を外してしまった。

 

さっきからその男性は私の顔を伺うようにして見てくるときがある。見られる度に心臓が跳ね上がるような感覚がして、なかなか会話に集中できない。

 

二度も階段から落ちかけて(うち一回は完全に落ちたけど)ドジっ娘と思われてるんじゃないかとか、この前といい今日といいもう少しマシな服を着て来ればよかったとか、変なことばかりに考えが回ってしまう。頭の中は軽くパニック状態だ。

 

「電車、早く動くといいね」

 

男性はコーヒーカップに口を付けた後、そんなことをつぶやいた。

 

「そ、そうですね」

 

はぁ、だめだ。会話が続かない。どうしよう。この前のお礼を伝えたり、タオルのことも話したりしないといけないのに。

 

こちらが不審者みたいに瞳を泳がせていると、男性はまたちらっと私の顔を伺った。その行為にドギマギするも、いつまでもこうしていても仕方がないと覚悟を決める。そして私思い切って私は自分の方から話を切り出した。

 

「わっ、わたしの顔に何かついてますか?」

 

えっ?という表情を浮かべる彼は、意表を突かれた様子だった。

 

「さっきから、顔を見られているような気がして……」

「ああ、ごめん。ちょっと、昔会った子に似てるかなーと思って」

 

そんなことを言って苦笑する。

 

「知り合いに似てるってことですか?」

「いや、知り合いではなくて、似てるっていうか、君に、昔会ったことがあるような、そんな気がして……」

 

そう言って、彼は右手で後ろの首筋を擦り始めた。

その変な物言いに私は思わず笑ってしまう。

 

「変なの?私はお兄さんとは公園で初めて会いましたよ?」

「そ、そうだよね」

 

いつの間にか会話のぎこちなさが逆転している。なんだろう? すごく楽しい。気分が高揚する。人と話してこんなに暖かい気持ちになれるのは家族と話すとき以外初めての経験だ。

 

「でも不思議です。お兄さんと会ったのは確かにこの間が初めてなんですけど、私も昔お兄さんと会ったことがあるような、そんな気がします」

 

えっ?という表情を彼はまた浮かべた。

 

「冗談です!」

「あっ、やられた」

 

彼が笑い、釣られて私も笑う。

 

それからしばらくの間はこちらが話題を振っては向こうが答え、向こうが話題を振ってはこちらが答える、といったやり取りが続いた。ぎこちなさは相変わらず、だけど、これはこれで悪くない。

 

時間を確認すると、喫茶店に入ってからもう一時間近くは経っていた。楽しい時間はあっという間だと心の底からそう思った。

そろそろ止まっていた電車も動き始めているだろうか。そう考えた私は、ふと窓の外に目を向けた。

 

(あっ……)

 

女の子が立っていた。ガラス越しにこちらを凝視している。絵面的にはホラーだけれど、もっと厄介なのがこちらを覗いていたその子が知り合いの隅田花苗だということだ。彼女は目をキラキラさせながらこちらの様子を見つめていた。何?その期待に満ちた瞳は? 別にこっちは喫茶店でお茶してるだけですよ? 年上の男性と二人っきりという状況ではあるけれど……

 

というか、むしろ、なんであんたがここにいるのかと、私の方が無性に突っ込みたいくらいだった。

 

「友達?」

 

彼もその子に気づき、私に尋ねる。

 

「ええ、まあ」

 

曖昧な返事で濁しておく。とても面倒なことになった。後で彼女たちから追及を受けるのはこれで間違いないだろう。はぁ、なんて言い訳しよう?

 

そんなことを考えていたとき、彼が伝票を持ってゆっくりと立ち上がった。電車も動いているだろうから、そろそろ店を出ようかと提案する。楽しい時間は本当にあっという間だ。彼は友人に会う約束をしていると言っていた。大体の行き先もさっきの会話の中で聞くことができた。残念ながら私の乗る電車とは逆方向だ。

 

ということは、実質ここでお別れということになる。なんだか寂しい気持ちになったけど、こうして彼とまた会うことができて、話をすることができたのだから、これ以上を望むのは欲張りというものだ。そう言って自分自身に言い聞かせた。

けど、最後にどうしても聞いておきたいことがあったので彼を少しだけ引き留める。

 

「あっ、あのっ」

「ん?」

「良かったら、お兄さんの名前を教えてもらえませんか?」

 

その問いに彼は穏やかな声音で答えてくれた。

 

「あれ? まだ言ってなかったっけ? 立花だよ。“立花瀧”」

 

ようやく聞けた。知りたかった人の名前を。緊張の糸が解け、なんだか胸が暖かい。

もう少しで開花する桜の蕾のように、私の心にも春が訪れたようなそんな暖かさがする。

 

立花瀧。立花瀧。立花瀧。とても綺麗でいい名前だ。

 

何度か名前を復唱して、心の底でこう思う。

―――この名前は一生忘れないと。

 

 

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