四葉のクローバー   作:HirakeGoma

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06 二人だけの東京散策

桜の花が咲き始めた三月の終わり。今日は高校生最後の日でもある。厳密にいつまでが高校生でいつからが大学生なのかはわからないけど、三月の最終日までが高校生、そして四月からは大学生に切り替わると、私はそう思っている。

 

ここは、例の公園だ。先週、明里や花苗に促されるまま彼と連絡を取ったとき、待ち合わせの場所はここに決めた。彼と初めて会った思い出の場所。時間は十時半集合にしている。けれど、私はその三十分も前に公園に着いてしまった。

 

あの時と同じベンチに座って、あたりを伺ってみる。当然彼はまだ来ていない。だけど、また会えると思うだけで、胸が暖かくなり、なんだか顔がにやけてしまう。一人でニヤニヤしている姿を他の人に見られでもしたら、気持ち悪がられるのは間違いないので、出来るだけ無表情をつくる。

 

(今日も天気は抜群やね)

 

空を眺めると果てしない青空が広がっていた。雲一つない快晴。彼と会う日はいつもこうだ。

 

(神様が気持ちを読み取ってくれてるんかなー)

 

浮かれた気持ちを抑えられないためか、普段の自分だったら考えないようなことまで頭の中に浮かんでくる。ダメだ。このままじゃいけない。今からこんなに浮かれていてどうするね! と、自分自身に喝を入れる。それでも、彼に早く会いたい気持ちだけは我慢できなかった。

 

しばらくして、彼―――立花瀧が現れた。約束の時間よりは少し早い。白を基調にしたスフェットに、春物の黒いジャケットを羽織り、下は深い青色のジーンズだ。けっこうラフな格好に見えるけど、大人っぽく落ち着いた印象は依然と変わらない。彼の姿を見ているだけで、なんだか顔に熱がこもる感じがする。

 

「こんにちは」

「きょ、今日はよろしくお願いします」

 

私はすかさずベンチから立ち上がって挨拶した。

 

「こちらこそよろしくね。ええと、行きたいお店があるんだっけ?」

「はい!イタリアンのお店なんですけど、よ、良かったらどうかなと思って」

「いいよ。行こうか」

 

心の中でガッツポーズする。行きたいお店があることは事前に電話で伝えていた。最初は、助けてくれたお礼をしたいからお昼を奢ごらせてほしいというシナリオ(脚本:明里)を考えていた。だけど、年上の男性にごはんを奢るというのは相手が気にするし、絶対に断られるという話になり、行きたいお店があるけど友達同士では行きにくいので付き合ってほしい、というシナリオ(脚本:花苗)を採用したのだった。

 

本日行く予定のイタリアンレストランの場所を伝え、電車で移動するために二人で駅へと向かう。

 

その途中、私はバッグの中身を確認した。足を痛めたとき、彼が足首に巻いてくれたタオルと、もうひとつは彼に対するお礼の品だ。両方バッグに入っているのを確認すると、目線を前に戻して彼に渡すタイミングを考える。タオルは最初に渡してしまおうかと思ったけど、彼は手ぶらでバッグも何も持っていない。ここで渡されたら迷惑かもしれないと思って、帰り際に渡すことにする。s

 

改札を通ってホームへと移動し、電車に乗り込んだ。今日は遅れているようなことはないみたいでホッとする。

 

電車内は平日の昼間ということもあってか比較的すいていた。だけど、一人が座れるスペースはまばらにあるものの、二人が並んで座れるスペースは乗り込んだ車両にはなかった。なので私たち二人は入り口付近に立つことにする。

 

「四葉ちゃん、だっけ?座らなくても平気?」

 

彼はそんなふうに気遣ってくれる……え?

