「それではこれより、宮水四葉容疑者の取り調べを開始しまーす!」
「えーなにそれ?」
「ちょっと明里!少しはこっちにノリを合わせてよ!」
「だってー」
「男の子紹介してあげるからっ、ね?」
「そっ、そんなのいらないわよ!」
私はこの場に必要なのかな? 目の前の楽しそうなやり取りを見てそんなことを思った。
公園で助けてくれた彼―――立花瀧との再会を果たしたのが昨日で、今日はその翌日だ。二人で喫茶店にいたところを花苗に目撃されたため、いずれこうなるだろうと予想はしていたけど、まさかこんなに呼出しが早いとは思っていなかった。ねえ?二人とも暇なの?
ここは私の家の近くにあるファミレスだ。私もときどき食べに来るから馴染みの店と言ってもいい。私たちが座っているのは四人掛けのテーブル席で、店の出入り口側に私がいて、テーブルを挟んだ反対側に彼女ら―――椎原明里と隅田花苗が座っている。時刻はちょうどお昼を過ぎたところだ。
二人からは一緒にお昼を食べようと誘われた。昨日のことを追及されるのは間違いないので、連絡があっても断ろうとそう思っていた。でも、話を聞くと、二人はなんと既に私の家の近くに、まで来ているというのだ。逃がしてくれる気はないということか…でもそもそも私が外出していたらどうしていたんだろう?
そんなこんなで私は二人と待ち合わせて、このファミレスで彼女たちの取り調べ?を受けている。
「それでは四葉さんっ!昨日会っていた例の男の人…ずばりあの人は誰ですか!?」
花苗がノリノリでいきなり直球を放ってくる。
隣の明里も私の方に向き直った。それぞれノリに温度差はあるものの、二人ともその瞳は輝いている。これは本当に逃げらそうにない、かも……
だけど、花苗の質問に対する答えは明確だった。公園で転んだところを助けてもらい、昨日駅で偶然再会して、電車を待つ傍ら喫茶店でお茶していた、考えてみればこれしかない。これ以上でも以下でもない。それに名前を知ったのも昨日だったわけだし、彼女たちが望むような話も展開もまったくない。
そんなことを二人に話したら、花苗から意外な言葉が返ってきた。
「そこは重要じゃないんだよ」
「えっ」
思わず固まる。何それ?どういうこと?
花苗に続いて明里の方にも顔を振ったけど、彼女も終始にこやかな表情を浮かべていた。なんだろう? 私だけ疎外感半端ないんだけど……
「四葉はどうしたいの?」
花苗は私に質問をする。
「わたし?」
「そう。これまでの経緯は今の説明でだいだいわかったよ。だけど、一番重要なことを聞いてない」
「…重要なことって?」
「四葉がその人と今後どうしたいと思っているか?」
グラスに入ったストローを上下に動かしながら、花苗は少しだけ真剣な表情をつくった。グラスの中の氷が涼し気な音をたてる。
私はその質問に息が詰まった。花苗の質問はひどく直線的だ。しかもこの子のこんなに真剣な表情は初めて見るかもしれない。
「わたしがどうしたいか、か……」
それを明確にするのは、正直に言って難しい。頭の中が整理できなくて、考えるのがなんだか怖い。
あの日、公園であの人と会った日、彼に対してどこか懐かしいものを感じた。“立花瀧”という一人の人間に対して、私の心がざわついたのは紛れもない事実だ。
だけど、その気持ちがどこから来るものなのかはわからない。本当にわからないのだ。
そして、駅で再会したあの日、昨日のことだけど、このときの私は彼にまた出会えて、彼とまた話すことができてすごく嬉しかった。と同時にすごく安心した。とても暖かな気持ちになった。
この気持ちに名前が付くのなら何がいいだろう? 頭の中に浮かぶ名前の候補はあまりにも多すぎる。数多くの候補の中から一つを決めることが今の私にはできそうにない。
だけど、
「……また、会いたいとは、思う、かな……」
そう言葉にするだけで、私の顔は今にも沸騰しそうだった。恥ずかしさのあまり、二人の顔すら直視できない。