 

「わたし、名前言いましたっけ?」

「電話の向こうから聞こえてきてたよ、四葉頑張れしっかりしろーって」

 

それだけ言うと彼は笑った。

 

当の私はと言うと恥ずかしくて昇天しそうだ。みるみる体温が上昇するのがわかる。まさか、あの一連のやりとりをすべて聞かれていた? やばい。それはやばすぎる。

恥ずかしさに耐えきれず、私はすかさず別な話題を振って話を逸らした。

 

「た、立花さんは、イタリアンとかよく行くんですか?」

「瀧でいいよ」

 

一瞬私はキョトンとした表情を浮かべてしまった。

 

「名前、瀧でいいよ。そっちの方が呼びやすいでしょ?」

 

彼はそんなことを平気で言うものの、それはちょっとハードルが高い。でも、親しくなれるチャンスなので、

 

「それじゃ、“たき”さんで」

 

勇気を出してそう呼ぶことに決めた。

 

 

 

 

 

イタリアンのお店は、昼と夜の二回に分けて営業している。今は昼の部で、上品そうな奥様方が多い印象を受けた。お店のことは明里や花苗と前から話題にしていたこともあって、ある程度のことは知っている。なんでも昼と夜でお店の内装をがらりと替える徹底ぶりなんだとか。値段もそれなりにするため、学生同士が学校帰りに気楽に入れるような店ではない。けれど、とにかくお洒落な外観や雰囲気には目を惹かれるものがあった。

 

少し昼には早かったけれど、私たちはお店に入ることにした。ウェイターに案内された席へと座る。何だか少し緊張してきた。

差し出されたメニュー表を受け取り注文しようとするも、一覧表には私が知らない料理名がけっこう並んでいた。

 

「この、アクアパッツァってどういう料理なんですかね?」

 

メニューの一覧を見ながら瀧さんに話を振ってみる。

 

「魚料理だよ。魚介類をトマトやオリーブオイルと煮込むんだ」

「へぇー」

 

私は感心していた。料理にではなく、料理の説明をしてくれる彼に。

 

「瀧さんて、もしかしてイタリアン詳しいんですか?」

「昔、イタリアンレストランでバイトしてたから、そのときにね」

 

二人とも注文を終えると、ウェイターがメニュー表を回収した。料理が運ばれてくるまで時間があるので、私はここで彼に例のものを渡すことに決めた。バッグの中からそれを取り出し、両手で彼の方へと差し出す。

 

「これは?」

「助けてくれたお礼です。よ、良かったら受け取ってもらえませんか?」

 

だめだ。やっぱり緊張する。彼は少し困惑した表情だったけど、私の手から四角い箱を受け取ると「ごめんね。気をつかわせて」と優しげな表情をつくった。

 

「開けてみてもいい?」

「どうぞ!」

 

彼がゆっくりと包み紙を解くと、掌に納まるくらいの白い箱が現れる。包み紙を手元に置くと、続けて白い箱を開封した。

 

「あっ」

 

箱の中身を見た彼は、小さく驚いたような反応をした。

 

「ちょうど欲しかったんだよ。ネクタイピン」

 

四つ葉のクローバー絵が入ったネクタイピン。散々悩んだ末に選んだ彼へのプレゼントだった。

 

「ありがとう」

 

彼はとても落ち着いた声でお礼の言葉を返してくれた。喜んでもらえて私も嬉しい。男の人にプレゼントを贈るなんて初めてだった(お父さんは除く)だけに、目の前の瀧さんの反応を見てつい私も笑顔になってしまう。

 

少ししてから料理が運ばれてきた。それまでの間、そして料理を食べる間、瀧さんとはいろいろな話をした。最近見たテレビのこと、学校帰りに見つけたおもしろそうなファッション雑貨店のこと、電話をかけたときに後ろで騒いでいた友達のこと。途中料理の話題で話を繋ぎながらも、私は夢のような時間を過ごすことができた。

 

たいした話はしていない。当たり障りのない話をずっとしていたと思う。お互い遠慮があったのかもしれない。それでも私は、彼と過ごす時間がたまらなく大切で、大袈裟かもしれないけれど、私にとっては一生の思い出だった。

 

だから、店を出たとき、とても寂しい気持ちになったのは本当だ。これでお別れなんだと思うと視線が下へと向いてしまう。何も今生の別れというわけじゃない。電話すれば連絡だって取れる。でも、なぜか、今日という日に会えなくなるのがとても寂しかった。

 

そのとき、私のそんな雰囲気を感じ取ってくれたのかもしれない。

 

「このあと、どうする?この近くにいい喫茶店があるから寄ってみる?」

 

彼の方からそんな提案をしてくれた。下に落ちた視線が一気に逆側へと移動する。私は無言のまま、何度も何度も頷いていた。

 

 

 

 

 

 

帰り道。私たちは電車の中にいた。あれから二件ほど喫茶店をはしごした。彼は喫茶店を巡りが好きなのだそうだ。

最初に入ったのは瀧さんが勧めてくれたお店だった。パンケーキがあまりにもおいしくて、つい明里や花苗に自慢したくなった。もう一件は彼と散歩をしながら見つけたお店だ。ちょっと食べ過ぎたかなと反省しながらも、今日の楽しい思い出を心の押し入れに大事に大事にしまい込む。

 

電車内は来るときと同じであまり混んではいないようだった。けれど、私たちは来るときと同じように、出入り口付近に立つようにしていた。ガタンゴトンと電車が揺れる。なんだか眠ってしまいそうなくらい、気持ちのいい揺れ方だった。

 

「今日は無理を言ってしまってすみませんでした」

「んや、俺の方こそ楽しかったよ。誘ってくれてありがとう四葉ちゃん」

 

どうしようか。どのタイミングで切り出そうか。頭の中で考える。

 

  『デートが終わったら、必ず次の約束もすること!』

 

これが明里と花苗の二人からのアドバイスだった。と言っても、終わったばかりで次の約束もするってどうなのよ?うざくない?それに相手は来月、つまり明日から社会人である。そんな余裕はないのでは?

いつもの悪い癖が出たのか、考えすぎて結論が出ず、なかなか話を切り出せない。

 

そのとき、彼が私の顔をじっと見ていることに気が付いた。考えている最中、変な顔でもしていただろうか?

 

「あの……やっぱり私の顔に何かついてますか?」

「えっ? ああ、ごめん。おれ、また見ちゃってたね」

 

彼は照れたように目線を窓の外へと向けた。私の頭にははてなマークしか浮かんでこない。だけど、窓の外を見ている彼の顔はどこか苦しそうで、何だか放って置けないものだった。

何かを探しているけれど、その探し物は見つからないくて……

誰かを探しているけれど、誰を探しているのかもかわらなくて……

私は知っているその表情、その苦しみを。

 

そう、それは……

 

「次いつにしましょうか?」

「えっ」

 

その表情に耐えきれず、私は思わず話しかけた。

 

「もちろん、喫茶店巡りです!」

 

少し強引過ぎたと思ったけれど、結果的に彼はまた会う約束をしてくれた。来週の平日、仕事が終わってから会うということになった。今日楽しませてくれたお礼に、今度は晩御飯をご馳走してくれるという。この前の喫茶店といい、奢らせてばかりで申し訳ない。と思いながらも、嬉しさのあまり心がスキップしてしまう。

 

駅で彼と別れとも、気分は高揚したままだった。高鳴った心を落ち着かせるために、いつものように空を見上げた。相変わらず天気がいい。だけど、少しだけ雲が出てきているようだった。

 

 

 

 

 

「で? どうだった?」

 

家に帰った後、私は明里と連絡を取っていた。夕飯を食べた直後、明里から電話があったのだ。

 

(タイミングいいなー。私のこと、監視してるわけじゃないよね?)

 

もちろん話の内容は今日の瀧さんについてだった。わざわざ電話じゃなくてもいいように思ったけれど、それは藪蛇なので聞かないでおく。

まぁ、向こうも心配して連絡してくれたのだろう。そう思うことにする。半分興味本位な気もするけれど……

 

「まぁ、うまくいったとは、思う……」

 

ずいぶん漠然としたことを言う私だが、それでも彼女は何かを察したのか「よく頑張ったじゃん!」と明るい声を返してくれた。まったく本当にお姉さんキャラが似合うやつである。

 

「それで次はいつ?」

「来週、かな」

「ちゃんと後で報告してね!」

 

明里は妙にテンションが高かった。彼に会っているときの自分も、もしかしたらこんな感じなのかもしれない。

 

少しだけ恥ずかしさが込み上げてきたところで、私は机の中からハンカチを取り出した。中を開くとそこには四つ葉のクローバーの押し花。先日、花苗からもらったものだった。

手で摘まんで上へとかざす。深い緑色をした花はとても綺麗で見る人を飽きさせない。そんな力を秘めている。

 

だけど、その花を見ているとき、一つだけ失敗したことに気が付いた。

 

「あっ」

「ん? どうしたの?」

 

携帯越しに明里の声が聞こえる。私は思わず四つ葉のクローバーに向かって口を開いたのだった。

 

「…タオル返すの、忘れた」

 

 

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