やっとの思いで声には出したはいいものの、尻すぼみに小さくなってしまった声。正直、二人に聞こえているのかも怪しい。
と思ったけれど、
「ん~この可愛い奴め!」
「今の表情写メっておけばよかったよ!」
そんな言葉一つで十分だというように、二人は満面の笑みを浮かべていた。
だけど、そのあとが地獄だった。何をやったのかと言うと、例の彼――立花瀧とまた会う約束をしたのだ。というよりは、させられたと表現した方が適切か。明里と花苗のバックアップには感謝だけど、二人の前で彼と連絡をするのがこれほど恥ずかしいものだとは思わなかった。軽い公開処刑だ。
何はともあれ、彼に伝えたのは公園で助けてもらったお礼を改めてしたいという内容だった。ただ、それだけではダメという彼女たちからのアドバイスも加わり、一緒にお昼を食べるというオプションまで獲得。嬉しい反面、正直今から緊張ものだ。
「はい! では後日よろしくお願いします!」
通話を終えて、緊張の糸が解ける。すると、疲れが一気に押し寄せた。そこに明里と花苗のニヤニヤ顔が加わるのだからたまったものじゃない。きっといつもの私なら鬱陶しいと一蹴していたに違いない。でも、今日はなんだかそんな気分にはなれなかった。
正直言うと、私は二人に感謝していた。おそらく、明里と花苗が背中を押してくれなければ、彼とまた会う約束なんてできていなかったかもしれない。そう思ったからだ。
喉を潤すために目の前の水を一気に飲み干す。はあ、と一息つくと、花苗がバッグの中を漁っているのに気が付いた。
「花苗?」
「あった!」
そうして彼女は中から一冊の本を取り出す。
「なにそれ?」
隣の明里が手元に視線を送るけど、花苗はいいからいいからと言って、本をぱたぱたとめくりはじめる。やがて、あるページのところでめくるのを止めると、その隙間からあるものを取り出した。
「これ、四葉にあげるね」
そこには、四つ葉のクローバーの押し花があった。お姉ちゃんからもらったんだ、と花苗は言う。綺麗な緑色をしたクローバー。四つ葉というだけでとても縁起がいいものに思えてくる。
「四つ葉のクローバーは幸運っていう意味があるんだって」
今の四葉にはぴったりだと明里が言った。
「幸運があらんことを」
と、花苗もその話にのってくる。
私は花苗から押し花を受け取ると、光が差し込む窓側へとかざした。深い緑色のその押し花はまるで地面に咲いているかのように生き生きとした輝きを放っている。
私は二人に「ありがとう」とお礼を言って、また花に視線を戻した。
「でもね、四葉」
「ん?」
・・・・・・
それからしばらく、二人とは雑談をしていた。
けれど、私は花苗の放ったある言葉が気になって、その後の会話にはあまり集中できていなかった、ように思う。
その夜。お風呂上りにリビングでアイス片手にくつろいでいると、不意にお婆ちゃんが声をかけてきた。
話によると、明日この家に遠い親戚が来るらしい。名前を聞いても、誰だかまったくわからなかった。おかしいな。糸守のひとならほとんど覚えているはずなんだけど。
「糸守やない。ここの人や」
「東京の?」
「そうや」
どうやら昔糸守町から出ていった人たちなんだとか。あまり付き合いもなかったけど、お婆ちゃんに相談したいことがあってここを訪ねてくるのだという。なんでも高校生くらいの男の子らしかった。
「あんたとは確か、三つ下ぐらいやったかな。年も近いんで四葉もどうかと思うてな」
「明日かー」
明日は大学関連の用事がある。家の用事もできるだけ優先したいと思うけど、できることならそっちを優先したい。
私はそう思って、お婆ちゃんに明日は学校関連の予定があることをそれとなく伝えた。するとお婆ちゃんは、元々わしに用事があって来るのだからと、ええよ、ええよと気遣ってくれた。ありがたい。ここはその厚意に甘えておこう。
明日は大学関連の予定がある。そして、来週には彼―――立花瀧との約束がある。
そのことに顔を綻ばせながら、私は棒に残った最後のアイスを口に入れるのだった。